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011◇明かされた秘密



(……ミーヨ・デ・オ・デコ)


 ミーヨが「悪役貴族令嬢」だったなんて……。


 イヤ、悪役じゃねーか。

 フツーに「貴族令嬢」か。


(……オ・デコ)


 そうか、だからおでこがテカテカしてたのか……そこは違うか。


 聞いたら、貴族の名前にはDの音が入るそうだ。

 で、ダ・ヂ・ヅ・デ・ド――の順で位が高くなり、最後の『ド』は王族らしい。


 それでいくと、『地球』のフランスの貴族はみんな王様になっちゃうけど、いいの?


 でも、高位貴族だってさ。


 知らんかったよ。気付きもしなかったよ。


 『俺』になる前のジンくんは知っていたんだろうか? 当然、知ってたろうな。


 でも……別にいいか。


 ミーヨは俺が『俺』である事を受け入れてくれんだから。別な意味でも早く受け……イヤ。そう言うこっちゃなくて、たとえミーヨがお姫様だって、公爵夫人だって構わない。イヤ、夫人は不倫か。


 本当に、別にいいや。


 ただ……不意に思ったけど、俺の『前世』での名前……なんだっけ?


 どうしても思い出せないんだよな。


 それとも……思い出さなくてもいいのかな?


 もう、異世界に別人として生まれ変わってしまってるから。

 俺って『前世』じゃ「何者にも成れなかった」って気がするしな。


 この世界で……俺は「何者か」に成れるのかな?


 そんで「何者にも成れない」って……アニメ『(まわ)るピング○ラム』みたいだな。


 イヤ、「みたい」じゃなくて、ソレからの言葉だろうな、コレ。


 あの「きっと何者にも成れないお前たちに告げる」って言うフレーズ。

 深々と胸に突き刺さってて、抜けないもんな(笑)。


 なんか、俺って『前世』じゃ他にもアニメいっぱい観てたような気がするし。


 ただし、本格的に観始めたのは10年代からで、それ以前のは特に好きな作品とか、有名なシリーズ作品とか、ジ○リ映画を観ただけだった。でも流石に数が多過ぎて、すべてのアニメ観てるワケじゃないしな。個人的な指向で、擬人化とか萌えとかあんまり観なかったし、はっきり女性向けの作品も観てないんだよな……って何の自己申告だ、俺?


 俺はいま、おでこが可愛いミーヨの「ジンくん」なのだ。

 それで……それだけで、いいような気がする。


「ジンくん。ここには現金が無いんだって。また『両替商』に行く事になるけど……いいよね?」


 そのミーヨに言われて、不意に現実に引き戻された。


「うん、構わないよ」


 俺たちには「お金」がいる。

 「生存せんりゃく――っ(戦略)!」なのだ(笑)。


 そう言えば、『輪るピン○ドラム』の陽毬(ひまり)も、可愛い「おでこちゃん」だったな……。


      ◇


 『冶金組合』が発行した『買い取り証明書』と、「国」が保証してて現金に換えて貰えるらしい『兌換券(だかんけん)』を持って、『両替商』のところにそれを換金しに行くことになった。


 また、あの店行くのは微妙にイヤだけど……あそこの人たちなら事情も知ってるし、すんなり換金出来そうだから、いいか。


「前もって、連絡を入れておくからね」


 組合長は、ガラスらしい透明な軸のペンで走り書きしたメモを、二つ折りにして『魔法』をかけた。


「祈願! 『両替商』へ。★羽書蝶☆」


 筆記具は「羽ペン」じゃないのかー、と思ってたらとんでもない。


 メモそのものに羽が生えて、まるっきり蝶みたいな見た目になって、そのままフワフワと、どこかへ飛んで行った。

 例によって虹色のキラキラ星が見える。綺麗なエフェクトだ。


 でも、速度はそんなでもない。

 『秒速○センチメートル』くらいだ……って数字隠してどーする?


