031◇宝探しの謎解きのようなもの
「ここです! ここからとんでもない神気が!」
どやどやと、十数人の人間がやって来た。
『神殿』のお偉いさんたちが、先刻の『全能神』と『全知神』の『ご光臨』を、どうにしかして感知して押し寄せて来たらしい。
「すごい感覚でした。……あんなの初めて」
先頭は、綺麗な女性だった。
この街にもいる『七人の巫女』の一人かもしれない。
なんか妙にエロい感じに興奮した様子だ。頬が上気してる。
「おおっ、これは姫殿下!」
長い髭を生やした高位の神官らしい男性が、俺たちを見つけて話しかけてきた。
「こちらで、何やら『怪異』はありませんでしたかな?」
イヤ、神様の『ご光臨』を「怪異」とか言っちゃダメだろ。
「うむ。プリムローズ、説明せよ」
「はい、殿下」
第三王女が筆頭侍女に面倒を丸投げにし、こっちにやって来た。
「ジン、眠い。おんぶ」
疲れた子供か?
「……ハイ、どうぞ」
俺はしかたなく「おんぶ」した。
姫は俺の背中に体重をかけ、肩にあごを乗せるともう眠り始めていた。
背中には、なかなか素敵な感触がある。ちっちゃいけれども。
「……(凝視)」
そんな俺を『巫女』と思しき女性が、じ――っと見ていた。
俺が『全能神神殿』の男湯にふさわしい姿だったからだろう。
どうせ風呂掃除だと思って、俺はず――っと全裸だったのだ。
もう、誰にも注意も注目もされなくなっていたのだった。
ちょっと、さびしかったのだ。
と、その人が、
「プロペラ小僧さま?」
そんな風に、俺を呼んだ。
「そ、そんな名前の人は知らない」
俺は、彼女から視線を逸らせながら言った。
でも、俺が言っても可愛くない。やっぱ、エロマン○先生じゃないと……あ、ちょっと訂正。『エロマ○ガ先生』の○霧じゃないと。
「「「「……なんとびっくり! 『ご光臨』ですと!?」」」」
向こうでは、プリムローズさんの説明を受けた神殿関係者のみなさんが驚愕の声を上げている。
「ねー、『宝探し』の話はー?」
ミーヨが、ぶーたれてる。
なんか、もう『宝探し』はどこ行ったの? って感じだった。
◇
『全能神神殿』の一室で、事情を聴かれている。
天井の高い部屋で、天井近くの高い壁のところに鎧戸がついている。
あそこから隣室に、声が筒抜けになっているっぽい。
隣の部屋に、人が居る気配がするのだ。
目の前に、美しく神々しい感じの女性――『七人の巫女』の一人が椅子に座っている。
『巫女』は『巫女見習い』と違って、素顔はオープンらしい。白いヴェールは被ってない。
ねっとりとしたクリームみたいな金髪だ。ツンとした鼻筋で、ぽってりとした厚めのくちびる。瞳は茶色だ。
とある部位が、パツンパツンになった白い祭服を身に着けている。
質朴な『巫女見習い』の服と違って、細かな銀糸の刺繍が一面に入っているので、白銀色に見えなくもない。
つい先刻まで、男湯の掃除中で「全裸」だった俺だけど、この人のために、わざわざパンツを購入の上、着用させられたのだ。
あと、『トガ』もだ。
『巫女』は「清き乙女」じゃないといけないらしくて、異性の裸を見る事は「戒律」に抵触するらしい……てか、もう明らかに手遅れだと思うんだけどな。しっかり見られたし。
二人の間にある机の上には、水差しとコップ。
ただし、『冶金の丘』らしく、両方とも金属製だ。
「あなたの同伴者の少女から、『でね。ジンくんが神さまの悪口言ったら、なんか怒ったらしくて、急に出て来たのー』という証言がありまして」
その美しい女性は、ミーヨの口ぶりを完璧に真似て言った。そっくりだった。
てか、ミーヨは何を言ってるんだ?
