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013◇工房での日々[※改訂版※]



 ジンです。


 早いもので、『俺』がこの世界で目覚めてから、20日以上が過ぎました。


 この街――『冶金の丘』での下宿先候補のパン工房のお姉さんが、肉食気味の欲求不満キャラだったので、別の宿泊先を探そうとしたのですが、旅の同行者であるミーヨ・デ・オ・デコさんという没落貴族のご令嬢に「もー……めんどくさいから、ここでいいよ」と投げやりに言われ、当面の拠点としてこのパン工房に下宿させてもらう事になったのでした。


 その間、いろいろなエピソードがあったのですが、ここでそれらの出来事を、簡単に紹介させていただこうかと思います。


 てか、この口調キモいから、もう止めようっと。


      ◇


 パン工房の空き時間を利用して、何度か街中を散策してみた。


 『この世界』は、地球の産業革命以前の中世レベルの文明にプラスして、『魔法』と超古代文明の遺産が混じったクロスオーバーなチャンポン状態にあるらしかった。


 馬車の動力は使役動物か獣耳奴隷だし、蒸気機関その他の内燃機関もないようだし、電気もなかった。


 ひょっとすると、『冶金組合』の組合長さんの推論のように、長く続き過ぎた超古代文明のせいで、『鉱石』と同じく『化石燃料』も採り尽くされてしまっていて、もう存在しないのかもしれない。

 文明の発展や科学技術の進歩に必要な、「安価なエネルギー」がないようなのだ。


 それにこの街は、平原のど真ん中みたいな平坦な土地に()って、高低差を利用した「水車」も設置出来ない。さらに夏から秋にかけては、防風林が必要なほどの暴風が吹き荒れるそうで「風車」も無い。

 てか、いまは初夏だそうだけど、ほぼ毎日のように深夜に強風が吹く。なんでやろ?


 ともかく、いろいろな不便さを『魔法』で補っているようだった。

 手紙をチョウチョみたいに飛ばしたり、粉ひき用の重たい石臼を回したり、なんか謎な液体を光らせて電球代わりにしたり……といった事を『魔法』でやってるみたいなのだ。


「祈願! ★運針(うんしん)っ☆」


 ミーヨなんて、器用にも『魔法』で針と糸を操って、雑巾縫ってるし。

 『魔法』が苦手って言った割に、なんか生活感漂う所帯じみた『魔法(ヤツ)』は得意みたいだ。

 イヤ、こんな言い方は良くないな。「女子力が高い」のか? これもダメかな?


 『魔法』を使う時には、みんな大体「祈願」って言ってるけど……「細部まで丁寧に思い描いた願い」を叶える事も出来そうだ。

 想像力を駆使した独創性あふれる『魔法』を、ごく個人的なスキルとして身に付けている人もいるようなのだ。


 でも『魔法』の能力にはかなりの個人差があって、人によって得手不得手があるみたいだし、誰もが思い通りの『魔法』を使える訳でもなさそうだった。

 さらに「使い過ぎると、疲れて病気に罹患(かか)りやすくなる」みたいな事も言われていて、多用して楽しようとする人もいない感じを受ける。


 フツーの人は、一日5回くらいで止めとくらしい。

 俺は『身体錬成』で1.5倍にパワーアップして、3回になってるけど……イヤ、俺は『魔法』使えないから、何の話だ?


 それはそれとして、『魔法』の効果は、3時間くらいで勝手に消えてしまう。


 『この世界』風に言うと「二打点(『時告げの鐘』を打ち鳴らす回数だ)」くらいだ。

 何故か、そんな「仕様」になってるのだ。その点だけは、みんな(わずら)わしさを感じてるみたいだ。


 どっちにしろ『この世界』の『魔法』の発動メカニズムそれ自体も、『世界の理(ことわり)(つかさ)』やら『守護の星』とかいう「超古代文明の遺産」らしいので、『この世界』に住む全ての生き物は、その枠組みの中からはもう逃れられないのかもしれない。


 文明としてはこれ以上、発展も出来ない。進歩も閉ざされている。


 『地球』の記憶を持つ俺にはそう感じられるけど、『この世界』で生まれた生き物にとって、『この世界』が全てで、他と比較するものがないわけだから、特に不満もなく、なんとなくのんびりとしたペースでスローライフに近い文明を築いている印象だった。