(……今のは?)

 小声でミーヨ訊いてみると、

(宛先を指定してお手紙を飛ばす『魔法』だよ。あんまり遠くには飛ばせないけど……この街の中でくらいなら)

 小声で返して来た。


(さっき、いっぱい飛んでたでしょう?)

(ああ、あれが?)


 街中で見かけた蝶は、全部コレだったみたいだ。

 そう言えば『魔法○いの嫁』だと、魔法の手紙はヒロインの名字みたいなんだよね。


(あの紙は何で出来てんの?)

(『羽毛紙(うもうし)』だよ)


(羽毛? 鳥の羽?)

(ちがくて……木の実の羽。後で教えてあげるから)

(……うん)


 木の実の羽って、タンポポの綿毛(わたげ)的な何かか? それとも、綿花(めんか)


 どっちにしろ……知らない事だらけで、何もかも珍しい。


      ◇


 『丘』の内部の見学を頼んだものの断られ、俺とミーヨは外に出るべく、トンネルの右端をとぼとぼと歩いていた。


 猫耳ちゃんは……爺いと一緒に、どっかに行ってしまったらしい。


「ジンくんって……火事のこと、覚えてるの?」

 ミーヨが意外なことを訊いてきた。


「火事?」


「さっき、火事で金貨が溶けたとか言ってたよね。だから、『王都大火』のこと覚えてるのかなって」

「ああ……あれは、ただの作り話で――てか『王都大火』って何?」


 ぜんぜん知らない話だ。


「わたしたちが『王都』を離れるきっかけになった大火事……なんだけど」

「わたしたちが『王都』を離れるきっかけになった? ――俺たちって『王都』で生まれて、ボコ村に移り住んだんか?」


 次から次へと知らない話が出てきて、ちょっと混乱する。


 ――そう言えば、死んで最初に目覚めた時の、三人のママさんがいた部屋ってやたらと豪華な感じだったけど……。


 あれって、『王都』の貴族の邸宅とかだったのかも?


「うん……その火事の火元がうちのお父さんのお屋敷だったの。それでいろいろ言われて、『王都』に居られなくなって」


 辛そうだ。話したくない事柄なんだろうな。


「わたしの乳母(うば)だったジンくんのお母さんも、一緒に引っ越したの」


 また新事実が発覚。


 俺たち乳兄弟(ちきょうだい)(乳姉弟)だったのか?


 ミーヨが『生まれた時からずっと一緒』って言ってたのはそういう事だったのか?


「それって何かの陰謀にハメられて失脚させられたとかじゃないよね?」


 ミーヨの父親が高位貴族っていうんなら、なんかイヤな予感もする。


「そんなことは分かんないよ。ぜんぜん覚えてないくらい小さかったし」


 ミーヨは首を振ってうつむいた。

 凄く、しょんぽりしてる。


「ミーヨって貴族令嬢だったんだな。ミーヨお嬢様って呼ばないとな」


 元気を出してほしいので、ちょっとからかってみる。


「もー……いまさら何いってんの? 子供の頃からわたしの目の前で、裸になって、まるで『プロペラ星』みたいにおち○ちんグルグル振り回してたくせに! ジンくんにお嬢様扱いされたことなんて一度もないよ」

 ミーヨが笑いながら言う。


 てか、おち○ちんグルグル振り回してた(笑)?


「ぷっ……そうだったんだ?」


 俺も、ついおかしくて、笑ってしまう。


「ところで、プロペラ星って?」

 疑問に思って訊くと、

「夜に空を見たら分かるよ。棒みたいな渦巻き星」

 ミーヨがそう答えた。


「……ああ、アレか」


 確か一昨日の深夜かな? 昨夜も見たな。

 他所(よそ)の「棒渦巻銀河」らしいものが、夜空に見えてたっけ。


 にしても、裸でち○こグルグル振り回してた……って、バカな子供だ(笑)。

 女の子の前で、そんな事してたんだ?