俺の不利になるような証言を……よし、あとでたっぷりと(以下略)。
「悪口ではないです。俺の思い込みと考え違いからの誤解を解くためにわざわざ『ご光臨』なさった、というのが真実です」
俺がそう言うと、女性の右肩がびくんと動く、そして、それに連動して「お胸」も揺れた。
『神殿』関係者のみなさんは『ご光臨』と聞くたびに、無意識に体のどこかしらを、びくん、と反応させるので、からかうと面白いのだった。
少し離れた机には、速記係か記録係らしい白いヴェールを被った女性が座っていて、俺たちの会話を書きとってる。
『巫女』や『巫女見習い』と違って、服は黒い。『神官女』という職の女性らしい。
俺の『脳内言語変換システム』が、『ゴブリン○レイヤー』のヒロインに遠慮してるのか、そんな名称になってる。
そう言えば、『灰と幻想のグリ○ガル』でも、初期のチーム・ハ○ヒロが『ゴブリン○レイヤー』と呼ばれてたな。そんで、あの作品では男女関係無く『神官』だった。
「……(さらさらさら)」
『神官女』さんが、パッと見はストローみたいな細いガラスのペンを紙の上で走らせてる。
ペン軸は「ホソナガガラスガイ」の貝殻だそうだ。
中にインクが詰まってる。そんでペン先の部分には、何かの生き物の「爪」が使われてるらしい。真ん中に隙間があって、筆圧でインクがそこから滲み出る仕組みらしい。なので「羽ペン」ならぬ「爪ペン」って名前だそうだ。
その『神官女』さんは、俺たちの会話に聞き洩らすまいと神経を研ぎ澄ませてる。
てか、『★聞き耳☆』で「耳がでっかく」なっちゃってる。『この世界』の『魔法』の仕様で、アイコン的にそうなってるのだ。『★遠視☆』を使うと「目がでっかく」見えるし。とすると「嗅覚」を上昇させると、どーなるんだろ? 鼻の穴がデカくなって見えるのか?
にしても、警察の「取り調べ」ってこんな感じなんだろうか?
幸い、前世ではお世話にならなかったので、よく知らない。
だって「小市民」ですから。
「その『誤解』というのは?」
「それは先ほど説明しましたよ、ロザリンダさん」
もう、面談は30分ほど続いている。話すべきことは終わってるのだ。
他のみんな(ラウラ姫を除く)は、俺の秘密の核心については触れずに『事情聴取』を受けてくれたらしい。
よりにもよって『神殿』の人たちに、『賢者の玉』だの『錬金術』だの『全知神』の加護『★不可侵の被膜☆』だのの話はしたくない。
「『巫女』の名前を軽々しく呼んではいけない、と教えたでしょう。プロペラ小僧さま!」
「分かりましたから、俺のこともその二つ名で呼ぶのは止めてください」
ちょっと険悪になりつつあったところへ、
「もう、その辺でいかんべ」
扉が開いて、二人の高位神官が入って来た。
二人とも、先刻見た『全能神』のように長い髭をたくわえていた。
「なんにせよ。『ご光臨』じゃ『ご光臨』。ワシがここに赴任してきて初めてじゃ。喜ばしいこっちゃ」
聞いたら、『全能神』および『全知神』の『ご光臨』は、この惑星の各地で年に何度かあるそうで、そんなにミラクルな出来事でもないらしい。
ただし、ここ『冶金の丘』への『ご光臨』は久しぶりだったらしく、『神殿』関係者のみなさんは、すごく嬉しいらしい。
「あんたら、お昼も食べてきんさい。今日は肉だで」
俺の脳内では、常に『この世界』の言語が日本語に翻訳されているのだけど、この人たちの言葉は、なんか滅茶苦茶な方言のごった煮に聞こえる。
『神殿』の人たちは、あちこちの都市に「人事異動」というか「転任」があるらしいので、赴任先の方言が混じってるのかもしれない。
あるいは、俺の『脳内言語変換システム』が、テキトーにふざけて「翻訳」してるのかもしれないけれども。
「…………」
『巫女』ロザリンダ嬢は、一瞬だけ口元を皮肉な形に歪めたけど、無言で素直に退席した。
立ち上がる時と、歩く時、たぷんたぷんと揺れるものが目に付く。
そう、この女性、実は凄い巨乳なのだ!
まるで「シ○ル」か「バル○ラ先生」あるいは「牛飼○」か「○の乙女」みたいなのだ!
――『巫女』なのに、実に怪しからんのだ!
