表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/262

014◇とあるお姫様の情報



「♪ふんふんふふーん。ふふふふふん」


 ミーヨが裏庭で鼻唄を歌いながら、洗濯物を取り込んでいた。

 スポーツアニメの名作『ハイ○ュー!!』の、第19話で○(じょう)の○川が歌ってた鼻唄に似てなくもない。でもここは『地球』とは違う異世界だから、絶対に違う曲だろう。そうでないと困る。


 でも、前にミーヨが麦畑で歌ってた「スコットランド民謡」や「○立のCMソング」の鼻唄も、数年前に彼女の幼馴染が歌ってたのを聞いて覚えた――って話なんだよな。だから、これもそうなのかも知れない。


「きれー。いい香り」


 ミーヨが洗濯物の仕上がりにご満悦だ。

 洗濯に使用されたのは、俺が『錬金術』の『液体錬成』で錬成(つく)った「柔軟剤入り液体洗剤」だ。俺の体内で俺の●(液体)と置換されるカタチで生まれた「液体」だ。体外に取り出す時は、もちろん俺様の俺様からだ。


 その製造方法を汁もの……イヤ、知る者はミーヨだけだ。

 部位が部位。元の液体が液体だけに、最初のうちは嫌がってたけど、一度その良さを知ってしまって、すっかりその(とりこ)になってしまったらしい。最近ではミーヨの方から「おねだり」される。


 ねっとりとしたぬるぬるの液体なので、出す時ちょっと事故気味になるけど、先日頑張って壺いっぱいに「錬成(つく)りおき」しといたヤツだ。

 無くなれば、また「おねだり」されるだろうな。


 ……別にエロい話じゃないのに、どうしてなのか、いやらしい感じになってしまうのは、俺の人間性が関連してるんだろうか? 俺はひとりの人間としてエロなんだろうか?


 ちなみに『この世界』の元々の「洗剤」は、何かの木の実だ。すっごい泡立ってきちんと汚れも落ちるけど、俺が錬成する「柔軟剤入り液体洗剤」と決定的に違うのは、乾くと糊付けしたみたいにパリパリになるところだそうだ。あと香りも全然無いらしい。


「この服見た事無いな。買ったの?」


 見慣れない服が、丁寧に折りたたまれていたので訊いてみた。


 服には、『昼の服』と『夜の服』があって、前者は日常着で後ろ合わせ。後者は寝間着で前合わせで着る。……なんかややこしいな。とにかく、そんな風に区別されてる。

 そこにあったのは『昼の服』だった。背中に閉じ紐の結び目があって、セーラー服のカラーみたいな布地でそこを隠すタイプだ。初めて見た。


「あ、うん。夏用の服何枚か買ったの。後で見せてあげるね」


 ミーヨはにっこり笑った。女の子の笑顔って花のようだ。

 ちなみに「柔軟剤入り液体洗剤」の香りも、花のようです。


「お、おう」


 ちょっと楽しみ。

 俺は女の子を着せ替え……イヤ、女の子の着替え……イヤ、女の子が着飾るのを見るのが好きなのだ。


 ま、正直に言うと「半脱ぎ状態」がいちばん好きだけど(笑)。


 そ、それはそれとして、『この世界』の「布」の原料は、『地球』由来の亜麻や木綿と、『この世界』固有の動植物から採れる生物由来の繊維との「複合素材」だ。組合せを変えて色々混ぜると手触りや風合いみたいな質感が大きく変わるらしい。


 『地球』の服についてるタグとか、ちゃんと見た事ないけど、ポリエステル○%とか、木綿○%みたいな表示だった気がする。多分、そんな感じか? 絹に似たモノもあるけど、微妙に違う気がする。


 ミーヨの白パン(※穿()くやつです)は、何で出来てるんだろう?