 だから俺様の俺様を見慣れてたわけですね?


 でも、ごめん。『俺』は知らないよ。


 とは言え『俺』になる前のジンくんだって、ミーヨが貴族令嬢なのを知ってただろうし、それでもこの子とえっちしたわけだね。

 貴族の跡取り娘と。ある意味「勇者」だね。


「ジンくんは、気にしないで。ずっと、そのままでいて」


 ミーヨはそう言って俺の手を握り、そのあとはずっと無言だった。


      ◇


 手を繋いだままエアカーテンを潜り、外に出た。


「よ、待ってたぞ。このウ○コタレ!」


 そこで、「猫耳ちゃん」に待ち伏せされてた。


「『両替商』に行くんだろ、連れてってやるから、なんか食い物くれ! この……」


 猫耳ちゃんは言いかけて、自重した。

 食べ物の話の後でそのワードは口にしたくなかったんだろう。デリケートなお年頃なんだろう。


「イヤ、場所は知ってるから案内はいらないよ」

 俺が断ると、食い下がって来た。


「そんなこと言わないで、お兄さん! あっしら奴隷は、人に尽くしてお礼を貰わないと生きていけないのでごんす」


 なんだ、その口調と語尾は?


「またまたあ、奴隷とか言って、全然そうは見えないよ? ホントは貴族のお姫様なんじゃないの?」


 ちょっと、カマをかけてみる。


「……ち、ちがうで御座るよ」


 動揺が激しいよ? てか、御座るって何だよ?


 もうちょっと突っ込んでみたかったけど、

「じゃあ、『おトイレ』に案内して欲しいな」

 ミーヨがそんな事を言いだす。


 俺の『脳内言語変換システム』が、可愛い女の子が「●所」とか口にするのを拒否しているのだろう。

 脳内で『おトイレ』と勝手に翻訳されてる。


 ちょい前は「トイレ」が変換されなかったのに、なんかの条件でバージョンアップしてるのか?


「いいよね?」

「うん」


 俺も行きたいから、いいか。


「お安い御用でごんす。一緒に着いて来て欲しいでごんす」


 猫耳ちゃんは冷静さを取り戻して歩き出した。来る時に通ったのとは、別の通りだった。


      ◇


「ここですよ」


 飽きたのか、変な口調は止めてしまったらしい。


 案内されて着いたのは、この世界での「公衆トイレ」らしかった。

 二階立ての建物の一階の一部分なので、一見そんなふうには見えないけど、入り口脇には、ロダンの「考える人」みたいな小さな像があった。「座って何かをするところ」みたいなトイレの目印(アイコン)らしい。へー。


 ずっと牽いて来た『とんかち』は「自転車(この世界にあるのかまだ知らない)置き場」的なスペースに置いておく。


「あ、ダメですよ。そこ『ガチャ屋』の前ですから、ヘタすると持って行かれてしまいますよ」


 猫耳ちゃんに注意された。


「「『ガチャ屋』?」」


 ミーヨも知らないらしい。


 カプセルトイもソシャゲも関係なそうだけど……見ると、無人のコインランドリーみたいな感じの内部だ。

 大きくて丸い投入口みたいなのは、なんなんだろう?


「割れた硝子(ガラス)や、欠けた金属製品。ボロきれ。木や陶器の欠片なんかを、種類ごとにそこに捨てるんです。色んな廃品を集めてる場所なんです」

 猫耳ちゃんが、さくっと言った。


「「……へー」」


 年中無休で開いてる廃品回収ステーションみたいなもんか。それが「公衆トイレ」の隣にあるのか? もしかして『おトイレ』の方の排●物も何かに再利用されてんのかな?


「なんで『ガチャ屋』なの?」


 ミーヨだ。てか、俺もそう思った。なんで?


