022◇決闘のあとで
「「「「「……(ざわざわざわ)……」」」」」
『決闘』の余韻が、広場を包んでいた。
俺に敗けて、泣きながら大の字のままの王女殿下に、観衆の同情が集まりつつあった。
「大丈夫か? 姫さま」
「ああ、泣きっぱなしじゃねーか。可哀相に」
「あんな、ちっちぇのになあ」
えーっと、このままだと、俺がめちゃくちゃ悪者になってしまうのでは?
王女殿下は、筆頭侍女のプリムローズさんやシンシアさんに何か話しかけられていたけど、まだぼろぼろと涙を流したままだ。
駆け寄っていったミーヨや、変装したままのドロレスちゃんにも励まされ、ようやく上半身を起こしたけれど……やっぱり泣いたままだ。
みんなに慰められているようだけど、泣き止んではいない。
いい加減、もう泣かないで欲しい。
――ちらほらと、非難の視線が俺に向けられてるし。
完全に、俺様がちっちゃい子をいぢめて泣かした感じにされちゃってる。
これちょっと、マズいっス。
俺は意を決して、王女殿下に近づいた。
その時だった。
やたらと視界が広くなってしまっている俺の右目の魔眼『光眼』に、不審な動きをする人間が映った。
何かを取り出して、王女殿下に向けている気がする。
てか、それは――
「危ないっ!」
俺は叫んで、王女殿下を庇うために、襲撃者と目標のあいだの射線上に、全裸で立ちはだかった。
……というか、彼女は地面に座ったままだったので、のしかかるみたいになった。
ばちん!
「うッ」
俺様の俺様に、何か湿ったものが当たった感じがした後、王女殿下が短く呻いたけど……緊急事態なので、勘弁してほしい。わざとじゃないし。
シュブ! シュブ! シュブ!
独特の発射音がした。三連射だ。
『この世界』の人間が、『ケモノ』や『空からの恐怖』と戦うために使う『魔法式空気銃』だ。
実は『光眼』には、高速で動く物体を見た時に自動で発動される「動体視力倍化機能」みたいなものがあって、スローモーション……は大袈裟だけど、動きがゆっくりに感じられる能力があるらしい……というのを、先日『四ツ目の怪鳥』と戦った時に気付いていた。
実はそれ、王女殿下との決闘の時にも、がっつり発動されていたので、今にして思えば、その「チート能力」で楽勝だったのだ。
ごめんね、姫様。
(その代わり、絶対にケガなんてさせないっ)
「うぉおおおおおおおお!!」
俺は、必要以上に気合の入った声を上げた。
イヤ、こんな大声上げる必要なんて無いのだけれども。
俺様の鋼の肉体を「盾」に……というのは嘘で、女神『全知神』さまから貰った『★不可侵の被膜☆』が発動し、『魔法式空気銃』の弾丸は、それに触れた瞬間、運動エネルギーを奪われ、すべて地面に落ちて転がった。
またチートだ。
しかし、それを多くの不特定多数の人間に知られてしまうのは、さすがにマズいので、地面に落ちていた姫の騎兵刀を拾い上げ、さっと構える。
てか、「この刀で、『魔法式空気銃』の弾丸を切り払いました」という体を作るためだ。
さっきの必要以上の大声は、無音だったのを誤魔化すための偽装だ。
俺は『ソード○ート・○ンライン』のキ○ト君じゃないから、そんな事出来るわけないのだ。
なんか、こう、「チート」とか「偽装」とか「誤魔化し」とか……。
もっと正直に生きたい。もともと「小市民」ですから。
「「「「「…………」」」」」
観衆は、状況が飲み込めず、呆然としている。
でも、狙撃者を逃がしてはダメだ。
俺は立ち上がって、男を取り押さえるために駈け出そうとしたら……。
ばちん!
