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027◇馬耳奴隷のおじさんたち



「ここか、馭者(ぎょしゃ)台って」


 馬車の前方に回って、馭者台に上ってみた。


 座席に座ってみると、高い視点で気分がいい。

 実際に走らせてみたい気持ちが、ふつふつと沸き上がるぜ。


「馬がいればなあ。馬どこだ? いないかな、その辺に」

 言ってみた。


 そんで、まさかとは思うけど、馬の耳つけた『獣耳奴隷』のおっさんが出て来る――とかはないよな?


「お呼びで? 旦那(だんな)様?」


 ――本当に、馬耳奴隷のおっさんが出て来た。

 日本の疲れ果てたサラリーマンを思わせる、哀愁ただようおじさんだった。


「…………」

 かるい目眩(めまい)を感じてしまう。


「もし、よろすければ、あっしの話を最後まで聞いて欲しいのでごんす」


 そんな風に言われて、馬耳のおじさんに懇願された。


「あっしの名は、ケンタウロス、と申しやす。よしなに」


 作り物の「馬耳」をつけた日本人顔のおじさんの名前が「ケンタウロス」って……どうなの?


 そして、俺は「擬人化」が苦手だから、某アニメは観てないんだよ。


「あ、間違えちまいやした。ケンタロウでごんす」

「もう、どっちでもいいわ!」


 ラウラ姫の他にも、自分の名前間違う人いるんか。


 そこに、もう一人現れた。


「どしたケンタ? お、そんお方は?」


 小柄な馬耳奴隷のおじさんBの登場だ。


 でも……この人……。


「……(うーむ)」


 俺の『前世』の知り合いの、「田中さん」に似てる。


 てか、そっくりだ。完全に瓜ふたつだ。

 競馬好きな田中さんが、『この世界』では馬耳つけて奴隷とか、何の因果か……って、ホントに別人だよな?


「こらは、話の分かる旦那すで、俺たちのお願いを聞いてくださーるそげな」


 言ってないわ、そんなこと。


「そいか。あるがたい」


 それにしても、獣耳奴隷のおじさんたちは、誤字でも脱字でもなく言葉遣いとイントネーションが変だ。何か理由があんのかな?


「んでは、旦那。お願いがあるのでごんす」


 異世界の田中さんは、平身低頭した。

 土下座しそうな勢いだ。正直やめて欲しい。まるで田中さんを見てるみたいだ。


「どうしたの、ジンくん?」

 ミーヨが、いつの間にか隣に来ていた。


「これはこれは、お美しー奥さんま。旦那様とおぬあいで」


 田中さんが、揉み手して媚びるように言った。

 やっぱり田中さんは異世界でも田中さんだった。ナチュラルに下手に出て、そこから食い込んでくる。さすがは田中さん(※完全に混同)。


「お似合い? 話を聞かせてください、おじさん。わたしたちが力になります!」


 ミーヨ? またか?


 そこに、ドロレスちゃんもやって来た。


「お兄さん、なになに~? また揉め事?」


 楽しそうに言うなよ、んなこと。

 俺は揉め事よりも、秘め事とか揉む事の方が、ずっと好きなんだよ。姫との秘め事は、一部の人間に公開されちゃってるけれども。


「……あれ? ひとり?」


 見ると、その姫がいない。ラウラ姫は、今何処(いずこ)