「金属とか、硝子とか、破片を()すると、ガチャガチャ音がするじゃないですか?」

「そんな理由?」

 ミーヨが、がっかりしてる。


「あ、そーだ。硝子って何で出来てるか知ってる?」


 ネットで見たウンチクを語ろうとすると――


「もちろん、知ってますよ。硝子貝(ガラスガイ)の貝殻でしょう?」

「え? うそっ? マジで!?」


 さくっとナナメ上の解答を返されて、訊いた俺が驚いた。


 この世界のガラスは、すべて生物由来の天然素材らしい……。

 それを溶かして、成形するだけらしい。


 でも、俺が知ってる話でも、石や砂や草から……って事だから、天然て言えば天然か……。


 あとね、ちょっとヤバめな「ウラン・ガラス」とか「包○さんガラス」……イヤ、「ホウケイ酸ガラス」とかあるんだよ?


      ◇


 とにかく、異世界初トイレだ。


「猫耳ちゃん、俺たち田舎から出て来て、こういうとこ使うの初めてなんだけど……男女別々じゃないの?」


 入り口が、ひとつしかないのであった。


「入り口が同じだけで、中は全部個室になってますよ」


 猫耳ちゃんは、あっさりと中に入っていった。

 俺たちも続く。


 中は、扉がいっぱいだ。

 室内全体が、水色と白の陶板(タイル)貼りだった。なんとなく地球にもありそうなつくりだ。


 三人とも、それぞれの個室に入る。


 そこには、煉瓦組みの便座があり、その中にステンレスみたいな金属製の大きな漏斗(ろうと)がしつらえてあった。

 隅には水の出る仕掛けがあるらしく、穴が開いている。


(ここに座ってするわけか……)


 流石に地球の、日本の水洗トイレとは違う……中に水が溜まってはいない。


 俺、潜水艦が主役(?)のアニメ『海洋冒険SF青春ぐんぞー劇(※誤字ではありません)』が好きだったから、●(固体)の時はついつい「魚雷発射!」とか言ってたけど(笑)。


 あ、待てよ。考えたら、アレって水中発射だよな。


 でも、実際には水面上から水中へ発射するワケだから、(ぼう)『海洋冒険SFハイスクール(女子校)ライフ・アニメ』みたいに「戦闘。魚雷戦」だな。


 そんで、●(液体)も同時だと「戦闘。砲雷戦」か「砲雷。同時戦」かな? ただ、こっちは主砲も使うから男子限定だな(笑)。


 あと、ついでに●(気体)も出ちゃうと「噴進魚雷」って事になるのかな?


 そんなバカで下品で、怒られそうな(……)を考えつつ、●座に座る。


 そして、ふと思いついたので、「海水」を錬成(つく)ってみる事にした。


(液体錬成。海水)


   チン!


 今回、早っ。


 出来たので、放●(液体)する。

 イヤ、●(液体)じゃなくて「海水」だけど。


 でも、海水のハズなのにイカ……イヤ、(いそ)臭さが全然ない。単なる塩水なのかな? 海藻のない白い砂浜の海岸だと匂わないらしいけど……某『渚の排球アニメ』でヒロインの子が言ってたな。


 てか、塩水かけて、この金属製の漏斗、錆びないのか?

 やっぱステンレスなのか? 『魔法』がある異世界なのにステンレスなのか?


(そんで、小さい方はともかく、大きい方って終わった後始末どうすんだろ? 紙も置いてないしな。手で洗うのかな?)


 と思ってたら、別の個室からミーヨの声がした。


「祈願。★後始末っ☆」


 そんな『魔法』……あるんだ?


 しかも発音も、まんま「アトシマツ」じゃないですか!? 日本語かと思ったよ!


