第5話 洗礼の儀式
あと気になることと言えばやはり高すぎるステータスだよな。何気にレベルは高いし、戦闘系スキルも高いな。絶対に一般的数値じゃない。それはAランク冒険者というワードが物語っている。
母さんってほんわかしているけど、実は武闘派か? 絶対零度の威圧は持ってるし。というか【威圧】スキルを持っていないのにどうやってやったんだ? 生身で出来るもんなのか?
日頃の様子から見ると全然武闘派には見えないんだが……まぁ、【猫かぶり】を使ってたなら日頃の様子も当てにならないか。
「ねぇ母さん、ステータスはこの数値が一般的なの?」
「それはねここを見てもわかる通り、昔は冒険者をやっていたのよ。冒険者っていうのはね、自由に冒険を楽しむ人たちのことよ。ギルドで冒険者登録をして悪いことするモンスターとかをやっつけちゃうの」
「へぇーカッコイイね」
「でしょ? それでね、Aランク冒険者にまでなったんだけど、お父さんと出会って寿退職しちゃった♡ 普通は冒険者と貴族なんて滅多に繋がりができないんだけどね。ある日暇つぶしで出かけていたらモンスターに襲われてる馬車を見かけてね、護衛の人もやられていたみたいだし、ちょっとした気まぐれで手助けしたの」
「もしかして、母さんがモンスターやっつけたの?」
「そうよ。当時は【瞬光のサラ】って二つ名がついていたの。素早さ重視の戦い方でね、盾も途中までは装備していたんだけど、敏捷が上がりだしてからは邪魔だったから装備しなくなったのよ」
「何で素早さ重視にしたの? 盾も外したら危なくない?」
「簡単なことよ。“殺られる前に殺ってしまえ!”よ。剣もね、普通のよりも細めの剣で素早く立ち回りができるようにしたの。威力は普通の剣に比べると落ちてしまうけど、そこは“塵も積もれば山となる”作戦ね」
そう楽しそうに語る母さんの微笑みは、戦慄を覚えざるを得ないものだった。この人には逆らっちゃダメだ。直感でそう感じるのだった。
考え方としては作戦も何もないのだが愚直に繰り返した結果、昇華されて類を見ない強さに至ったのだろう。二つ名がついたぐらいだし……天然なのか計算なのか判断に悩むところだ。
「で、そのあとにお父さんからお礼とか貰ってね、色々と食事とか付き合わされていたらプロポーズされたの。誠実で真面目な人だから私も嫌な気はしなかったし、玉の輿なんて滅多にできないからOKしちゃった。それからはお父さんの働いてるところを見ていたら段々とのめり込んじゃったの♡」
「でも、冒険者から貴族って大変じゃないの?」
「そうね。最初は大変だったわ。冒険者をやっていたから礼儀作法なんて知らないし、あの人が悪口を言われないように愛想を振り撒かなきゃいけないしで、物凄く大変だったの」
あぁ……それで【猫かぶり】のスキルを覚えたのか。【礼儀作法】よりもレベルが高いって……どんだけ地を出さずに頑張っていたのかがよくわかるな。
そんな時、ふとドアをノックする音がした。
「奥様、馬車の準備が整いました。出発は如何なされますか?」
話が途切れた時に来るなんて、タイミングが良すぎるな。もしかして見計らってたのか?
「すぐ行くわ。待っててちょうだい」
「タイミングがバッチリだね」
「違うわ。話しのキリが良くなるのをドアの前でずっと待っていたのよ。気配がしたから来た時にはわかったわ」
そういえば【気配探知】のスキルも持ってたな。
「来たのはいつなの? 全然気がつかなかったよ」
「冒険者だった頃の話を始めた時だったかしら。私が冒険者をやっていたのは有名だから、聞かれて困ることもないわ。それじゃあケビン、行きましょうか?」
「うん、母さん」
玄関を出ると1台の馬車が止まっていた。その傍らには執事と呼びに来てくれたメイド長もいる。メイド長はカレンといい、30代という若さでメイド長の座に君臨している。俺の評価は完璧超人だ。
「奥様、今日の御者は執事のアレスが就きます」
「そう、お願いするわね、アレス」
「はっ、かしこまりました」
そう答えるのは若者であるアレスだ。年齢は確か20代だった気がする。若いのによくできていると父さんが褒めていたのを聞いたことがある。
母さんが馬車へ向かうと、アレスが近づく。
「足元にお気をつけお乗り下さい」
そう言うとアレスは見事にエスコートをしてみせる。やはり父さんの言った通りできる男だな。
母さんが乗ったあと次に俺が乗るのを確認すると、アレスは御者台へ向かった。
「では、奥様。行ってらっしゃいませ」
「行ってくるわ。その間、留守は任せたわよ」
馬車は静かに住宅街をかけて、教会へ向かって出発するのであった。
