003◇一人でごそごそ そして旅立ち
「……ミーヨ?」
「……(すうすう)」
女神様(?)が逃げ去った後も、ミーヨは目を覚まさなかった。
ほとんど寝ずに、俺にずっと付き添っていてくれて、疲れ果てていたのかもしれない。
地面に寝たまま、首だけ動かして右隣を見ていると、どうしてもミーヨのパンツに目がいく。
眠っている女性の下着とか、勝手に見てはいけない気もするので、頑張って立ち上がってみよう。
「……お?」
すっ、と立ち上がれた。
体調はいいみたいだ……というか、「この体」はもともと『俺』の身体じゃないはずなんだけど……ふしぎと違和感はなかった。
自由に、思い通りに動かせる。
でも、両手両足を見ると……見慣れない、浅黒い肌だ。
それだけは、物凄い違和感が消えない。
元の俺とは、ぜんぜん違う顔なんだろうな。
こんな麦畑の中じゃ、鏡もないから確認出来ないけど。
ただ、あの女神様が言ってた『君はいずれ、もう一人の自分と出会うであろう』って言葉を考えると……今の自分の顔を知るのが、怖い気もする。
「……ん?」
立ち上がってみると、ムギの背が、妙に高いのに気付いた。
穂の部分が、俺の身長よりも高い。
ミーヨは俺たちが16歳って言ってたけど、地球で言ったら、そのくらいの年頃なら160とか170㎝くらいの身長があるハズだから……凄い長いな、コレ。
こういう主食に成るような穀物の栽培種って、収穫しやすいように背丈が短いと思うんだけどな。……ずいぶん背の高い麦だ。
なんか特別な品種改良か……それとも「ゲノム編集」でもしてあんのかな?
ま、いいか。考えても分かんないし。
「……(すうすう)」
体育座りのまま、横向きにへたり込みそうになるミーヨを、上半身を支えながら、地面に寝かせる。
その下には、女神様(?)に脱がされた俺の服を敷いた。
また、全裸になっちゃってるけど……なんか、もう慣れた。
「……(すうすう)」
ミーヨは、静かに寝息をたてている。
自然に目を覚ますまでは、このまま寝かせておこう。
――さて、どうしよう?
とりあえず、あの女神様(?)が残していった品々をチェックしよう。
◇
まず、俺を殺した――といういわくつきの『黒い大鎌』。
デカい草刈り鎌だ。
長い柄から広い間隔で二本の握りがついてる。
そこを持って振ってみると、思ったよりもずっと軽い。
三日月の黒い刃は、俺の腕一本分くらいの長さがある。
体ごと捩じって半回転すると、一度にかなり広い範囲が刈れそうだ。
試しに、近くのムギを刈ってみる。
ザッ……と音がして、ほとんど何の抵抗もなく、大量のムギが刈り倒された。
めっちゃ切れる。
切れすぎて怖い。
良さげなら、俺のメインウェポンとして使おう――とか、ちらっと思ったけど……やめとこう。
デカくて、持ち運びたいへんそうだし。
◇
次に、『革袋』。
手のひらに乗るくらいの大きさだけど、かなりずっしりと重たい。1㎏以上は確実にある。
握ってみると、じゃりっと何かがこすれ合う感触がする。
きっと金貨だろうな――と思って、紐をほどいて開けてみると、やっぱり金貨だった。
『革袋』じゃなくて『金貨袋』だったのか……。
皮製の金○袋なら、自前のが……イヤ、そう言うのは今はいいか。
でも、大きさがホントにそのくらいなのだ。なんか親しみのわく大きさだ(笑)。
そんで、これってやっぱり、この世界の通貨なのかな?
にしても、女神様が人間に現金渡すって……どうなの?
とりあえず、ギチギチに詰まってた中から、一枚取り出してみる。
「あれ……この図案って?」
裏か表か分からないけれど、一方の面に、長い髭の老人と若い女性の姿が刻んであった。
「これって、ミーヨの話に出てきた二人組なんじゃ……」
なぜか文字は読める。
『俺』になる前の「ジンくん」が持っていた知識だろう。助かる。
異世界文字を、ゼロから覚える……とか俺には無理だ。
ただ、この世界の文字を見ると、同時に脳内に日本語の文字列が思い浮かんでしまう。俺の『前世の記憶』のせいかな? 微妙にわずらわしい気もする。
「えーっと……爺いが『全能神』。女神の方が『全知神』……やっぱ、これって」
うーむ。
あの女神様(?)は――『全知神』なのか?
