016◇『空からの恐怖』
「でも、今日は『絶対に働いてはいけない日』なんじゃないの?」
「そうよ、おかげで居るはずの『対空兵団』の駐屯兵がここに居ないんじゃない……って早く鳴らしなさい!」
プリムローズさんは、ちょっと苛ついてるようだ。
そうこうしてるうちに、巨大な鳥が近づいてきた。
空を飛んでるから、『鳥』と呼んでるけど、地球のそれとは大分違う。
決定的に違うのは、その六枚の翼だった。
飛行機の翼のような主翼の開長は数mくらい――そして、その前方に一対の高速で羽搏く牽引式プロペラみたいな役目の翼を持ち、目に見えないほどの高速で動いているらしく、ずっとブ――ンと低周波音がしている。
体長は3mを超えるくらいで、胴体は毒蛇のような邪悪な感じのカラーリングだった。
後方に伸びた翼は脚を兼ねているらしい。
爪がなくて、趾の間に水かきっぽい被膜がある――飛行機の昇降舵とか方向舵みたいな役割を持っているのかも。イヤ、ラダーは主翼の端っこについてるかな。
長い首の先の頭部には眼が四つあって、上下左右に死角のない感じに付いている、なんというか異形の造形だ。
クチバシは空気抵抗を軽減するためか、尖ってて鋭い。
突かれると痛そう。ただ俺には『★不可侵の被膜☆』があるので、突かれないとは思うけど。
それにしても……女神『全知神』から貰った右目の魔眼『光眼』の機能なのか、動いてるのに細かいところまでめっちゃ良く見える。
ソイツは俺とプリムローズさんに気付いているのに、塔の中に居るせいか、攻撃してはこない。
なんとなく、風の魔法みたいなものを使うのかと思っていたけど、拍子抜けだ。
攻撃手段が至近距離からの直接物理オンリーだというなら、『空からの恐怖』という名前ほどの恐怖は感じない。
でも人から聞いた話では、口から石弾を飛ばして地表の敵……というか「エサ」を倒して、死体を持ち去ってどこかで貪り喰うらしい。
ここは塔の上なので、高低差を利用出来ない。
敢えて、その「石弾投射攻撃」をしてこないだけかもしれない。
女の子の前でカッコつけたい気持ちもあったけど――なんか、自分でもびっくりするくらい冷静に、醒めた目で状況を見ていた。
これからの旅の途中で、バトルがあることを前提に、いろいろと地道な自己改造を続けてきているので、
(やっとバトルかぁ――ここまで長かったなぁ……しみじみ)
とか呑気に思っていた。
「大丈夫、ヤツは俺が倒す。君は逃げて!」
一度、こういう事を言ってみたかったのだ。うん。
「はあ? 寝ぼけてるの?」
プリムローズさんはのってくれなかった。残念。
「ま、見てて」
(右目・輝度最大・照射三秒)
「行くぜっっ、目からビィィィィイイイイム!」
俺は『四ツ目の怪鳥』目掛けて『光眼』の投光機能『目からビーム』を発動した。
突然まばゆい光を浴びた『四ツ目の怪鳥』の飛行姿勢が、ゆらりと揺れた。
効果はそれだけだった。
最初から、ただの目くらましのつもりだったけど――挑発には成功したみたいだ。
ソイツは俺を「敵」と認定して、俺たちがいる塔の周囲を旋回し始めた。
うん、街を狙わないんなら、別に警鐘を鳴らす必要はないだろう。
今日、お休みだから、みんなまだ寝てるだろうし。
横顔(?)についてる片側の二つの眼が、塔の中にいる俺たちを睨んでいる。
「私がやるから、あなた引っ込んでなさい」
プリムローズさんが強気だ。
なんなの、その自信?
彼女は右手の小指の爪を親指で押さえた。
何の仕草かよく分からないけど、そのままの手を怪鳥に向けて、その動きを追う。
そして、
「『守護の星』よ! 『世界の理の司』に働きかけよ! ★空気爆弾っ☆」
キラン☆ と虹色の星が舞った。
彼女の強気の根拠は『魔法』だった。
その発動方式がミーヨとまるで違う。初めて聞くやり方だ。
でも……戦闘中に『世界の理』とか言われると、中二病っぽく聞こえるな。
「……ん?」
不意に、横方向から妙な熱の放射を感じる。何なの、これ?
「★解放っ☆」
パチン! と小指を使ったデコピンの仕草をすると――
ドバン!
『四ツ目の怪鳥』の前方で何かが爆発し、白い水蒸気と小さな氷がキラキラと舞った。
高圧縮した空気の塊を解放して、爆発的に膨張させたらしい。これが「空気爆弾」?