 スウさんのパン工房で住み込み従業員みたいな生活をしているために、結局下宿代はタダになり、さらに作り過ぎて余ったパン(売れ残りと呼んではいけないらしい)を貰えるので食費も大幅に節約できている。


 俺は常に全裸でもまったく問題がないので、その浮いた分をミーヨの衣料費に充てている。

 『俺』に成る前の「ジンくん」とミーヨが暮らしていた小さな辺境の村「ボコ村」に居た頃には、ほとんど買い物らしい買い物をした事ないって聞いてるけど……その割には堅実でしっかりした子なので贅沢はしないし、自分で決めた金額の中でやりくりして、買い物するのを楽しんでいるようだった。楽しそうで何よりだ。


 そんな感じでミーヨの服や雑貨みたいな買い物しかしてないので、俺たちの所持金はまだ『明星金貨(フォスファ)』34枚もある。


 と言っても増えてはいないし、少し減ってる。

 なので実はこっそり、その下準備をしているけど、その話はいずれ……。


「さっき出掛けてた?」

「うん、ちょっとお買い物」

「へー、何買ったの?」

「アマネカブとオトメナス……あと……スケベダイコン」


 アマネカブは、物凄く甘い(カブ)だ。すりおろして料理や飲み物に入れる。砂糖の代わりだ。

 そして、それを元にした『糖衣甘味丸』と言うとんでもなく甘いキャンディードロップもある。ただ、そこはかとなくカブみたいな風味がする。てか、モトはカブだしな。


 オトメナスは、色と形と大きさが乙女な茄子だ。誤解のないように言っておくと、ピンクのハート形で、両手で包み込めるサイズなのだ。なんかの乙女な恋占いにも使うらしい。でもヘタ(・・)がもじゃもじゃしてるので、ヘタ(・・)ががついたままだと、心臓に毛が生えてるみたいに見える。


 スケベダイコンは、二股に分かれた大根で、なんとなく女性の下半身に似てるから、変な名前が付いてるだけで、味はフツーだそうだ。てか「本体」は秋に収穫されるらしいので、俺はまだ食べた事が無い。今の季節に出回ってるのは、間引きされた青葉だけのヤツだ。


「あ、そーだ。スケベダイコンの葉っぱは、炒めると美味いんだよな」

「うん。塩漬け豚腿肉もいいのがあるよ」


 塩漬け豚腿肉(ハムだ)か燻製塩漬け豚肉(ベーコンだ)と炒めると、オツな味になるのだ。居酒屋の「お通し」みたいな一品になるのだ。


 そんで秋には、名前だけイヤらしいスケベダイコンの他に、ホントにいやらしい「ヨメイラズウリ」とか「ヒトリミヒョウタン」なんて珍野菜も採れるらしい。どんなだろ?


 ミーヨによると、「ボコ村」は野菜作りが中心の農村だそうで、いろいろ話を聞いてるうちに、俺も『この世界』の野菜に詳しくなってしまったよ。


 てか、大事な事を忘れるトコだった。


「『伝説のデカい樹』のことは何か聞けた?」

「『伝説のデカい樹』?」


 不思議そうな顔になる。

 イヤ、そこでお前がきょとんとするなよ。


「うん、俺たちの最終目的地だろ」

「あー……そうだったね。すっかり忘れてたよ」


 寝ぼけたことを言ってないで、しっかりしてほしい。


「最初に言い出したの、お前だろ」


 いまだにミーヨが『伝説のデカい樹』を目指してる動機が不明だけど……なんかそこで祈ると願いが叶うらしいのだ。


「なかなか忙しくて、そういう話を……あ、そうだ! 知ってる?」


 ミーヨは高いコミュ力で、街に出かけるたびに、知らないおばちゃんとかから、何かしらの情報を仕入れてくるのだ。今回は何の話だろう?


「ぽよぽよ」

「うん。それでね……なんか今『冶金の丘(ここ)』に『王都』から来た馬車の一団が居るらしいんだけど」


 ミーヨは話好きなので、適当な相づちでも、勝手に続きを話してくれる。

 その声は、高くもなく低くもなく、俺の耳にちょうどいい音域なので、声を聴いてるだけで気持ちいい。

 俺は自然に聞き役に回る事が多くなっていた。


 てか、相づち「ぽよぽよ」でも良いんだ?