「うッ」
また俺様の俺様を、王女殿下の顔面にぶつけてしまった。
「あ、ごめん」
ホントにワザとじゃないんです。ちょうどそんな位置だったんです。
「彼の者、悪しき行いにて、邪を成せり、いまここに彼の者を捕らえるための、印を付けん。★朱塗りの手っ☆」
シンシアさんの声だ。涼やかな美声だ。
人ごみに紛れて逃げようとする例の男に、『魔法』……イヤ、『神聖術法』かな? そのどっちかを発動させた。
一瞬、「え!? 俺のこと?」と思って、ビビったのは内緒だ。
シンシアさんは、まるで本物の弓矢を射るような動作で、目には見えない「エア弓矢」を射た。
キラキラした虹色の『守護の星』が、たくさん飛んで行って、男に命中した。
「ぐはっ!」
遠くで、声が上がった。
そいつの顔面に、真っ赤な「手形」がついた。
まるで、大相撲の力士の色紙みたいだ……。
ただし、非殺傷の、目印に「カラーボールぶつけました」的な術法だったらしい。
犯人の、逃走そのものは阻止できなかった。
と思ったら、
「よし、よくやった。シンシア」
プリムローズさんだ。
「赤き印の男に ★戒めの枷っ☆」
なんか、捕縛系の補助魔法らしい。
でもって、なんらかの魔法的な連携があったらしい。
赤い手形の付いた男は、つんのめって倒れこんだ。
◇
男は観衆のみなさんによって、俺たちの前に引きずられてきた。
かなり、手荒な扱いだったようだ。
「……知らぬ顔だな。殿下、ご確認を。こやつの顔に見覚えは?」
プリムローズさんが王女殿下に訊ねる。
てか、顔にデカデカと真っ赤な手形が付いてる上に、みんなにボコられてあちこち血が出てるので、人相がよく分からない。
「む? 知らぬ」
姫様も、さすがに泣き止んでいた。
でもって、その男よりも俺の方を気にして、ちらちらと見ていた。
まあ、2回もぶつけちゃったしな。
顔面にモロに。
俺様の俺様を。
ばちん! と。
「うッ」
これは王女殿下ではなくて、シンシアさんの呻き声だ。
「どうしました?」
俺が訊ねると、黒髪の『巫女見習い』は口元を押さえていた。
ヴェール越しだけど、気分が悪そうなのが読み取れる。
「私、血が苦手なので……」
彼女はそう言って、血だらけの顔をした捕まった男から目を逸らした。
『癒し手』として、怪我を癒してやろうという発想は、ぜんぜんないらしい。
ま、仕方ないよね。
「で、貴方はどこの手の者かな?」
主人を狙われた筆頭侍女が怒っていた。
男のやり口が気に入らなかったらしい。
忠誠心は低いくせに、かなり本気で怒気を発していた。瞳が水色から(血液で)紫色に変わっている。
「言え! どこの家の手の者だ?」
どこかの貴族からの、暗殺者かなんかだと推測してるのか?
王女殿下は普段から、その命を狙われてるんだろうか?
「……」
男は無言だ。
「では、仕方がない。★解放☆」
あれ? 自由にしていいの?
と思ったら――
「おおっと! 危険な人物が自由になってしまった。やむを得ない。身を守るために『護身魔法』を使おう」
プリムローズさんが、物凄くわざとらしい棒読みで、そんな事を言った。
そして、ピッと右手の人差し指を立てると――
「護身! ★冷金っ☆」
「ぐっははあああああぁぁっ!」
男が苦悶している。
見えないナニかに、下腹部を襲撃されてるらしく、身体を「く」の字に折り曲げてる。
ところで「冷金」って、一体どこをどうする『魔法』なんだ?
なんとなく想像つくから、俺様の金○袋もキュンとなるぜ。
「どうだ? 冷たいだろう? 正直に言え! どこの手の者だ?」
筆頭侍女さま、怖――い!!
「か、関係ねえよ。賭けに負けて、大損したから、腹いせだよ!」
男は声を絞り出して、そう言った。
「「「賭け……?」」」
ちょっと予想外の展開だ。
どうやら、俺と王女殿下との『決闘』は、裏で賭けの対象になっていたらしい。
「それに、俺が狙ったのは、姫さまじゃなくて、あのブラブラしてる小僧の方だ」
男の「ブラブラしてる」という言葉で、俺様に注目が集まった。
「「「「「……ああ」」」」」
観衆のみなさんから、納得したような吐息が漏れた。
え? なんのこと?
◇
まぐ○い……イヤ、『幕間』のちょっとした出来事。
「プリムローズさん、訊きたい事が」
「なんだい?」
「『この世界』には『ネクタイ』ってあるんスか?」
「いや、無いよ。変な事訊くね」
「そうですか、ありがとうございました」
「いや、いいけど……?」
「ミーヨ」
「なに、ジンくん?」
「ここでクイズです」
「『くいず』? ああ、謎解きのことだっけ? うん、なに?」
「男の人の体の真ん中で、ブラブラしてるもの、なーんだ?」
『この世界』に、「ネクタイ」が存在しないのは確認済みだ。
「……(赤面)。い、言わなきゃダメ? おちん」
「イヤ、ごめん。言わなくてもいいから」
こうして、「ブラブラしてるもの」の正体が判明した!