まあ、「神様」って言うと俺なんかは、ついつい黒髪ツインテールで声が可愛い巨乳のボクっ娘な女神様を連想してしまうから、今後は『全知神』と呼ぶことにしようっと。
にしても、あの服の構造は何がどーなってんだろ? ……って「巨乳のボクっ娘な女神様」の方(笑)。
……それはそれとして、『全知神』って名前からすると、真面目な文系の図書館の司書みたいなイメージを受けるけれど……あの人、なんかヤンキーみたいだったぞ。
でもって、なんで『全知神』が、深夜にムギ刈りなんかしてたんだ?
ストレス発散のたぐいか? なんか、ありえそうで怖いな。
ひっくり返してみると――太陽の模様だ。
「『太陽金貨』か」
これ、いったいどれくらいの価値があるのやら。
数えてみると、全部で三十二枚だった。
半端な気がするけれど、革袋にびっちりと詰まっていたのを考えると、枚数の問題じゃないのかもしれない。
◇
次に、いよいよ俺ってもう「人外化」してるかも? って部分に触れることになる。
右目に手を当ててみる。
「右目なんだよなぁ……」
右目が光るのは……『Char○tte』の主人公か?
でも、アレって魔眼じゃなくて特殊能力だしな。しかも両目光るし。
だいたい魔眼って――北欧神話のオーディンになぞらえてあるかの知らないけど、左眼に宿るはずなんだけどな。
男のロマンである「世界征服」の偉業を成し遂げたル○ーシュ様とか(『コード○アス 反逆の○ルーシュ』)、火星のスーパーロボット相手に無双(?)した界塚伊○帆君の「アナリティカル○ンジン」とか(『アル○ノア・ゼロ』※2クール目)。
……どうでもいいけど、両方ゼロだな。
――ちなみにこの二人、直接ぶつかったらどっちが強いんだろう?
現実逃避ぎみに、中学生みたいなことを考えてしまう。
「上上下下左右左右」
一人で視力検査ごっこしてみる。
てか、「コ○ミコマンド」だけど。
スカイダイビング中にピンクのクマの着ぐるみの中で入力とか無理だけど。
あ、唐突に思い出した。
『ちちびんた』……「ち○びんたりか」って、昔のコ○ミのシューティングゲームの敵キャラの名前だ。そして、これって『ハイス○アガール』で観たんだった。だから知ってたんだな。ちちびんた(笑)。
それはそれとして、魔眼と言っても……左目を瞑っても、フツーに視えるんだけどなあ。
「『光眼』ってなんなんだよ。ホントに光るのか、コレ?」
日は高く、まだ明るいし、鏡もないので、確認不可能だ。
麦がつくる日陰はあるけど……またあの流血の痕は、見たくはない。
うん、後回しだな。
あと、女神の魔法――『★不可侵の被膜☆』ってなんだったんだろう?
シーチ○ンみたいに、全身オイル漬けにされたような、あのヘンな感覚は?
「…………(むぎゅっ)」
自分で自分の頬をつねってみる。うん、フツーに痛い。
「…………(パン!)」
自分で自分の頬を引っ叩いてみる。やっぱり、フツーに痛い。
バリアー的なものじゃなくて、怪我とか病気を防ぐような、なにかかな?
俺が手を噛み切っても、何にも成れないだろうし――ガチな自傷行為はヤなので、これの検証もここまでだな。
◇
「…………(すぅすぅ)」
ミーヨはまだ寝てる。
最後は……あの金色の玉――『賢者の玉(仮)』だ。
『全知神』……かもしれないあの女神は、俺の事を『実験体』とか言いやがったんだよな……。
そんで『錬金術』て言われても……だいぶ前にプレイしたゲームくらいしか知らないぞ。
なんだったかな?
『ヴィ○ラートのア○リエ』だったかな?
そんで、「調合」って色々と道具がいるはずだぞ。
道具も無しで……どーすんだ? 「乳鉢」とか「ミルクパン」とか「とんかち」とか「調合専用釜」とか「金床」とか「羽ペン」とか「ランプ」とか「ガラス器具」とか「ルーペ」とか「細工道具」とか「アタノール」とか「遠心分離機」とか……いるんじゃね?
何ひとつ持ってないぞ。手ぶらだぞ。
にしても、『全知神』と言うらしい女神様に深夜麦畑で「たまたま」殺されて、その損害賠償的に貰ったのが、『光眼』と金色の玉の、2個の「たまたま」って……。
とりあえず……触って確認してみよう。
「…………」
俺は自分の股間に手を伸ばした。
……オナ○ーじゃないよ?