「おねーちゃんは、安らかな眠りにつきました」


 ドロレスちゃんは、沈痛な面持(おもも)ちで言った。


「…………ウソだろ? ――って寝ちゃったって意味か?」


 彼女の口元は、ちょっと笑ってたのだ。


「寝台に横になったら、あっという間でした。目を覚ますには、お兄さんのキスが必要です!」


 この思春期ローティーンが何を言ってるのか分からない件。

 でも、まだ12歳だから「ティーンエージャー」じゃないな。

 何だったけ? プレティーン? ま、なんでもいいか。


「……じゃあ、姫は寝かしておこう」


 今日は、何か所も「工房巡り」したからな。

 歩き回って疲れたろう。小さい子の「電池切れ」みたいなもんだ。


「あなたたち! 何をしているのです! こちらはお客様なのですよ!」


 駆けつけて来た女主人が、おじさんたちを怒ってる。


 やっぱり、自然に『獣耳奴隷』として、「下」に扱ってる。

 ……いい感じは、しないな。


「どうした、ジン?」


 プリムローズさんも到着。

 頼れる筆頭侍女様に任せてしまってもいいけれど。


 ……でも、お世話になった「田中さん」の頼みだしなぁ(※勘違い)。


「乗り心地を確認したいので、試しに彼らに馬車を()いてもらいたいのですが」

「まあ、そういう事でしたら、構いませんが……」


 俺がテキトーに言うと、その場はとりあえず収まった。


「いいですね? キチンと戻って来るのですよ? 場所は覚えてますか?」


 女主人は、おじさんたちに、いちいち言い聞かせるように言った。


「……どこからか、派遣されてるんですか?」

「この『奴隷』たちは、昨日の『賭け』でボロ儲……いえ、ちょっと臨時収入があったので、今朝がた買い求めたばかりの『新入り』ですの」


 不思議がった俺に、言い訳するみたいだった。


 ――その様子だと、相当儲けたらしいな。

 その当事者として、凄く複雑な気分だよ。


      ◇


「では、お借りします」

「はい、お気をつけて」


 あっさりと送り出された。

 王女様一行が、代金を踏み倒すとは思ってもいないみたいだ。


(ほり)の方なら、人気(ひとけ)がないはずなんで、そちらに行って、馬車を停めてください。そしたら、話を聞きますから」


 俺が馭者台から言うと、人力車の「人夫(にんぷ)」状態のケンタロウ氏が、訊き返してきた。


「西にしやすか? そんとも、ひんがしの船着き場の方?」

「『冶金の丘(このまち)』のこと、詳しいの?」


 プリムローズさんが、おじさんたちに訊ねた。

 俺一人にするのが不安なのか、馭者台にはプリムローズさんも乗り込んでいるのだ。


「本職の奴隷だった時分は、ずっとここーに居ましたんでさ」

「本職の奴隷なんて言い方は、やめてください」


 プリムローズさんが、不愉快そうだ。

 この人、『この世界』の「奴隷制度」が心底(しんそこ)嫌いらしいんだよな。


 とりあえず、一度半円形のロータリーに出て、街の東の濠に向かってもらう。

 西だと、お別れしたばかりのスウさんの工房があるので、ちょっと行きづらいのだ。


 馬耳奴隷のケンタロウ氏と田中さんの二人は、慣れているのか、呼吸(いき)もぴったりに馬車を引っ張る。男同士の変な関係ではないだろうけれども、本当にナイスコンビネーションだ。二人それぞれに別々な動きをしないといけないコーナリングの時に、それが分かる。


「あ、そこまっすぐ」


 俺は、馭者台から道を指示するだけだ。


「「はい、でごんす!」」


 本当の「馬車馬」ならば、こうはいかないだろうな。

 馬同士で、「呼吸を合わせる」なんてしないはずだしな。


      ◇


「このあたりでいいでごんすか?」


 東の濠には、「船着き場」があるので、そこは避けて、街の南東の隅っこに停めてもらった。


「……(キッ)」


 プリムローズさんが、怖い目をして近くの灰色の建物を(にら)んでる。


 なんだろう?