そんなスウさんみたいな事を思いながら、なんとなく『前世』からのクセで椅子の位置を直しつつ立ち上がり、俺様の俺様のポジションもリポジショニングしつつ、退室した。
部屋の外では、みんなが待っていた。
「ジンくん、お疲れー」
そう言って、あとでたっぷりと「お仕置き」が必要なミーヨが、俺の手を握った。
「……あ、ああ」
ま、いいか。ミーヨだし。
「お手間をおかけしました。お疲れではないですか?」
シンシアさんが俺を気遣って言うと、
「……(きっ)!」
『巫女』さんが、思いっきりシンシアさんを睨んだ。
「シンシア。あれは『巫女見習い』であれば、誰でも感じるものなのです。増長の無いように」
ロザリンダ嬢の言葉には、棘がある。
「かしこまりました。『巫女』さま。ご忠告感謝いたします」
幸い、シンシアさんの方からは、あの鋭い眼光は見えなかったらしい。対応は平静で丁寧なものだった。
ところで「あれ」ってなんだろう?
てか、「誰でも感じる」とか……別にエロい事ではなさそうだけど。
なんとなく、訊いちゃいけないような、秘密な事のような気がして訊けなかった。
「ジンさん。お疲れ様でした」
改めて、労いの言葉を頂いたので、俺もきちんと返す。
「お気遣いいただいて、ありがとうございます、シンシアさん」
「『神官長』様から、みなさんにも昼食を、との事でしたので、ご一緒しましょう」
シンシアさんが先導してくれるので、みんなぞろぞろ着いていく。
◇
『神殿』の回廊を歩きながら、
(♪腹減りー。 ♪腹減りー)
ラウラ姫が、妹君から教わったという『腹減りのうた』を、誰にも聞こえないような小声で歌っている。俺には聴こえてるけどね。
「『全能神』と『全知神』……。『世界の理の司』の管理者と思われるような存在が『ご光臨』? 前に『神行集』で読んだ限りでは……数千年前の初めての『ご光臨』の時は全裸で現れたらしいけど……今風の装いだったなあ」
今回、神様を初めて見たプリムローズさんが、色々とブツブツ言ってる。
「『神行集』の改訂版に……載るだろうな。さっきの事が。私は匿名でお願いしたいな」
なんだそりゃ?
「『全能神』さまと『全知神』さま……。合体すると『全知全能神』になると聞き及びますが……『合体』ってどういうことでしょう? この間の『破瓜の儀』みたいに……まさか、そんなことないですよね……? 『全能神』さまってお爺ちゃんでしたものね」
シンシアさんも、なにか妄想を逞しくしているようだ。少し頬が赤い。
「でー、『宝探し』の話なんだけどー?」
ミーヨだけは、大事なことを忘れてない。
ブレずに貧乏だ。
「おお、そうだった。まあ、食堂の隅ででも話そう」
プリムローズさんが気軽に言う。
◇
「「「「「風と水と大地と火と星と人に感謝を! いただきます!!」」」」」
『神殿』で昼食もゴチになった。
勝手に菜食主義的な戒律でもあるのかと思い込んでたけど、肉料理だ。
思いっきり肉食OKなのが、なんとなく違和感を感じるけど、それには理由があるのだ。
『この世界』では、時間の区切りを――一年384日を四分割して『四分』。
さらに三分割して『日々』と呼び、色の名前をつけて区別している。ちなみに今は『地球』の北半球の6月に相当する『青の日々』だ。
そして、その32日間の『日々』を8日間ずつ四分割して、『巡り』と呼んでいる。『地球』の『週』にあたる区切りだ。
でもって8日間は、『地球』の「曜日」にあたる――①木の実の日 ②お菓子の日 ③お肉の日 ④お野菜の日 ⑤お魚の日 ⑥果物の日 ⑦卵の日 ⑧お豆の日――という順序でグルグル巡っている。
つまり――
「うむ。今日は『お肉の日』だったな!」
ラウラ姫が、心から嬉しそうにしてる。
『前世』が日本人の俺としては、「スーパーの特売日」みたいに感じるけどね。
