018◇白い花
「む。オ・デコ? 聞き覚えのない家名だ。説明せよ、プリムローズ」
「はい、殿下」
王女の問いかけに筆頭侍女が応えて、近寄って何やら耳打ちしてる。
「……」
そんな主従を眺めながら、物凄く突っ込みたい気持ちに駆られてる。
――王女殿下はその妹のドロレスちゃんと、本当にそっくりだった。
強気な印象の青い瞳。
わしゃわしゃとした癖のある金髪。
相貌も似ている。目元、鼻筋、口元――二人ともそっくりだ。
お忍びで来ているんだろう。服まで同じような仕立ての庶民の夏着だった。
ただし、体躯だけが大きく……あまりにも大きく異なっている。
てか、違い過ぎる。
4歳年上で姉である王女様の方が、ドロレスちゃんよりも確実に一回り小さいのだ。
なんというか、ちびっこいのだ。
リトルでプチなのだ。
ちみっちゃいのだ。
ミニマムなのだ。
『この世界』では「小さくて可愛いもの」を褒める時には、手のひらサイズでピンクのハート形をした「オトメナスみたい」と言う言い方をするけど、そんな感じだ。
といっても、子供とか幼女には見えない。
小柄なわりには、しっかりとした大人びたプロポーションなのだ。
妹のドロレスちゃんは将来有望な美少女で、確実に美人か美女のどっちかに上位クラスチェンジするに違いない逸材だけど、王女様もまたそうなのだ。
ただ、極端なまでに小柄すぎるだけで。
こうなるともうなにかの呪いか魔法で、こんなことになってるとしか思えない。
いったん普通に成長してから、80%に縮小されたんじゃね? と言いたくなる。
……失礼すぎるから、絶対に口にはしないけれども。
そんな事を考えていると、再び王女様が、すっと俺の前に寄って来た。
なんか足さばきが特徴的だった。気付くといつの間にか近くに居る感じで、不意を突かれる。そう言えば、剣術を習ってるって言ってたか。
「私の侍女と共闘して『四ツ目の怪鳥』から街を守ってくれたそうだな。感謝する」
そう言って王女は、礼儀正しく頭を下げた。
日本の武道の、試合の前後のような一礼だった。
「……(困惑)」
こんな時どんな顔すればいいのか分からないの――笑っちゃダメだろうしな。
「……(チラ)」
いつの間にか、筆頭侍女だと言うプリムローズさんが近くにいた。
そして、意図不明な目配せをしてくる。意図不明だ。
「…………(チラ)」
ここはパン工房だから……絶対違うだろうな。
それにしても、二人が並ぶと頭髪がカラフルだ。金と赤だ。
お姫様が金髪で、その「お付き」っぽい人が赤毛ってコンビが登場するアニメって、いろいろあった気がするな。
今朝方、赤毛のプリムローズさんが『魔法』で飛んでるところを見て、ふと思い出した『終末のイ○ッタ』のフ○ーネは微妙な髪の色だったけど……あれも金髪だよな?
他にも、『多○恋』とか。『銀○伝』は……違うな。
あとは他には……とか思っていると、無言のままでいた俺に、プリムローズさんがフォローを入れてくれた。
「こちらはジン・コーシュ殿。『全知神』様より加護を与えられしお方」
それ、黙ってて欲しい最重要機密なのに――あっさりとバラされた。
「まさに神に選ばれし『勇者』の如きお方です……(にやにや)」
プリムローズさん?
腹の底では、そんな事これっぽっちも思ってないでしょ? 顔見ると半笑いだし。
「そ、そうなんですか? 『全知神』様の加護とは、一体どのような?」
『神殿』の『巫女見習い』だというシンシアさんが食いついてきた。
「俺に生命の危機が及んだ時にのみ発動される神の御業です。しかし……元々はそこにいる彼女が、俺の無事を願って祈ってくれたことによる、愛の奇跡の力なのです」
とりあえず、適当な事を言っておく。
うん、ウソはついてないし、真実はいちばん人の心に響くのだ――たぶん。
「……」無言で軽く驚く王女様。
「……」無言で軽く俺を睨む侍女殿。
「……」無言でパンを頬張る元王女様。
「……」無言で崇敬の目を向ける巫女見習い。
「……(いいなあ)」ボソッと呟くちょっとお茶目なパン屋さん。
反応は様々だったけど、みんながそれぞれの表情でミーヨを見ると、
「……ジンくん」
ミーヨがおでこまで蛍光ピンクに染まった。なんで蛍光色?
