017◇ハートのフラッシュ
再会を約束して別れたプリムローズさんは、その日のうちにスウさんのパン工房にまでやって来た。
ただ、一人ではなく、友人の女の子と一緒に訪ねて来たらしい。
俺は早朝から騒いで眠かったので二度寝していて来訪には気付かずに、そのまま眠っていた。
起こしてくれればよかったのに――と思っても、もう遅い。
目を覚まして二階から下りた時には、幼馴染のミーヨとプリムローズさんはしっかりと再会を果たしていて、さらに色々と話をしていたらしい。
なんというか、口外しないで欲しかった俺の秘密についても、だ。
……やれやれ。
◇
「初めまして、ジンです」
俺はプリムローズさんが連れて来た、という少女に初対面の挨拶をした。
その子は、パン工房の横にある食堂で、ひとりで『赤茶』を飲んでいた。
一目見て、眠気が一気に吹き飛んだ。
「はじめまして、ジンさん」
こちらを見て、赤いくちびるを開いたその子は、『この世界』で初めて会う日本人に似た顔立ちをした美少女だった。
『この世界』には、中東から中央アジアに居そうな感じの、混血の進んだ人たちが多いので、本当に珍しい。
イヤ、モンゴロイド系の人もいることはいるけど、大体が『獣耳奴隷』だったり、職人風のおっさんだったりして、俺たちと同じ年頃の女の子は珍しかった。
てか、初めて見た。
天使の輪が浮かぶ、つややかな長い黒髪。雪のような白い肌。
切れ長でちょっとつり目。明るい茶色の虹彩。その目元に夢見るような、甘やかされた思慮のなさ――のようなものが感じられて、そのせいで、彼女は日本人の綺麗な女の子――という印象を俺にいだかせるのだった。
『この世界』では、強くしっかりとした意志を感じさせる瞳を持つ女性が多いような気がするし、前世の記憶に囚われている『俺』には全員外国人で、別人種としか思えないので、どうしても違和感を拭いきれないでいた。
今ひとつ現実感がなかったのだ。ヴァーチャルな感じというか。
けれど、この子は違う。
上手く言えないものの、日本人そっくりな子なので、なんかすごくリアルで、見ているだけでドキドキするのだ。
「失礼ですけど、お名前は?」
ぜひ知りたかったので、訊いてみる。
もしかすると、漢字の名前だったりして。
「ごめんなさい、言えません」
その子は優雅に食卓の上の茶器を取り上げ、口をつけた。
『この世界』の茶器は楕円形で、両側に「耳(取っ手)」が付いてる。それを両手で持ち上げてる。
それで、袖口の広い白い清楚なワンピースみたいな服を着ていることに気付く。
なんか、気品がある。
◇
「おはよー、ジンくん。疲れとれた?」
「こんにちは、ジン。お邪魔してるよ」
ミーヨとプリムローズさんだった。
幼馴染とはいえ、何年かぶりに会ったはずなのに、仲良さそうだ。
二人とも夏らしいシンプルな薄着だった。プリムローズさんも今朝会った時の印象とはかなり違って見える。
「ジン。聞かせてもらったよ、君の話! 私にも、『賢者の石』とやらを見せてくれないか?」
え? 賢者の石?
そんなもん、見せられるワケないだろう?