なんでも、『絶対に働いてはいけない日』に円形広場に落ちていた大きな鳥が『神殿』に寄贈されたらしく、今日の昼食はその肉を柔らかく熟成させた上で、ていねいに煮込んだものと、『神殿』内のカマドで焼かれた酸っぱい黒パン、緑色の謎な豆のスープ(グリンピースかもしれない)と、野菜の酢漬け、真っ赤なポタテ、あとは何種類かの果物――という献立だった。あんまり食欲をそそる色彩じゃない。
実は「日の名前」は、あまり食生活に関係ないのだ。その辺は雑なのだ。
パン工房で働いていた身としては、『パンの日』がないのが淋しいけれど、毎日食べるものなので除外されてるらしい。
ちなみに、『神殿』の黒パンは、何か黒いものを生地に練りこんでるらしく、ガチで真っ黒だ。食い物としては有り得ない黒さだ。
俺は『鳥肉の煮込み』に関して、微妙に身に覚えがある気がするので、食べずにラウラ姫に押し付けた。
「うむ。では」
もちろん、姫は喜んで食べてくれた。
めでたしめでたし。
◇
食堂の外には広い中庭があって、ミーヨが『プロペラ星の樹』と呼んでいた幹まで緑色のブロッコリーみたいな樹があった。
透明感のある若葉色の葉っぱがカエデみたいなので、さらさらと風に揺れて、なんとなく涼し気だ。
「★冷却ッ☆ ほい、一切れずつだよ」
食卓の下でこっそりと『魔法』を使い、食べ頃に冷やした瓜っぽい果物をくれたプリムローズさんが、そのまま食卓の下で一枚の紙片を渡して寄こした。
「ん? これは……?」
両足の間で、その紙片を広げて見ていると、右からミーヨ。左手からシンシアさんがのぞき込んできた。
無論。彼女たちは黄色い歓声を上げたりはしない。
残念ながら、いま俺は、なんちゃって古代ローマ人風の『トガ』を身に着けているし、パンツも穿いてるので、全裸ではないのだ。本当に残念だけど。
「詩ですか?」
「詩なのかな?」
二人が不思議そうに紙片を見つめてる。
「紙片に詩編?」
ダジャレじゃないよね?
それには、こんなことが書かれていた。
光が闇に打ち勝つ時 闇と光を分かつ境界で
高き尖塔に登りて 闇を見つめよ
闇の先にあるは すなわち光
剣は王に 金は銀に 木は森に 赤は紅に
星は海に 月は死に 石は丘に
扉に挑みし者よ それは開けてはならぬ
「何かの暗号? 謎解きっスか?」
俺が訊ねると、
「『宝探し』のね。私には解けたよ」
プリムローズさんは楽しそうに笑っている。
「一、二、三……七つ。『七人の巫女』が派遣される都市の数と同じです。これ合ってますよね?」
シンシアさんはまず二節目に注目したようだ。
「……」
プリムローズさんがニヤニヤ笑っている。
たしか、その七つの都市って……。
「こうなりますね」
シンシアさんが、さらさらと紙に書きつける。例の爪ペンだ。
王都 剣は王に
銀の都 金は銀に
鐘楼の街 木は森に
万緑の紅 赤は紅に
美南海の水都 星は海に
死の廃都 月は死に
冶金の丘 石は丘に
おお、合ってるっぽい。
てか、間違いないだろ、コレ。
この七つの都市に、剣とか金とかの財宝があるらしいのは分かったけど……『冶金の丘』って『石』なんだ? なんか、しょぼそう……。
「開けちゃダメなら爆破? プリちゃんの魔法で吹き飛ばせるよね」
ミーヨが過激な事を言い出す。
イヤ、それだと中身もダメになるだろ?
「…………」
プリムローズさんは無言だ。
みんなの反応を、じっくりと観察してるようだ。
「闇と光を分かつ境界って『春分』ですかね? ほら地球でもいろいろあるじゃないですか、春分の日に特定の方向から朝日が射したり、日が沈む遺跡が……」
俺は言ってみた。
プリムローズさんは、誰にも聴こえないような小声でぶつぶつ言ってる。『日本語』でだ。
(『ストーンヘンジ。ルクソール神殿。マチュピチュとかね。地球各地にあるね』)
楽しそうだ。
でもって、俺が言ったのはハズレっぽい。
「光が闇に打ち勝つ時、とは何でしょう? 朝でしょうか?」
シンシアさんが言うと、
「そこが隠されてるんだよ。悪質なやり方で」
プリムローズさんが苦々しげだ。
「悪質ですか?」
「タチが悪い。本当に不愉快で卑劣なやり方で隠されてる」
そこまで言うか。
とすると、『前世の記憶』とか『地球』の知識が必要なのか?