 実はこの辺り、大人の男性向けの「酒場」や「賭場」や「風俗店的なお店」があるから、それが不愉快なのかもしれない。


 そこにはきっと、(きら)めくような大人のファンタジーが待っているだろう。

 でも、その手のお店は、実は「18歳未満入店禁止」だ。

 なので、俺も入ったことはない。


 『この世界』では、16歳で「成人」のはずなのに、何故かそのへんはズレてるのだ。


 でも、考えたら「日本」だってそうか。

 18歳で選挙権があっても、飲酒・喫煙は20歳からだしな。


 とにかく、その手のお店は、入ろうとするだけで無碍(むげ)に追い払われてしまう。

 どうやって俺たちの年齢を見破っているんだろう? ……謎だ。


 もしかすると、そういう『魔法』があるのかもしれない――と思って、来る途中にプリムローズさんに訊いてみたら、理由が判明した。


 ラウラ姫が言ってた『魔法の黒子(ホクロ)』のせいだった。

 『女王国』に生まれついた者みんなに付着しているという『魔法の黒子』には、「身分証明証」的な機能があって、そこから名前や年齢とかの情報を読み取れるそうなのだ。


 そのせいで、俺はエロ……イヤ、色んな場所で「門前払い」されてたらしいのだ。

 噂では、『魔法』で、めっちゃ気持ちいい事をするお店があるらしいのに……。

 行けるようになったら、是非とも行ってみたいな。


 でも、ミーヨに怒られるだろうな。

 いつだったか見せてもらった護身魔法『★痺れムチ☆』とかを喰らいそうだな。


 それはそれで、いいかもな……。


 そんなバカな事を考えつつ、馭者台から下り、左側面に行って馬車の扉を開けた。


 なので、ちょっと質問を間違えたかもしれない(笑)。


「どうだった? よかった?」

「うー……揺れはしないんだけど、後ろ向きに引っ張られるみたいに進むのが気持ち悪くて」


 気づかれなかった。良かった(笑)。


「ああ、座席の向きがなぁ。あ、足元、気をつけてな」


 俺はミーヨの手を取り、お姫様のように馬車から下りさせた。

 なんかエスコート役のナイト気取りが可笑しくて、自分でも噴き出しそうになる。


「ドロレスちゃんは?」

「ミーヨさんと同じく、なんかヘンです」


 進行方向と逆向きの座席って、慣れないと相当な違和感があるらしい。


「む? こは何処(いずこ)ぞ」


 やっと起きたらしい。

 ラウラ姫が、妙に時代がかった言葉遣いで、不思議がってる。


「お目覚めですか、殿下。実はご就寝中、馬車の試運転を行い、少し移動いたしました」

 筆頭侍女が説明してる。


「うむ。ならばよし。……しかし、小腹が空いた気もするが……」

「残念ながら、近くに飲食出来るような場所はないようです」

「む……そうか」


 姫、しょんぼり。


「あ、パン食べる、姫ちゃん?」

 ミーヨの口の利き方が、ぞんざいだ。


「うむ、それはよい」


 姫、にっこり。


 にしても……また、食うの?


      ◇


 結局、馬耳奴隷のおじさんたちにも、パンを切り分け、話を聞くことになった。


「これは奥方さんま、あーりがたき幸せ」


 ミーヨが、わざわざエプロンまでつけて若奥様を演じてる。

 それにしても、エプロンか。なかなかいい小道具持っているな。今度(以下略)。


「そんなに長話も出来ないので、なるべく短めにお願いします」


 プリムローズさんが最初に釘を刺すと、おじさん二人は見つめ合って、頷き合った。


「われどもには、愛の結晶というべき、娘っ子がいるでごんす」

「え? おじさん二人に、そんな気色の悪いこと言われても……」


「おじさんたちには、それぞれに娘さんがいるんですね?」

 ミーヨが、はっきりしない点を確認してくれた。


「「そうでごんす」」


 そう言えよ。


「二人まとめて、それはそれは可愛いー子でごんすが、不幸にも『奴隷の印』がついて、この世に生まれてきたでごんす」


 『奴隷の印』。

 ――つまりは、「蒙古斑(もうこはん)」か。


「「「「「………」」」」」


 みんな無言だ。


       ◇


 『印』の出た子は、5歳から10歳までは、親元から『奴隷の館』に通って「奴隷としての心得」を教え込まれるらしい。

 

 それ、一種の洗脳じゃないの? って気もするけど……深く考えたくない。

 

「んで、つい先日、学びを終えて、本職の奴隷として、巣立つこととなったでごんす」


 異世界の田中さんだ。


「二人とも仲が良しで……別の場所に売られていくんが、それはそれは、それはそれは可哀相で可哀相で……うぐっ……ふぐっ……」


 ケンタロウ氏が泣き出してしまい、田中さんがあとを引き継いだ。


「二人で相談して、我が身をもう一度売り、そのお金で娘たちを『東の(つぶら)』へ落とす事にしたのでごんす」


「我が身を、もう一度売る? 『東の円』へ落とす?」


 どゆこと?