 そして、それはそれでとても幸せなことのようにも思えるのだった。


 例え、それが「箱庭の平和」だとしても。


      ◇


 ミーヨに『この世界』の始まりに訊いてみたら、

「これあげる。『神行集(しんぎょうしゅう)』って言う本」

 を貰った。


 文庫本みたいな大きさの本だ。

 中身は難解でまったく読めなかったけど、かいつまんで言うと、大昔……数千年くらい前に『方舟(はこぶね)始祖(しそ)さま』と呼ばれる人類の先祖が、色々な動植物たちと一緒に『この世界』に降り立ったらしいのだ。


 どっかで聞いた事がある話だけど……名前は伝わってないらしく、それって「ノアさん」じゃないらしい。

 そして、その『方舟』そのものは失われていて、「中身」の人や動植物だけが、ぽろっと『この世界』に現れたらしい。


 そして、俺たちが話している『この世界の言葉』を無理矢理教え込まれたらしい。


 コミュニケーションの為だとは思うけど、ずいぶんと一方的だ。


 そんで、しばらくのあいだ『全知神』さまと『全能神』さまが「人間の姿」に成って、一緒に暮らして諸々の事を教えた時期があったらしい。


 ミーヨが言ってた「4本指の神様たちが、人間として生きてた頃の話だよ」ってそういう事らしい。


 俺もミーヨも『全知神』や『全能神』といった神様……と言うよりも「地球外知的生命体」に会ってるけど……何を考えてるのか、いまひとつ理解出来なかった。

 

 向こうも、「こっち」の事を完全には理解してない気もするけれども。


 なんで『この世界』に『地球』の生物が移植されてるんだろう?


 その「始まり」って数千年前の事らしいし、『地球』がなんらかの原因で滅亡した後に、絶滅危惧種の保護的な意味合い……でも無いと思うんだけどな。


 ……まだまだ謎だ。


      ◇


(錬成。正八面体の青い宝石)


      し――ん。


 錬成失敗だ。胃のあたりが、ひんやりと冷たく感じる。

 不成功に終わった時に、毎回感じる嫌な感覚だ。やれやれだ。


 俺は『この世界』で目覚めてまだ日が浅いので、自分自身の能力を把握しきれてない。


 自分が何が出来て、何が出来ないのか見極める時間が欲しかった。


 ……てか、ぶっちゃけ『全知神』と言う女神様から、いくつか「チート能力」らしいモノを貰ったけどトリセツ無しなので、使い方が判らない。


 色々と「トライ&エラー」を重ねながら、俺の金○袋に元々あった金○と置換(ちかん)されてしまった金色の玉『賢者の玉(仮)』による『錬金術』を試したり、俺の右目と置換されてしまった『光眼(コウガン)』の機能を拡張したり……自分自身に施した身体能力強化の成果を確認して、本格的な旅に出る前の準備期間を過ごしていた。


 何度も試してみたけれど……俺は、『この世界』の人たちがフツーに使える『魔法』を、発動出来なかった。


 それとの「引き換え(トレードオフ)」のように、無敵のバリアー『★不可侵の被膜☆』が俺の全身を(おお)っているのだ。


 ただ、その「バリアー内側にあるモノ」ならば、ある程度自由に錬成(つく)り換える事が出来るらしい。


 俺はこれを、『体内錬成』と呼んでいる。


 『体内錬成』では、自分自身の身体を錬成する『身体錬成』と、俺の体内から排●される直前の排●物を別なモノに作り替える『固体錬成』『液体錬成』『気体錬成』が可能だ。可能性としては、口からリバースするゲル状物質も錬成出来るかもしれない……試してないけど。