教会に着くまでは暇なので母さんと話そうかとも思ったんだが、敷地から外に出たのは初めてのことだったから、周りの景色が新鮮でついキョロキョロとしてしまう。
「そういえばケビンが外へ出るのは初めてでしたね」
「落ち着きがなくてすみません」
俺も母さんも既に他所行きの喋り方に変更している。家の中ではない以上、しっかりしないとな。
「いいのよ。ケビンの年齢ならヤンチャをするのが仕事みたいなものですし。街の景色を楽しみなさい。お父さんのお仕事の一端が垣間見れますよ」
「父上の仕事ですか?」
「そうよ。お父さんは領民が平和で楽しく暮らせるように、毎日頑張るのがお仕事なのよ」
「領主というのも大変なんですね」
「そうね。あなたは三男だから家督を次ぐ必要はないけれども、知っていて損はないわ。それにアインやカインが困っていたら、手伝ってあげてちょうだいね」
アインというのは俺の6つ歳の離れた1番上の兄で、カインは5つ歳の離れた2番目の兄だ。あと4つ歳の離れたシーラという姉がいるのだが、実はこの姉に1番手を焼いている。
その理由というのが極度のブラコンで、俺にベッタリなのだ。そのくせ兄たちには普通に接している。
本人曰く、1番下だった時からずっと弟か妹が欲しかったそうだ。そんな時に俺が誕生したわけで、母さん並みの愛情を注いでくる。
その様子に2人の兄は、微笑ましいものでも見るかのような目付きでいるため、俺を助けてくれたりなどはしない。今は3人とも王都の学校に通っているから長期休暇がなければ会うことはない。
「領主を継ぐのはやはりアイン兄さんなのですか?」
「そうね。カインでも別に構わないのだけれども、多分アインが継ぐでしょうね。カインは表立って動くのは好きじゃないから、アインの補佐に徹すると思うわ。それにアインは弟思いだから、そんなカインの気持ちを知って自分が継ごうとしているのよ。結局のところ2人とも優秀だから、どちらが領主になってもいいのだけれど、お父さんとも話し合って本人たちの意志に任せることにしているの」
「そうなんですね。では、私は2人の兄が困っていたら、全力でサポートできるように成長したいと思います」
「えぇ、お願いするわね、ケビン」
話の区切りがついたところで、アレスから声が掛かる。
「奥様、教会に到着しました」
なんというタイミングだ。やはり、できる男だな。
それから馬車を降り教会内へ入ると、祭服を着た男性がこちらへやってきた。
「お待ちしておりました。カロトバウン夫人」
「今日はよろしくお願いするわ、ガイル司教。この子が3歳になったので、洗礼の儀式をして頂きたいの。さぁ、自己紹介しなさい」
そう言って、俺の背中をそっと押して前へ出す。
「ケビン・カロトバウンです。本日は、洗礼の儀式のためお伺いさせていただきました。お忙しいとは思いますが、よろしくお願いします」
「承りました。それにしても、聡明なお子さんでいらっしゃる。将来が楽しみですな」
「そうなんですの。私も時々、実年齢を疑うくらいですのよ」
「では、こちらへ」
誘導された先には神像が立っていた。その前には小さな魔法陣があり、どうやらそこに入るようだ。
「この円の上で膝をつきお祈りをして下さい。祈りが神に届けば体が光に包まれるので、慌てずに光が収まるまで祈り続けてください」
意外とすぐに済みそうな儀式だな。とりあえず円の上に跪き祈りを始める。
『ソフィ、無事に3歳になったよ。この世界に生まれさせてくれてありがとう。君にまだ会えないのが残念だけど、これからもこの世界で精一杯生きていくよ』
祈りの最中、体が淡い光に包まれ始めた。神像からも光が発し、それを見た司教たちは目を見開いていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ふと空気が変わった様な気がしたのでこっそり目を開けてみると、目の前には懐かしの万能空間が広がっていた。
「久しぶりね、健……」
「……ソフィ?」
「そうよ。他の誰に見えるの?」
「えっ? でも、さっきまで教会にいたはずなんだけど……」
「そうね。私もいきなり健が現れてビックリよ」
「それにしては、落ち着いているような気がするんだけど」
「だいたい予想はついているの。何故健がいきなり現れたのか。それよりいつまでお祈りの格好をしているの? 新鮮だから見物ではあるんだけど」
そう言われて俺は跪いたままだと気付く。頭が混乱しているせいだな。立ち上がりソフィに近づくと、今の姿のせいか見上げる形になってしまった。