「そのうちの一台が、豪華な真っ白い馬車でね。若い女の子の二人連れだったんだって」


 ミーヨが、憧れを込めて言う。

 俺も、ちょっと憧れるな。


 ――馬車かあ。欲しい。


 ゴロゴロダンゴムシ走法で、この先の旅を続けるのは無理があるし、あのだだっ広い『永遠の道』を徒歩とかありえないしな。


 車内で寝泊まり出来るキャンピングカーみたいな『馬車』が欲しい。


 買うといくらだろうな?

 前世日本で、新車のキャンピングカー買うくらいの値段だったら、今のところ手が届かないけど。


「でね、その子たちって……」

「『女王国(このくに)』の第三王女さまだろ?」


「えー……何で知ってるの?」


 ちょっと悔しそうだった。


      ◇


 そう、俺たちが今暮らしているのは、『女王国』という国だった。


 昔は違う名前だったらしいけど、ここ何百年か女王様が続いてるうちに、そういう風な国名になってしまったんだそうな。


 でもって、ここ『冶金の丘』は女王陛下の直轄領で、他の貴族の領地よりも税金が安くて暮らしやすいらしい。

 『王都』からここまでは、馬車で5日から6日くらいかかるらしい。


 馬車って1日にどれくらい走れるのか知らないから、正確な距離は分からないけど。


「絶対に知らないと思ってたのに」

「イヤ、けっこう噂になってるぞ」


 パンの配達先に行くと、よく聞く話のネタだった。

 個人住宅は無理だけど、宿屋や食堂みたいな目立つ建物の位置は分かってきたので、最近はスウさんに配達も押し付けられているのだ。


「うー……ま、いいか。その通りで――『馬車』の中の人たちは、お姫様と侍女の二人組らしいんだけど……」


 火星の某・帝国から来たアセ○ラム姫とエデル○ッゾさん……ではないだろうな、きっと。


 『地球』の日本のアニメの話だから、ミーヨに言っても通じないだろうし……。


 何処かで誰かに、「心が叫びたがって」しまうな。


「で、その中の人がどうかしたの? (あま)……イヤ、王女様の話か?」


 でも、『アル○ノア・ゼロ』の方は「第一皇女」だったな。


「……問題は王女さまじゃなくて、もう一人の女の子」

(みな)……イヤ、侍女の方が主役か?」


 その二人きりって事はないだろうから、他にも王女様のお供の人というか、随員みたいな人たちがいるだろうけど。


「その子ね、わたしたちの幼馴染の『プリちゃん』の可能性が高いの」


 自分の言葉に自信がある時、ミーヨのおでこがキラン☆ と光る――気がする。気のせいだろうけど。


「プリちゃん? 誰だっけ?」


 ちなみに俺、流石に『プリ○ュア』とかは観てません。


「前に話したでしょ? 魔法の天才で、12歳で『王都』に呼ばれて村を出ていっちゃった子」


 そう言えば、聞いたような気もするな。

 つまり『俺』になる前の「ジンくん」の知り合いなわけか……会ったらめんどくさい事になりそう。


「前に話した『王都大火』の前まではお父さんのお屋敷にいたし、村に移ってからも、4年前までは一緒に遊んでたんだよ。少しくらいは覚えてない?」


 ミーヨは『俺』にその記憶がないのが、残念そうに訊いてくる。


 あれ? とすると……。


「お前って、寝る時、俺の右側に寝るよな」

 俺が訊くと、なにか勘違いされた。


「え? ……うん、でも今そんな話の流れだった?」


 えっちの話じゃないから、頬を染めるな。


「イヤ、俺、実は赤ん坊の頃、最初に目を開けた時の記憶だけはっきり覚えてるんだ」

「ふうん」


 ミーヨは意外そうだった。


「たぶん、お前の家の豪華な部屋で、三人のママさんがいてさ、寝台の上にその子供の、赤ん坊たちが寝かされてる――って状況だったのを覚えてて……」

 記憶を探ってみる。


「……へー」

「そこで俺の右側に寝てたのが……今、考えてみると、お前だとしか思えないんだ」


「えへへ。うん、それで?」


 何に喜んでんだろ?