 それはそれとして、これによって錬成(つく)り出したモノは、体外に取り出して、独立したモノとして利用する事が出来る。


 何か価値あるモノを錬成(つく)り出せれば、売却も可能だろう。

 今までのところでは、錬成したモノが、時間の経過で消えてなくなるなんて事は、無さそうだし。


 だがしかし、その『錬成』では、俺自身が「それを知っていて、見たり触ったりしたことがあるモノ」と言う感じの制約があるらしい。


 なので、「空想上のヤバい小型爆弾」とか「アニメに登場するロマン武器」とか「ヤバい毒液」とか「ヤバい毒ガス」といったようなものは、錬成出来ないようだった。


 お金になりそうな『宝石』でも錬成(つく)れないかと、試してはみるけれども……失敗してばっかだ。


 『前世』のTVやネットで得た『宝石』に関する「雑学的知識」はある。

 ただし、『宝石』としての「ダイヤ」や「ルビー」なんて、実際には触った事がない。


 そのせいで、『宝石』の錬成に失敗しつづけてる気がして仕方ない。


 でもなあ、「ネクタイピン」とか「包丁のシャープナー」とか「汚れ落とし」とかで、ダイヤモンドは触った事はあるハズなのになあ。錬成は不可能なんだよなあ。あーあ。


 それと、ルビィ……イヤ、ルビーの方は、硬くて摩耗しにくいとかで、ちょっとお高めな「アナログ腕時計」の部品に使用されているらしい。


 でも、中の声優さん……ちがくて、腕時計の中の「ムーブメント」を分解して触ったり……なんて事は、したこともないし。まあ、無理だろうな。


 きちんとした『宝石』の状態になってるところを「見たり、触ったり」しないと、「錬成可能リスト」みたいなものに追加されないらしいのだ。


 ミーヨから依頼されてる「赤い石」も、その正体が判明してないし……。まだまだ無理だな。


 しかも、何を『錬成』するにしても、素材として必要な『元素』が俺の近くに無いと、あっけなく失敗するしな。


 俺の体内に無いようなものは、他所(よそ)から持って来るしかないのだ。


 なんかのアニメみたいに、「空中元素の固定」とかは無理なのだ。


 前に、ドロレスちゃんから「公衆トイレ」に案内された時に見た廃品回収ステーション『ガチャ屋』には、再利用を前提とした廃棄物がたくさんあった。


 そこで、『地球』で行われていたように、携帯電話やPCからレアメタルを回収するような『錬金術』も可能な気がする。


 ただ、『ガチャ屋』には、裏に怖そうな運営団体がありそうな気配があって、手出ししにくいんだよな。


 俺って、一応は『錬金術師』なのに、「お金」の稼ぎ方がわからない(泣)。


      ◇


(錬成。赤い色えんぴつ。ちょっと短め)


 『前世』で、お世話になった知り合いに、すんごい競馬好きな人がいたなあ……。


 ふと、そんなことを思い出して、競馬新聞とセットで使用する「赤えんぴつ」を錬成してみた。


 なお、『固体錬成』最大の問題は――「時間との戦い」だ。


 俺様の「●(固体)」を別の物質に置換してるので、『錬成』が終了するまでのあいだ、ウ○コを我慢しないといけないのだ(泣)。


 簡単な『錬成』なら数ツン(数分間)程度で完了するけれど、複雑な物をイメージしたり、近くに原料となる『元素』が無いと、やたらと時間がかかってしまうのだ。


 はっきり「欠点」と言ってもいい。

 出て来る場所が、ケ○だけに。


 …………。


 ……。


 長げーな、まだ?


      チン!


      ポキン!


 取り出そうとしたら、途中で折れちゃった。


 俺のおしり。実は、ものすごく引き締まってるのだ。


     ◇


(身体錬成。素敵な、お尻になりたいな)


 ……こんな雑な指定で、いいんだろうか?


      ……じんわり……


 身体の芯が、あったかい。これって「成功の前兆」だ。

 ならば、俺も寝てしまおう。


「……おやすみ」

「…………」


 ミーヨのほうは、もう眠っていた。

 二人で、ちょっとした運動をした後だからな。


「……もう……らめっ」


 ミーヨの寝言だ。どんな夢をみてるんだろう?


 『身体錬成』を応用した身体能力強化は、すごく処理時間がかかる。

 なので、毎晩寝る前に行った。


 毎晩毎晩、炊飯器のタイマーをセットしてから寝る主婦の気分だ。


 で、ちょうど目覚める頃に『錬成』が完了するので、その前に目覚めてしまう癖がついてしまった。


 寝てる最中に、例の「脳内効果音」は聞きたくないのだ。

 なんか、無意識に体が拒否してるのだ。


 おかけで、目覚めが良すぎる。

 俺が起きない時に、ミーヨからしてもらえる約束の、『往復ちちびんた』をしてもらえてない。残念でならないよ。


 某アニメのヒロインも、目覚めが良すぎて、目覚まし時計が鳴るのを待ち伏せして、鳴った瞬間に止めてたよ。目覚ましに「遅いぞ!」とか言ってたよ。でも、あれは入学直後だったから、特別だったのかも。


 ま、それはそれとして――


 『身体錬成』も、ほかの『錬成』と同じく、素材として必要な『元素』を含んだ物質が近くにあると、非常にスムーズに行える。


 なので、ある夜。

 自分の「筋肉」を強化しようと、枕元に成分や組成が似ているであろう大き目の「燻製腸詰め肉(ドライソーセージ)」を置いておいた。


 前の晩は、立派で(たくま)しい成人男性くらいだったのに……朝見てみると、ソレが小さな小さなフニャ○ン状態になってて、微妙な気持ちになったよ(笑)。


 まあ、俺の筋肉繊維に成ったんだとは思うけれども……。


      ◇


「うええっ! これがわたし!?」


 ミーヨは、やたらとびっくりしていた。

 自分自身の顔を、きちんと見る機会がなかったらしく、変な風に驚いていた。


 二人並んで寝台に寝ころんだまま、前に『光眼(コウガン)』の「カメラ機能」撮った彼女の画像を、天井に投影して見せたのだ。


 ……てか、どんな状況だ?