「光・闇・闇・光・闇・闇・光――これを、○か×でなきゃ、1か0に置き換えて……」
「残念! 遠ざかった! これ、備忘録みたいなものだから、実は簡単に読み解けるんだよ。謎解きでもない気がするくらいだ」
プリムローズさんが、一転して愉快そうだ。
俺が間違うと、凄く嬉しそうに見えるのは……気のせいだよね?
「「「……うーん」」」
みんな考え込む。
詰まってきたら、ヒントを貰えた。
「ねえ、私たちが会ったのっていつだった?」
いつだったっけ?
「ああ、『絶対に働いてはいけない日』だったよね」
ミーヨだ。
「その日の正体って知ってる?」
なんだっけ?
「あ、はい。知ってます。『東の円』ではその日を『夏至』と呼びます」
幼い頃、その『東の円』で育ったというシンシアさんが言った。
「光が闇に打ち勝つ時――が『夏至』? 一年のうちで一番昼が長い日って事?」
うーん、納得がいかない。
個人的には「昼と夜の長さが同じ」『春分』とか『秋分』の日の翌日を推したいんですけど?
「……げし?」
ミーヨはペリドットの瞳を大きく見開いて、きょとんとしてる。
知らないらしい。普通に『女王国』で生まれ育つと、こうなるんだろうな。
確かに悪質だな。名前を変えてある。
『光が闇に打ち勝つ時』である『夏至』と、『女王国』だけにしかない休日『絶対に働いてはいけない日』は結びつかんわ。
次の『闇と光を分かつ境界』が……まあ、これこそが「朝」のことだろうし。
あとはもう、その時間帯に出来る塔の影の先端を探せ、とかいう良くあるパターンだ。
……って。
「あ――――――っ!!」
「「「「……(ギロリ)」」」」
つい叫んでしまい、周りから睨まれた。
「なんだい、ジン? 急に大声を出したりして」
からかうように言われる。
「あの日。広場にある塔の近くで空飛んでましたよね? 日の出ごろに……(ゴソゴソ)」
そう言いながら、大声出したせいで睨まれて、腹が立った俺は、こっそりとパンツを脱いで食卓の下に投げ捨てた。
パンツ地雷作戦だ。
俺はハル○ロ君じゃないから、別にパンツなんかいらないしね。
誰かが「ソレ」を見つけた時、どんな騒ぎになるだろう? と想像しつつ(ニヤリ☆)。
「ええ、そうよ。お陰で『四ツ目の怪鳥』まで呼び寄せちゃったけどね(ニヤリ☆)」
よい子は絶対にまねしちゃいけないような、悪い笑顔だった。
そう、『女王国』には、朝方『飛行魔法』を使うと『空からの恐怖』を呼び寄せてしまう――と言う迷信(?)があるらしいのだ。ホントになっちゃったけど。
「つまり、プリムローズさんはすでに見つけるって事じゃないっスか? ……ぼそぼそ(お宝の隠し場所を)」
最後の方が、つい小声になった。
プリムローズさんは、
「ええ(にっこり)」
先刻とは別人のように、お淑やかに微笑んだ。
こんな表情も出来るのか? この人こえー。
「私ひとりじゃ無理なのよ。お願い、ジン、力を貸して! 上手くいったら、私のおっぱい見せてあげる」
「分かりました! 全力を尽くします!」
見え透いたハニートラップ(?)だったけど、俺は即答してしまっていた。脳を通さず耳が口を動かした気さえする。ほぼ反射的な行動だった。
「……なーんちゃって、ウソ……え?」
俺はプリムローズさんがボケだと白状する前に同意を表明した。
よって、今のは口約束とはいえ、有効になるはずだ。
凄いな、俺。
まさに神速の域だったな。
「いや、今のは……」
彼女の弁明は、主君によって遮られた。
「うむ。約束は約束だ」
ラウラ姫が裁定を下す。
一番ちっちゃいのに、またまた大物ぶりを発揮したのであった。
めでたしめでたし。
◇
『巫女見習い』であるシンシアさんが『神殿』のお仕事で忙しかったそうで、『宝探し』は翌日に持ち越された。
で、その早朝――
「……あー、ヒマだ」
俺は上下反転した視界のままで、そう呟いてみた。
「……いー、天気だ」
見上げた空は青かった。
不意に、声がした。
「うむ。よい汗をかいた」
「ええ、姫殿下」
見ると、上下反転した視界の隅に、二つの人影が映った。
剣の修練をしていたラウラ姫とシンシアさんが、『冶金の丘』の『全能神神殿』に帰るところらしい。
