捜索
人には後悔はあるのか。その後悔は挽回することはできるのか
「おーい、茜~」
交差点を抜けたところにある公園。子供頃から茜と遊んでいた公園だ。昔、二人で秘密基地とか呼んでいた大型遊具の下にある隙間によく入っていた場所がある。なんとなく茜はそこにいるような気がしたんだ。
「茜?」
居ると思った場所に茜は居なかった。ココじゃないとすると……神社かな?
公園を抜けて川を渡ったところに小さな神社がある。ココは昔、茜と蝉取りして遊んだ場所だ。
「茜……」
神社の裏手に回った軒下に茜は座っていた。
「あれ?慎太じゃん。どうしたの?」
「どうしたって。なにしてんだよこんなところで。お前の母ちゃんから家に電話あったんだよ。まだ帰らないって」
「そっか。迷惑かけちゃったね。ココね、私にとって特別な場所なんだ」
茜がなにを言いたいのかは分かっている。分かっていたが、ここでも俺は臆病というか勇気がないというか、男らしくなかった
「ああ、アレか」
「アレってなによ。本当に覚えているの?」
「覚えているさ」
「じゃあなに?」
「その……初めて……茜と……キスをしたところだ」
茜は優しく笑って小さく頷く。
「覚えてくれていたんだ。だってあれ、幼稚園のころだよ?」
「さすがに覚えているさ。なんたって奪われたファーストキスだからな」
あのとき、茜から猛アタックを受けていて、ここで押し倒されてファーストキスを奪われたのだ。逆だったら犯罪者……犯罪者?幼稚園児でも犯罪者になるのか?
「なに?また考え事?」
「ん?ああ。幼稚園時代の頃の事柄でも訴えることは出来るのかなって」
「訴えたいの?」
「ん……」
茜の隣に座っていた俺の頬を両手で掴み、またしても唇を奪われた。
「これも訴える?」
「いや。訴えられるのは俺の方かな」
今度は俺の方から茜にキスをした。
「訴えても良いからもっと……」
茜は今まで我慢していた何かを解放するように俺に身体を預けてくる。
「慎太……」
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「すみませんでした。俺が傘を貰っちゃって、神社で雨宿りしていたみたいです。風邪引かせたら俺のせいなんで先に謝っておきます。すみませんでした」
「いいのよぉ。茜、なんで電話してこないの。迎えに行ったのに
「だってお母さん、美樹がいるでしょ?1人で留守番なんて出来ないし、気にしないで」
茜には美樹ちゃんという3歳の妹がいる。赤ん坊の時に一度見たことはあったけど、今はもうずいぶんと大きくなっていて驚いた。
家に帰ってから冷えた身体を暖めるために、もう一度お風呂に入って湯船の中でさっきのことを思い出す。
秘密にはしないって宣言したけども、宗佐にはなんて話せばいいんだ?先に輝久に話して宗佐に伝えて貰えばいいのか?いや、でもこういう事は自分で言った方が良くないか?そうだ、いっそ茜から宗佐に現実を……それは鬼か。自分で話そう。
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「今日はどうする?」
いつものように放課後なにをするの会議だ。今日はファミレスのドリンクバーで制限時間内で何杯飲めるか競争して最下位が奢ることになったワケだが……。
「なぁ、茜、どうしたんだ?慎太なにか聞いてるか?」
「いや。なにも。輝久は?」
「いや?」
「まぁ、女の子にはいろいろな事情があるんだよ。今日は俺たちだけで行こうぜ」
茜がいないなんて久しぶりだな。それにしてもあいつ、なにをしてるんだろうか。
「みなさん。ちょっとお話ししたいことがあります」
「なんだ宗佐、改まって」
「私は、茜が好きです。皆さんには、応援していただきたく所存!」
「なんだそれ。所存ってなんだよ」
「突然だな。で、応援とは具体的になにを?」
輝久は、宣言するには考えてあるんだろうな?というプレッシャーを宗佐に与えている。
「具体的には……その……」
「なんだ考えてないのか現実主義者の宗佐くん。もっと現実を見た方がいいぞ?