「獣耳奴隷は終身の身分じゃないから、一定の期間で解放されるんだよ。でも、お金に困った家族を助けるために、もう一度奴隷になる場合もある。『捨身(しゃしん)奴隷』ってゆーんだって」

「ドロレスちゃん?」


 驚いだ。言ったのは、ドロレスちゃんだったのだ。

 随分詳しいな。


「本当なら、『印』が出て、それが消えた時までの4倍の年月が、『奴隷期間』って事らしいですよ」

 ドロレスちゃんが、さくっと言う。


 でも、「蒙古斑」って、10歳くらいまで消えない子もいるらしいから、それだと40年以上も『奴隷』のままって事になっちゃうよ……。


 と言うか、よくご存知で。

 ――ドロレスちゃん、本当に君は何者?


「何度も『一日(奴隷)』やったことあるから、他の子に聞いて、いろいろ知ってるよ」


 ドロレスちゃんがニヤリと笑った。年齢に不釣り合いな悪女顔だ。


 たしかに、最初に出会った時、この子は「猫耳ちゃん」だったな。


      ◇


 おじさんたちの話は長くなるので、プリムローズさんが、不愉快そうにしながらも簡潔にまとめて教えてくれた。


 『前世』での「罪の印」と誤解されている「蒙古斑」のついた『真性奴隷』。

 ドロレスちゃんが言ってたように、蒙古斑がついていた年月の4倍の期間、自由を奪われ、物のように売買されてしまう人たちだ。


 他にも――


 今世で重い罪を犯した『犯罪奴隷』。

 若年者や軽犯罪者に科せられる『一日奴隷』。

 借金の担保(カタ)になり、返済出来ない場合の『債務奴隷』。


 そして、今回のこの二人のように、自分の意思で自身を売却する『捨身奴隷』。その売却金の受取人は、奴隷本人が指定出来るらしい。


 他にも、戦争で捕まった捕虜が強制労働させれる場合もあるらしいけど、『女王国』では百年以上も大きな戦争はないそうだ。


 ――それらの人たちが、動物の付け耳を付けさせられて、使役動物のように働かされているのが、『この世界』での「奴隷制度」らしい。


 そんで、異世界もののアニメによくある「主従契約」とか「奴隷紋」とか「魔法印」とか「錠前付きの首輪」とか「拘束具」とか「呪具」とか「羞恥に悶える表情」とか「まるでアレみたいな喘ぎ声」とか「ナニかに貫かれるような痛み」とかは無いらしい。……不謹慎か。


 とにかく、どこか(たぶん『奴隷の館』だろう)で、「わたしは○○○の奴隷。○○です」みたいな事を口に出して言うと、その情報が『魔法の黒子(ホクロ)』に記録されてしまうらしい。


 で、頭に装着する『獣耳カチューシャ』には、「持ち主」の名前と連絡先が書いてあるらしい。……犬や猫の「首輪」か?


      ◇


「それと――まだ一般にはあまり知られていないが、奴隷制度から逃れた『印ある者』たちが、『東の(つぶら)』に集まって国家を形成しつつあるそうだよ。『ケモノの領域』を切り拓いてね」


 プリムローズさんも、さすがに詳しそう。


 いやいやながらも、色々と情報を集めているんだろうな。

 プリムローズさんは前々から『獣耳奴隷制度』の廃止に向けて、色々と画策しているようだけど……。


 俺自身は『この世界』で目覚めて、まだ日が浅いし、バカでヘタレだし、出来ることなんて限られてるだろうな。どこまで力になれるやら……。


「われらが『女王国』は、隠れもなく奴隷制度のある国だから、それから逃れようとする者も多い。そういった逃亡奴隷を支援する『落とし屋』がいて、希望する者を『東の(つぶら)』に逃がすのさ。で、察するに、その『落とし屋』がニセモノで、お金だけ(だま)し盗られた上に、娘さんたちまで奴隷として売られてしまった――という事かな?」


「「そのとおりでごんす」」


「む、許せん。私が叩っ斬ってくれる」


 ちっちゃいので、ぜんぜん迫力はないけれど、姫が怖い事を言い出す。


「誰が許せないとお思いですか? 落とし屋のニセモノですか? 奴隷制度から逃げようとしたその子供たちですか? 騙されたおじさんたち? それとも、奴隷制度なんてものがあるこの国そのものですか? あるいはそれを禁じない『全知神』さまや『全能神』さま?」


 プリムローズさんが切り込んだ。

 しかし、いいのか? そこまで踏み込んでしまって。


「うむ。ジンはどう思う?」


 俺に振るな――――――っ!!


