032◇扉の守り人
『冶金の丘』に戻るために、『永遠の道』を渡ろうとすると――
「ジンく――ん!」
滑走路みたいにだだっ広い『道』の向こう側に、ミーヨと……プリムローズさんが居た。
なにやってんだろ? 『神殿』の調理場で何かやらされてたハズなのに。
「なにやってんの?」
ストレートに訊いてみた。
「お塩」
あっさりした答えだ。
『道』の両端には、「シオアリ」とか言う生物由来の「お塩の線」がある。それを食用に採取しに来ていたらしい。
「たしか5ダモンネだよね?」
ミーヨが言うと、
「そんなにキッチリじゃなくてもいいよ。大体で」
プリムローズさんが、雑な感じで応じてる。
うーん。「ダモンネ」って、『地球』で言うとどれくらいだったかな? 『この世界』での「重さ」の単位だ。
「この辺り、馬車が通るから汚れてる。……わたし、向こうに行ってくるね」
ミーヨが言って、籠を手に歩いて行く。
「ところで、プリムローズさん。この『塩』ってどこから湧いてるんスか?」
疑問に思ったので、訊いてみた。
『この世界』の謎生物のひとつ「シオアリ」は、付近の土から塩の結晶を作るらしいけど……元々、この辺りは「海」だったのかな? それとも単純に、生物の●(液体)か?
「ああ、海からよ……(ふわわわわ)」
まだ眠そうな彼女はそう言って、大あくびをした。
「元々は海の水が、強風に巻き込まれたり、雨雲に混じってたりしてね。陸地の広範囲に散布されてるそうよ」
「へー、そうなんスか」
『この世界』で目覚めてから、何度か「雨降り」は経験してるけど……雨水の味を確かめようとは思わないしな。
そして、いま居るのは完全な陸の上なので、海との距離感がぜんぜん分からない。意外と近いのか? 海。
「農地に塩害が無いのは、そのシオアリのお陰だそうよ。それと……この下ね」
「この下?」
「『永遠の道』の下には、海水が循環してる大きな地下水路がある――って説があるのよ。時々『道』の真ん中から……『潮を吹く』らしいのよ」
イヤ、「潮を吹く」の部分を躊躇いがちに言わないでください。妙なふうに聞こえるから。
そんで、アレって成分的にはほとんど●(液体)……じゃなくて、海水が循環してる「大きな地下水路」だとう?
「そうなんスか? この滑走路みたいな『道』の下に?」
ちょっとびっくりした。
「この道幅でしょ? 横断が大変だから、地下に『とんねる』を掘って通そうとしたらしいのよ。昔、『王都』で」
道幅は少なく見ても100m以上はあるから、交通量の多いところだと、歩行者が横断するのはタイヘンだろうな。
「そしたら、白い岩壁が現れて、それを無理に刳り貫こうとしたら、海水……いえ、塩水と言うべきかしら? とにかく塩分の多い水が溢れ出て来たそうよ」
「……へー。じゃあ、マジで海と繋がってるんスか? でも『道』から湧き出てる水って、淡水じゃないんスか?」
『永遠の道』の路肩付近には、何故か水が湧き出す箇所がいくつもある。
そして『道』の脇の草地には、湧き出た水を流すための水路があるのだ。
味覚の敏感な人によると、その水は「薄っすらと塩味」らしい。
そんで、その水を利用すると鉄が錆びやすいから、魔法合金『ミスロリ(その正体はステンレス鋼だ)』が作られるようになったって話だ。
「知らんけど、ヌメヌメスベスベが脱塩して、淡水化してるって説もあるみたいよ」
言い方が、なんか関西の人みたいだ。
てか、『前世』はきっとそうだったに違いない。
『この世界』の水辺には、白くて丸い殻を背負ったピンク色の動物の舌みたいな「ヌメヌメスベスベ」という軟体動物がいて、そいつからがヌメヌメと這い回った後が、炭酸カルシウムと思しき被膜で、白くスベスベに塗り固められるのだ。
で、ソイツらが、脱塩してんの?
