第87話 取り調べを受ける犯人って、こんな心境?
スタラチュラを倒したケンは、次の獲物に向かって歩き出していた。【マップ】で単体表示を指し示す方へ向かっていくと、1匹の蛇が現れた。
「あれがウッドバイパーか? 木に巻き付いてるから“ウッド”なのか?」
見つめる先には太い大木でもなんのその。ぐるぐると巻き付いているウッドバイパーがいた。
10メートルくらいはあるんではなかろうか? 体表はその名の通り茶色がかっていて、木に巻き付いているなら、保護色として役に立っていそうである。
そのウッドバイパーは、何もせずにじっとしてこちらの様子を窺っていた。
「あまり動こうとしないな。温厚な魔物なのか?」
こちらの様子を窺うだけで、全く動こうとしないウッドバイパーに、ケンは毒気が抜かれていく。
「なんか戦いにくいな。別のにしよう」
全然敵対行動をしないウッドバイパーを、一方的に倒すのは気が引けて、他の場所にいる魔物を狩りに、その場を立ち去ることにした。
この時のケンは、ただの行き違いであったことを知る由もなかった。ケンは敵対行動をしてこないと感じていたが、当のウッドバイパーの方は、自分が保護色で隠れているのがバレていないと思っていたので、目の前まで獲物が来るのを待っていて、動かなかったのだ。
このような奇跡的な行き違いで、戦闘を回避出来たのだった。
次にケンが出会ったのはトロールである。餌でも探しているのか、涎を垂らしながら彷徨いていた。
身長は4メートル程で、今のケンからしてみれば、明らかに大きいサイズだった。のそのそと歩いているその様は、筋肉質と言うよりも、どこかメタボな印象を受ける。
(なんかトロそうだな……もしかして、トロいからトロールなのか?)
そんな陳腐な考えが過ぎるも、さっさと倒してしまおうと、トロールの前に躍り出す。
「GUOOOOOH!」
ひときわ大声を上げるトロールに、ケンは耳がキーンとして苛立つのであった。
「このヤロー! うるさいだろうが!」
トロールは、ドスドスとこちらに走ってきながら、手に持つ大きな丸太を振りかぶった。
ケンは、相手が遅かったので余裕を持って回避したが、先程までケンのいた地面は、大きく陥没していた。
「馬鹿力が!」
「GAAAAA!」
言葉でも理解しているのだろうか? 更に雄叫びを上げたトロールは、怒り狂っているようにも見える。
ケンは、地面をボコボコにされてはかなわないと思い、先に丸太を持つ腕を斬り裂いた。
「GYAAAA!」
斬り裂かれた拍子に、目論み通り丸太を落としたのだが、少し観察していると、斬り裂かれた傷口が徐々に塞がっていた。
「なっ!? 再生能力かっ!?」
傷口が塞がったトロールは、地面に落とした丸太を拾い上げると、先端をこちらに向けて、両手で担ぎ上げる姿勢をとる。
「っ! まさか!?」
ケンが勘づいたのと、トロールが行動を起こしたのは、ほぼ同時だった。
(ズドーーン)
なんとトロールは、丸太を担ぎ上げると、ケンに向かって投げつけたのだ。その怪力からくる破壊力はとても凄まじく、近くにあった木々は折れてしまい、地面には先程よりも大きなクレーターが出来ており、使った丸太は砕け散った。
舞い上がった土煙がなくなると、姿を晒したケンの頬には傷ができていた。直撃は免れたが、砕け散った丸太の破片が飛んできたのだ。
「認めてやるよ。お前は強い」
「GYOOOOH!」
ケンは、片手剣を構えると一気に駆け出す。トロールは、ケンの姿を見失い反応出来ずに、斬撃を受けることとなった。
「GYAAAA!」
ケンが斬り裂いたのは足だった。足を斬られたトロールは片膝をつく羽目になり、頭部の高さが必然的に低くなる。
それでもケンにとっては、まだ高い位置にある。そこでケンは、足が再生する前に、もう片方の足を斬ることにした。
トロールは、両足を斬られたために、足に力が入らず巨体を支えることが出来なくなり、両手を地面につくことになった。
それでもケンの猛攻は止まらず、今度は両腕を斬り裂いた。支えるものがなくなったトロールの体は、地面を舐めることになり突っ伏した。