そう、実はここ、『冶金の丘』じゃないのだ。
道幅100m以上ある『永遠の道』を挟んだ「お向かい」にある『北東路・下り第六駅』だ。
馬車で『女王国』を移動する人たちのための、宿泊や休憩の施設がある。
ただ、その中核となる部分の他にも、かなりの規模の街並みが広がっていて、ここから『丘』の工房に「通勤」してる人も多いらしい。住宅街みたいになってるらしいのだ。
今いるのは、その街外れにある『神殿』の「飛び地」の農園だ。
「お二人とも、お疲れ様でした」
俺は上下反転した視界のまま、言った。
「うむ」
「……えっ? あ、はい」
落ち着いたラウラ姫とは対照的に、シンシアさんが少しびっくりしながら応じてくれた。
この場所に案内してくれたのはシンシアさんだったのに、俺が地面に寝転んでる事には気付かなかったようだ。
シンシアさんは、美しい造りの、白くて華奢な弓を手にしていた。
今も南の空に見える『この世界』を囲む星の環『南の弓』のようだ。正式にはそう呼ぶらしい。
前にミーヨが言っていた『みなみのわっか』は、子供が使う幼児語的な稚拙な言い方だったらしくて、他所の人にそう言ったら、俺が笑われたよ。
てか、剣術の修練なのに……弓? はて、面妖な?
「今日の修練はいかがでした?」
きちんと立ち上がってから訊いてみると、
「うむ。シンシアに矢を射って貰い、それを抜刀術で払い落とす技を磨いていた」
事もなげに、ラウラ姫が言う。
なるほど、そのための弓か。
しかし、そんなことしてたのか? 危なくね?
シンシアさんの方を何気なく見ると、
「もちろん、鏃は外しています」
当然のようにそう言われた。
ですよね? 付いてたら、刺さるもんね。
てか、俺なんて「*」にブチ込まれたもんな。
「……(うぷぷ)」
シンシアさんも、思い出し笑いしてるし……。
「うむ。しかしながら、5回に3回ほどしか上手くいかぬ」
動体視力と反射神経は鍛えられるだろうけど、王女らしからぬ訓練内容だ。
「『先生』は、怪鳥の石弾投射を、刀で切り払ったと聞き及ぶ。まだまだ遠い」
「……そーなんですか」
俺も喰らった事あるけど、回避も出来なかったっけ。
どんな人なんだ? シンシアさんの父君って。物凄い達人なんだろうけど。
「あのー、ところでジンさん。何故地面に寝そべって空を見ていたんですか?」
「ここの、草刈りをしてたんです」
俺は正直に答えた。
ちなみに、ミーヨは調理場に駆り出されてる。
「草刈りですか?」
「ハイ。恩返しの奉仕活動なんです」
『神殿』の宿泊房に無料で泊めてもらったら、翌日の午前中に奉仕活動で返すのが慣例らしくて、俺は「『農園』の休耕地の草刈り」を言い渡されたのだ。
でも、場所を知らなかったので、ちょうど姫の剣術修練に同行するところだったシンシアさんに尋ねたら、そのまま一緒に現地まで案内してもらったのに……って、そう言えば俺が何の目的でここまで来たのかは言ってなかったっけ。
「ああ、そうでしたか。ご殊勝な事です。ご苦労様でした」
シンシアさんに労って貰えて嬉しいけど……苦労どころか、自分のチートさに呆れてしまっていたのだ。
「では、終わって、疲れて、寝そべっていた……というわけですか?」
「あ、ハイ。まあ、そんな感じです」
俺は、正直に答えられなかった。
なにしろ、「草刈り」そのものはあっという間だった。
なるべく根元から刈るように言われてたので、地べたに張り付くような姿勢で、右目の『光眼』の「レーザー眼」を、出力絞り気味に数秒間。左から右に薙ぎ払っただけで、そこそこ広い「休耕地」の雑草が、完全に刈り倒されてしまい、拍子抜けして、そのままただ寝転んでいたのだった。
でもこれで、こっそり色々と試してる「レーザー眼」に、また新モードが追加された。
日本神話の日本武尊の話に「草薙剣」が出てくるから、それに因んで「ア○ス」とでも名付けよう……って因んでないし、「薙切」だし。「え○な」もいるけど、どっちかと言うと、俺は「ア○ス」だな。ちなみに『食○のソーマ』の話ね。
ま、フツーに「草刈モード」でいいか。
でも「ま○お」って名前の草刈り機が実在してたハズだな。
関係無いけど、H○NDAの「魔改造草刈り機」は時速240㎞出るんだっけ?