「『塩』って大半が『塩化ナトリウム』だから……確か『カリウム』を含む食品を摂ると、体内の塩分濃度を下げられると記憶してるんスけど……メロンとかキュウリとか」
俺も詳しくは知らんけど、化学変化的なアレで。置換されて。
「でも『塩化カリウム』って猛毒のハズよ。あ……そう言えば、ヌメヌメスベスベって毒があるから食べたらアカンはずやわ」
「へー、そうなんスか?」
確かに、アレを食うって話は聞いた事がない。
「牛の舌に似てるからって、牛タンやタンシチューには出来ないのよ」
「……しませんよ。んなこと」
関係無いけど、『地球』の「スベスベマンジュウガニ」という何となくいやらしい名前のカニも、猛毒持ってたハズだな。そんで近縁種に「ケブカ(毛深)マンジュウガニ」ってのもいたな。両方セットでイヤらしいな(笑)。
「『永遠の道』って結局のところ、『地球』の海にいる貝とか真珠とか珊瑚みたいに『炭酸カルシウム』が主成分じゃないんスか?」
見た感じから「石灰岩」だとしか思えないし、『この世界』の人たちも、そんな風に利用している。
「でしょうね。ここには水棲型のヌメヌメスベスベが大きくなった『陸棲型』がたくさんいるしね。アレの殻が『卓上型水灯台』の傘に使われてるけど、完全に貝殻みたいだしね」
プリムローズさんが、そう言って納得したように頷く。
ヌメヌメスベスベのシェルが、ライトスタンドのシェードにリユースされてんのか……イヤ、何故に英語?
とにかくミーヨから聞いた話だと、地面を掘ると大量の貝殻が出てくる地層があるらしい。めっちゃ大昔から、この惑星にいるらしいのだ。
「それって、どっちが先なんスかね?」
「……と言うと?」
「最初に、この『道』があって、その維持・補修のためにああいう生物が創られたのか」
「それとも、ああいう生物がいたからこの『道』が出来たのか? か、なるほど面白いね。どっちだろうね」
プリムローズさんが興味深そうだ。
つい昨日、『この世界』で『全知神』とか『全能神』と呼ばれている謎な存在が、フラッと俺たちの前に姿をあらわしたけれども……言いたい事だけ言って、あっ、と言う間に消えちゃったからな。何も質問する事も出来なかったよ。色々訊きたかったのに。
「たぶん、後者だろうね。なにしろ『永遠の道』って、この惑星をぐるっと一周しているらしいしね」
プリムローズさんはそう言って、かすかに微笑む。
「それって納得いかないんスけど……惑星周回道路って……いくらなんでも、地球の常識では考えられないというか。『海』はどうなってるんスか?」
どう考えても、規模が目茶苦茶過ぎる。
「『道』は別名『海洋分断線』とも呼ばれててね。本当に『この世界』の海を四分割してるらしいのよ」
なんか……とんでもない事言ってるよ。
「……それは流石にないんじゃ」
釈然としない俺に、
「そうかしら? 『地球』の常識で考えない方がいいような気もするけれど……とにかく『この世界』には『地球』にはない『永遠の道』がある。だから、生活の根本というか、社会基盤すべてが『道』に従うように形作られてるしね」
言い聞かせるみたいにプリムローズさんは言った。
だとすると、『永遠の道』って、やっぱり『道』じゃない気がして来た。
『この世界』の「神様たち」は、『地球』から俺たちを「コピー」して「ペースト」したって言ってた。
そんなオーバーテクノロジーがあるんなら……そこまで発達した文明なら、「乗り物」はみんな「空を飛ぶ乗り物」になってるだろうし、地面に『道』なんて必要ないと思う。やっぱ長い時間をかけて「ヌメヌメスベスベ」って謎生物が造ったんだろうな……。
「なに話してるの?」
籠いっぱいに塩を採って来たミーヨが、会話に加わった。重そうだ。帰りは俺が持ってってやろう。
プリムローズさんが、かいつまんで説明すると、
「『真珠』と『道』って、同じもので出来てるの?」
ミーヨの興味は、そっちに向かった。ヌメヌメスベスベが嫌いなのだ。
「厳密に言うと違うけど、大雑把に言うとな」
ふと思ったけど、シンシアさんたち『巫女見習い』が身に付けているという『神授の真珠』とやらは、何なんだろう?