俺が「愛の奇跡の力」とか言ったのが、そんなに恥ずかしかったのか?
「「「「……(憧憬)」」」」
なんとなく、みんなに憧れの目を向けられる。
――よし、俺に対する評価と好感度が上がったところで、『旅人のマントル』を脱いで、『全知神』様の加護である『★不可侵の被膜☆』をみんなに見せてあげようっと。
それはすなわち俺の皮膚! 俺様そのものなのだ。
「今、それをお見せしましょう!」
俺は全裸になった。
「「「「「きゃ――――っ!」」」」」
うん、大人気だ。まったく衰えるところを知らない人気だな(※誤解)。
なんてゆーか、俺はこの時、寝不足気味だったので血液が下に下がってて、まともな思考が出来なかったのかもしれない。
それがこの後、あのような椿事を引き起こすことになろうとは……。
◇
俺は床に足を折りたたんで座らせられている。
まるで罪人のように。
「なんで『正座』させられてるのか、理解してるよね?」
プリムローズさんが、鬼のようだ。
「いえ、まったく。そもそも、全裸になることがダメだっていうのなら、産まれたばかりの赤ん坊はどうなるんですか? 『生まれる事が罪』なのですか? 人はみな生まれた時から原罪を背負わせられて生きていかなきゃならないんですか?」
俺は足をもそもそさせながら自己の正当性を主張する。
この体、うまく正座出来ないんだな。足が痛い。
「そんな! 『生まれる事が罪』なんて!」
『巫女見習い』のシンシアさんが俺の言葉に衝撃を受けたようだ。
どうでもいいけど、彼女、白い頬に紅がさして、目が潤んでるのは何故だろう? 風邪の初期症状かな?
「みんなお年頃なんだよ。あんなの見せられたら……ハアハア」
スウさん、どうした? 動悸・息切れかな? めまいは平気かな?
「お兄さん、やることが豪快だよね。うちのお爺ちゃんだってあんなの丸出しにしないよ」
ドロレスちゃんも頬が赤い。思春期か?
「む? あんなの? あんなのとは何だ?」
王女様が不思議そうだ。特に動揺はないようだった。
「それは……ジンくんのおち」
「言わなくてもいい! ミーヨ、どうしてあなた、もっとちゃんと彼を躾けないの? 子供の頃からずーっとこうじゃないの?」
プリムローズさんの怒りの矛先がミーヨに向かいそうだ。
「やめてくれ、ミーヨは悪くない。ついでに俺もぜんぜん悪くない」
「あんたは悪いだろう」
決めつけられる。冤罪だ。全裸は正義だ。
「やっぱ、この体で正座とかムリ」
もう足が痛いので立ち上がる。
「……ってそんな恰好で立たないで! 座りなさい。もう! 隠しなさい」
プリムローズさんが慌ててる。
「プリムローズ」
「はい、殿下」
「彼の者のあんなのだが、握ってみたいが、問題ないか?」
王女殿下が平然と言う。
「はぁぁあああ? いえ、なりません、殿下。そんなものを……あっ」
プリムローズさんの制止を振り切って、王女殿下の小さな手が俺様の(以下略)。
※これ以降、映像が途切れ、音声のみとなります。ご了承ください※
「うむ! 剣の柄のようだ。握りやすく、抜きやすい」
「……殿下。おやめください。ソレは剣では……」
「うむ、この柄頭、このひっかかりがいいな。素晴らしい。我が剣の柄をこのカタチにしよう。抜刀速度が上がるに違いない。試してみよう」
「おやめください、殿下!」
「はッ!」
「あっ」
「はッ!」
「ううっっ」
「はッ!」
「うあっっ」
「「「「……うっわああああ」」」」
「うむ。素晴らしい! この反りもまたいいな。我が『居合』の技も一段上に行けよう。この長さならば、抜刀後も両手で握れるし。良いな、これは」
「――殿下。ぷーくすくす。アカン、おもろい」
「む、なんだこのヌメりは? 手が滑る。もっと強く握るべきか」
「くうっっ」
「「「……うっわああああ」」」
「……ああっ、女王様」
「む、私は第三王女だ」
「くっくっくっくっ」
「プリちゃん、笑ってないで止めてあげて! ジンくん……もう、そろそろ」
「はあ……はあ……」
「うむ、もう一度。抜刀してみよう」
「……もう、むりです」
「はッ!」
「…………う」
「「「「「「あっ!」」」」」」
花が、咲イタヨ。
「栗の花?」
その呟きは、誰の声だったろう?