「それにしても、このままにしておくと、ゴロゴロダンゴムシが転がって来て、寝転がったまま食べちゃうかもしれませんね」
シンシアさんがそんな事を言う。
『永遠の道』の脇の草地には、ゴロゴロダンゴムシがいっぱいいるしな。雑食らしいけど、草が好物なのかな?
「そうなんですか? なんか家畜の飼料にって話だったんですけど」
刈るだけで良くて、フォークを使って集めるのは、他の人がやってくれると言う話だった。
なお、ここで言う「フォーク」は、農業用の鍬だ。食事用のフォーク似だ。てか、モトネタはこっちかな?
そんなんはいいとして、終わるまで時間がかかると思われてるらしくて、来ないのだ。その人。この辺りは、毎晩のように深夜強風が吹くし、ほっとくと全部どっかに吹き飛ぶらしいから放置は出来ないのに。
「草の匂いで、寄って来るかもしれませんよ」
レーザーで刈った直後は、焦げ臭さと青臭さの混じったエライ匂いがしてたけど……もうすでに、風がどこかにその匂いを運んで行ってくれたようだ。
今は、二人の少女の汗の、湿った匂いがする。
良いニホイだ……って、ちょっと変態ぽいな。
あと、昨日のラッキースケ……イヤ、お風呂掃除中のハプニングは、ラウラ姫の「剣の訓練」終わりに、「汗を流すため」だったそうだ。
「彼らは、とても大人しいですから、危険はないでしょうけど」
彼らとは、ゴロゴロダンゴムシたちの事らしい。
たしかに、凶暴さの欠片も無い、大人しい生物だ。
でも、地面に落ちてる食べられそうな物は、なんでも食べちゃうらしいのだ。言ったら、『この世界』の「お掃除屋さん」なのだ。
「そうならないように見張ってます。お二人は俺に構わず、『神殿』にお戻りください」
俺が言うと、シンシアさんが一礼する。
「では、私たちはお先に。また、後ほど」
「うむ」
「……ハイ、後でまた」
真っすぐ前を見て、スタスタと早足で歩くラウラ姫を、シンシアさんが追いかけて行く。
来た時には、『永遠の道』の真ん中に居る『陸棲型』に躓いて「転びそうになるけど転ばない」と言う反射神経の良さを披露してたラウラ姫だけど、足元もよく確認して歩いて欲しい。周りがヒヤヒヤするから。
にしても……俺が「レーザー」で、ラウラ姫が「刀」。シンシアさんが「弓」と「回復(『癒し手』)」。プリムローズさんが『魔法』か。
そんでミーヨは……護身魔法の『★痺れムチ☆』か……でも、アレって対男性用らしいからな。
メイン・ウェポンは「実体」の鞭かな? 鞭って「近接」なのか? 「中距離間接」なのか? はたまた騎手か? あるいは馬車の馭者なのか?
やっぱり、お約束で鉄板のSMの女王様なのか?
どうなんだ? バトルになった時の、パーティーのバランス的に。
ま、ここから『王都』への旅に、そんな危険は無いらしいけれども。
◆
備忘録は書いた本人にしか理解できない。そして時間が経つと書いた本人にも理解できない――バツ×




