019◇やけに説明的な昼食会あるいはハムの大喜利
「うむ、分かった! かくなる上は『決闘』ぞ!!」
やたらとちびっこいお姫さまが、物騒にも『決闘』に大乗り気だ。
「シンシア、見ていたな? そなたが証人だ。では、プリムローズ、仔細を詰めよ! どこでやる? ここでか?」
「……証人? 私がですか?」
黒髪の美少女シンシアさんは、非常に迷惑そうだ。
「殿下。しかしながら、今日はなりません。『神前決闘』は、通告より四日後に行うのが慣例です」
王女殿下の筆頭侍女のプリムローズさんが、冷静に言った。
「む? であるか。……では、ひとまず腹ごしらえといこう」
なんか、エラい勝手なコト言ってるよ。このお姫さま。
「いただきます!」
王女殿下は椅子に座ると、食卓の上に前日から出しっぱなしになっていた料理を食べ始めた。
「「「「…………」」」」
みんな、しばし呆然と見守る。
ちなみに、なんで食べ物が前日から出しっぱなしになっていたかというと、今日は『絶対に働てはいけない日』という休日だからだ。
なので、今日いちにちは「絶対に働いてはいけない」のだ。
てか、実は『絶対に働てはいけない日』って、地球で言う『夏至』のことだ。
もう、夏と言えば夏だし、食品の衛生管理上、出しっぱなしなのが不安になるけれども、そこは『魔法』がある『この世界』での事。食品保存用の『★密封☆』があるので、この時期でも平気らしい。
食卓には、昨夜遅くまでかけて準備しておいた沢山の料理があった。
スウさんが、留守中の兄夫婦が帰って来るかもしれない――と言って用意したものだ。
どうやら、お兄さん夫婦の帰宅は、スウさんの「勘違い」だったらしいのだけれども……代わりに来たのが「お姫さま」って。
「……はむっ」
王女殿下が、そんな擬音を立てて、丸まんまの大きい塩漬け豚腿肉にかぶりついた。
「…………」
プリマ・ハンナさん(先刻判明したプリムローズさんの本名)が、困り顔で見守っている。
彼女の家名はロース家だそうな。腿肉じゃなくて肩肉か……ボンレス……イヤ、凡ミスしそうだ。
日本は、むし暑いだろうな、今頃。イヤ、「夏至」の頃ってどんな気候だったかな。
てか、「プリマ」とか「日本」とか。
ローマ……イヤ、「お題」が「ハム」の大喜利か?
ここが、高座だと思ってるなら、豚手……イヤ、とんでもないぞ。
……イヤ、何がしたいんだ、俺?
『決闘』とか言われて、ちょっとワケわかんなくなってるな。
「……噛むと、こんなだろうか、アレは」
王女殿下が何やら怖い事を、ぶつぶつ言ってるし。
普通の椅子なのに、足が床に届かないらしくて、行儀悪く足をブラブラさせてる。
俺様の俺様も、いま現在は『賢者』モードで……なんでもないです。すみません。
「……(じーっ)」
ミーヨ様がみていらっしゃいました。
「むう? どうも、口の中に何か残ってる気がするな」
お姫様が、まだナニか言ってるし。
「「「「…………」」」」
大人はみんな口が堅い。
とにかく、王女主従が勝手に話を進めようとしているのを、どうにかして阻止しないといけない。
チラッと王女殿下を見ると、背中にある「紐の結び目」を緩めてる。
どうやら、食べれるだけ食べる気らしいな……。
「滝○さん!」
「○沢って……誰?」
筆頭侍女は、ムっとしてる。
てか、プリムローズさんは自分の『前世』での名前憶えてるのか……俺さっぱりなのにな。
「すたーぜん、間違えちまいやした。伊10※9さん」
「誰やねん!」
おお、さすがに本場(?)の突っ込みはスゴイなあ。
気持ちいいくらいに、ズバッと来る。
とりあえず、明らかに方向性が違うけど、
「『神前決闘』って……白無垢着てブンキンタカシマダとかのヤツですか?」
軽くボケてみた。
明らかに宝……宝探し?
……ダメだ。思いつかねー。
ハムの大喜利はもういいや……って、続いてたのか?
「それは『神前結婚』って……私、縁がなかったからよく知らないけど」
さっきと違って、すごく中途半端な突っ込みだった。
なにか哀しい記憶と結びついているのかもしれない。
てか、『前世』の一端が垣間見えてますけど? そうだったんスか?