 ――なんというか、衝撃の事実だった。


      ◇


「ふー……都会の『おトイレ』は、ダイオウフンコロガシが飛んでこないから、ゆっくり出来るねー」


 ミーヨがのんびりとした口調でそんな事を言いながら、個室から出て来た。

 フンコロガシつっても、「大王」とか言うくらいだから、よほどデカいんだろうな。……まだ見たことないけど。


 てか、また「大」だったんだな(笑)。


「猫耳ちゃん、案内ありがとね。これ、食べる?」


 ミーヨは『とんかち』の傍に置いておいた鍋の中身を見せた。


「おー、肉団子かっ! この」


 また自重した。やればできる子じゃん。


「卵入りだよ」


 ミーヨが木の串みたいなものを差し出すと、猫耳ちゃんはそれを肉団子にブスブスと突き刺して、3連団子みたいにしてから食べ始めた。


「いただき……(もふ)」

「好きなだけお食べ」


 すでに何個も食べて飽きてたし、全部食っていいよ。


「んぐ……はむ……んが」


 猫耳ちゃんはガッついていた。

 もう夢中で、まっしぐらな感じだ。


(ミーヨ、今のうち行こう。あの子って貴族の孫娘らしいし、これ以上ついてこられても困る)


 俺はミーヨに、こそっと耳打ちした。


「猫耳ちゃん、俺たち行くからね! 案内ありがとうね」

「もぐ……がぶ……んぐ」


 聞こえてないようだった。


(よし、行くぞっ)

(え、でも、鍋は?)

(置いていこう!)

(まだ使えるよ。もったいないよ)


 ええい! 貴族令嬢が貧乏くさい。


 俺はミーヨの手を引いて、その場から立ち去った。


      ◇


 で、円形広場に面した『両替商』に立ち寄って『買い取り証書』と『兌換券(だかんけん)』を換金した。これって、小切手とか為替的な……つまりは「銀行」がやる業務なんじゃないの? って気もするけど、そのあたりは別にスルーでいいか。


 とにかく、これで俺たちの所持金は『明星金貨(フォスファ)』35枚と『月面銀貨(ルナー)』1枚と、あとは細かい銅貨になった。

 『卵入り肉団子』は鍋込みで月面銀貨3枚だったそうだ。


 なお、ミーヨがパンツの中に(ひそ)ませている『太陽金貨(ソル)』は、俺の宝物(笑)なので……これは数に入れない。


 いくつか商店をのぞいて、ざっくりと物価を把握して、ざっくりと計算してみると『明星金貨(フォスファ)』は、日本円で一枚5万円くらいの価値なんじゃないかって気がする。

 そんな感じで計算すると、ざっと180万円近くが手元にある。


 これから何年かかるか分からない『伝説のデカい樹』への旅の資金としては……たぶん、足りないだろう。


 でもまあ、短期的には何とかなるし、中長期的な展望はゆっくり考えよう。

 『俺』がこの世界で目覚めて、まだ三日目なのだ。


 ――知らない事が多すぎる。


 てか、待てよ。

 すると俺が最初に貰った『太陽金貨』32枚って約640万か……日本円で。


 『全知神』とかいう女神様に「殺された」賠償金なのに、エラく安くね?

 生命保険だって、もうちょい出るんじゃねーの?


 ……うーむ、あの女神。今度会ったら、文句言ったろ。


      ◇



    リン、ゴ――ン。



 どこかで、鐘の音がした。


「夜の一打点だね」

 ミーヨが言った。


 一打点?


「ランナー二塁の時に、右中間にクリーンヒットか?」

「何言ってるか、ぜんぜん判らなかった」

 ミーヨが可愛い顔をしかめてる。


「だよね? ところで夜の一打点ってなんだ?」


 頭に「夜の」って付くから、なんか大人向けのヤツかな?