こわごわ金○袋の上から触ってみると、右側が多少大きい気がする。
強めに押さえてみると、ゴリゴリした硬さがある。
そして不自然なくらい丸い。きっと真球に近いんだろう。
「ああ……やっぱり、入れられちゃってるんだなあ」
思わず、しみじみと呟いてしまう。
なんか、切なく悲しい。
「……ジンくん? 何してるの?」
「ひょえ―――――――――っ!!」
ミーヨが目を覚ましたのはいいが、なぜにこのタイミング?
よりにもよって自分で自分の股間を触ってるところに、突然声をかけられて、めっちゃ慌てる。
「なななななな何もしてないよ。うん」
「わたし……って、いつの間に――寝たんだろ? 何か夢を見てたような」
俺の動揺は、寝ぼけたようなミーヨにあっさりとスルーされた。
「眠かったら、また寝てていいから。ムリすんな」
「んー……って、ジンくん起きれるようになったの? 目眩は? ふらつかない?」
ミーヨは俺を見て驚いていた。
「ああ? 大丈夫」
考えてみると、あの女……『全知神』に金色の玉『賢者の玉(仮)』をねじ込まれたあとぐらいから、目眩とかは感じなくなってたな。アレに健康促進効果とかがあるのか?
――やっぱ、なんらかのパワーストーンinマイラブなのか?
……ラブってなんだよ。
「えーっと、そしてまたなんで全裸なの?」
ミーヨが呆れたように俺の股間を指さす。
ぜんぜん動じてないので、よほど見慣れてるんだろう……。頼もしいかぎりだ。
「さあ?」
本当になんで全裸なんだろう。運命?
◇
やむを得ず――この考え方間違ってるかも――服を着る俺に、ミーヨが話しかけてきた。
「ジンくん……これって」
横に置いておいた『黒い大鎌』に気付いたらしい。
「お前が寝てる間に来たんだ」
「あの、『光る女の人』が?」
「うん、ただ昼間の月みたいで、光ってはなかったけど」
「……? 『つき』?」
ミーヨがふしぎそうな顔をする。
あれ?
この「惑星」って「衛星」ないの?
そしたら、文系の中学生は、どうやって告白するの?
あと、ス○ル君も口説き文句をスルーされるよ……って、いいか、そんなことは。
月の代わりに、今もミーヨの背後の青空に見えている『みなみのわっか』があるのか?
アレって、この惑星を取り巻いてる「環」だろうし、「赤道」の延長線上の宇宙空間にあるから「南の目印」なんだろうな、きっと。
アレって、「衛星」に成りかけか……あるいは、その残骸か?
謎な「わっか」だ。火星の某・帝国の騎士の城とか混じってないよな?
「まあ、話はついて、コレも置いてったから、これからは『ふしぎなわっか』とかはもう出来たりしないだろうな。事件解決ってやつだ」
「そっかぁ……。じゃあ、帰ろう。みんな心配してると思うし」
ミーヨはほっとしたように笑って、俺の手を引く。
「帰るってどこに? 俺たちってどこから来てどこに行くの?」
錬金術師じゃなくて哲学者的に問うてみた。
「だから、わたしたちの」
それを遮る。
「イヤ、その……なんて言えばいいんだ? 俺たちの遠い遠いご先祖って、どこから来たの?」
『地球』じゃないの?
「んー……どこからかは知らないけど、ずーっと昔々に『方舟の始祖さま』が、色々な生き物と一緒に、この世界に降り立ったんだって」
ミーヨはあっさりとそう言った。
『方舟』だとう?
「それが今の『王都』があるあたりだって」
「……」
大洪水のヤツか?
それがなんで、この、月も無いような地球とは別な惑星に?
「それはいいから、村に帰ろうよ」
ミーヨが俺の手を引く。
「村に、帰る……?」
――それって、『俺』にとっては非常にマズい選択肢なのでは?
◇
村に帰る――って言われても、それは困る。
村の人たちは、俺のことを知っているだろう。
だがしかし、『俺』は村の人たちのことをまったく知らない。
当然だ。
『俺』の意識はもう、その村で16年間生きてきた『ジン』では無くなっているのだから。
初めて会う見知らぬ人たちが、『俺』に親し気に話しかけてくるだろう。
その時、どう接すればいいんだ?