◇
『この世界』では、人間が『魔法』で直接的に他の生き物を攻撃する事は出来ない。人間同士でもだ。
生き物を狙って、殺傷能力があるような攻撃的な『魔法』を使おうとしても、まったく発動しないらしい。
『世界の理の司』という『この世界』の『魔法』を司るシステムによって、判定され、制限されているらしいのだ。
さっきの『★冷金☆』やら、ミーヨの『★痺れムチ☆』とか、女性専用の非殺傷の『護身魔法』も色々あるらしいけれど、本当にそれらが『攻撃魔法』に該当しないのか、俺も少しは興味があるし、一度くらいなら喰らってみたい気がしないでもないような気もするような気もする。
そして、『護身魔法』なんてものがあるせいか、『女王国』って女性優位だし、なんか男どもがみんな「Mなんじゃないの?」って疑念がわく。
……イヤ、俺も「少しは興味があるし、一度くらいなら喰らってみたい」とか考えてる時点で、どうなんだろう?
それはそれとして、プリムローズさんの言った言葉を借りれば――
『魔法』は、人間が『この世界』で生きるための「手助け」であって、他の生き物を「殺すための道具」ではない……らしいのだ。
かと言って、『ケモノ』や『空からの恐怖』といった人を襲って捕食する敵対的な生物が、『この世界』には現実に存在する。
それらに対抗するために、何千年か前に『この世界』に連れて来られたらしい『人間』は、間接的に『魔法』を利用した「罠」や「武器」を発明し、戦ってきたらしい。
そのひとつが、『魔法式空気銃』だ。
『魔法』で、空気の圧縮と解放を行って、用途に応じた様々な「弾丸」を撃ち出すのだ。
中でも、いちばん一般的なものは、長銃身で射程も長い両手で構える「ライフル型」だ。
その他にも、剣の付いたガンソード型や、ハンドガンに近い型。そして、暗器のように手のひらに収まる大きさのモノまで、色々とあるらしい。
あと、操作にコツがいる『魔法式真空銃』もある。
ちなみに、トランペットみたいなカタチをしてる。
てか、最初に見た時、完全にトランペットだと思ったよ。某アニメの、長い黒髪の美少女トランぺッターを思い出したよ。
とにかく、『地球』の銃器類の影響を受けずに独自進化してるハズなのに、使用目的が同じものは、自然と形も似てくるらしい。
こういうの、「収斂現象」とか言うんじゃなかったっけ?
でも、それは生物の話か?
この街の円形広場にある商店で、『魔法式空気銃』を売ってるのを見つけた時には、ものすごく欲しかった。
けれども、俺は俺自身の体内で発動する『錬金術』と引き換えに、普通の『魔法』が使えない。
なので、『魔法式空気銃』が撃てない。
買ってもしょうがないので、そのうち興味を失っていたのだった。
俺も『SA○』のシェアード・ワールド作品『ガンゲ○ル・オンライン』の、レ○ちゃんの愛○のピンク色の○ちゃんみたいなのが欲しかったのに。あれ? 別に「愛銃」の「銃」は伏せる必要ないのか?
それはそれとして、あの男が使用したのは、極めて珍しいカタチをしたハンドガン・タイプだった。
「……握力計そっくり」
思わず呟いてしまった。
握力測定の時に使用した覚えのある、古めのアナログ握力計そっくりだったのだ。
でもって、使用された「弾丸」は、なぜか白い陶器製で、「座薬」にそっくりな、色とカタチと大きさだった(笑)。
人に当たったら、砕け散るような、ケンカ用だったのかもしれない。最初から、殺す気は無かったんだな。
なんか、脱力する。
男は、『冶金の丘』の警察にあたる『番兵隊』に連行されていった。
特別な背後関係もなく、第三王女殿下を狙ったわけではないらしいけど……彼はどうなるんだろう?
ひょっとして、「獣耳奴隷」にされちゃうのかな……。
◇
ふと見ると、お姫様も色々な整理が出来て、落ち着いたようだった。
とりあえず、賭け試合に負けたからって、アパッチ(※攻撃ヘリ)が火を吹かなくて良かったよ(※『て○きゅう』)。
別作品だけど、「アパッチ・ロングボウ(※アパッチの発展型)」を、まるでダジャレの如く「弓矢」で撃墜してたアニメもあったよ。しかも、二期目では尾張で決戦するしな。なんにせよ、柊シ○アがデラ可愛いからいいか。いいのか?