「違うんだよ。それを今からみんなに聞きたかったんだよ。どうすればいい?」
宗佐はまじめな顔で聞いてくる。
「そんなの簡単だ。告白する。結果はすぐに茜から聞けるぞ。ほら簡単だろ?」
「輝久は現実的過ぎるんだよ!しかもなんか振られるみたいじゃん!」
「なんだ?振られたときのアフターフォローを所存なんじゃないのか?」
「ひでーよ輝久……。慎太はそんなこと言わないよな?」
「俺か?うーん……傷つかずに振られる方法か……なかなか難しい命題だな」
「だからお前等ひでぇよぉ」
俺は正直複雑な気持ちだった。ここで宗佐を止めていたらどうなったのだろう。俺たちは宗佐を告白する前から慰める行為に徹するのだった。
「宗佐。それ、何杯目だ?3杯目、かな?」
「うし。今日は宗佐のおごりだな。さんきゅ」
「え?あ!ひでーよお前等!」
「言い出したのは宗佐だしな。甘んじて受け入れろ」
宗佐は今日の出来事を家に帰ってから考えていた。
「なんか今日の話、記憶にあるんだよなぁ。あいつらに茜のこと、話したのは今回が初めてじゃないしなぁ」
同じ様なことを言われていたような気がしないでもない。まぁ、現実的には向こうから好きとか言ってくれそうにはないから、自分から言わないとダメなんだろうな。しかし、成功する未来予想図が思い浮かばない……。
頭を抱えてどうすればいいか考える宗佐。
「ダメもとでも言ってみなきゃ分からないよな。よし!」
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「なぁ、輝久。お前には後悔ってないのか?」
「なんだ突然に」
昼休みに本を読んでいる輝久に訪ねる。
「後悔か。あるぞ。今、お前に話しかけられていることだ。静かに本が読めない」
「おまっ……、じゃなくて真剣な話でだ。後悔ってどうやって挽回するんだ?」
輝久は本から顔を上げて考えている。様に見える。
「そうだな。昨日、カレーを食っておけば良かったと後悔したのなら、今日カレーを食えばいい」
「そうだな。カレーの場合はな。そうじゃなくて人間関係について、とかさ」
「こぼれてしまったものは直せないさ。覆水盆に返らずってやつだ。でもな、破片があれば直せるものもある。割れた瀬戸物、直せるだろ?」
「つまり、なんだってんだ?」
「ヒトの心は流体なのか固体なのか。難しい命題だ」
「分からねぇなら最初から分からないって言え」
「すまんな。助けにならなくて」
つまりは自分でどうにかするしかないって事だ。あの後悔を自分の中で整理するには、こうすれば良かった、と明確な回答が得られないと整理できないと思う。
「茜、俺はどうすれば良かったんだと思う?」
「知らないわよそんなの」
「あのとき、俺が止めておけば良かったのか?」
「だから知らないって」
「そうか。まだ俺は後悔を克服できていないんだな」
今日は茜の誕生日だ。誕生日はなぜか俺の家に茜がやってきて、おれの母ちゃんがケーキを作って茜と俺の両親の4人で祝うのだ。よく考えなくても不思議な光景だ。まるで茜は家の家族のようだ。
「あら。ロウソクがないわ」
「あ、それなら私が買ってきます!」
「主賓にそんな事させられないわよ」
「いいえ。お構いなく!」
「お前、ロウソクを少なく買ってくる気だろ」
「そんなことないもん。それじゃ、慎太も一緒に来てよ」
というわけでコンビニに行った、のだが、ケーキ用のロウソクなんて売ってるはずもなく、商店街のケーキ屋さんにやってきた。ロウソクだけ売って貰うのは心が痛かったが仕方がない。
無事にロウソクを17本手に入れた俺たちは商店街を後にした。
「あ!そうだ!ちょっと先に帰ってて!買い忘れたものがあるの!」
「ああ。分かった。主賓が居ない誕生パーティーなんてないからな。早く帰って来いよ」
『それでいいのか?』
なにか聞こえた気がした。
『それで、本当にいいのか?』
なんなんだよこれ。何のことだよ
『おまえの後悔はここじゃないのか?』
後悔?なんの?ってか、お前誰だよ。どこから話しかけてきてるんだ。
『立ち止まれ。この場所に。お前は後悔することになる』
まったく、なんなんだよこれ。この場所に立ち止まってどうするんだよ。なんか良いことでもあるのか?