「――すみません、冗談ッス。そういう事じゃなくて……先刻も言いましたが、俺には『全知神』の加護があります。失礼ながら殿下は絶対に俺には勝てませんよ」
剣術が得意らしいけど、そんなもの『★不可侵の被膜☆』で攻撃を無効化出来る。俺もいろいろと実験済みなのだ。
その後の展開は「出たとこ勝負」になるけれど、俺にダメージが通らない以上、王女殿下に勝ち目なんてない。
まあ、王女殿下にマウントして、心が折れるまでぶん殴る――とかは出来ないけれども。
「……分かってる。広場の『塔』から飛び降りて無事だったものな」
「じゃあ、止めさせてくださいよ」
「いや、止めない。ぜひ勝ってくれ」
プリムローズさんは何をどうしたいのやら?
「そして、君には頼みがある。『神前決闘』では勝者は敗者の生命を奪わない代わりに、その所有物をひとつ奪える――という決まりがある。そこで殿下から『馬車』を取り上げて欲しいんだ」
「『馬車』を?」
欲しいけれども。
「ああ、実は殿下が、『王都』にはもう戻らず、各地を遍歴して剣術の修行をしたい――と言い出していて、非常に困っている」
「はあ」
「しかし、それも馬車があればの話で……無いのであれば、あきらめてくれるかもしれない。殿下は馬に乗れないんだ」
王女殿下、ちびっ子ミニマムだもんな。
「『この世界』には、『ポニー』か『ミニチュアホース』っていないんスか?」
「……殿下の前では、それ言うなよ」
冷たい水色の目で睨まれた。ちょっと怖い。
「……ハイ。で、俺が『馬車』をいただいたと仮定して、その後お二人はどうするんスか?」
「『長距離馬車』で『王都』に帰るさ。この街からなら一日二便は出ているし」
あっさりと言われた。
そんな「長距離バス」みたいなのがあるんだ?
だったら、「スクール馬車」とか「はと馬車」とかもあんのかな(笑)。
「王女殿下が決闘で負けて馬車を奪われた――とか、問題になるんじゃないんスか?」
俺、指名手配とかされないよね?
「だろうね」
プリムローズさんは、俺が見てるのにスカートをたくし上げて、左の太ももに巻いたナイフ・ホルダーからナイフを取り出した。
今朝がた、『四ツ目の怪鳥』にトドメを刺したヤツだ。
食事用のマイ・ナイフらしいけど、かなり鋭くて、ほぼ暗器だ。
俺に対する警告のようなアピールかもしれないけど、やることが大胆だ。
でも、今朝撮った画像にも写ってるかもしれないな。あとで確認しようっと……イヤ、待てよ。あれ右側の太ももだったな。ナイフ二刀流なのか?
「★滅菌っ☆」
『魔法』で殺菌してから、パンを切り分けだした。
ミーヨみたいに「おまじない」の「X」印は描かないんだな。
人によって、それぞれ違うみたいだ。
「筆頭侍女であるプリムローズさんも、叱責されるのでは?」
「というか、クビだろうね。正直な事を言うと、私は侍女なんて向いてないし、辞めたいと思ってる」
「辞める理由が欲しい――と?」
「そうだよ」
計画的な確信犯だ。困った人だ。
筆頭侍女が忠誠心低すぎる。王女殿下がちょっと可哀相だ。
「なるほど、分かりました。では、覚悟をきめます」
「そうしてくれ」
俺はプリムローズさんから離れた。
◇
「「んぐ……はむ……んが」」
王女殿下と、その妹君の食欲がハンパなかった。
この二人と話そうとしても……無駄だな。
でも、なんで決闘相手同士で昼食会になってるんだ?