冷風が俺たちにもビシビシ当たって、冷たいっス。
『四ツ目の怪鳥』は爆発の衝撃で大きく姿勢を崩した……でも、まだ飛んでる。
「これじゃダメか」
悔しそうに彼女は言って、次の動作に入った。
今度は人差し指の爪を親指で押さえ、タメのようなものを作っている。
「『守護の星』よ! 『世界の理の司』に働きかけよ! ★可燃気球っ☆」
また、キラン☆ と虹色の星が舞う。
そして凄い数の虹色の薄膜に包まれたシャボン玉みたいなものが、すーっと一点に集まって来た。傍目には凄い綺麗なメルヘン動画に見える。そんで可燃性の気体って何? メタンとか? それとも●(気体)か(笑)?
「★点火っ☆」
バキン! という物凄い音のデコピン動作のあと、塔の外に炎の球体が現れた。
ちょうど『四ツ目の怪鳥』の進行方向だ――ソイツは回避しきれず、火球に飛び込んだ。
「なんか臭っ!」
「文句言うなっ!」
火球から出て来たソイツは、あちこち焦げて黒ずんでいた。
たぶん、敵を火だるまにする感じの攻撃魔法だったんだろうけど、一瞬で通り過ぎちゃったからな。
まだ、飛んでるし、見開いた四ツ目に激しい憎しみが宿っている気がする。
攻撃がギリギリで当たってない。てか「わざと当ててない」感じがする。
「さっきから攻撃がぜんぜん当たってないんですけど?」
ちょっと不自然だったので、訊いてみる。
「攻撃? 『魔法』で生き物を攻撃なんて出来るワケないでしょ!」
叱るように言われた。
「えっ? なんでですか?」
緊迫した状況下だけど、つい間抜けな感じで訊いてしまった。
だって、俺『★不可侵の被膜☆』のせいで、身体の内側でしか『魔法』を発動出来ないし。知らねーよ?
「つまり君は、『この世界』の『魔法』についてよく分かってないわけね?」
プリムローズさんが、塔の周りを飛ぶ四ツ目に警戒しながら言った。
「『魔法』は人間にとって『この世界で生きるための手助け』であって、他の生き物を『殺すための道具』じゃないからよ」
よく判らない。
どんなものでも「使う人次第」って意味か?
「それが『この世界』の『魔法』の決まり! だから生き物を直接攻撃は出来ない。弾丸を飛ばしたり、罠を仕掛けるような間接的なやり方で戦うしかないのよ!」
なんで、そんな制限があるんだ?
「生きる権利と、生きるための悪知恵のせめぎ合いね!」
だから、よく分かりませんてば。
ま、考えるのは後にしよう。
「俺がなんとかします!」
俺にはまだ奥の手があるけど、外して周辺の建物に当てるのが怖い。
流れ弾で人殺しとかヤダしな。
よし、体当たりだ。
俺は『旅人のマントル』を脱いで全裸になった。
「え? え? 何で脱いでるの? その癖まだ治らないの?」
プリムローズさんがちょっと引いている。
意外とリアクション薄いな。
女の子の前だとキャーキャー言われて大人気なんだけど(※誤解)。
てか、その癖まだ治らない――ってどういう意味だろ?