「ようやく頭が下がったな。傷が再生する前に終わらせる」
ケンはトロールの横側へと移動し、首に狙いを定める。
「《風纏》」
上段に構える剣に風が纏い始め、その斬れ味を更に鋭くすると、地面を踏み抜き一気に加速する。
トロールの首根に到達すると同時に、上段に構えた剣を一気に振り下ろす。加速された風を纏う斬撃が、首根に切れ込みを作ると、剣身と共に切り口を開いていき、肉を切り裂き、その先にある骨を断った。
そのまま振り抜かれた斬撃は、勢いの衰えぬまま、下部の肉をも切り裂くと、首を断つことに成功し、頭部がぼとりと落ちる。
残心を解き、片手剣を鞘に収める。
「ふぅ……トロールの怪力は凄かったな。戦闘で久々に怪我をしてしまった」
トロールとの戦闘を回想しながら、ケンは、未だ戦っていないウッドバイパーへ思いを馳せる。
「どうするかなぁ……とりあえず、さっきのとは別の個体で戦闘してみるか。さっきのやつはたまたまで、本当は襲いかかってくるような、魔物かも知れないし」
ケンは、【マップ】でウッドバイパーを探し、現地へと向かった。
やはり見つけた先のウッドバイパーは、木に巻き付いていていた。そして、相変わらず動かなかった。
「本当にどうしよう、これ」
ケンは、ほとほと困り果てていた。襲ってこようものなら戦えるのだが、相手が全く何もしてこないのだ。
「石でも投げてみるか」
ポンっと投げた石がウッドバイパーに当たると、いきなり動き出して巻き付いていた木から下りてきた。
「SYAAAA!」
口を大きく開けたかと思いきや、いきなり何かを吐き出した。様子を窺っていたケンは、不意の攻撃にも対応ができ、吐き出された何かを避けることができた。
その何かは地面に落ちると、草花を変色させ溶かしていた。
「うわっ! 溶けてるし……これ、知らない奴からしたら初見殺しだろ!」
その間にも、ウッドバイパーは、溶解液を吐き出し続けていた。
「これしか攻撃手段がないなら、特に問題ないな。」
片手剣を鞘から抜くと、ウッドバイパーに斬撃を飛ばす。
「《紫電一閃》」
鋭い斬撃が、瞬く間にウッドバイパーの首根を斬り裂いた。ぼとりと頭部が落ちて、ウッドバイパーは動きを止めた。
かくして妙な始まり方をした、ウッドバイパーとの戦闘も、これで終わりを迎えるのだった。
「しかし、何で最初は動かないんだ? 目の前に来るのを待っているのか? 考えても仕方がないし、他の魔物をどんどん狩っていくか」
それからケンは、森の中に棲息している魔物を、どんどん狩っていった。ありがたいことに、団体行動している個体がいなかった為に、戦闘中に囲まれることもなく、苦戦する場面がなかった。
スタラチュラを討伐する際は、余裕が出てきた頃に、蜘蛛糸をわざと残し、討伐した後に回収した。
3種類の中で1番簡単だったのは、やはりウッドバイパーだった。何故かどの個体も最初だけは動こうとしないので、見敵必殺といわんばかりに、出会い頭で剣閃を放ち、大量に狩っていった。
1日中狩りをしていたせいか、あたりは夕暮れに差し掛かっていた。ケンは、来た時と同様で敏捷値に物を言わせて、急いで街に戻るとそのままギルドへと向かった。
「すみません。クエストを達成したので、報告に来たんですが」
「どのクエストでしょうか?」
「【スタラチュラ討伐】と【ウッドバイパー討伐】と【トロール討伐】の3種類です」
「えっ?」
受付嬢は、何かの間違いかと思い、聞き返してしまった。
「3種類です。早く手続きお願いします。夕食を食べないといけないので」
「と、討伐証明はお持ちでしょうか?」
「解体場はどこですか? アイテムボックスに入れてあるので」
受付嬢の案内で、ケンは解体場までやって来る。その場で今日討伐したスタラチュラ10体と、ウッドバイパー20体と、トロール5体を出した。
さすがに魔物1体1体が大きいのと数があるせいで、解体場はケンの出した魔物で、割と埋め尽くされてしまった。
「あの……これ全部ですか?」