「うー……おでこ広いよう」


 自分で思っていた以上のおでこの広さに、ちょっと凹んでいたのが可愛かった(笑)。


 で、「カメラ機能」で撮影した画像を他人に見せる場合には、『光眼(コウガン)』そのものを「投影機(プロジェクター)」として使用する必要があった。


 ただ、このやり方では、俺自身が画像を見るのは、ほぼ不可能だ。

 さらに、画像がブレるから、身動きすらとれなくなる。

 なので、寝た姿勢でないと無理だ。難儀すぎる。


(『全知神』さま! なんとかしてー!!)


 無理を承知のうえで、お願いしてみたら、新機能が追加された。


 てか、これって――


「……まんま、エクス○ローラやん」

「『えくすぷろーら』? ……ってなに? 何かえっちなこと?」


 脳内で、某OSの「統合画像ビュアー」みたいなものが、使用可能になった。


 で、その状態でなら、任意画像の「検索」とか「削除」が可能だった。


 ……なんなん、この仕様?


 でも、これなら「フォルダ分け」も出来そうだ。

 秘密のフォルダは、最下層の最奥に秘匿しようっと(笑)。


      ◇


「白パンですか?」

「柔らか白パンよ」


 『この世界』には、硬いパンしかないものと思っていたけれど、スウさんの工房では、春と秋にお祭りする日本の製パン会社もびっくりな、ふわふわの柔らか白パンも作っていた。


 なお、俺は『前世』で、そのお祭り期間中に、地味にこつこつとシールを集めて、白い磁器のボウルとか平皿を貰った事がある(ニヤリ☆)。


 ついでに言うと、『この世界』には「化学繊維」が存在しない。

 肌に優しい繊維と言うか「布地」が貴重らしくて、それが(ゆえ)に、女性用の下着が、非常にコンパクト・サイズだ。


 『地球』の「ドロワーズ」は無駄な布地が多いけれど、ここの「パンツ」は、必要最小限のシンプルさだ。


 そして、着色してない白パンが圧倒的に多い。

 エコかつエロなのだ。とても素敵な事だ(ニヤリ☆)。


 そ、それはともかく……その白パン(※食べる方です)の生地は水分が多くて、「()ね」や「成形」が難しいらしく、スウさんは苦手にしていた。


 でも、俺になら出来そうな気がしたので、スウさんに頼んで、やらせてもらう事にした。


「ジンくん、待って。祈願。★滅菌っ☆」


 ミーヨが俺の両手に『魔法』をかけてくれた。


 その瞬間、ある記憶が蘇った。

 俺が『地球』での人生を終えて、『この世界』に生まれ変わり、最初に目を開けた時に、俺の「母親」が使った『魔法』と同じだったのだ。


『★□■(滅菌)ッ☆』


 そう、俺の「異世界(こっち)」での母親は、俺に母乳を飲ませる前に、◎首を殺菌消毒していたのだ。


 それを思い出して、まだその一度しか会ったことのない母親に、会ってみたいという気持ちが湧いた。別に今すぐじゃなくても、いいけれど、いつかはまた会いたい。


「…………?」


 ミーヨが、そんな俺の顔を、ふしぎそうに見ていた。


 そして、その瞬間、ある記憶がよみがえった。


 でも……考えたら、違うな。


 いま思えば、俺が「◎首」を吸わされたのは、俺の母親じゃなくて、ミーヨの母親だろうな。


 俺のママンは、俺と同じく肌の色が浅黒い感じだったし。

 俺に迫って来たのは、肌の白い女性だった。しかも、左右のおっぱいの大きさが、かなり違ってたな。


 ミーヨからは、


「赤ちゃんの頃にね。お母さんから初めて貰うおっぱいに『魔法』の(もと)になる何かが含まれてるんだって。でも、わたしのお母さん、おっぱいが出なくって……」


 とか聞いてるしな。


 なので、俺の母親は、ミーヨの「乳母(うば)」に近い存在だったらしい。だから、その逆なんて、ありえないと思うんだけどな。


 ママ友三人で、「おっぱい回し飲み大会」とか……違うだろうな。


 なんで、あんなシチュエーションだったんだろう?