「うむ。ミーヨはどう思う?」


 俺はミーヨに振った。


「うええっ、わたし? えーと、そう。まずは手近な問題から、片づけるべきなんじゃないかな」


 ミーヨは妙な呻き声を上げたあとで、なんとか返答した。


「――だそうです。姫はどう思われます?」


 俺はラウラ姫に振った。

 てか、振り出しに戻した。


「む? 手近な問題というと、そこな二人の娘子たちのことか?」


 ひょっとしたら、身長はその子たちと大差ないかもしれない姫が言う。


「……(目で合図)」


 俺がミーヨに目線を送ると、ペリドットの瞳がキョドってる。


「は、はい。小さい子が不幸せになるのはダメだと思います」

「――だそうです」


 俺はラウラ姫を不敬だけど、見おろす。

 だってちっちゃいし。この子も不幸にしちゃイカンな、うん。


「まずはそこからか。……うむ」


 姫は腕組みしながら、深く頷いた。


「「……(じーっ)」」


 水色のプリムローズさんと、青いドロレスちゃんの瞳が冷たい。

 二人とも「寒色系」の目をしてるから、冷気がハンパない。


 ハッキリと体温が下がるくらいだ。

 ねえ、それって冷気魔法? ブリ○ガ?


 我ながら、見事な「中継ぎ役」だったと思うんだけど……ダメ?


      ◇


 たまたまの「成り行き」だったけど……話を聞いてしまった以上、無視も放置も出来なくなった。


 (くだん)の『落とし屋』のニセモノは、まだこの街に居るらしい。

 救出作戦の決行は、明日という事になった。


 聞いたら、次代の女王候補である『三人の王女』には、「警察権」に相当するような権限があるらしい。

 プリムローズさんに言わせると、決して違法な事でも無謀な事でもないらしいのだ。


 だからって、俺たちが「正義の味方」に成れるのか?


      ◇


 いったん馬車工房にまで戻って、馬車を返した。


 実を言うと、引き取っても「置き場所」がないのだ。

 狭い街だし、月極(つきぎめ)駐車場的なシステムも無いそうなので、また後日、受け取りに来ることになった。


 それで、本当に「宿探し」が必要になってしまった俺たちを救ってくれたのは、黒髪の美少女。『巫女見習い』シンシアさんだった。


 姫を送るついでに寄った『全能神神殿』の巡礼者用の宿泊房に、一部屋用意してくれたのだ。


「くれぐれも、ここでは性交しないでくださいね」


 また、「性交禁止令」が出たよ。


 しかたないか、『神殿』の中だし。シンシアさんも『巫女見習い』で恋愛禁止中だし。となりにも、一般の巡礼者がいるし。


「分かってますよ。シンシアさん」

「絶対にダメですよ?」

「分かってます」


「手もダメですよ? 『白い花』咲かせちゃダメですからね」

「な、何を言ってるか分かってるんですか? シンシアさん!」

「ふふっ、冗談です。それでは、お休みなさい。ジンさん、ミーヨさん」


 シンシアさんは、お茶目に笑って、去っていった。


「冗談って言ってたから、手はいいのかな?」


 冗談で言ってみると、ミーヨが何やら呟いていた。


「……ぼそぼそ(見せつけてやりたかったのに、帰っちゃったか……残念)」


 えーっと。俺には、丸聞こえですよ?


      ◇


 翌日の朝食後。

 敷地の隅に、みんなで集まった。


「で、最終的な落としどころはどうします?」


 俺は目の前の4人に訊ねた。

 話は昨日の続き。騙されて売られてしまったという奴隷の子たちについてだ。


「うむ、助け出して、それで終わりとはならぬか」


 わしゃわしゃとした癖のある金髪と、活力のある青い瞳をした小型の美少女。ラウラ姫だ。


「また同じように、奴隷として売られちゃったら、なんにもならないよね」


 おでこ全開の栗毛の三つ編み。明るい緑色の宝石ペリドットのような目をした中型の美少女。ミーヨだ。


「今回の件に絡んだ奴隷商人に正義の鉄槌を下し、その上で、彼らの希望通り、『東の(つぶら)』へ逃げさせるしかないのではないでしょうか?」


 波打つ赤毛を、大きなバレッタで後ろでまとめてる。水色に、赤みが混じって紫色にきらめく瞳を持つ、わりと大型の美少女。プリムローズさんだ。


 しかし、彼女。なんか過激なことを言ってる気もする。


 そして、ひさびさに外見の描写をしてみると、改めて思う。

 みんな美少女だ。


 ヒャッハ――――ッ!(※違うだろ)