薄れゆく意識の中で、たしかにそんな声が聞こえた……。
◇
「★汚物除去っ☆ ★洗浄っ☆ ★洗髪っ☆ ★洗顔っ☆」
プリムローズさんが、中指で指パッチンしまってる。
王女殿下に『魔法』をぶっかけ……イヤ、『魔法』をかけまくってるのだ。
『魔法』が発動した時に現れる、キラキラした虹色の星のせいで、目がチカチカする。
――一体なにがあったのだろう?
「ぷりゃむろー、くひもひてくり」
「★口内洗浄ッ☆」
パキン! といい音の指パッチンだった。
どうやら彼女はデコピンに戦闘用(彼女曰く『攻撃』用ではないらしいけど)の『魔法』。そして指パッチンに回復や支援系の『魔法』を――それぞれの指に――ファンクションキーのように割り振っているらしい。
『魔法』の発動にはイメージが重要だ。
脳内で描く『魔法』のイメージと指の動きを連動させ、徹底した反復練習を繰り返す事によって、それを深く脳に記憶として刻みこんでおく。
その関連付けによって、あとは逆に特定の指の動きによって、特定の『魔法』のイメージが喚起されるようになる。それによる発動時間の短縮を狙っているのだろう。
ちなみに、この解説、当たってるかどうか知らない。
ただ、俺も『体内錬成』では、その気体・液体・固体を細部までイメージするのが重要だと、経験的に知っている。
てか、衛生系の『魔法』の連発で、周囲が何か薬品のような匂いで凄い臭いっス。
「★滅菌っ☆ ★消毒っ☆ ★送風っ☆ 記憶消去っ。時間遡行っ。悪霊退散っ」
最後の方は『魔法』として発動されなかったようだ。
星がキランとしない……って誰が悪霊だ。
――そして、ふと思う。
今まで気にしてなかったけど、『魔法』を『魔法』として発動させる『守護の星』って、このキラキラ星のことなんじゃないのか?
なんとなくゲームみたいな感覚で、視覚的な演出でキラキラした虹色の星が見えてると思ってたけど……実際には逆で、これそのものが『魔法』を発動させてるっぽい。
虹色に輝く透明な薄膜みたいな「星」が、どこからともなく集まって来て何かをしてる。
大概は「星」同士がくっついて……「合体」して、何かのカタチに成って「現象」を引き起こしてるようだ。例えば『★送風☆』だと、プロペラみたいなカタチに成って回転してる。ミーヨに訊くと何も見えないそうだけど、俺が右目の魔眼『光眼』を通して見ると、そう見えるのだ。
それが『この世界』の『魔法』の種田……種崎……イヤ、種明かし。
『守護の星』が、人間の意図を汲んで……あるいは命令に従って『魔法』を遂行する「実行部隊」だったんだな。
これってやっぱり、かつてこの星にあった超古代文明の遺産みたいなもんなのかな?
にしても……星か。
元々、全ての元素は、宇宙に浮かぶお星さま……『恒星』の核融合やら核分裂で生まれるワケだしな……。
138億年だかの宇宙の歴史の中で、星は生まれては消えていくし……俺たちは「第一世代」か「第二世代」の「星」の成れの果て「星屑」で出来てる。
自分が仕出かした事を誤魔化すために、ぼんやりとそんな事を考えてみた。
「祈願! ★消臭っ☆」
あ、やっぱりちょっとクサかった?