だいたい『石』じゃなくて、俺のは『玉』だそ。『賢者の玉』。
しかも、俺様の金○袋の中だぞ(笑)。体内埋込されてんだぞ。
……てか、なんで知ってる? そんな事を。
「ミーヨ」
俺はミーヨの腕を掴んで、ちょっと離れた場所に引っ張った。
「あ、ジンくん。そんなに痛くしないで。もっと優しくして!」
「誤解されるから、やめろって。みんな見てるよ」
もちろん、入れてないよ――力は(笑)。
「お前、知らない人に俺の秘密話すな、って言ってあるだろ。彼女……プリムローズさんに話したのか?」
「プリムローズさん? プリちゃんの事だよね? うん、話したよ」
「なんでだよ?」
「プリちゃんは知らない人じゃないもの、幼馴染で友だちなんだから、訊かれれば答えるけど……」
なにか悪いことした? みたいに首を傾げる。
じっと俺を見る透明感のある明るい緑色の瞳が、宝石のペリドットのようで可愛い。
可愛いので、キツく当たれない。
ま、しょうがないか、で許してしまういつものパターンだ。やれやれ。
「彼女、俺と同じで前世の人格が……」
「ジンくん。前にそういう話したよね。一度死んで生き返った人は前世の記憶をはっきり思い出す――って、あれプリちゃんの事だった。プリちゃん、逆子で産まれて、ほとんど死んだみたいだったんだって!」
ミーヨは興奮して、まくしたてた。
そこに、近づいて来たプリムローズさんが言葉をつないだ。
「『癒し手』に瀕死のところを蘇生させてもらったらしい。それで、いわゆる『物心がつく』頃には、自分は『前世の記憶』を持っていると自覚があったよ。それで、そのまま二度目の子供時代を過ごしたよ。君たちとね」
「プリムローズさんは……」
「いや、『前世』の事は話したくない。聞かないでくれ。それよりも君、あの子を見て、びっくりしてたね」
離れて座っている、黒髪の子のことだろう。
「まるっきり――――な感じだったので」
俺が言葉を濁すと、きちんと察してくれた。
「だろうね。そういう血筋らしいよ。しかし彼女の父親は、狼の耳をつけた『戦闘奴隷』だった。……どう思う?」
「獣耳奴隷? 前世の罪で、なんか『印』がついて生まれてくるっていう……アレですか?」
『この世界』の奴隷制度については、まだよく理解出来てない。
なので、コメントしづらいな。
黒髪の子は、猫耳も犬耳もつけてない。つけてたら、可愛いだろうけど。
つまり、奴隷ではないはずだけど……?
「『奴隷の印』ってね、お尻の青いアザだそうだよ。これでピンとこないかな?」
プリムローズさんが、挑発するように言う。
「それって、『蒙古斑』? そんな! それじゃあ、東洋系……モンゴロイドの大半は、奴隷にされちゃうじゃないですか?」
「そうだよ、バカな話だろう? 要するに作り話なんだよ。『前世の罪の印』なんて、でっちあげさ」
肩をすくめながら、吐き捨てるように言った。
「そんな事……一体誰が?」
「君は――『この世界』の『巨悪』と戦う気はあるかな?」
プリムローズさんが、俺をキツく睨んだ。
――そんな事、答えは決まっている!
「ないッス。ささやかな幸せを積み重ねて、年をとっていければいいかな、って思ってるッス。平凡でいいッス。フツーが素敵ッス」
俺は、自ら小者感を演出しながら、そう言った。
俺の本心だった。てか、みんなそうでしょ?
「……なんていうか、見事なまでに小市民ね」
「どうもッス」
ご理解いただけて、幸いッス。
「でも、君だって、いつかは『この世界』で子供を持つ事になるんじゃないの? その時に、自分の子供に『蒙古斑』がついて産まれてきたら、どうするの? ささやかな幸せなんて、簡単に奪われてしまうのよ?」
真剣な表情で、諭すように言われた。
「…………」
なるほど。理解はした。
子供が出来るような事も、思いっきりしてる(笑)。
自分の子供が『獣耳奴隷』なんて……そりゃ、誰だって、嫌、だろうな……。
「まあ、いいわ。今の話は忘れずに覚えておいて。君もきっと、関わるようになるでしょうから」
プリムローズさんは断言するけれど……話題を逸らそう。
「プリムローズさんは、第三王女様に仕えてるって話ですけど……あちらの方が、そうなんですか?」
ミーヨ情報では、第三王女とその筆頭侍女がこの街に滞在中という話だ。
筆頭侍女がプリムローズさんならば、ここに連れて来たあの子が、王女様のはずだ。
黒髪の美少女は、いまミーヨと何か話してる。
「違うわよ」
あっさりと否定された。あれ?