「そして俺の左側にも、もう一人赤ん坊がいたはずなんだけど……」

「じゃあ、それがプリちゃんだよ。きっとそう」

 勢い込んで、ミーヨが言う。


「イヤ、左側見てないんだ。誰かがいたのか、それとも誰もいなかったのか――今となっては、もう分かんないんだよ」


 見とけば良かったな、あの時。

 今さらながらに、かるく後悔する。


「…………」


 確証が持てなくなったんだろう、ミーヨは黙り込んだ。


      ◇


 また、ある日の昼食の食卓。


「「「風と水と大地と火と星と人に感謝を。いただきます!!」」」


「……いただきます」


 俺は覚えきれないので、最後のとこだけ言ってるよ。


 本日の献立(メニュー)は、行き先のない不遇なパン(売れ残りではないらしい)と、何種類かのスプレッド(果物のジャムとか香料入りの脂)と、中身の分からない「薄皮重ね焼き(パイだ)包み」と、貴重な「塩漬け豚腿肉(要するハムだ)」を、向こう側が透けて見えるくらいにぺらっぺらに薄く切ったものが、楕円形のお皿に乗っていた。


「これも食べてね」


 差し出されたのは、スウさん手作りの『彩り野菜の七色炒め』だった。

 『彩り野菜の七色炒め』は円形広場で売ってるカラフルな野菜がすべてブチ込まれていて、見た目は物凄く綺麗だけど、食べてみると、味や食感のマッチングが悪くて、作った本人と同じく、なんともいえない残念仕様だった。


 某料理アニメのテリーヌみたいには、うまくいかないようだった。


 そんで飲み物は、定番の赤くて酸っぱい『赤茶(あかちゃ)』だ。


 ミーヨに聞いたら、やっぱり何か赤い花びらの抽出液だった。

 美南海(みなみ)の島に生えている大きな木に咲く赤い花で、元々は観賞用だったのが、何かのきっかけで、汁を飲んでみたら美味しかったらしい。


 その木の「葉っぱ」を使う『葉緑茶(どりちゃ)』と、それを()って作る「(ほう)じ茶」みたいな『()げ茶』もあるらしい。このふたつは主に冬の寒い時に飲むらしい。


 コーヒーとかココアとか紅茶とか緑茶は、『この世界』には無いっぽい。残念。


「ああ、『黄金茶(ごんちゃ)』が飲みたいわね」

 スウさんが呟くと、


「「贅沢ですよ」」


 ミーヨとドロレスちゃんに、すぐさま突っ込まれた。


「『黄金茶(ごんちゃ)』って?」


 俺の『脳内言語変換システム』では、そんなルビ付きの文字が頭の中に浮かんでる。


「『赤茶』の最こーきゅんひん」

「『赤茶』の最高級品だよ。金色の赤茶。ものすごーく高いの」

 噛んだスウさんの後を継いだのはミーヨだ。


「へー、そんなのあるの?」

「『赤茶』の元になってる赤い花の中にある『黄金のおち○ちん』を乾燥させたものですね」


 見た目はハイティーンだけど、まだ12歳のドロレスちゃんが言った。


「「「……『黄金のおち○ちん』!?」」」


 年上組が驚いたよ。つい最近、そんな話をしたよ。


「ナニソレ?」

「黄色い『おしべ』です。ひとつの花の中にちょっとしかなくて、同じ重さの金よりも高価なので『黄金のおち○ちん』なんて呼ばれてるんですよ」

 ドロレスちゃんがさくっと言う。


「「「……」」」


 なるほど、ミーヨが言ってたのは、それの事だったのか。


 『地球』にも、似たような香辛料だか何かがあったな。

 なんだっけ? ルフラン? 魂かっ!?