また、キラキラ星が舞った。
虹色のキラキラ星は、「☆」の形だけど、大きさはさまざまだ。
透明で角度によって虹色に変化して見える大き目の星は、手裏剣くらいあるし、いちばん小さくて黒い星は小型犬用のドライフードの粒くらいだ……って異世界に生まれ変わっておいて、何に例えてんだ? 俺は。
そんなんはいいとして、もっと目に見えないくらい小さい「ナノマシン」みたいなものだと思っていたけど……ガッツリ見えてるな。
「ジンくん、ごめんね。わたし、昨夜疲れてて先に寝ちゃったから、こんなことに……祈願。★洗浄ッ☆」
ミーヨが肉眼でガッツリ見ながら、洗浄の『魔法』を口にした。
『魔法』をつかわないお掃除の方法も早く覚えて欲しいけど、それを口に出す事は控えよう。自然に自主学習してほしい。
「ああ……まだ、こんな」
どうやら余計な事ばかり考えていたらしい。ミーヨが困ってる。
「やっぱり、一回だけじゃ、『賢者』になれないんだね。まだ『勇者』のままなんて……ううん、むしろ『魔王』だよ」
イヤ、ミーヨさん。そういうクラスチェンジないから。
ちなみに『この世界』は平和で、『魔王』も『勇者』もお伽噺の中にしかいない。
「お兄さん。お兄さんはあたしのお義兄さんになるのですか? これからもよろしくお兄さん」
イヤ、俺はこっちだよ。どこに挨拶してるの? ドロレスちゃん。
「アレってなにか面白くないですか? 思い出すとちょっと笑えてきちゃうんですけど……」
黒髪の美少女シンシアさんが、可愛い三日月目になって笑ってる。
彼女に喜んでもらえて、素直に嬉しい。そして「ふにゃふにゃ」じゃない事も証明出来たので、誇らしい気分だ。うん。
「アレが面白いなんて、シンシアちゃん、まだ子供ね。私は疼くわ!」
スウさんが、変な風に身をくねらせている。
うん、見なかった事にしよう。聞かなかった事にしよう。そして黙っていようっと。
◇
「プリムローズ、先刻のものは何だったのだ?」
綺麗さっぱりして落ち着いたらしい王女殿下が、筆頭侍女に問う。
「あれは……(ごにょごにょ)」
プリムローズさんは、苦虫を噛み潰したような顔で説明し始めた。
「……にございます」
どうやら生真面目に、正確に説明しちゃったらしい。
「……」
王女殿下の顔が羞恥に染まっている。
「むう! そ、そんなものを私は全身に浴びせられたのか? 頭を飛び越え、背中にまで……」
「「「「「す、すご――――い!」」」」」
ハイ。皆さんの「すご――――い!」いただきました。
俺、これを胸に刻みこんで、これからの人生を歩んでいきます。
「はッ、私までつい……いえ、殿下は他の方よりもお体が小柄であらせられますので、相対的に被害が広範囲に及んだというワケで――彼の……勢いが凄いとかそういう事ではないと思われます」
何言ってんの? プリムローズさん。
「……ジンくん。王女様に謝ったほうがいいんじゃないのかな」
「なんでだ? 俺なにか謝らなきゃいけないことしたか?」
ミーヨの言いたい事も分かるけど、俺のせいなの?
「む。私は未婚で処女だ。そんな私に君は何をした?」
王女殿下がはっきりとおっしゃる。
「俺からは……何も」
「むッ……たしかに、一方的に私が君のおち」
「はい、そこまで! 殿下。殿下は『四ツ目の怪鳥』を倒した彼の強さが見たいとおっしゃっておられましたね。いっそのこと、彼と戦ってみたらいかがでしょう? ズバリ『神前決闘』です!」
「「「「えええっっ!」」」」
プリムローズさんが、とんでもない事を言い出した。
◆
若さゆえのあやまちというものはある。認めたくないけど――ばつ×