そして、可笑しそうに笑って、黒髪の子に言った。
「ねえ、彼。あなたのことを王女様だと思ったみたいよ」
「私がですか?」
黒髪の子は、驚いている。
先刻までは、無表情にツンと澄ましてたのに、はっきりと表情が動いた。
「とんでもないです。私は『神殿』の『巫女見習い』です」
「巫女……の見習い?」
「殿下はちょっと事情があって、『冶金の丘』では『全能神神殿』に滞在している。まあ、私たち侍女もだけど。で、彼女はそこのひと」
プリムローズさんが言った。
イヤ、それ『巫女見習い』については、何の説明にもなってないですから。
たぶん、街中でたまに見かける白くて長いローブを着て、白いヴェールを被った女性の事だと思うけど……今、彼女はそれを身に付けてはいないのだ。
「今日は『絶対に働いてはいけない日』じゃないですか。それで『神殿』もお休みになってしまいましたので、プリマ・ハンナさんから誘われて、こちらにお邪魔してるんです」
休みだから、普通の服装なのか?
てか、プリマ・ハンナさんて誰だ?
「本物の姫殿下は……私とは、まったく似てませんよ。ドロレスちゃんとは、そっくりですけど」
黒髪の美少女は、にっこり笑って、割とお茶目に言った。
「あれ? ドロレスちゃんって、あのドロレスちゃん?」
ドロレスちゃんも、王家の決まりとかで、実家から追い出された可哀相な元・王女様って話だった。
本人は、ぜんぜん気にしてない様子だったけど。
彼女とも、もう知り合いなのか?
俺が寝てるあいだに、色々あったようだな。
「そうなの?」
「うん、お父さんが同じなんだって」
ミーヨの方を見ると、疑問に答えてくれた。
そう言えば、ドロレスちゃん本人も、そう言ってたな。
すると、あの「わしゃわしゃとした癖のある金髪」の人物が、3人もいるのか?
「それと付け加えるとね。――彼女(※黒髪の美少女のことだ)の父君が、剣術の達人でね。殿下の『抜刀術』の師でもあるんだよ」
プリムローズさんが、こっそり教えてくれた。
この黒髪の子のお父さんというと、狼耳の戦闘奴隷だっていう人か?
で、『抜刀術』って、きっと「居合」の事だろうな。
「君にも会わせてあげたかったな。事情があって、ついこの前『王都』に帰ってしまったんだよ」
そっちは良く分からんけど。
とにかく、「王女様」じゃないのなら、気が楽だ。
「じゃあ、もう一度。――失礼ですけど、お名前は?」
黒髪の美少女に向かって、また訊ねてみる。
「ごめんなさい、言えません」
笑うと三日月目になるな、この子。
「てか、なんで?」
「彼女は『巫女見習い』だから、選挙の前は男性に名前を訊かれても、答えてはいけない事になってるんだよ、残念だったね、ジン」
俺ががっかりしてると、プリムローズさんが教えてくれた。
楽しそうに笑ってる。瞳が紫に変色してる。
この人の水色の瞳。何かで高揚すると、血液で紫色になるんだな。
『銀河○雄伝説』に、そんな提督がいたな……名前、なんだっけ?
イヤ、待て。そう言う事じゃなくて……『選挙』の前?
「『巫女』って、選挙で選ばれるものなんですか?」
『この世界』での『巫女』の定義そのものが分からないけれど……それは後で誰かに訊いてみよう。
「うん、選挙で選ばれた上位7人が『七人の巫女』と呼ばれて、その7人で『じゃんけん』して勝った人が『聖女』さまになるんだよ」
俺の問いかけに、なぜかミーヨが答えた。
てか、ナニソレ?