「もう夜ですよー、っていう『時告げの鐘』。一日に16回鳴るんだけど、今のは……12回目」

「へー」


 つまり、一日を16分割してて、そのたびに時報の鐘が鳴るのか……。

 前世日本の感覚だと、今は午後6時半くらいの感覚だ。一日が何時間か分からないから、ちょっとズレてるかもしれないけど。


「真夜中の『日付更新時』に朝の一打点が鳴って、それからお昼まで八打点あるの。次に昼の一打点がお昼ご飯時で、四打点まで。あとは夜が四打点あるんだけど、さっき鳴ったのが夜の一打点」

 ミーヨが説明してくれる。


 一日を8・4・4で割って考えればいいのかな?


 そう言えば、色々な工房のあった通りでも、何度か鳴ってた気もするな。あそこ騒がしくて、よく分かんなかったけど。


「一打点をもっと細かく言うと?」

「90ツンだよ」

「ツン?」


 要は「(ミニット)」に当たる時間の単位が「ツン」なのか……時間が経てば経つほどツンツンしてくのか? デレないのか?

 てか、「1ツン」て、地球の何秒だろ? ……今のところ、計る手段がないな。


「ごめんな。訊いてばっかりで」

 なんか申し訳なくて俺が言うと、

「いいよ、別に。わたし、『神殿学舎』の先生になりたかったから、なんか小さい子に教えてるみたいで楽しいし」

 ミーヨは笑顔で言った。


 俺の『脳内言語変換システム』では、日本語で『神殿学舎』って文字列が思い浮かぶ。けれど、その真の意味は「この世界の言葉を教わるところ」って感じのニュアンスっぽい。日本での小学校くらいかな?


 てか、小学生扱いか?

 でも、俺のこの世界についての知識なんて、それ以下かも……。


「じゃあ、お言葉に甘えるから、いろいろ教えてな」

「うんっ」


 違う意味でもいろいろ甘えたいけどな。うん。


 なんだかんだで、もう夕方だ。


 街中で野宿するわけにもいかないので、泊まるとこを何とかしないといけない。

 屑鉄屋のおっちゃんから、宿屋が何軒もあるって聞いてるから、どっか宿を決めないとな。


「ミーヨ、泊まる宿って一緒の部屋でいいよな?」

「あのね、ジンくん。『卵入り肉団子』のお金払いに行った時に、ハンナさんに、『知り合いの工房で空き部屋があるとこがあるから、四分の三分の一くらい下宿しないか?』って誘われたんだけど、どう思う?」


 ミーヨがそう提案する。

 その中に、なんか分からない言葉があったぞ。


「四分の三分の一……? 何日?」


「『地球銅貨(アアス)』崩しだよ」

 ミーヨがさらりと怖い事を言うけど、

「ますます意味不明だ……ああ、分かった。『地球銅貨』1枚は『小惑星銅貨(アスタ)』32枚だから、32日間ってことか?」


「正解」


 ミーヨ先生は、嬉しそうだった。


 すると……「一年間」て「何日」だろう? 誰か計算して。


「そんなに長くここにいる?」

「ジンくん、工房とか興味あったんじゃなかったっけ? その手伝いもしてくれるんなら、安くしとくって言われてるんだけど」

「うーん……」


 確かに金属加工の工房で『魔法合金』に触れられれば、『錬金術』で再現出来るかもしれない。


 俺が今までに『錬成』した、ミルク・真水・毒ガス・花の香り・シャンプー・強酸液――って、俺自身は実際に作ったことなんて一度もない。ま、無自覚に蒸留水くらいは作っちゃってるだろうけど。


 なのに『錬成』出来たことを考えると、『前世の記憶』を元にした――見る・聞く・嗅ぐ・味わう・触る……といった「五感の体験」によって、それが可能になっているとしか思えない。


 つまり、魔法合金を、見て・触る――この二つで、あとはそれに必要な元素を含んだ物質を近くに揃えれば、体内で『錬成』出来るようになるに違いないのだ。


 毒ガスって何だろう? と、自分でも不思議だったけど――『前世』で性に目覚める前の子供の頃(笑)に、塩素系漂白剤と別の洗剤を混ぜて大騒ぎになったことがあった気がするので、多分その体験だろう。よい子はまねしないでね。


「でも、その手の工房なんて男ばっかりなんじゃないのか?」


 そんなとこに俺とミーヨが転がり込んだら、爆裂魔法かけられるよ?