 『この世界』の人に話しても通じない話なので、ひとりで脳内でボケて、セルフで突っ込んだよ。てか、正解なんだったか覚えてねー。でも、あれは確か「おしべ」じゃなくて「めしべ」だったハズだ。


 そんで、食事中にアレだけど『黄金茶(ごんちゃ)』って……●(液体)そっくりらしいよ。


      ◇


 食事中に下品な話をしたくない俺は、慌てて話題を変えた。


「スウさん、『魔法合金』ってどんなものか知ってますか?」


 せっかく金属工房がいっぱいある『冶金の丘』という街に滞在してるのに、住んでるのはパン工房なので、その手の情報がまったく手に入らなくて、ちょっと、やけ気味に訊いてみた。


 まあ、本当に知ってるとは思わないけど。

 俺はまだこの世界についてよく分かっていないので、街中で知らない人に話を聞く時に「知っていて当然のこと」や「普通なら恥ずかしくて訊けない事」まで、質問してしまうらしく、けっこう痛い目に遭ってるので、下準備的なつもりで訊いたのだ。


「だからねえ。ジン君。私はちょっとお茶目なパン屋さんに過ぎないのよ? そんな事訊かれても……」


 スウさんは綺麗なお姉さんなのに、いろいろと(うと)いようだ。

 本当に残念な女性(ひと)だ。


「あ、あたし知ってるよ!」


 ドロレスちゃんが唐突に叫んだ。

 この分だと、ホントに知ってるみたいだ。

 さっきの高級品の金色のお茶の事を知ってたり、年齢の割には物識りで賢い子なのだ。


 でも、お行儀悪いので、口の中に物が入ってる時はしゃべらないで欲しい。

 なんか口から飛んだよ?


「……へー」

「あ、お兄さん、何なの? その反応? あたしを誰だと思ってるの?」


 ドロレスちゃんは俺の平板な声に、いかにも不服そうだ。


「えー、たしかお姫さまだったかな?」


 『冶金の丘』での、組合長さんとのやり取りを思い出したので言ってみる。たしか、あのク○爺さんが貴族だとか言ってたから、その孫娘のこの子も貴族令嬢のハズだ。


()()ならね」

 ドロレスちゃんは澄まして言う。

「えっ?」


 何その言い回し? どういうこと?


「あ、ドロレスちゃんって王家の生まれなんだよ、七番目のお姫様だっけ?」


 ミーヨが不遇なパンに「おまじない」の「X」印を入れながら、そう言った。


「うん。王家の決まりで、三人だけ残して後の姫は養女に出されるから。あたし、お爺ちゃんトコで面倒みてもらってんだ」


 そんな慣習あるのか……。

 まあ、あまりにも美人な子供なので、ただものじゃないと思ってた――事にする。今。


 王家出身の姫とか……押し付けられたとこ大変そうだな。日本の江戸時代にも子沢山な将軍がいて、なんか似たような話を聞いた事があるような気もする。


「ん……ってコトは、あのお爺ちゃんて、今の国王の父親ってコトか? あのク――で始まる下品な言葉を連発してた爺さんが?」


 とても信じられませんよ?


「そだよ。で、今上(きんじょう)の女王陛下が、あたしのかーさん」


 ドロレスちゃんは明るくそう言った。


 考えてみると不幸な身の上だと思うんだけど、本人はぜんぜん気にしてないんだね。

 考えてみれば、王族なんて跡継ぎを絶やさないように、いっぱい子供作るだろうから、こういう立場の子がいても不思議はないのかもしれない。


「へー」

 とりあえず事実確認なんて不可能だしな。

「……そうなんだ」

 と言うしかない。


「あと、あたしの今の家名は、ヅ・ツキってゆーんだ」


 頭突き?

 やっぱりドロレスちゃんってキャットファイター?


 イヤ、違う。「ヅ・ツキ」か。

 たしか「ダ」とか「デ」とか、名前にDの音が入ると貴族らしいんだよな。


 耳で聞くと、完全に日本語の「頭突き」に聞こえるけど。


「それにしても、ドロレスちゃんって、元王女さまだったのか……イヤ、俺ぜんぜん知らなかったよ」


「「「言ってないから」」」


 ハモってる。俺だけ仲間はずれはイヤですぅ。


「ところでドロレスちゃんのお爺ちゃんて――『ご隠居』とか呼ばれてたけど、元国王陛下……じゃないよね? どんな立場の」

「ふっ、何言ってるんだ、ジン君! この国はこの300年間、女王の治世が続いてるんだよ。だから『女王国』と呼ばれてるんじゃないか!」


 残念美人のスウさんが俺の話を断ち切っておいて、偉そうだ。

 俺もそれを知った上で『女王国』だからこそ、女王陛下の父親ってどんな立場なんだ? って訊きたかったのに。


「女王様は、さっきドロレスちゃんが言ってた『三人の王女』の中から選ばれるんだよ」

 ミーヨが言う。


 『三人の王女』の中から? どういう意味だろう?