「全部ですよ。これで証明されたので、手続きをお願いします」
「わ、わかりました」
どこか放心状態の受付嬢と一緒に中へ戻ると、手続きを済ませてもらった。達成と買取の報酬は、全て口座に入れてもらうようにお願いした。
ケンはようやく一息つけると思い、露店巡りで買い食いをしながら、のんびりと宿屋へ帰っていったのだった……
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
宿屋へ到着してから中に入って行くと、入口から近い食事席で、ティナとニーナが待ち構えていた。
「ケン君、ちょっといいかな?」
「ここに座る」
何やら不穏な空気を感じ取ったため、踵を返そうと後ろを振り返ったら、後ろ襟を掴まれてしまい、そのまま連行されてしまった。
「逃げられると思ったの? ここに座りなさい」
ティナさんが笑ってない笑顔で告げてきた。笑顔なのに笑ってないって、ここまで迫力があるのか……何となく怖いので、とりあえず座ることにした。
「そういえば、お風呂に入らなければいけないので、失礼させて頂きたいのですが」
「後でも入れる」
ニーナさんも、いつも以上の無表情で告げてきた。
「ガルフさんに、帰ってきたことを伝えないと」
「……ケン君?」
凄みのある声でティナさんに呼ばれる。もう諦めるしかないのか……
「……はい」
「今日は、こんな時間まで、どこで何をしていたのかな?」
「えぇーと、……散歩?」
北の森を散策していたから、間違ってはいないはずだ。
「へぇー散歩なの?」
「はい。散歩です」
「いつからクエストを受けることを、“散歩”と言うようになったのかしら?」
あれ? 何でクエストを受けたのがバレてるの? ギルドにでも確認に行ったのか? とりあえず誤魔化そう……
「何かの間違いでは……?」
「ほぉー……ギルドで冒険者を殴り倒したのも、何かの間違いなのね?」
「ワンパンで沈めた」
あれ? そんなことしてない気がするんだけど……
「そんな事があったんですか?」
「何でも子供がやったらしいわよ? 誰だかわからないけど、子供なのに強いわねぇ」
「……」
俺、そんなことした? そんなヤツいたか? 覚えがないから俺じゃないよな。
その当時のケンは、禁断症状が出始めていたので、ワンパンで沈めたどうでもいい相手のことなど覚えていなかった。それよりも、魔物を狩ることが優先されたからだ。
「そういえば、門のところで子供が消える、不思議なことがあったらしいわよ?」
子供が消えてるのか? 盗賊か?
「それは不思議ですね。盗賊にでも攫われたんでしょうか?」
「盗賊だったら怖いわよねぇ。でも、消えた子供は、夕方にまた現れたそうよ?」
「いきなり現れた」
その当時のケンは禁断症状が出て、一切の自重がなくなってしまい、敏捷値に物を言わせた移動を行ってしまった結果、衛兵が目で追うことも出来ないスピードで立ち去ったため、“消えたっ!?”と思われていたことは、ケンには知る由もない。
「不思議なこともあるもんですね。でも、盗賊とかに攫われてなくて良かったです」
「そうねぇ。それにね、夕方にギルドで大量の魔物が持ち込まれて、てんやわんやの大騒ぎになったそうよ?」
「魔物が一杯」
俺以外にも魔物を持ち込んだやつがいたのか。俺が出した分でも、割と解体場を圧迫していたしな。
俺の時は騒がれてなかったし、その後、更に持ち込まれれば、てんやわんやになるのも頷ける。
「へぇー解体場の人は大忙しですね」
「忙しくなるわねぇ。まぁ、当の本人は手続きが終わったら、何気ない顔して、ギルドを立ち去ったらしいけどね」
「きっと、慣れてるんでしょうね」
「そうよねぇ。慣れてないと、何気ない顔して立ち去れないわよねぇ」
「大物感」
凄腕冒険者とかで、貫禄があるんだろうな。
「凄腕の冒険者なんでしょうね。Sランクとかですかね?」
「凄腕は凄腕だけど、Sランクじゃないと思うなぁ」
「違う」
Sランクじゃないのか。もしかして、Sランクじゃない規格外の冒険者か? そんな人がこの街にいるのか?