齟齬があればヘンに思われるだろうし、何かやらかして白い目で見られるかもしれない。
……正直、そんな痛々しい思いはしたくない。
そして、そんな中でこれから先もずっと――暮らしていけるのか?
……最悪、死ぬまで。
「うん、ムリ」
俺はそう結論づける。
『俺』のことを誰も知らない場所へ行って、ゼロから……イヤ、一から始めた方がはるかに気が楽だ。どう考えても。
それに……まだどんな能力か解明してないけど、『全知神(仮)』から貰った『賢者の玉(仮)』の力をもってすれば、何があっても一人でどうにかなるんじゃないのか?
まあ、『能力』に「ちから」とかルビふったら『俺ガ○ル』の雪ノ下○乃に怒られるだろうけれども。むしろウェルカムだけれども。
それに『錬金術』っていえば、純金作り出せるはずだし。
うん、いけそうじゃね?
「ミーヨ。俺、村を出る」
「うえ?」
「旅立ちの時が来たんだ!」
「うええっ?」
「旅立ちの朝を迎えた少年の熱いパトスは誰にも止められないんだ」
「うえええっ?」
「これ俺の母親に届けてくれ。鎌の方めっちゃ切れるから気をつけろよ」
俺はミーヨに『黒い大鎌』と『金貨袋』を押し付けた。
この子が、追いかけてこないようにしたい。
卑怯だけど、逆人質だ――ってナニソレ?
「ちょっ……ジンくん?」
「あと、お前の父親にも伝えてくれ。再婚には反対しないし、幸せになってくれ……って。俺ジャマにならないように家を出て、独立するよ!」
うん、決まったな。
「じゃあな!」
俺は麦畑をかき分けた。
遠くに、花野菜みたいなカタチの木がいっぱい生えてる。あの森を目指そう。
「あ、ジンくん! そっちは村だよ。『永遠の道』はこっちだよ」
「……」
ミーヨに呼び止められて、俺は180度回頭した。
「あらためて、じゃあな!」
「うん、また、なんだね?」
――なんか、恋人との別れにしてはミーヨの反応がおかしい。
泣いて引き止められても困るけど、スゴいあっさりしてるなあ。
まさか、追っかけてこないよな?
ところで『永遠の道』ってなんだろう? 訊くに訊けなかった。
ま、いいか。なんかの道路らしいから見れば分かるだろうし。
俺はやたらと背の高いムギの群れをかき分けて、突き進んだ。
自由へと向かって。
――こうして、『俺』は、生まれ育った村に一歩も足を踏み入れることなく、そこを後にしたのだった。
◇
麦畑はだだっ広かった。
高い建物もない。遠くに山もない。地平線が平らだ。
ところどころに森や林(果樹園かもしれない)があるだけの、広い平原だった。
故郷の山河もへったくれもない真っ平らな土地だった。
明確に、一度死んだ――という記憶がなければ、どっかユーラシア……中央アジアの農村にでも拉致られて目を覚ましたのか? とでも思ったかもしれない。
歩き続けて、どれくらい経っただろう。
歩いていれば、そのうち道に出るだろう――とか安直に考えてたけど……これ、適当に突き進んでても、道になんか出ないんじゃないだろうか?
徒歩で手ぶらで異世界旅とか、無謀もいいとこだったんじゃないのか?
――後悔が押し寄せてきていた。
(せめて、あの金貨の半分も貰っておけばよかった。せめて、なにか食い物貰ってくるんだった。ミーヨも連れてきたかった……あ~あ)
と思っていると、突然麦畑が途切れて、景色が一変した。
目に飛び込んで来たのは「白」だった。イヤ、某アニメの「妹」の方じゃないよ?
一瞬、雪景色かと思うような「白」だったのだ。
でも……純白ってわけでもない。少し灰色がかってる。
「ナニコレ? 滑走路か?」
とんでもなく幅の広い舗装道路が、ず――っと続いていた。
道の両端は地平線で消失している。
その脇は草むらだ。
そしてそこには、道路の排水溝みたいなものまである。
草地を十歩ほど歩いて、溝に落ちないように飛び越えると、コンクリートでもアスファルトでもない灰白色の硬い地面の上に出た。
「なんなんだ? これ」
アホみたいに広い。
ミーヨが言ってた『永遠の道』ってコレか?
宇宙……衛星軌道からこの惑星を見おろしても見えるんじゃね?
◆
永遠の道。縁起でもない名前――まる。