 選挙でもあるのか? 神聖ローマ帝国みたいに「選帝侯」とかいるの? それとも国民投票的な?


 でも、ちょっと気になる事があったので、

「男って王様になれないの?」

 訊いてみた。


「王様に成るための儀式に合格出来た人がいなくて、ここ300年のあいだ、ずーっと代理の王として女王様が続いてるんだって」


 ミーヨも知ってるのなら、知ってるで、俺に教えておいて欲しかったな。


 なんか知らないと恥ずかしい常識的な事みたいなのに。


 それにしても、女王様か……。


 あ、このおっぱ……イヤ、パイ包み。中身は魚か。


 楕円形のグラタン皿みたいなのに乗ったパイを割ってみて、がっかりする。

 木の実か果物が良かったのにな。


 前にミーヨが言ってた「()(がみ)」製造用の、パスタマシンによく似た『手回し式回転双筒圧延器械』がこの工房にもあって、余ったパン生地(きじ)がちょくちょくパイ料理に再生されてるのだ。

 生地にバターっぽい脂を挿んで、ふたつの筒のあいだに挟んで、ハンドルをグルグル回して、引き延ばし、また折りたたんで引き延ばし……を繰り返すと、見事にパイ皮に生まれ変わるのだ。


 そして、この器械。何故か『なの器械』と言う略称で呼ばれてる。

 いわゆる「ナノマシン」とは関係ないと思うけど……なんでやろ?


 そんで、ミーヨの実家にあるヤツは、どこにいるかも分からない俺の父親が、俺の母親に無理矢理売りつけたものらしい……。


 ま、それはともかく、スウさんは魚の骨なんて取らない人だからな……。

 面倒だから『錬金術』のアレンジで骨取りしちゃおっと。


(固体錬成。カルシウム錠剤)


 とりあえず、会話も続ける。


「王様に成るための儀式って……何するの?」


 『保健体育』に精通して『保健体育王』にでもなるのか?

 これモトネタなんだっけ? 『からかい上手の高○さん』だったかな?


 どっちにしろ、凄い小ネタだな。よく憶えてたな、俺。

 ○木さんも可愛い「おでこちゃん」だったな……とミーヨの広いおでこを見る。


「んー……とね」

 ミーヨが言いかけると、

「『王都』の『全知全能神神殿』にある大岩に突き刺さったままになってる『選王剣』に挑む『選王剣・抜刀の儀』だね」

 スウさんがまたまた横から無理矢理話に割り込んだ。


 大人げない人だ。


「岩に突き刺さった剣を引き抜く……と王様になれるの?」


 アーサー王伝説の聖剣エクスカリバーみたいなんですけど。


   チン!


 こっちの「剣抜き」ならぬ「骨抜き」はあっさり成功した。


 食べてみると、しっとりしたパイ皮と骨のない白身魚が、なんとなくフィレオフィッシュを思い出させる。


 流石に俺の直腸内で出来た「錠剤」を飲む気にはなれないから下水行きかな?

 てか、食事中だから、そういうのは考えないようにしようっと。


「王族の男子が挑んで、全員失敗してるよ」


 ドロレスちゃんが、完全に他人事みたいに言う。

 それ、君の本物のお兄さんでしょ? たぶん。


「ふうん……あれ、たしか、今『冶金の丘(このまち)』に、王女さまがご滞在中じゃなかったっけ?」


 不意に思い当たったので訊いてみる。

 確かミーヨが言ってたな。その筆頭侍女は、俺たちの幼馴染かもしれない、って。


「うん、だからお爺ちゃんに会いに来たんだよ。あと、新しい剣を造るって言ってた」

 ドロレスちゃんが、さっくりと言う。


「剣を造るって、王女さまが? というか、ドロレスちゃんはその王女さまと知り合いなの?」


 その王女さまって『姫騎士』とかそんなんか?