◇
「ミーヨ。『神前決闘』って詳しく知ってるか?」
「白い結婚衣装かあ……いいよねえ」
ダメっぽい。
さっきのボケに聞き耳立ててたのか……お前まで付き合わなくていいんだよ。
「……(すうっ)」
「スウさんは……ちょっとお茶目なパン屋さんですもんね、ハイ、分かってます。何も訊きませんから」
質問しようとしたら、すうっと目を逸らされたよ。
二人とも『★聞き耳☆』の『魔法』を使っていたらしく、「耳がでっかく」なってる。
この「集音魔法」は、他人に対する配慮なのかは知らないけれど、アイコン的に耳が大きくなって見えるのだ。初めて見た時は本気で驚いたよ、もう慣れたけど。てか、どっちにしろ「盗み聞き」だよ。二人とも。
さて、他に知ってそうな人は――
「私でよければ、お話しましょうか? 『神殿』の関係者ですし」
黒髪の美少女に話しかけられた。
「シンシアさん、ぜひ」
この子と、もっともっと話したかったのだ。
「『決闘』というと、精……イヤ、生死を賭けた戦いになると思うんですけど」
俺の言葉を、彼女は制した。
「いえいえ。神前決闘では相手を殺害する事は禁じられています」
「そうなんですか?」
「はい。なにかの物事がこじれ、当事者同士で正否の判断がつかないような場合に、神の御前で決着をつける目的で行われるのが『神前決闘』です。ケンカや私闘ではなく、神様の裁定を受ける意味合いが強いのです」
古代の日本での『盟神探湯』とかそういうノリか? よく知らないけど。
――でも、「勝てば正義」って、それもどうなんだ?
「神の御前というと?」
「この街では、『全能神神殿』前の広場になりますね。おそらく、一般の人もたくさん観に来ることになるでしょうね」
近くで見ると、やっぱり日本人顔の黒髪の美少女とか――いいな、うん。
「どんな決まりがあるんですか?」
「『神殿』からの介添人に宣誓する事。同じ武器で戦う事。相手を殺害する事は禁止。勝者は敗者の所有物をひとつ得られる――といったところですね。あ、あと双方ともに代理で戦う『代闘者』を立てることが出来ます。本来ジンさんと姫殿下との決闘となれば、姫殿下のほうに代理が立つのが普通だと思うんですが……」
「王女様、自分で戦う気まんまんですから」
「そうなんですよね」
シンシアさんは、複雑な表情でため息をついた。
そして、その表情が不意に曇る。
「ああ、やだなあ」
美少女なので、「ふて顔」も可愛い。
「え?」
「いえ、この流れだと私が『神殿』側の介添人か『癒し手』として決闘に立ち会うことになりそうなので……憂鬱です」
この感じだと、俺も王女様も関係ないようだな。
シンシアさんは、他人の怪我や病気を癒す力をもった『この世界』のヒーラー『癒し手』らしい。
俺もミーヨも健康体で、どっこも悪くないから『癒し手』のお世話になった事が無い。なので、まだ『神聖術法』とか言うのを見たこと無いんだよな。
「憂鬱と言うのは……?」
「私、血が嫌い――というか怖くて。自分の生理の血を見ても貧血起こしちゃうんです。ああ、想像するだけで怖い」
「……そうなんですか」
苦手なものは人それぞれだしなあ。てか、男の前で「生理」て。
ますますコメント出来ないよな……。
「私、叔父の家で育てられたんですけど、そこって猟師だったんです。猟師って獲物を仕留めて、そのあと内臓抜いたり、血抜きしたりするじゃないですか? それで……あ、ダメ。無理」
シンシアさんが、青い顔で口元を押さえた。
苦手なら具体的な話は避けないと……自爆になりますよ?
「うP」
何かがこみ上げて来てるみたいですけど?
「だ、大丈夫ですか?」
美少女が、ゲ○とかヤメてー。
「だ、大丈夫です。私、弓矢や狩りそのものは得意なんですけど、そのあとが……ダメダメなんです」
月の女神アルテミスは、狩猟の神でもあるんだったかな? その異名を持つ女性に相応しいってとこか。
てか、美少女が「ダメダメ」とか、めっちゃ可愛いっス。
さっき雑談の中で聞いたけど、『巫女』って他人を癒す『神聖術法』を使いこなし、さらに「神様(『全知神』とか『全能神』だろう)と交信」出来る「清き乙女」の事らしい。
当然、その『見習い』――てか、「候補生」と呼ぶのがいい気もするけど――は『神殿』で修業し、いろいろな慈善活動も行っているらしい。
「シンシアさん、『神聖術法』も使えて弓矢も得意なんて、凄いですね。後衛にぜひ欲しい人材です」
気を紛らわせて、元気づけるために言ってみた。
「……それって戦うためですよね? ジンさん、『ケモノ』の領域にでも踏み込むつもりなんですか?」
シンシアさんが驚いて、訊ね返して来た。
まあ、色々な人から聞いた話では、『ヒトの領域』ではガチな戦闘って無いっぽいしな。
「実は俺……『伝説のデカい樹』を探して旅してるんです。……といっても、ここが最初に立ち寄った街で、本格的な旅はこれからなんですけど」
「『伝説のデカい樹』……ですか?」
表情が真剣なものに変わった。
どうやら、何か知ってそうだ。
『伝説のデカい樹の下で祈った願いは必ず叶う』と言うのがミーヨが知ってた伝説だ。
なんか神聖な祈りの場所っぽいし、『神殿』の関係者なら知ってる可能性が高いかも。
「シンシアさん、知りませんか? それがどこにあるのか」
「…………」
俺を見つめたまま、彼女は黙り込む。ちょっと嬉しいのは、なぜ?