そんな事を考えていると――
「ジン!」
誰かに名前を呼ばれた。
見下ろす(※ちっちゃいのだ)と、姫様だった。
「……助けてくれて、ありがとう」
昨日みたいに、きちんと頭を下げて礼を言われた。
顔を上げると、なんとなく、ぽ――っとした不思議な表情だった。
照れてるのかな?
「いえ、狙われていたのは、俺のようでしたよ?」
何と返していいのか、分からないので、素っ気ない感じになってしまう。
「でも、私を庇ってくれた。……ありがとう」
王女殿下が、何を思ったのか、俺に抱きついて、そのまま離れなくなってしまった。
「「「「おおおおおっ!」」」」
あれ? 観衆のみなさんに、まだ注目されていたらしい。
「なんだなんだ、姫様。プロペラ小僧にホレちまったのか?」
「無理もねえ、命まで助けられたものな!」
「ああっ、プロペラ小僧さまっ。悔しいけど、お似合いですっ」
無関係な外野がうるさい。
そして「プロペラ小僧」と呼ぶな。
だいたい、ホレたとかはないだろう?
と思って、王女殿下を見下ろす(※何度も言うけど、ちっちゃいのだ)と――
「…………」
姫様が、潤んだ熱っぽい上目遣いで、俺を見ていた。
こ、これは……ホントにホレられたかもしれない。
そして、キスをねだるように目を閉じられる。
イヤイヤイヤ――しないしない。
「祈願! ★怪力☆ では、遠慮なく」
「「……(ふむぎゅ)……」」
『魔法』で増強された物凄い腕力で、がしっと後頭部を押さえられ、姫様とキスさせられた。
犯人はドロレスちゃんだった。
君、何してんの?
「……ふむっ」
姫から、甘い吐息が漏れる。
「「「「「おおおおおおおおおおっ!!」」」」」
観衆のみなさんのボルテージは、最高潮のようだった。
◇
「勝者は敗者に何を望む?」
介添人の問いに、俺は次のように答えた。
「馬車を。王女殿下がお持ちの馬車をいただきます」
いろいろハプニングはあったけど、『決闘』の決着はついた。
王女殿下は、「締めの儀式」の間、幼い子供みたいに、ず――っと俺の脇腹にしがみついていた。
◇
何故か、みんなで和やかに食事している。
『全能神神殿』の一隅を借りて、工房から持ち込んだお弁当で昼食会となったのだ。
「ジンくん。強いんだねー、ぜんぜん知らなかった。でも、『プロペラ小僧』って、なんかぴったりだね! 子供の頃から、そうだったもんね」
「「……」」
ミーヨさん脳天気すぎます。能ある鷹は爪を隠すものなんです。
あと、その二つ名、マジで不本意です。言わないでください。
「王女殿下にキスする時、いろいろ見えてたぞ。実に怪しからんモノがいろいろと。ま、勝ってよかったな! 私も勝ったけど」
「「……」」
スウさんは何を言ってるのだろう?
てか、この女、俺に賭けてボロ儲けたらしいな……。
「父の教え子である姫殿下に勝ったのですね? しかも、まったく怪我ひとつ負わせる事なく勝つなんて……ジンさん、凄いです。まあ、いろいろ見ちゃって複雑な気持ちもありますが……とりあえず、アレがピュッと出なくて良かったです」
「「……」」
シンシアさんはいろいろと感慨深げだった。
最後に何か誤解を招くような言い回しがあったけど、言いたい事は「流血がなくて良かった」という事だろう。彼女、血がすごく苦手らしいし。
俺も、この美しい女が血を見て「ゲ○のヴィーナス」とかにならなくて、本当に良かった。そう思う。
「お兄さんって、本当に『勇者』なんですね? あんな沢山の人たちの前で、あんなことして……。というか、いま現在もナニしてるんですか?」
「「……」」
ドロレスちゃん。あんなことって何?
なんかしたっけ、俺? 身に覚えないよ?
「ジン、馬車は現在改装中なので、出来上がり次第引き渡すが、それでいいだろうか?」
「「……」」
プリムローズさんは事務的に言ってるけど、その表情は緩んでいた。
王女殿下に引きずり回されることが無くなったとでも思ってるのだろうか? 甘いと思うけど?
「……ぼそぼそ(やっぱ『さんらいず』あらへんな)」
そして、食卓の上に並んだパンの中に、何かを探してるようだ。てか、『さんらいず』って何? ガン○ム?