「Sランクじゃないなら、それ以外の規格外の冒険者でしょうね」
「私もきっとそうだと思うのよ」
「絶対規格外」
そんな人がいるなら、ちょっと会ってみたいなぁ。
「それと、これだけの騒動が、たった1日で起きたんだけど、ある共通点があるらしいわ」
今までの話に共通点なんてあったか? 結構、バラバラな話だったと思うけど。
「共通点ですか?」
「そう。なんでも、どの騒動にも必ずいたのが、子供の男の子だったんだって」
そう言うティナさんとニーナさんは、俺の顔をじっと見つめてきた。
ん? ……俺!? いやいやいや、確かにギルドでクエストは受けた。でも、冒険者のことは知らない。
門のことも衛兵と喋りはしたが、不思議現象は知らない。ギルドには確かに魔物は持ち込んだが、大騒ぎになってなかった。その後も普通に帰っただけだ。
それに俺はCランクだから、凄腕の冒険者じゃない。野営なんて初心者レベルだし。
規格外に関しては、王都でギルドマスターに言われたが、自重しているから、今は普通の冒険者だ。
よって、ティナさんとニーナさんが俺を見ているが、結論から言うと俺ではないな。
「俺じゃないですね。俺は至って普通の子供ですし」
「何で今までの話の流れで、そこに行きつくのよ!」
「信じられない……」
2人して呆れた顔をしているが、話は終わったと思ってケンは立ち去ろうとする。
「じゃあ、お風呂行ってきますね」
「ちょっと待ちなさい!」
「まだ何かあるんですか?」
「ちなみに、ケン君が違うと判断した理由を教えて」
「えぇーと、確かにギルドでクエストは受けました。でも、冒険者のことは記憶にないので知りません。門のことも衛兵と喋りはしましたが、不思議な現象については知りません。ギルドには、確かに魔物は持ち込みましたが、大騒ぎになってませんし、その後も普通に帰りました。それに俺はCランクだから、凄腕の冒険者じゃないです。野営なんて初心者レベルだし。規格外に関しても知りません。俺は普通の冒険者なので。よってティナさんとニーナさんが、俺を見ていますが俺ではないです」
「これは重症ね」
「無自覚」
2人の辛辣な言葉に、納得のいかないケンであったが、ティナが溜息をつきながら説明を始めた。
「とにかく“散歩”じゃなくて、クエストを受けたことを認めたのは評価に値するわ。まだしらばっくれるようなら、お仕置きしたけど」
「嘘はバレる」
「次にギルドに入った時に、冒険者に絡まれたはずよ」
「そんな記憶は、ないんですけど」
「目撃情報があるのよ。それにしても、記憶にすら残らない出来事なんて、その冒険者は哀れね」
「ワンパンで沈めた。瞬殺」
「次は門番ね。ケン君、門を出て、急いで現地に向かったでしょ?」
「はい。早く狩りがしたくて、うずうずしていましたので」
「ケン君が本気で移動したら、何人の人が目で追えると思う?」
「……」(はて、何人だろうか?)
「私の知っている人たちで言ったら、0人よ」
「夕方も、同じ行動したはず」
「解体場に持ち込まれた大量の魔物の件は、子供の男の子が持ち込んだそうよ。周りが呆気に取られている間に、本人は淡々と処理を済ませて帰ったみたいね」
「解体場が魔物で一杯」
「同年代の子供で、同じ事が出来るのは何人いると思う?」
「多分いない」
俺が考えるまでもなく、ニーナさんが答えてしまった。
「これら全てが、規格外の烙印を押される理由よ」
「……ソ、ソウナンデスネ」
取り調べで追い込まれていく犯人って、こんな心境なのだろうか? 外堀がどんどん埋められて、逃げ口が見当たらない……
「さて、何か言いたいことは、あるかしら?」
「……」
そこからの俺は、すぐさまイスから立ち上がり、バク宙土下座を披露した。
「すみませんでしたあぁぁぁっ!」
その行動に、周りの客は何事かと見ていたが、満足がいったのかティナとニーナはウンウンと頷き、次の言葉を口にした。
「それなら今後は勝手にいなくなって、クエストを受けに行ったりしないわよね?」
「同伴希望」
えっ? それはちょっと……満足のいく狩りが出来ないような……
ケンは、正座のまま姿勢を正して2人を見てみるが、その瞳からは強い意志が感じ取れた。
「し・な・い・わ・よ・ね?」
強めの口調で言うティナから、鋭い眼光で見つめられ、ケンは視線を外した。
「……」
「ケン君? お仕置きが必要かしら?」
結局ケンは、どれだけ問い詰められても、“しない”とは言わず、“善処する”という言葉で、勝利をもぎ取ったのであった。