長い沈黙の後、
「ごめんなさい、言えません」
名前を隠していた時と同じような反応だ。これは確実に知ってるな。
「それは……何か特別な資格がないと聞けないとか、そういう事ですか?」
「ごめんなさい」
にっこり笑って、拒否された。
そして、「お話してたら、喉が乾いてしまいました」と言って、向こうへ行ってしまった。
そんで、まんまるいパンにおまじないの「X」を描いて切り分けて、何かのジャムを塗って食べ始めた。勢いが凄い。……お腹空いてたようだな。
それはそれとして、あの反応――
やっぱり、『全能神』とか『全知神』を祀ってる『神殿』の関係者なら、知っているということか。
ただし、部外者には秘密ってことか?
でも、時間はかかっても、あの子から訊きだそう。
その方が、絶対に楽しそう(笑)。
……神官のおっさんとか、ヤダし。
そんなことを考えていたら、視線を感じた。
「……」
ミーヨだった。俺の方に近づいてくる。
「……プリちゃんやシンシアちゃんと、色々話してみたいだけど」
なんとなく、咎めるような目だ。なんだろう?
「情報収集ってやつだよ。シンシアさんって『伝説のデカい樹』のこと知ってるみたいなんだ。ミーヨからも話してみてくれないか? 女の子同士の方がいい気がするし」
「あー……なんだ、そうなんだ。うん、わかった。話してくるね」
そう言って、あっさりと機嫌が良くなった。
本当になんだろう? 俺って、なんか鈍いのかな?
「む。パンがないぞ! お菓子をくれ!」
突然、王女殿下から炎上しそうな問題発言が飛び出した。
――革命起きるよ?
王女殿下の方を見ると、食卓の上の大皿に盛られていた料理の大半が消え失せていた。
イヤ、食べ物が勝手に消えるはずないから、食べた人がいるはずだけど……差し出されたフルーツ入りのパウンドケーキみたいなお菓子を子供みたいにパクついてる小柄な王女殿下と、その犯人が結びつかなかった。
本気で、ありえない量の料理が無くなっていたのだ。
ふとプリムローズさんの方を見ると、
「あーあ……また。あとで小言言われるの私なのに……ぼそぼそ(チビの大食いって殿下の事ね)」
絶望したように呟いていた。
最後の方の小声も聴こえたけど、俺って身体能力強化の結果、耳まで異常なほど良くなってるなあ。
王女殿下は、デザートに大粒のブドウを食べだした。
これも、『地球』から持ち込まれたものだろうな。
「うむ。満足である。では、プリムローズ、『神殿』に戻ろう」
「はい、殿下」
食べ終わったら、主従そろって、あっさり帰ろうとしてやがる。
「では、ジン・コーシュ! 四日後の昼……昼食後に『全能神神殿』まで来い!」
言い捨てると、小柄な王女殿下はホビット……イヤ、ピボット・ターンして、立ち去った。
プリムローズさんも、ちょこんと目礼して、その後を追いかける。
(おい待て、食い逃げか? 無銭飲食ってわけじゃないだろうな、このちびっ子。ドロレスちゃんみたく猫耳つけて広場に立たせるぞ、この小型生物!)
俺は、心の中で、こっそりと呟いた。
口に出しては言えませんでした。
だって、「小市民」ですから。
「私もこれで」
シンシアさんも立ち上がって、一礼して食堂から出て行こうとする。
「俺がお送りします!」
「いえ、3人で帰りますから、お気遣いなく」
にっこり笑って拒否されるのがクセになりそうな、素敵な笑顔だった。
俺は、彼女が立ち去るのを見送った。
「「「……ぼそっ(狙ってんの?)」」」
なにか聞こえた気がする。きっと気のせいだろう。
大阿蘇……イヤ、おおよその事情は分かったけど、なんだかなあ。
「……はむっ」
俺はお皿に一枚だけ残っていた大喜利……イヤ、厚切りの塩漬け豚腿肉を頬張った。
てか、ここパン工房だってば。
◆
おあとがよろしいようで? ――まる。