「へー、だったら、ジンくん。『真珠』も錬成れるんだ?」
「その気になればな」
確かに材料には事欠かいだろうし、『真珠の首飾り』くらい簡単に『錬成』出来そうだ。
『前世』で「玉パン」(笑)……イヤ、「本真珠の数珠」は見たり、触った事あるし……『首飾り』とはちょっと違うけど、似たようなもんだろ?
『真珠の首飾り』か……。それを俺の「*」から、ずるずると引きずりだすのか?
――まるで、ア*ル・パールみたいに!
変な快感に目覚めそう!!
「よし。めっちゃデカいア……イヤ『真珠の首飾り』を錬成ってやんよ。お前のおでこにかけて誓おう!」
俺は誓言した。
「……ふうん?」
ミーヨが不思議そうにしてる。
◇
今度こそ、ホントに『宝探し』をやる事になった。あるんか、ホントに?
「さあ、昨日約束した通り、『宝探し』と行きましょう!」
俺が言うと、
「いや、アレは冗談なんだから、約束なんてナシよ。ねえ、聞いてる?」
プリムローズさんが「約束」の内容を取り違えて、昨日の事をグダグダ言い始めた。
彼女の言う「約束」とは「『宝探し』に協力したらおっぱいを見せる」と言う話だろう。
俺が言ったのは、単に「今日こそ『宝探し』しましょうね」って事なのに。
「俺は貴女の言葉を信じています。プリムローズさん」
でも俺は、決然と言ってやったぜ。
「うむ。約束は約束だ。守られねばならない」
主君のラウラ姫が裁定者だ。
「……はあ」
なに? その嫌そうな溜息は。
まあ、軽はずみな調子で胸部露出(笑)を約束してしまったんだから当然か。
「よかったね、ジンくん」
「おめでとうこざいます、ジンさん。これで完全制覇ですね」
「ありがとう、君たち」
俺は左右の二人の少女に礼を言った。
イヤ、ミーヨとシンシアさんなんだけど。……ところで、完全制覇ってなに?
「むう……眠い、ジン。おんぶ」
ラウラ姫が、また小さな子供に退行してる。
詳しくは語れないけど、昨日の夜ちょっと冒険したからな。性的に。
「……またですか? 街中ですけど」
「……(かくん)」
仕方なく俺は姫を背負ったら……瞬殺で寝ちゃってるし。
午前中いっぱい抜刀術の訓練やら基礎体力づくりで汗を流した後で、お昼に大食いしてたからな。「おひるね」が必要なんだろう。
「姫殿下。もの凄く安心してらっしゃいますね。……ぼそっ(おうらやましいです)」
シンシアさんにそんな事を言われて、ちょっと胸中複雑。
頼まれれば喜んで「おんぶ」するので、安心して眠ってもらって構わないんだけどな。
◇
(♪おっぱい。♪おっぱい)
俺は即興で自作した『おっぱいのうた』を心の中で歌いながら、プリムローズさんに訊いてみた。
「おっ……ところで、あの詩はどこで見つけたんスか? 本当に信憑性があるものなんスか?」
「あれは王宮の『秘書庫』で見つけたのよ。殿下のお付きになってすぐに」
「え? どこで?」
なんか、やらしー響きだ。
「王宮の『秘書庫』よ」
プリムローズさんは赤毛だけど……某料理アニメの「秘書子ちゃん」とは無関係なはずだが?