 ま、別にいいか。いまさらだしな。


 しかし、我ながら「おっぱい」に関しては、ものすごい観察眼だな。

 当時、乳幼児だったのに(笑)。


「ジンくん? なに笑ってるの?」

「……ちょっとな。思い出し笑い」


「思い出したのは、誰かのおっぱい?」

「な! なんでわかった?」


「なんか、くちびるがチュパチュパしてたよ?」

「…………」


 恥ずかしいですう。

 そして、その言い方。いやらしいですう。


「あとで……な?」

「……う、うんっ」


 よし、余計な追及は避けられた。ナイス俺(笑)。

 

 で、実際にパン生地を捏ね始めると、俺はあっさりとそのコツをつかみ、すぐさま境地に到達した。


 俺の新たな才能の開花だった。


 俺の両の手のひらから、まるで魔法のように、まん丸く成形されたパン生地が次々と生まれた。


 作業台の上の大理石のような石板の上に、ズラリと並んだそれは、スウさんの仕事を遥かに凌駕していた。

 

「ジ、ジン君、キミ初めてなんでしょう? すっごいじゃない! お姉さん、もうびっくり!」


 スウさんが()で驚いている。

 息を吸うのも忘れたように、俺の手元を見つめていた。


「ジンくん。すご――い!!」

「お兄さん、何なの? 天才?」


 ミーヨと遊びに来ていたドロレスちゃんが目を見開いてる。


 ふっふっふっふ。

 ()めるがいい。(たた)えるがいい。(あが)めるがいい。


「ど、どうしたらそんなこと出来る? 何かコツがあるの?」


 スウさんが、本気で知りたいようだ。

 ならば教えてやろう、その極意を! 俺が得た神意を!!


「パン生地だと思うからダメなんだ! おっぱいだと思って()めばいいんだ!」


「「「…………」」」


 あれ?


 せっかく会得した極意を教えてあげたのに、女性陣が引いていく。

 この惑星(ほし)って月がないのに大潮? 干潮なの?


「とにかく良かった。これなら、お祖母(ばあ)ちゃんも喜ぶよ」


 スウさんが嬉しそうに言った。


「……おばあちゃん?」

「私の祖母が、この近くの養老院にお世話になっててね。お礼代わりに、柔らかい白パンを焼いて届けてるんだよ」


「…………」

「どうかした、ジン君?」


 ミーヨや、まだ見ぬスウさんのおっぱいを思い描きながら、パン生地をこねてたのに――


 お祖母ちゃんというワードを聞いたたとん、それがしわくちゃの(しな)びた「垂れ乳」のイメージ画像に切り替わって、思いっきり()えてしまったのだ。


 イヤ、気持ちがだよW。


 そのあと、自分を元気づけるために、丸めたパン生地の先端を尖らせたら、みんなにめっちゃ怒られた……。


      ◇


 パン工房の主人スウさんと、「お風呂でドッキリ」的なラッキースケベ・イベントでもないかと思っていたけれど……スウさんもミーヨも、近所の公衆浴場に通っている。


 『冶金の丘』の地下には、超古代文明の遺物とか言う「金属精錬施設」があるそうで、そこの廃熱を利用した温水が豊富に供給されているらしい。


 なので、あちこちに浴場があって、内風呂を持つ家がほとんどないらしい。


 俺も、浴場に行く事は行くけれど……全裸の筋肉自慢みたいなおっさんや兄ちゃんたちに色々話しかけられるのがウザいので、そういう連中があんまり来ない「お昼休み」の時間帯に利用してる。


 俺。風呂は、ゆっくり()かりたいタイプなのだ。

 温泉とかよりは「内風呂」派だ。


 そう言えば、スウさんと一緒に浴場に行ったミーヨから、「腹筋割れてた! 背中の筋肉とか男の人かと思った!」という報告を受け、思わずドン引きしてしまった。


 やはり、彼女は肉体派だったのだ。


 俺は、女性らしい丸みを帯びた体形が好きなので、やっぱりスウさんとは一定の距離をおいて付き合おうと決意した。


      ◇


 工房にも「洗い場」はあった。


 ひんやりとした真っ白い一室で、湿った水垢のような匂いがした。

 けど、ここは食器や釜やら調理器具や洗濯物を洗うためのもので、人間が体を洗うようなところではないらしい。


 でも、俺が『液体錬成』をする実験場としてぴったりだったので、こっそりと利用させてもらっているのは、スウさんには秘密だ。


 あと、ここには井戸みたいな「縦穴(たてあな)」があって、水が湧いてる。


 どうやら、これが「飲料水」らしい。

 どこからどう供給されてるのかは不明だ。覗き込んでも、青くて底の方は見えない。


「ジンくん。ちょっと退()いててね」


 ミーヨだ。なんだろう?