「「「「「で、いつまでしてるの?」」」」」
「「………(ちゅぽんっ)。――ぷはぁ」」
みんなの言葉に対して、長いこと無言だったのは、王女殿下が、ず――っとキスをしてて、俺を放してくれなかったからだ。
「……ハイ、ちょっくらごめんよ」
俺は膝の上に乗ってる姫の両脇に手を差し入れ、そっと持ち上げて、となりの椅子の上に置いた。
――ちっこいから、小動物あつかいだな。
「みんなに訊きたいんだけど……俺、これからどうすればいいと思う?」
俺は率直に意見を求めた。
その問いに、最初に答えたのは、当の王女殿下だった。
「先生に言われていた事を思い出したのだが……」
もじもじと姫様が言う。
「先生?」
誰?
「姫殿下の剣術指南をしています、私の父の事です」
シンシアさんが補足してくれた。
――ああ、なんか『狼耳』をつけた「抜刀術」の先生か。
「うむ。それで、先生には『もし剣で負けたら、そいつに抱かれろ』と言われていてな」
何言ってんの? その人。一国の王女殿下に。
お姫様が、なんでそんな育てられ方してんだ?
「き、君はそのー、私に勝ったわけだな。それに……君は私の『命の恩人』だ」
王女殿下が、既に受け入れ準備OKな感じだ……って、マズいだろ。
「私を抱くがよい、ジン・コーシュ。私の全ては君のものだ!」
お姫様が、とんでもない事を宣言した。
「「「「「えええっ?」」」」」
みんなから驚愕の声が上がる。
てか、俺も叫んじゃったよ。
イヤ、待て! 冷静になろう。
さっき、姫様は何て言ってた?
『もし剣で負けたら』だな?
よし、セーフだ。俺、素手だったし。
『命の恩人』?
狙われたのは俺だったし、これも誤解だ。
「しかし、ラララ姫」
「む? 我が名は『ライラウラ』だ。だが、曾祖母と同じ名ゆえ、ラウラで良い」
姫様はそう言って、恥ずかしそうに笑った。
「……」
イヤ、だって自分で『ラララ・ド・ラ・なんとか』って言ってたよ?
(先日の『ラララ』は噛んでるだけ。なぜか殿下は人の名前を間違えて、噛むのよ。殿下の真名は『ライラウラ』よ。『ライラウラ・ド・ラ・エルドラド』姫とお呼びして)
その辺の事情に詳しいらしい筆頭侍女のプリムローズさんが、そーっと近づいて来て、小声で教えてくれた。
イヤ、他人の名前ならともかく、自分の名前噛んじゃダメでしょ?
俺も『この世界』の人の名前って覚えられないから、あんま人の事は言えないけれども。
「じゃあ、ライラウラ・ド・ラ・エルドラド姫」
「「「「「あっ!」」」」」
なんだ? みんな驚いてる。
「う、うむ」
そして、当の王女殿下改めラウラ姫は、照れて茹でダコみたいになってる。
「……(ニヤリ☆)」
プリムローズさんが、紅い厚めのくちびるをキュッと吊り上げた。
なんというか、悪巧みが成功したような感じだ。
「「「「「…………」」」」」
何? この雰囲気?
もしかして、なんか「やっちゃいました」?
「やっちゃいましたね、お兄さん」
ドロレスちゃんが楽しそうだ。
うん、「やっちゃった」らしい。
「ジ、ジンくん!」
ミーヨがあたふた、おたおたしてる。
少し、落ち着け。
「ジンさん。男性が未婚の姫の事を、家名まで含めた真名で呼ぶのが、どういうことなのか……ご存知ないのですね? その様子だと」
シンシアさんはひきつった顔で言うけれど、本当に何をどうして地雷を踏んだのか、まったく分からない。
「……な、なんなんですか?」
恐る恐る、訊いてみた。
「それは殿下を◎♂するのと同じ事だから」
最年長のスウさんが、とても下品な事を言い放った。
「その通りだ。私の処女を◎♂したも同じ事だ」
ラウラ姫が、なぜか嬉しそうだ。
「「「いや――ん!」」」
年頃の娘さんたちが恥ずかしそうだ。
「ジン。男性が、未婚の女性に直接面と向かって、家名まで含めた真名で呼んでいいのは、結婚の申し込みの時だけだぞ」
プリムローズさんが言った。
なんだ、そういう事か。
てか、貴女が「言え」って言ったんじゃねーか!
……ハメやがったな。
「うむ。その申し込み、喜んで受けよう!」
俺と死闘(?)を繰り広げたラウラ姫が、頬を赤く染めながら、なんか言ってるし。
ただ、名前を呼んだだけで、結婚の申し込みなんてしてないってば。
◆
命の恩人だからといって過度の謝礼はいらない――まる。