まるで、どっかのアイドルグループみたいだった。
なんというか、微妙に今さら感あるけど。
「そうなんスか?」
正気とは思えないので、いろいろ詳しそうなプリムローズさんに訊いてみる。
「『巫女選挙』が、大衆の支持による『民意』。『神前じゃんけん大会』で勝つ事が、『神の意思』と考えられているそうよ。まあ、君が何を言いたいかは解るけど、ここは別の世界なんだから、突っ込みは無しで」
「……ハイ」
そう言われてしまうと、頷くしかなかった。やれやれ。
どうせ、誰か『前世の記憶』を持った人間が、『じゃんけん』なんてものを広めたんだろうけど……広まったところで、人畜無害だろうしな。
で、21世紀の日本とは違って、「既婚の巫女」も「非処女の巫女」も「バイトの巫女」も「コスプレ巫女」も存在してなくて……選ばれし7人のみが、『巫女』という事らしい。
それで、『巫女』の上位クラスが『聖女』みたいなコトになってるけれど……完全に「別物」だと思うんだけどな。
「でも、本人以外が教える分には問題ないんだって。彼女はシンシア・ダ・イナダさん。わたしたちと同じ16歳だって」
ミーヨが、おでこをキラン☆ と光らせながら言った。
「普通、『巫女見習い』は家名は付けずに、個人名だけで呼ばれるんです。ですから、私は『巫女見習い』シンシアです。ジンさん、名乗らなかった無礼を、お詫びいたします」
黒髪の美少女シンシアさんは、そう言って微笑んだ。
一度他の人から聞いちゃったら、自分で名乗ってもOKらしい。
「シンシアさん……月の女神アルテミスの別名だ」
誰がつけたんだろ?
「……?」
当の本人は、知らないみたいだ。
そんで、家名が「イナダ」って、「稲田」さんかな?
ここはパン工房で、なおかつ異世界だけど、お米が食べたくなるお名前だ。
そう言えば『この世界』に「お米」ってあるのかな?
でもって、『この世界』には無い『月』に所縁のある名前だけど、『○○王子と笑わない猫。』みたいに家名は「ツツ○クシ」じゃないんだね? 俺も、この子に「変態さん」呼ばわりされたくないから、別にいいけど。
あと、俺が小倉百人一首で唯一知ってるのが、小野小町の「花の色はうつりにけりないたずらに 我身世にふるながめせしまに」って歌だけど……イヤ、今ソレまったく関係ねー。
「名前がらみでもうひとつ。さっきシンシアさんは、プリムローズさんのことを、プリマ・ハンナさんて呼んでなかった?」
俺は気になっていたので、訊いてみる。
「ええ、プリマ・ハンナさんですもの」
発言者は、シンシア・ダ・イナダ嬢だ。
「プリマ・ハンナ・ヂ・ロースさん――がプリちゃんの本名だよ」
発言者は、ミーヨ・デ・オ・デコ嬢だ。
「ぢ?」
座薬が必要なご病気ですか?
とか言ったら、めっちゃ怒られるだろうな。自制。
「あー、ヤメて! 私、貴族のD音入りの名前キライなの」
プリムローズさんが、手を振って嫌がってる。
◇
「それにしても、君、ヘンだったよ」
「俺が? 何の話ですか?」
突然、プリムローズさんにそう言われて驚いた。
「今朝、『塔』から飛び降りて無事だったろう? その時の話さ」
「ああ、見てましたもんね? 『★不可侵の被膜☆』っていう『魔法』らしいんですけど……アレって、傍から見ると、どんな感じなんスか?」
どうせ、ミーヨが話してしまっているだろうと思って、隠す気にはならなかった。
俺はバリバリの当事者なので、俺以外の第三者視点では、どんな風に見えるのか知りたかったのもある。
「『★不可侵の被膜☆』? へえ、初めて聞いた」
あれ?
まさか、俺様の金○袋の『賢者の玉』とかの下ネタ要素だけを、面白おかしく話しただけだったのかな?
「『空からの恐怖』のひとつに数えられている『隕石』を受け止める『神聖術法』があるって話を聞いたことがあるけど……それなのかな?」
独り言みたいに呟いてる。
『隕石』を受け止める……って、『○ヴァンゲリ○ン』の「AT○ィールド」みたい。
「何と言うか、地面に接地した瞬間に、ピタッと止まった。静止した……というか。でも、『魔法』が働いたような感じはなかったんだよ」
記憶を辿りながら、その時の様子を描写してくれた。
でも、上手く説明出来ないみたいだ。
「とにかく、止まった次の瞬間には、ふにゃふにゃと崩れてたね。本来、君の体に受けるはずの衝撃は、一体どこに消えてるんだろう? 物理法則を無視しているような感じだったな」
物理法則を無視だとう?