「祈願! ★水玉っ☆」


 『魔法』を発動した時に見える虹色のキラキラ星が飛んで来て、水面にダイヴする。


 バレーボールくらいの丸い「水の球体」が、ふわりと空中に浮かぶ。

 キラキラ星と水のプリズムで、白い壁に虹色の光が揺れて、綺麗だ。


 宙に浮かんだそれが、ふわーっと空を飛ぶ。

 結構な風を感じるので、ヘリみたいな原理で空中浮遊してるっぽい。


 『地球』だと「水汲み」は重労働らしいのに、ここじゃ『魔法』で楽勝だ。


「…………」


 ミーヨが指先を「指揮者のタクト」みたいにして、「水の玉」を操ってる。

 しゃべると集中出来ないのか、無言だ。


 なんとなく二人で、その「水の玉」を追いかけながら歩く。


「あ、そうだ! 『この世界(アアス)』ってね。ちょうどこの水の玉みたいなんだって」


 不意に、ミーヨがそんな事を言い出した。


 どういう意味だ? 


 『地球』だって7割が海の「水の惑星」だから……そういう意味かな?


 もっと詳しく訊こうとしたら――


「ああっ! スウさん危ないっっ!!」



    ぱっしゃ――ん!!



 ミーヨの叫びと、水入りの風船が割れるみたいな音だ。

 集中が途切れて、「水の玉」があさっての方に飛んで行ったらしい。


      ◇


 また、ある日のこと。


「スウさん、『黄金のおち○ちん』ってナニか知りませんか? あ、断っておきますが、別にいやらしい事じゃないですから」


 俺は思い切って、スウさんに訊ねてみた。


「……『黄金のおち○ちん』?」


 俺のあまりにも唐突な質問に、スウさんはあきらかに困惑していた。


 そして、彼女が握りしめている太い竿の先端からは、一筋(ひとすじ)の糸が()れていた。


 あれ? なんかいやらしいな(笑)。


 一筋の糸って「釣り糸」だよ?


 スウさんは、工房のとなりの『(ほり)』の(ふち)に腰かけて、釣りをしているのだ。

 スウさんは、実は「釣り好き」だったのだ。むしろ納得だ。


「……なかなか、あたりが来ないわねえ」


 水面までは、建物2階分くらいの落差があるので、長――い竿と、長――い釣り糸だ。

 そんなので、「あたり」が分かるんだろうか?


 釣り()は、「湿らせて丸めたパン」だった。

 ……パン工房だけに、なるほどねだ。


 『この世界』にも、「魚」はいる。


 元々の「在来種」と『地球』からの「外来種」だ。

 泳いでる感じは、見分けがつかないくらいそっくりだ。


 元は別々な生物なハズなのに、水中で棲息するための進化を続けてると、自然に似てくるものらしい。ただ、在来種にはウロコが無いらしい。


 あと、『半魚獣(はんぎょじゅう)』とか言う人類の天敵『ケモノ』もいるらしい。


 雨で増水した時に、ここと繋がってる川からやって来るらしい。

 でも、人類の天敵って言っても、サカナを食い荒らすだけらしいので、ただの「害獣」だ。


 そして、その正体は『地球』由来の「小型のワニ」っぽい。

 間違っても、そんなのは釣りあげないで欲しい。


「ねえ、ジン君。私はちょっとお茶目なパン屋さんなのよ? 『黄金のお○んちん』なんて、知ってるワケがないでしょう?」


 スウさんは、色々と残念な女性(ひと)だ。

 パン関連の知識以外は、あまり持ち合わせていないようなのだ。


「……そうですか」


 前にミーヨが、俺の錬成した「黄金ウ○コ」の事を間違えて、『黄金のおち○ちん』と呼んだ。


 それはどうやら『この世界』に実在するモノらしい。

 でも、言った本人は、それがなんなのか覚えていなかった。


 情報収集が必要だ。

 で、俺が代わって質問してみたけれど、やっぱりスウさんは知らなかった。ま、予想通りだったから、別にいいけど。


 前に、俺たちの最終目的地の『伝説のデカい樹』について質問してみた時には、


「さあ? そこらへんに()えてるんじゃないの?」


 と雑に言われて、それっきりだった。


 ――ところで、アレはなんなんだろう?