「秘書庫ですか……そんなところによく入れましたね?」
シンシアさんまで、そんなやらしー言葉を……って考えすぎか。
「殿下の付き添いという形でね。本当は逆だったけど」
プリムローズさんの現在の「肩書」は、第三王女の筆頭侍女だもんな。
「まあ、ちょっと口には出せないけど、この国の秘密、ってやつを色々と見つけたわ」
プリムローズさんが、俺の背中のラウラ姫が寝てる事を確認した後で、俺にだけ聞こえるような声で言った。
その立場を利用して、陰でいろいろやってるっぽいな。
困ったひとだ。
「――ところで、シンシア。私たちに着いて来ていいの? 『神殿』の仕事の方は?」
プリムローズさんの問いに、
「外出先を届け出ましたところ、そこで二打点(約3時間)ほど『癒し手』として務めよ、と言われましたので」
シンシアさんはそんな事を言って、微笑んだ。
「「「……へー」」」
なんとなく、幾分かの同情が混じってる感じの「へー」だ。
いちいち外出先届けないと自由に動けないのか? 『巫女見習い』って。
シンシアさんもなんだかんだで、完全に他人のやることに巻き込まれてしまう人生を送ってる気がする。
でも、俺もミーヨとラウラ姫に「シェア」されてるような身だし、なんとなく他人事とは思えない。
「それに、今から向かう『養老院』は、『神殿』から何度も慰問や炊き出しに行ったことがあるのです」
シンシアさんは俺とミーヨに向かって、にっこりと笑って言った。
以前、そこにパンを配達に行った時、彼女と会った事があるのだ。
「実はそこ、俺たちも知ってる場所なんです。な、ミーヨ」
「うんっ、スウさんのお祖母ちゃん、元気かな?」
ミーヨが呑気に言う。
そう、あの詩(?)にあった『高き尖塔に登りて 闇を見つめよ 闇の先にあるは すなわち光』とは、円形広場の真ん中に聳える『物見の塔』が夏至の朝日で照らされた影の先の事で――プリムローズさんが確認したところによると、街の西にある大きな建物『養老院』を指していたらしいのだ。
パン工房でお世話になったスウさんの祖母ちゃんがいる養老院。
そこは、俺が神技を披露した『柔らか白パン』の納入先でもあった。
そして、昨日使った大技『人間大砲』のキーになった重要な部品、ミーヨ専用装備『なべのふた』だけど……実は養老院であったある出来事がきっかけで生まれたのだ。
そんないわくつきの場所に『王家の秘宝』が眠っていたとは!
「たぶん、あのお婆ちゃんだよね?」
ミーヨ。
「ああ、あのお婆ちゃんだな」
俺。
「なるほど、あのお婆さんですか」
シンシアさん。
「……(しょぼーん)」
イヤ、みんなしてお婆ちゃんお婆ちゃん言うから、頭の中からプリムローズさんの想像上のおっぱいが消え去って、別の萎びた垂れさがりが脳裏に浮かんでしまう。
いかん。もう一度歌おう、あの歌を!
(♪おっぱい。♪おっぱい)
「おっ……あれ? シンシアさんもあのお婆ちゃん知ってるんですか?」
不意に浮かんだ疑問を、シンシアさんに向ける。
「ええ、『開かずの扉』の前で安楽椅子に揺られているお婆ちゃんの事ですよね?」
シンシアさんはあっさりと言う。
「待て! そんなのがあるのか? というか、君らは知ってるのか?」
プリムローズさんが興奮している。
水色の瞳に血の気がさして、紫の輝きを帯びている。
「うん、養老院の大広間の端に『開かずの扉』があって、自分で『あたしゃ、この扉の守り人さ』ってうそぶいてるお婆ちゃんがいるの。ボケちゃってるのかなーって思って、そっとしておいてあげてたんだけど……」
ミーヨが、なにげに酷い言いぐさだ。
「なんてこった……。本当にあるのか……本当に見せないといけないのか」
一方のプリムローズさんは愕然としている。
「――プリちゃん、まさか信じてなかったの?」
ミーヨが幼馴染の親友を咎めるように見つめる。
「まあ、正直なところ、別に本物じゃなくても暇潰しの笑い話ですむだろう――とは思ってた」
そんなノリで俺らを動かそうとしていたのか?