=====
「あ!そうだ!ちょっと先に帰ってて!買い忘れたものがあるの!」
「ああ。分かった。主賓が居ない誕生パーティーなんてないからな。早く帰って来いよ」
=====
この会話。そうだ。この会話は……!
「誰かは知らないが助かった!俺は後悔するところだった!」
俺は待った。茜が戻ってくるのをその場所で待った。追いかけてすれ違ったらまずい。だから待った。
「来ないな……」
『もっと思い出せ』
まただ。そうだ。何かを忘れている。あいつはどこで?
”どこで?”
そうだ!
俺は走った。
「間に合え!」
間に合え!間に合え!間に合え!
「茜!!」
「あれ?慎太?なんでこんなところに?先に帰ったんじゃないの?」
「茜!」
俺は茜の手首を離すものか!と力いっぱい掴んで、名前を叫んでいた。
「っった!なに?どうしたの慎太!」
「いいからよく聞け。俺の手を離すな。絶対に、だ」
「べ、別に良いけど、なんで私がここにいるって分かったの?」
「後悔してたからだ」
「なんの後悔?」
「茜を独りにした俺の……」
神社の前から大きな音がした。俺はとっさに茜を抱きしめた。
「ちょ!?え!!!?慎太!?」
「無事か?」
「無事じゃないわよ。大混乱よ。どうしたの?」
「事故」
神社の前では大型トラックと乗用車が激突して、乗用車が神社の鳥居にぶつかって止まっている。
俺の後悔は茜を独りにして先に帰ったこと。探しに出なかったこと。見つけられなかったこと。
茜を死なせてしまったこと。
『後悔は、消し去ることはできたか?』
「ああ。ああ……ありがとう。ほんとうにありがとう」
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「三人とも、これで満足か」
「宗佐。茜に告白できた気持ちはどうだ?」
「茜。慎太に告白して結ばれた気持ちはどうだ?」
「慎太。茜を失わない未来はどうだ?」
私は手元の本に書き込んだ。あの三人が果たせなかった後悔を覆すために。
私に出来るのはここまでだ。現実の結果を覆すことは出来ない。
本来は君たちの記憶に私が介在することが許されるものではないが、この結果は私の責任でもある。君たちはここで止まる人生ではなかったのだ。
私が見逃した。それをこうして後悔の穴埋めをするためにこんなことをしたが、これは私の自己満足、なんだろうな。
「輝久よ。お前の仕事はなんだ」
「死に神の干渉を阻止することです」
「そうだ。阻止出来なかった結果がこれだ。阻止できなければその数だけ後悔が増える。後悔の数だけその本は分厚くなるぞ。それが私たち神の代行者の定めだ」
大型バスが高速道路で大破した光景を見下ろして私は運転手に取り憑いた死に神を睨みつけて心に誓う。
もう決してこの本は使いたくない
なんかありきたりな話になってしまいましたが、後悔って僕は挽回できると思うんですよね。誰しもあのときああすればよかったって思うけど、その瞬間もやるか迷ってると思うんですよ。そこを迷わずに行けば後悔って無くならないにしても少なくはなると思うんです。本作品はそんなことを主題に書いてみました