「プリムローズさん、これ預かってもらえます?」
俺は彼女に『旅人のマントル』を手渡し……たら、受け取ってもらえなかった。ドサッと床に落ちる。
おい、それはないだろう――と思ったら、彼女の視線は俺の(以下略)。
「俺がアイツに飛び乗って仕留めます」
もう充分に速度や動作を観察したので、怪鳥君に飛び乗れる自信がある。
「え? 本気? 冗談でしょう? ここ塔の最上階なのよ?」
正気を疑われているらしい。そりゃそうか。
俺は助走をつけて、塔から大きくジャンプした。
「とぉうっっ!」
掛け声がダジャレみたいだ、と思ってしまったら、目測がズレた。
「あっ、バカっっ!!」
プリムローズさんの声が聞こえた。
俺は飛び移りに失敗して、そのまま転落した。
耳元で風切り音が、ビュォォォオオオオオ――と鳴っている。
(マンガみたいに地面に突き刺さったらヤダな)
俺は初ダイブの最中、そんな事を考えていた。
◇
『地球』では昔、空を飛ぶためのパイオニアたちが、小さな人造の翼を羽ばたかせながら、高い所から飛び降りてたそうで、それは「タワージャンパー」と呼ばれてたらしい。
もちろん、そんなものでは空は飛べないのだけれど……。
でもまあ、俺は『★不可侵の被膜☆』のお陰で無事でした。
今朝の実験は終了。
さてと、ミーヨのところに帰ろう。
――とも言ってられないので、円形広場の石畳に降り立った俺は、上を見上げる。
これで下から狙える。外しても、雲を蒸発させるだけだしな。
なんて事を考えていたら、石弾攻撃を喰らった。
ひゅるるるるるるるる――
鳥肌が立つような風切り音がして、物凄い速度で親指くらいの尖った石が飛んできては、俺の皮膚上に展開されている『★不可侵の被膜☆』に当たって、運動エネルギーを失って、ボトボトと広場の石畳に落ちていく。
有利な上空から狙ってるとはいえ、ハンパない命中率だ。
狙われてるのは、胴体の中心部。心臓だ。
いまのところ、全弾命中してる。
『永遠の道』で「動力付車輪」としてお世話になったゴロゴロダンゴムシたちは、まるでタイヤみたいに丸まって横倒しになってるけど、それはこの石弾投射攻撃から身を護るために、ドーナツ状になって「体の中心」を「空隙」にしてあるからだ――と言う説もあるらしい。俺はゴロゴロダンゴムシじゃないから、本当のところは知らないけれども。
にしても、『★不可侵の被膜☆』が無かったら、俺もう死んでるな。鳥のエサだ。
――本気で、もう工房に帰ろうかな?
でも、やるしかないか。
(右目・輝度最大・収束最大・ピンポイント照射)
わりと単純な飛び方なので、未来位置の予測は楽勝だった。
(レーザー眼)
ボじゅッ!
エグい音がして、ソイツの片側の翼がすべて吹き飛んだ。
本体は、大きく傾いで――ドン! と塔にぶつかり、そのまま壁面をずるずると落ちて来る。
「うーん、やっぱり名前変えようかな?」
思ってたより気恥ずかしかったので、ちょっと迷う。
レーザー眼。
俺の右目の魔眼『光眼』の発光機能を利用した攻撃だ。
『光眼』を『身体錬成』で改変して、光学的に照射面積を絞り込んだレーザー・ポインタをつくる……つもりだったのだけど、さんざん魔改造した結果、もはやレーザー兵器と呼べるものになってしまったのだった。
と言っても、人間の眼球くらいの大きさで、あんな強力なレーザーなんて発振出来るはずがないから、間違いなく『魔法』に関わる『守護の星』が働いているハズだけど……正確な作動原理は俺にもよく分かってない。
とにかく、コレを俺にくれた『全知神』さまもびっくりだろう。
◇
「★着地っ☆」
プリムローズさんが『魔法』で塔から飛んで来た。
着地の際に、地面からぶわっと空気の反射流が起きたけど、プリムローズさんが手に持っていた『旅人のマントル』がジャマで、残念ながら俺の興味を惹くようなものは何も見えなかった。しょんぼり。
「信じられない! なんて無茶なの。なんで生きてるのあなたは? きっちり説明しなさい!」
いやー、ちょっと説明しにくいです。
「……まだ、終わってないか」
ソイツは、まだ瀕死のまま生きて、もがいていた。
人間の脅威になっている存在とはいえ、生命を奪っていいのだろうか?
「致命傷みたいね、助からないわ。トドメを刺しなさい」
プリムローズさんが冷静に言う。
「でも」
俺がためらっていると、諭すように言われた。
「殺すのも情けなのよ。このまま苦しませ続ける気?」
「そう言われても、適当な武器がないんです」
全裸だし。
『この世界』の人って食事用のマイ・ナイフ持ってる人多いけど、俺は持ってない。
てか、小さな小刀じゃ、コイツをどうこう出来そうにないけど。
「ああ、もうしょうがないわね」
プリムローズさんは、大胆にスカートをめくりあげると、右の太ももに括りつけてある、拳銃のホルスターみたいな革のベルトから何かを取り出した。ナイフだった。
護身用なのかな?
「食事用の小刀なのに」
そっちでしたか。
そして、右手の中指と親指を合わせた。
「『守護の星』よ! 『世界の理の司』に働きかけよ! ★慈悲の一撃っ☆」
言うのと同時に、パキン! と指を鳴らす。
物凄くいい音だった。いつも不発に終わるミーヨと大違いだ。
小さなナイフに、キラキラと虹色に輝く魔法の星がまとわりついて、大きな剣のカタチに成った。そこから妙な高周波音がする。
そして、魔法の剣を振り下ろして、あっさりと四ツ目の怪鳥の首を両断した。
怖っ!