 現実にいたら、すんごい体育会系だろうな……スウさんと話が合いそうな感じの。


「あたしと、とーさんが同じなんだよ」


 すると、他の五人の姫と何人いるか不明な王子様たちの父親は、全員みんな違うって事になるけど……?


 ナニソレ?


 日本語だと、女王の配偶者は「王配」って呼ばれるはずだけど……それが何人もいるのかな?


 『この世界』って女性専用の『護身魔法』があって、色々な優先権が女性側にあって女性優位だけど、特に女尊男卑ってワケでもない。

 でも聞いたら、このパン工房ってスウさんの物らしいんだよな。お兄さんがいるのに……。


 どうも『女王国(このくに)』では「家」って長女が相続するものらしい。


「じゃあ、話は戻るけど、ドロレスちゃんのお爺ちゃんの立場は?」


 同じ男として、ちょっと気になるのだ。


「種付け馬だな。先代の女王陛下の元愛人さ」


 スウさんが露骨な事を言う。子供の前でそんなことを……。


(みやび)らかに『(いと)(びと)』と呼ぶのが(なら)わしらしいんだけど、この国じゃ女王様は国の政治に口出しされないように、誰とも結婚しないのが慣わしだから……その……」

 ミーヨが、ぼやかしながら言った。


「うん。お爺ちゃんって、先代の女王陛下の最初の『(いと)(びと)』だったから、かーさんが産まれたあとで、すぐに『王都』を追い出されたんだってさ」


 まだ子供なのに、ズバズバ言うなあ……。


 でも、言い方には愛情がこもってる。

 ドロレスちゃんはお爺さんの事が好きみたいだ。


「その憂さ晴らしみたいに『ク○! ク○!』言ってるけど、元々は貴族の貴公子なんだよ」


 長いこと自重してたのに、いまドロレスちゃん事故ったよ。

 言っちゃったよ、○ソって。食事中だよ。


「ドロレスちゃんってさ」

「何? お兄さん」

「元王女さまで貴族なのに、無銭飲食で捕まって猫耳つけられて『一日奴隷』やってたわけか」


「「「それは言わないで!」」」


 色んな想いがあっても、心はひとつみたいだ。


      ◇


「で、またまた話を戻して『魔法合金』について聞きたいんだけど」

 俺はドロレスちゃんに訊ねた。


 えらい遠回りした。説明的な道のりだった。


「四つあるよ。四大魔法合金って言えば有名だよ」


 おお、本当に知ってるのか? ドロレスちゃん。


「うん、それで?」

「まずいちばん一般的なのは、『ミスロリ』」


 ミス……ロリ? リルじゃなくて? ロリ?

 まあ、ロリだし未婚(ミス)だろうけれども。


「次に、『ダマスロリ鋼』」


 ダメだよ! (だま)しちゃ!


「希少な、『ロリマンタイト』」


 そりゃ、狭い(タイト)だろうよ。あーあ……(だま)されちゃったのか……。


「最高位の、『ロリハルコン』」


 え? 春には結婚ですか?

 そうか、男の方もちゃんと責任とったんだな。そうか。


「とりあえず、お幸せにッ」

「えっ? お兄さん、何なの? イッてるの? キメてるの?」


 俺の唐突な言葉に、ドロレスちゃんは仰天した。


 いけね。

 頭の中に一連のドラマが出来上がってて、突っ込み間違えた。


「なんで、ロリばっか!?」


「知らないよ。ロリだと困るの? ねえ何なの? わけわかんない」


 困惑はまだ続いているようだ。


 どうやら、『この世界』には、「ロリ○ン」に相当する概念が無いっぽいな。


「「……?」」


 ミーヨとスウさんは、まったくわけが分からないみたいだ。


      ◇


 そんなこんなで、魔法合金の名前だけは分かった。


 ――あとは、金属加工の工房を訪ねてみるしかないか。

 そんな暇あるかな、毎日毎日パン工房の仕事手伝わされてるのに。



 それにしても……ロリばっか。


      ◆


 マリア・デ・ロス・ドローレス(悲しみのマリア)のドローレスが人名と成り、その愛称が○○ータなんだって――まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