「ひどっ! 俺ら、本当に金ないのに!」
「……ぼそぼそ(という事は他の場所のも本物かしら?)」
筆頭侍女が、また何かぶつぶつ言ってる。
てか、俺には聞こえてるけどな。
◇
とかやってる間に、養老院に到着。
「うむ。では中に入ろうか」
ラウラ姫が言った?
あれ? ラウラ姫は俺の背中で寝てるのに、この声は?
「みなさん、お疲れです」
養老院の門前で、いちばんこの場所が似つかわしくない12歳のドロレスちゃんが、さくっと言った。
「「「ドロレスちゃん!」」」
まあ、そんな気はしてたけどね。
「……まさか、どうやって嗅ぎつけた?」
プリムローズさんが驚愕している。
◇
『扉に挑みし者よ それは開けてはならぬ』
つまり、それはこういう事だろう。
「扉の守り人よ! 我らは扉に挑む者なり!」
俺は『開かずの扉』の前でアームチェアに座ってるお婆ちゃんに向かって、高らかに宣言した。
「………はあ? なんじゃって?」
あれ? 本当にボケちゃったのか?
「あ、ジンくん。いつものお婆ちゃんって、この人じゃないよ」
ミーヨが顔を憶えていたらしい。
「すみません、いつもこちらの椅子に座っていらした方はどちらに?」
シンシアさんが丁寧に訊ねる。
「腰が痛いゆーて、部屋で寝とるよ」
どうやら、そういう事らしいです。
◇
「扉の守り人よ! 我らは扉に挑む者なり!」
部屋を訊き出した俺たちは、挨拶もそこそこに本題に突入した。
「剣は?」
寝台で寝てるお婆ちゃんから、しっかりとした声で、そう問われた。
「王に!」ラウラ姫。
「金は?」
「銀に?」俺。
「木は?」
「森に?」俺。
「赤は?」
「紅に」プリムローズさん。
「星は?」
「海に!」ミーヨ。
「月は?」
「死に」シンシアさん。
「ふむ。今のところ全問正解じゃ、次がいよいよドキドキの最終問題じゃぞ?」
そういうのはいいから、早くして。
「石は?」
「丘に!」ドロレスちゃん。
てか、なんで知ってる?
「……ふっふっふっふっふ」
お婆ちゃん……イヤ、『扉の守り人』は満足げに笑った。
「まさか、このあたしが、生きてるうちに、『扉に挑む者』があらわれるとは……これで、もう、思い残すことは……(かくっ)」
それきり、お婆ちゃんは動かなくなった。
「…………ウソだろ?」
「「「「「わ――っ! お婆ちゃ――――ん!!」」」」」
――その時だった。
シンシアさんが縋るように俺の手を握って、
「惜しまれしこの人に、いまひとたび生命の輝きを! ☆魂結びッ☆」
『神聖術法』を発動させた。
室内が、神々しいまでの眩い光に包まれた。
そして光がおさまると、
「……お?」
お婆ちゃんが、あっさりと蘇生していた。
「「「「「おおおっ!」」」」」
お婆ちゃんの魂は、『この世界』に踏みとどまったようだった。
あぶねー、お宝のヒント貰い損なうとこだったよ。
◇
「さすが俺の聖女!」
「すごいよ、シンシアちゃん! って、え? 今、ジンくんなんて?」
「うむ。でかした」
「よくやった。凄いな、シンシア」
「…………」
みんなの賛辞を受けたシンシアさん本人は、何故か浮かない表情だった。
そして一度俺を見つめてから、ゆっくりと握っていた手を放した。
「『巫女見習い』に過ぎない私が……こんな……」
何かに怯えているような感じだった。
なんだろう?