 (ほり)の縁の「転落防止の石積み」から、何かが這い上がろうとしている。


 白くて丸い殻を背負った、大き目のカタツムリみたいなヤツだった。


 本体(?)は微妙なピンク色で、生き物の舌みたいなのがうねってる。

 正直、かなりキモい。……なんなんだろう? これ?


「スウさん、これって何なんスか?」


 知らないので、訊いてみた。


「なに? うっ……ぎゃあああああああ!!」

「な、なんスか!?」


 いきなり大きな悲鳴を上げられたよ。


「ヌメヌメスベスベじゃないっ! 私、そいつ大嫌いなのよっ!!」


 スウさんは叫んで、立ち上がった。


 ……へー、このカタツムリみたいなの。

 名前は、「ヌメヌメスベスベ」っていうのか。


「……グぼッ」


 奇怪な音がした。

 よほど慌ててたのか、魚籠(びく)代わりにしていた木製のバケツにつまづいて、無様に転んでいるスウさんがいた。


「…………」


 スカートが大きく(めく)れあがって、引き締まったお尻が丸見えになっていた。


 スウさんは……ノーパンだった。


「……パン屋なのに」


 思わず、そう呟いてしまった。


 パン・ツー・丸・見え――とか「ハンドシグナル」出したかったのに。

 一人じゃ淋しいけれども。あれはポル○レフと花京○だったけれども。


 あるいは『パン○Peace!』とか言って、横ピースをキメたかったのに……怒られるか。


「スウさん、大丈夫ですか?」


 放置も出来ないので、俺は近寄ってよく見た……じゃなかった、手を貸した。


「ううう」


 スウさんは寝そべったまま、呻いてる。

 てか、早くスカート直そうよ。


 ちょうどそこに、工房に遊びに来ていたドロレスちゃんが、ガラゴロと車輪の音を響かせながらやって来た。


 最近の彼女のマイブームは、パン配達用台車を使った「スケボーごっこ」だった。てか、台車壊れるから、やめれ。


「お兄さん……してるの?」

「『何』が抜けてるよ、ドロレスちゃん」


 ドロレスちゃんはスウさんの惨状を見て、何か誤解しているようだ。


「スウさん、そいつ嫌いらしくて、転んじゃったんだよ」


 俺は、デカいカタツムリを指差した。


 よくよく見ると、丸くて白い殻とか……どこかで見覚えある気がする。


 どこで見たんだったかな?


「あ、ヌメヌメスベスベ。えいっ!」


 ドロレスちゃんは、そいつを見つけると、すぐさま濠に蹴り飛ばした。


 すんごい雑な扱いだけど……死なないの?

 水の中から、切り立った断崖みたいな石垣を、壁面に張り付いたまま垂直に登って来てたのかな? それなら、本来の居場所に戻してやったのかもしれんけど。


「ほら、スウさん」

「あ、ありがと」


 俺が手を貸すと、ようやくスウさんは起き上がった。

「ジン君には、ひとつ貸しね」


 そう言うと、釣り道具をまとめて工房に戻っていった。


 ――何を借りたんだ、俺は?

 手を貸したのは、俺の方なのに。


 そんで、せっかくのラッキースケベ・イベントだったのに、「パン屋なのにノーパン」と言うまさかの意外性に驚いて、撮影するのを忘れてた。……ま、いいか。筋肉質の、男みたいなお尻だったし……。


「ところで、あのヌメヌメスベスベって何?」


 ドロレスちゃんに訊いてみた。


「水のあるトコなら、どこにでもいるよ。アレが這い回った後はヌメヌメしてて、その跡が白くてスベスベになるの。そんな生き物」

「……そうなんだ」


 まあ、異世界だし。変な生き物もいるよな。


 言われてみれば、この『濠』や、街の外の『水路』って、やたらと白くて綺麗だったので、不思議に思ってはいたのだ。白すぎて、水が真っ青に見えるくらいなのだ。人工的なプールみたいに。