「ですが、『東の(つぶら)』へは、行くだけでも大変ですよ」


 ロングストレートの黒髪に天使の輪が光輝く、黒い瞳の中型の美少女シンシアさんだ。

 名前がシンシアでも、見た目はほぼ完全に日本人の美少女だ。ちょっとつり目で、笑うと三日月目になる。それがまた可愛いのだ。


「大きな海を越えた、はるか彼方の土地ですから」


 『女王国』がある大陸の東側に広がる大きな海にある「島」らしいんだよな。


「それに、『永遠の道』とは完全に切り離されています」


「「「……ああ」」」


 それだけの説明で、色々と察したらしい。

 みんなから、ため息がもれた。


 『この世界』の人間たちは、『永遠の道』の近辺に暮らしているのだ。

 『永遠の道』は、『この世界』の人間社会を支える重要なインフラストラクチャーなのだ。


 交通・物流はもちろん、なぜか路肩で「お塩」は採れるし、所々で真水も湧いている。『道』の端っこを切り出した石材は、建築資材にも使われている。さらに言えば、生ゴミを置いとくと、路傍(ろぼう)に暮らすゴロゴロダンゴムシたちが食べてくれるらしい。


 なので、『この世界』の大きな街は、ほとんどが『永遠の道』の近くにあるらしい。

 『道』から離れると、その恩恵を受けられなくなるので、極端に生活環境が厳しくなるらしいのだ。


 そういった意味では、『東の円』って凄い不便そうだ。


「海の向こうですし、たどり着いたとしても、良い土地は先住者のもの。『ケモノ』が駆逐されていない場所に追いやられて、毎日が『ケモノ』との戦いになります」


「「「……へぇぇぇ」」」


 みんな感心してる。

 シンシアさん、やたらと『東の(つぶら)』の事情に詳しいな。


 ん? でも、ちょっとおかしい。


「シンシアさん、昨日の午後いましたっけ?」


 居なかったよね? 間違いなく。


「別行動でしたよ」

 シンシアさんが澄まして言う。


「ですよね? なのに、なんで……」

「プリマ・ハンナさん(※プリムローズさんの事だ)から聞いて、概要は理解しています。それと……みなさんだから話しますけど。実は、私と姉は『東の(つぶら)』で育ったんです。私たちを獣耳奴隷にしたくなかった父が、『印』が消えるまでのあいだ、向こうに置いておいたんです」


 シンシアさんが、意外な告白をした。


「そーだったんですか?」


 『奴隷の印』って、要するに「蒙古斑」の事らしいので……つまり、この美少女のお尻に、赤ちゃんの頃……。


「え? なんですか、ジンさん。ホントに『印』が消えてるかどうか確かめさせろ! とか言うんじゃないでしょうね?」


 意外と大人のジョーク好きなのかもしれないシンシアさんから、そんな事を言われた。


「もし、消えてなかったら……どうなるんですか?」

 訊いてみた。


「もちろん、『獣耳奴隷』にされてしまいます。猫耳とか可愛いので、ちょっと興味はありますけれど」


 シンシアさんは、可愛い三日月目になりながら、言った。

 確かに、めっちゃ似合いそう。目を閉じた猫に似てる気もする。


「確かに、猫耳とか物凄く似合って、物凄く可愛いでしょうけど、俺がそんな事させませんから! 俺が守りますから!」


 俺は宣言した。


「……まるで、愛の告白ですね? 私は『巫女見習い』なので、『恋愛禁止』でして、そういうのはダメなんです……ぼそぼそ(お気持ちは嬉しいですのですが)」


 えー、ウソ? お気持ちは嬉しいんだ?