「いや、お嬢ちゃん。あんたのお陰で本当に助かった。礼を言うぞ。あのまま『義務』を果たさずに死んではならんのじゃったわ」
お婆ちゃんが立ち上がって、シンシアさんに感謝している。
なんか蘇生したついでに、腰の痛みも吹き飛んだらしい。
てか、『この世界』では死んで生き返ったら、前世の記憶を取り戻すらしいのに、このお婆ちゃんにそんな感じはないな。
これも……なんなんだろう?
「んー、体が軽い。あと50年は生きられそうじゃ」
「「「「…………」」」」
それはどうだろう? と思っている沈黙だった。
「お婆ちゃん……イヤ、『扉の守り人』よ。我らに……」
「ん、『太陽金貨』一枚」
お婆ちゃんがしわくちゃの手を伸ばしてきた。
「皺だらけで、どれが生命線やら?」
俺がボケると、お婆ちゃんがしっかりした声で、
「手相は見んでいいわい。金じゃ」
とまた手を突き出す。
へー、『この世界』にも『手相』あるんだ?
「お待ちを。王家の秘宝に関わる『扉の守り人』が金銭を要求するなど、あってはならない事!」
プリムローズさんが、俺に代わって抗議してくれた。
「あんた誰じゃい?」
「こちらにおわします『女王国』第三王女。ライラウラ・ド・ラ・エルドラド殿下が筆頭侍女に御座います」
プリムローズさんがラウラ姫を示す。
ちなみに、「ラウラ」は「ライラウラ」の愛称なのだ。なんで「ライラ」じゃないんだろ? って気もするけど。でも、「ラ○ラ・ミラ・○イラ」ってアニメキャラがいたな……作品は何だっけ? 『Z』だったかな?
「うむ。ラララ・ド・ラ・ド・ラ・エルドラドだ」
またまた本名を噛んでるし。
姫、成長してないぞ。
「なんか、名前が違うぞい。本物かえ? まあ、ええ。あんたらが謎解きに成功としたとなると、わしら一家の使命も終わり。『守り人』のあとを継がせようと考えておった孫が寂しがるじゃろーなぁ」
なんか語り出してるし。
てか、養老院にある『扉』の『守り人』の役目を、その孫に何十年後に継がすつもりだったんだ?
「要するに孫に小遣いあげたいと? ミーヨ。『小惑星銅貨』いっぱい余ってるだろ、アレ出して」
「あー……うん」
俺が持ち込んだズタ袋をさぐり出したミーヨが、
「今時の子がそんな小銭で喜ぶかい? あるじゃろ、もっと大振りで、ピカピカした硬貨が」
お婆ちゃんの声に動きを止めた。
「えー……でも『太陽金貨』はダメですよ。彼の宝物ですから」
ミーヨが俺を見て、頬を染める。
……イヤ、そういうのはいいから。みんな怪訝な顔してるから。みんな、お前がパンツの中に金貨隠してる事知らないから。
「『明星金貨』でいいですか?」
「おお、うん。それでいい。特別にまけてやろう!」
お婆ちゃんの食いつきが凄かった。
「あ、ミーヨ」
俺が止める間もなく、
「はい」
ミーヨはあっさりと『明星金貨』をお婆ちゃんに渡してしまった。
「おお、お嬢ちゃんはいい子じゃのう」
喜色満面のお婆ちゃんはちょっと妖怪っぽかった。
「……あーあ」
俺は嘆いた。嘆くしかできなかった。
「ならば、これを持って『丘』に行くがよい」
お婆ちゃんは相好を崩したまま、ミーヨに何かを手渡した。
お?
「あたしゃ、ちょいと孫に会って来るわい」
使命を終えた『扉の守り人』が、部屋から去っていった。
「あ、お婆ちゃん、走ると危ないですよ」
シンシアさんに忠告されてる。
もう、取り戻そうとは思わないから、走って逃げなくても……。
ま、あっちはいいか。
「ミーヨ。さっき何か……」
「ジンくん、これ……なんだろう?」
ミーヨの手のひらに乗っていたのは、黒くて丸い石ころだった。
◆
「玉パン」が分からない方は、画像検索してみてください――○○○○○。