というか……。
「さっき、『魔法』は人間が『この世界で生きるための手助け』で、他の生物を『殺すための道具』じゃない、って言ってなかったですか?」
俺はなんとなく黙っていられなくて、突っ込みを入れた。
そしたら、俺の「レーザー眼」も、やっぱり『魔法』じゃないのかも知れないな。
「ああ、そうね。たしかに、言ったよ」
プリムローズさんが、何かの発見をしたみたいに興味深そうだった。
「けれど、これは食糧にするための生き物を苦しまさずに殺すための『屠殺専用魔法』なのよ。人がそれを食べて、生きるためのね。だから『生きるための手助け』で間違ってはいないと思うけど」
彼女の中では、矛盾が解決されているようだけど……俺にはよく判らない。
てか、この警告色みたいなカラーリングの怪鳥を……食うの?
「あとは……瀕死状態の生き物の、苦痛を取り除いてあげる時にも発動するのよ。君が何かして、瀕死状態だったでしょ?」
「まあ……そうですけど」
俺の「レーザー眼」の一撃が、言ってみれば「致死ダメージ」だったわけか……。
誰がそれを「判定」してるんだろう?
さっき、彼女が言ってた『世界の理の司』ってヤツか?
そんな俺の思いとは関係なく、彼女は無言でふしぎな仕草をした。
「…………」
イヤ、俺には解る。
四ツ目の「冥福」を祈り、「合掌」したのだ。
純粋な『この世界』の人ならば、こんな時にはミーヨみたいに「X」印を描くハズだ。
「プリムローズさんって中身は元・日本人ですよね?」
どうしても訊きたくなった。訊かずにはいられなかった。
「…………」
彼女は何も言わなかったけど、どうしても気になることがあったので、言葉を続ける。
「『デコピン』と『指パッチン』――ひょっとして関西ご出身ですか?」
実はそうでしょ?
「……前世のことはお互いに詮索しない。いい?」
じろりとガラス玉みたいな冷たい目で睨まれた。
怖っ。
この人の瞳、血液の赤みがないと紫色じゃなくて、水色のガラス玉に見えるのだ。
「……ハイ」
なんか、金○袋がキュンと縮まる。さっきの『屠殺専用魔法』が怖すぎた。
「コレはあなたに譲るわ。手柄にすれば」
プリムローズさんが、血が流れたままの怪鳥を指さす。
「どういうことですか?」
なんとなく、彼女の『中の人』が俺よりもずっと年上な気がして、タメ口がきけなくなりつつある。
見た目は十代半ばの美少女なのに、そこに棲んでる『魂』の成熟のようなものを感じてしまう。
「『空からの恐怖』を討伐した者には報奨金が出るから、あなたが貰うといいわ。わたしは無関係という事にしたいから」
突き放すように言われた。
「無関係? ……ところで、コイツが現れた時に『ああ、やっちゃった! 朝方に『飛行魔法』を使うと、呼び寄せちゃうってホントだったのね』とか言ってませんでした?」
「……」
無言だ。
突っ込まれたくなかったんスね? いろいろと不都合なんスね?
「……ぼそっ(聞かれてたのか)」
だから、その呟きが俺には聞こえちゃうんですってば。
「というか、俺もどんな風に倒したのか? って事情を聴かれるのがイヤなので、このまま立ち去りたいんですけど」
滅茶苦茶な戦い方だったから、人には話したくないな。
「ああ、そうね。あなたも説明しにくいでしょうね。まあ、好きにして。私はもう行かなくてはならないから、行くわ」
最後はもうどうでもいいみたいに言って、立ち去ろうとしたけど――
不意に、何かを思い出したように振り返って、
「あなた、どこに住んでるの? 時間をつくって会いに行くから、教えてくれる?」
わりと穏やかな表情で、そう言われた。
「西の『濠』沿いに大き目のパン工房があって、そこに下宿してます」
俺は正直に言った。
「パン工房? ミーヨと一緒に?」
「ハイ」
「へえええ、意外。ま、いいか、そのうち会いに行くから、じゃあ、また」
プリムローズさんは、そう言って立ち去った。
「ハイ。また」
再会を約束して、別れた。
俺も面倒くさい事はイヤなので、報奨金とやらは諦めて帰ろう。
どうせ『金一封』程度だろうし。
朝食がまだなので、腹減ってるし。
『四ツ目の怪鳥』の死骸を、広場に放置っていうのもアレだけど……。
◇
――こうして『冶金の丘』の平和は守られた。
その守り手が一体誰であったのか、誰にも知られることなく。
◆
名を秘した善行は、必ずしも善意の結果ではない――まる。