 俺、身体強化で異常なほどの聴力あるから、聴こえてるよ?


「……ジンくんは、どうしてそんなにシンシアさんが気になるの?」


 ミーヨが、ちょっと怒り始めている気配だ。

 いい機会なので、ある程度説明しておこう。


「俺って、『前世の記憶』があるだろ?」

「……うん」


「実は、シンシアさんみたいな黒い髪と黒い目の人ばっかり(でもないか)が住んでる国で、暮らしてたんだよ。俺自身も、そういう顔立ちだった」


「「「……へぇぇぇ」」」


 なんか、驚かれてるし。


「そんで、そこじゃ、生まれてすぐの赤んぼに青アザがついてるは当たり前の事だった。でも、だからって『獣耳奴隷』なんてなかったよ」


 ただ、どこでどんな風に生きてたか? とかは……都合よく忘れちゃってるんだよな(笑)。


「「「「「…………」」」」」


 プリムローズさんまで黙り込んでる。彼女も元・日本人のハズなのに。


「もしかして、そこは『にほん』ですか?」


 不意打ちのように、シンシアさんから意外な言葉が飛び出して来た。


 彼女の「ご先祖様」は、『ご朱印船』に乗っていたところを、何らかの方法で『この世界』に連れて来られたらしいから、「日本」を知ってても、不思議は無いのだけれども。


 でも、続く言葉が、本当に意外なものだった。


「ジンさんも『前世の記憶』持ちなんですね? 私のところは、姉と叔母がそうです。その二人から、『にほん』という国の事を、少し聞いてます。『あにめ』のお話とかを」


「「「……へぇぇぇぇ」」」


 初耳だったのか、プリムローズさんまで本気で驚いてる。

 やっぱり、他にも居るんだな、『前世の記憶』持ちって。

 てか、『あにめ』て。シンシアさんの発音が、かわういな。


 そのお姉さんと叔母さんって、俺やプリムローズさんみたいに「一度死んで、生き返った」のかな?

 それが「引き金(トリガー)」になって『前世の記憶』が呼び起こされるらしいけど。


「それで、あのー」


 もうちょっと、その話を聞きたかったけど……ミーヨに割り込まれた。


「ちょっと、待って! 今はジンくんの話の方が先」

「あ、すみません」


 シンシアさんが謝ることはないのに。


 なんか、ふとシンシアさんを擁護したくなって、

「で、シンシアさんて初恋の相手に似てて……」

 言うともなしに、そんな事を言ってしまった。


「ああ……なんていうか、美しい思い出の中の女性(ひと)なんだね」

 ミーヨが、勝手にそう決めつける。


「イヤ、実は」


 ウソなんですけど?

 こんな美少女、『前世』では間近で見たことないし。


「そうだったんですか……私が」


 ヤバい。シンシアさんも信じそう。


「でも、それは『前世』のお話なんでしょう?」

「私、そんなにその方と私、似てるんですか?」


 二人同時発言で声がかぶって、よく聞きとれない。


「でも、ジンくん。それって今生には関係ないよね?」

「では、ジンさん。今でもその方が好きなんですか?」


 もう返事のしようがないくらい、かぶってる。

 この二人って、相性がいいのか、悪いのか。


「もう、混乱してしょうがないから、話を戻して!」

 俺は言った。


「む。それはそれとして、食べ物が足りない。外でなんぞ(しょく)そう。『同じオカマでみんな仲良し』ということわざもあろう?」


 ラウラ姫の乱入で、さらにカオスになった。


「……ぼそぼそ(ああ、奈良漬けで、白いご飯食べたいわー)」


 プリムローズさんまでもが、遠い目をして何か呟いてるし。

 『にほん』とか聞いたせいか、ちょっとトリップ気味だ。


 しかし、同じ釜の飯を食うと言っても、『女王国』にはコメがなかった。

 コメがなければ麦を食えということか? 暴動起こすぞ。革命になるぞ。


「……ぼそぼそ(塩むすびでええから、食いたいわー)」


 プリムローズさんが、また何か呟いてるし。


 ああ、俺も白い「ご飯」が懐かしいよ。


 パンばっかじゃ、もー!!


      ◆


 砲撃用意! ――△△△ △△△ △△△(※ドイツ戦車の照準器)

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