『俺の○内選択肢が、学○ラブコメを全力で邪魔している』のOPの「逆立ち」みたいにか? ……違うか。
ちなみにOPって「オープニング」の事だよ? 俺が『前世』で使ってたPCの、女性の特定部位の肌色画像を貯めこんだ秘密のフォルダ名じゃないよ? あ、でも『○○コメ』の雪平ふ○の風に言うと「PO」になるな。そんで『○○コメ』って味噌みたい。
そんなバカな事を考えながら、黙り込んでいると――
「……どうかしたのかい?」
「……いえ」
心配されちゃいました(笑)。
「色々と知りたいと思ってるんです! 教えてください、プリムローズさん!!」
色々と誤魔化すために、勢い込んで言ってみた。
「いや、物理法則とか言っちゃったけど、私『文系』だから『理数系』は苦手で……」
赤毛と水色の瞳を持つコーカソイド系の人なのに、日本人的なあいまいな笑顔だった。
「イヤ、異世界に転生しておいて、文系もへったくれもないでしょうに」
期待してたけど、なんかダメそう。
「……それにしても、ふにゃふにゃ、ですか?」
美少女に言われると、凹むワードだな。
「ああ、ふにゃふにゃ、っと地面に崩れるような感じで横になってた。私はほぼ真上から見てたよ」
「ふにゃふにゃ」
「ふにゃふにゃだった」
何度も言われてたら、おち○……イヤ、落ち込んで来た。
「えー……そんな事ないよね、ジンくん!」
「うん。わかった。わかった」
ミーヨが、俺を弁護しようとしていたけど、なんとなく流れから下品な展開になりそうだったので、制止した。
「……」
日本人似の黒髪の美少女シンシアさんも、最後の方は聞いていたらしい。俺の顔を、微妙な表情で見ていた。
イヤ、ふにゃふにゃじゃないッスよ?
◇
「えっ!? 『ご朱印船』ですか?」
話を聞いて、びっくりした。
日本人顔の黒髪の美少女シンシアさんに邪な気持ちを抱いた俺は、彼女の完全攻略のために、まず外濠から埋めるべく、彼女のご先祖様について質問してみたのだ。……って正直過ぎだぞ、俺。
ちなみに彼女は『神殿』に仕える『巫女見習い』だそうで、現役の間は純潔を守る事が義務らしい。日本のアイドル風に言うと「恋愛禁止」らしい。
なので、「彼氏いるの?」といったゲスな質問は不要なのだった。
「ええ。私の家の家伝では、先祖は『あゆたや』を目指して『ご朱印船』に乗っていて、気付くと『この世界』にいたそうなんです」
本当に、見た目通りに、日本人の血を引いてたんだな……。
他にも、いろいろと話を聞いてみると、どうやら『この世界』に住んでいるモンゴロイド系の人間は、すべて数百年前に『この世界』に連れて来られた日本人の子孫らしく、他のアジア諸国の血を引く人たちは居ないらしい。
そして、この大陸の東には、その子孫たちが住み着いている「島国」があるらしい。それこそ、「異世界もののテンプレ」だな。
でも、それって、たまたま『ご朱印船』ごと連れて来られたから、そうなったのかな?
そして、その船に女性は乗ってたのかな?
「……?」
シンシアさんが、俺を不思議そうに見つめている。
彼女を見る限り、すんごい美少女が乗ってたとしか考えられないんだけどな。
それこそ、「世界三大美女」とか言われる「小野小町」みたいな。
ま、「世界三大美女」って、日本人が勝手に言ってるだけらしいけど。
もしかすると、『この世界』って、夜空の星座がまるっきり姿を変えて、月が砕け散ったりした後の、21世紀よりも、ずっとずっと先の超超超未来の『地球』なんじゃないの? と思った事もあったけど……彼女の話を聞くと、どうも違うみたいだな。『ご朱印船』って、16世紀か17世紀の話だしな。
やっぱ、『地球』とは別な「異世界」なんだな、ここ。
なんで、ニンゲンが棲んでんだろ?