 あいつらが、這いずり回って、白く塗り固めてたのか……。


 街の中の「水回り」……「上下水道」や「排水溝」やらも、全部不自然なくらいに真っ白くてスベスベなのは、あいつらのお(かげ)(?)だったらしい。


 そう言えば、スウさんの工房の「洗い場」も、こんな風に真っ白だもんな。


 ぜんぜん知らずに使ってたよ。


 でも、それ以外のどこかで――


「あ、そっか! 『永遠の道』で見た事があるんだった」


 思い出した。

 この惑星を、ぐるっと一周しているとか言う長大な道路『永遠の道』で見たんだった。


 昼間は、白くて丸い殻に閉じこもったままで、ぜんぜん動かなかった。

 遠目には、ソフトボールがバラまかれてるみたいに見えたっけ。


 ただ、そいつらは別な名前で呼ばれていた。

 そしてミーヨもなんか、嫌ってた。


「ドロレスちゃん、『陸棲型』って知ってる?」

「『道』のヤツでしょ? おんなじ生き物だよ」


「ああ、そうなんだ」

「水の中に棲んでるのがある程度の大きさに成ると、『道』の上に出て、夜中にウロチョロして繁殖相手を探して、交尾するんだよ。赤ちゃん作るためにね」


 どうでもいいけど、まだ12歳のはずなのに、繁殖とか交尾とか、大胆な言い回しだ。


「へー、そーだったんだ」


 滑走路みたいにだだっ広くて、まっ平らな『永遠の道』の真ん中へんにいっぱいいた『陸棲型』の正体って、コレだったのか。


 それが夜中に這い回ってるせいで、『永遠の道』が白くて綺麗な舗装道路として、「永遠」なんて呼ばれるほど永く維持されてるのかも。


 そしたら、サンゴと珊瑚礁みたいな関係なのか?


「アレって、海にはいるの?」

「うーん、分かんない。あたし、美南海(みなみ)に行った事がないから」


 ドロレスちゃんは、綺麗な顔をすこし曇らせて言った。


 そんで、この辺に住んでる人たちって「南」と「海」が同義の、ごっちゃになってるような言い回しをするんだよな。なんでだろ?


「でも美南海(みなみ)には、ヌメヌメスベスベの殻で出来てる島があるって話を聞いた事あるから……いると思うよ」

「へー、そーなんだ」


 『地球』でも、「絶海の孤島」って言ったら「珊瑚の島」か「火山島」だもんな。

 ……似たようなもんか。


 でも、前にミーヨからこの大陸の地面を掘ると、アレの殻がいっぱい出てくるって話を聞いてる。


 めっちゃ昔から、『この世界』にいるんだろうな。


「いつか、お兄さんがあたしを美南海(みなみ)に連れて行ってくれるんですよね?」


 何故か妙な確信を込めて、ドロレスちゃんに言われた。


「……機会があればね」


 無いと思うけどね。


「ところで、スウお姉さま、なんでスベスベのお尻丸出しだったの?」

「……イヤ、だから、あのヌメヌメスベスベを見て、驚いて転んだんだってば。はずみで服の裾がめくれちゃったんだよ」


 元々がノーパンだったから、お尻丸出しだったんだけどね。

 それにスベスベはスベスベだけど、男みたいだったよ。

 なんで女の人なのに、お尻に「えくぼ」があるかな。


「……ふうん」


 納得してない表情だ。


「ところでさ」


 いい機会(?)なので、ドロレスちゃんにも質問タイムだ。

 つっても、流石に『黄金のおち○ちん』については訊けないから、別のことにしようっと。


「ドロレスちゃん、『伝説のデカい樹』ってどこにあるか知ってる?」

「お兄さんのえっち」


 大人っぽい上目使いで言われた。

 でも、この子の青い瞳は今のところ、あんまりセクシーな感じがしない。まだ12歳だしな。


「なんで、そうなるの?」


 スウさんの「欲求不満オーラ」に、何らかの影響を受けたのか?

 さっきも、繁殖とか交尾とか言ってたし。


「だって、アレでしょ? 『伝説のデカい樹の枝にある木の上の家で愛の契りを交わした二人は永久に不滅になれる』っていう、つまり、えっちなことする場所でしょ? したいの? するの?」


 ナニソレ? いろいろ混じってて、突っ込みどころ満載だ。

 てか、いい加減にしとかないと怒られるよ?


 ひょっとしたら、神様が住んでいる……かもしれない場所を、ラブホ○ル扱いとか。


「俺がミーヨから聞いてるのは、『伝説のデカい樹の下で祈った願いは必ず叶う』って話なんだけど?」

「……ああ」


 俺が言うと、ドロレスちゃんは何かに思い当たったようだった。


 でも――


「あたしの口からは言えないよ。秘密!」


 ニカッと笑われた。


「それでも、どうしても知りたいのなら、あたしにゴーモンでもする?」


 からかうように言われた。


「……俺、ミーヨのとこ行くから。じゃあね!」


 俺は微妙な恐怖に駆られて、その場を立ち去った。


      ◆


 パン職人のみなさま、ごめんなさい(※予防的措置)――まる。

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