「あ、そこ今のところ女のひと一人で切り盛りしてるんだって」

「へー、そんなとこあるんだ?」


 どんなゴツいおばさんなんだか。


「なんか、お兄さんが奥さんの里帰りに付き添ってて、長いこと留守になるから、その間って。わたしもそのひとに会ったけど、わたしたちよりちょっと年上のきれいな女のひとだったよ」

「よし。じゃあ、そこにするか」

「え? 決定なの?」


「年上のきれいなお姉さんと同居とか――何となくドキドキワクワクのときめく予感が満載じゃないですか。もちろん俺はミーヨの事が好きだけど、ラッキースケベは別腹じゃないですか!」


「ジンくん、思ったことが口に出てるよ。わたしにも『らっきーすけべ』って何となく意味が分かるんだけど……その前に言った事の方が重要だよね?」

「行くぞ、ミーヨ!」

「うんっ!」


 俺とミーヨは、その工房がある街の西端に向かって、『とんかち』を()きながら歩き出した。


      ◇


 歩いていると、時々建物の間から射す傾いた西日に、眩しく目を射られる。


 見上げると、オレンジ色に染まりつつある空に、いつか見た無尾翼機みたいな鳥が飛んでいた。

 南天(そら)には、湾曲した白い線……この惑星を取り囲んでいる(リング)が夕焼けに染まってる。


「ううっ、嫌な空の色」


 ミーヨの、声も表情も重たい。


 綺麗な夕焼けなのにな。

 そう言えば、昨日も夕焼けを嫌がってたな。


「なんで?」

 俺が訊くと、

「だって、夜の前の『死んでいく空』の色だから」

 ミーヨはそう答えた。


 よく分からないけど、この世界では『生まれ変わり』や魂の『転生』が当たり前の事になってるから、夕方から夜にかけての時間帯が『死』を連想させるんだろうか?


「……それに、祈願。点火っ」


 何も起きない。

 ミーヨが『魔法』の発動に失敗したようだ。


「なんでか、知らないけど、この空の色の時って『魔法』が使えなくなるの」

 ミーヨは不安を感じてるのか、頼りなさそうだった。


「そうなんか? この時間帯は『魔法』がダメになるのか」

「ううん。ちがくて、この空の色。曇ってる時は使えるから」

「空の色かあ」


 『地球』では空の色って、大気を通り抜けてくる太陽光の色のはずだ。


 俺「レイリー散乱」とか上手く説明出来ないな。えーっと、どんなんだっけ?


 『アル○ノア・ゼロ』でそんな話があったよな。でも思い出せない。

 虹色のスベクトルのうち、大気分子に吸収されない波長の光が見えてるんじゃなかったっけ? 大気中の分子の色だったっけ?


 そんで、この世界では、大気が特定の波長の光で満ちてると、『魔法』を使うために必要な「何か」が効かなくなる……のか?


 どっちにしろ、俺は『魔法』が使えないから……関係ないと言えば関係ないけど。


「じゃあ、そん時に『おトイレ』したくなったら、どうすんの? 『後始末』の『魔法』使えなくなるよな?」

 素朴な疑問として訊いてみたら、

「ぷっ」


 笑われた。てか、噴かれた。


「うん、困るよね……あははは」


 表情が、少し明るくなった。

 でも、どう対処するのかは、教えてくれなかった(笑)。


「急ごうか」

「うんっ」

 ミーヨの手を取る。


 鍋置いて来て、正解だったな。


      ◆


 人を生かす力は、ささやかな日々の幸せ――まる。

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