ミーヨの話だと、数千年前に『方舟の始祖さま』が『地球』の動植物と一緒にやって来たらしいけど……何か特別な理由があって、こうなってるワケでもなさそうだしな。
『この世界』のリアル神様『全能神』や『全知神』が、何を考えてるのかまったく分からないな。
その『ご朱印船』も、別に「選ばれし者」が乗ってたワケじゃないだろう。
その子孫が、「蒙古斑」を理由に『獣耳奴隷』にされちゃってるんだから。
『この世界』のモンゴロイドのすべてが、みんな日本人の子孫だと言うのなら、元・日本人の記憶を持つ転生者のプリムローズさんが『この世界』の「奴隷制度」に強い嫌悪感と義憤を抱いてるのがよく分かる。
俺も、目の前のこの黒髪の美少女が、一歩間違えれば『獣耳奴隷』だったかもしれない――と思うと、めっちゃ腹立つしな。
◇
しばらく4人で雑談を交わしていると、食堂から出られる裏庭の方から賑やかな話し声がして、三人の女性が入って来た。
「うむ。そうか! アレにぶら下がって、体を上げ下げすると、腕の力がつくのか!」
「御意に御座います」
「でも……アレ、物干しですよ?」
このパン工房の主スウさんと、いつものドロレスちゃん。
もう一人は――見て、一発で分かった。
ドロレスちゃんそっくりだ。
つまり、その姉の第三王女さまか。
「む? プリムローズ。朝の話の少年とは、彼のことか?」
「はい、殿下」
おお、プリムローズさんが筆頭侍女らしく、かしこまってる。俺には偉そうなのに。
王女様が、すっと俺の前に寄って来た。
「私は『三人の王女』が一人。第三王女。ラララ・ド・ラ・ド・ラ・エルドラドだ」
そして、あっさりとフルネームを名乗った。
「「「「「…………」」」」」
非公式の場なので、みんなは無言で簡略化された作法で敬意を表す。
ところで、ラララ?
ここはパン工房で、なおかつ異世界だけど、ラーメン食べたくなるようなお名前だ。
そう言えば、『この世界』に「めん類」ってあるのかな?
小麦粉はあるし、小麦粉とかん水……か重曹……最悪、海水があれば作れるハズだから、『錬金術』なしで自作しようかな?
ここは異世界だから、『ラーメン大好き○泉さん』みたいにあちこちの有名店回るのは不可能だけど、お家ラーメンで、上にいろいろ「ぶっかけトッピング」で。ああ、ホントに食いたくなってきた。
――しかし、今はそんな事を考えている場合ではない!
俺は、ピン! ときていた。
「よし、揃った! みんな所定の位置に整列して!」
俺は、五人を横一列に並ばせた。
「では、順にお名前を!」
ダ。「シンシア・ダ・イナダ」
ヂ。「プリマ・ハンナ・ヂ・ロース」
ヅ。「ドロレス・ヅ・ツキ」
デ。「ミーヨ・デ・オ・デコ」
ド。「ラララ・ド・ラ・ド・ラ・エルドラド」
「揃った! ダ・ヂ・ヅ・デ・ド!」
王女様やみんなも、ノってやってくれた。
「「「「「おおおおっ!」」」」」
みんなから、拍手と歓声が沸き起こる。
「……どうせ私はちょっとお茶目なパン屋さん」
一人、なんか拗ねてる人もいるけれども。
「みんな可愛くて美少女だし、王女様もいるからハートの『クイーン・ハイ・フラッシュ』だな!」
トランプの「ポーカー」の「手」だ。
もっとも、クイーンじゃなくて、代理のプリンセスだけれども。
「「「「『くいーん・はい』?」」」」
そして、『地球』の言葉なので、通じてないけれども。
ちなみに『この世界』には、断面が綺麗なピンクのハート形の、「オトメナス」という野菜がある。
しかも、その別名が「ハート」だそうな。
夜空の「プロペラ星」と同じく、『前世の記憶』持ちが広めたらしい言葉や文化が、断片的に存在してるのが『この世界』だ。
「「「「……(照れ)」」」」
みんなの頬が赤い。
美少女って言われて、照れてるのね?
「……」
そんな中で、プリムローズさんだけが、こめかみを押さえてる。
頭痛ですか?
◆
揃えて並べる。それだけで楽しい事もある――まる。