「ソフィを見上げるなんて新鮮だな」
「そうね。以前は私の方が少し身長が低かったから、見上げていたのは私の方だものね」
ソフィが膝をつき俺を抱き寄せる。
「会いたかった……寂しかったんだからね」
「俺もだよ。でも、ソフィは寂しくなったら逢いに来ると言ってなかったか?」
「あなたが小さい時に逢いに行っても、独り占め出来ないじゃない」
「そりゃそうか。まだ親の庇護下にいるからな。とりあえず懐かしの我が家で話でもしようか」
そう言ってソフィと手を繋いで我が家へと向かっていく。
(この状況は傍から見たら完全に親子だな)
家の中に入ると綺麗に片付けられていた。いつも掃除をしてくれているのだろう。ちゃぶ台の前に座ると懐かしの雰囲気を味わう。
「飲み物はお茶でいいの?」
「あぁ、頼む。向こうの世界じゃ、まだお茶に出会えてないからな」
お茶を入れたソフィが隣へ座り、差し出してくる。
「粗茶ですが」
「ははっ、懐かしいな。随分と前のような気がする」
「数年は経ってるからね。月日が経つのは早いわ。以前は、毎日同じことの繰り返しで、月日が経つのを遅く感じていたのに。健に会ってからよ? 日々が変化したのは」
「俺もそうだな。日本にいた頃は、毎日を漫然と過ごしていた。ソフィが俺の人生を変えてくれたんだ。今は、とても楽しく生きてるよ」
「そう言って貰えるなら、転生させた甲斐があったわね」
「そうだな。それで、今回は何でこんなことになってるんだ? 予想はついてると言っていたが」
「多分、原初の神様よ。今回の出来事の発端は」
「原初の神様? あの、休みを作ってゴロゴロしているという神か?」
「そうね。でも、その覚え方はどうかと思うわよ? 一応、偉い神様なのよ?」
「いやいや、ソフィだって“一応”とか付けてるじゃん。それに、“ゴロゴロしている”って聞くと親近感が持てるしな。働いていた頃の俺と同じだ。で、その神様が今回のサプライズプレゼントを用意してくれたのか?」
「そうなるわね。多分、洗礼の儀式に合わせて実行したんだと思うわ。神に祈りを捧げるから、その時は繋がりが強くなって呼びやすくなるのよ」
「へぇ……でも、それだと今頃あっちの世界じゃ大騒ぎになってないか? 俺、いなくなってるし」
「そこは大丈夫よ。あの世界の時間が止まっているはずだから。それに、肉体はあっちに残ったままで精神体だけをこっちに呼んでいるのよ。分かりやすく言えば、幽体離脱してきたってところね」
「神様って凄いこと出来るんだな。世界自体の時間を止めるとか」
「原初の神様は伊達じゃないわ。私にはとてもじゃないけど無理だもの」
「お礼とかって言えるのか?」
「それは、帰ってから祈りを捧げれば届くはずよ」
「そっか。じゃあそうするよ」
そうこう話しているうちに、お茶がなくなってしまった。やはり美味いなここのお茶は。
「おかわりをどうぞ」
「ありがとう。このお茶って日本の何処の産地?」
「違うわよ。私が趣味で作ってるの。仕事の合間に飲むお茶が格別なのよ」
えっ!? 作ってるの? 茶葉を? 万能空間にはそれらしい茶畑なんかないんだが。
「ここにはないわよ? 専用の別空間で栽培しているから。家庭菜園が趣味だから、他にもいろいろと作ってるわ」
いやいや、流石に茶畑は家庭菜園の域を出ていると思う。野菜とかならわかるが……ってことは、前に出された食事も手作りの野菜ということか。女子力高すぎだな、おい。
しかしながら、家庭菜園が果たして女子力に含まれるかどうかはわからんが、何はともあれいいお嫁さんを貰ったものだ。一生大事にしよう。
「そろそろ時間ね」
「時間?」
「肉体が存在している以上、あまり精神体を離しておけないのよ。繋がりが途切れて、元に戻れなくなっちゃうから」
「そうなのか。もっと一緒に居たかったが、時間が経つのは早いな」
「私だってそうよ。片時も離れたくないくらいずっと一緒に居たいんだから」
「原初の神様にお礼を言うのは確定として、他に何かやる事はあるか? 洗礼の説明はただ祈ってればいいとしか聞いてないんだよな」
「何もないわ。本当にただ祈るだけよ。たまに気まぐれで加護を与える神がいるけど、基本、神々も暇じゃないから何もないのが常よ」
そういった話を聞いていると、俺の体がぼんやりと光に包まれ始める。
「本当に時間が来たみたいね。今日は逢えて本当に嬉しかったわ」
「俺もだ。また逢えたらいいな」
全身が光に包まれると次第に視界が歪んでいく。そんな中、見計らったかのようにソフィが最後に言葉を伝えてきた。
「プレゼントを渡しておいたから、あちらに帰ったら確認しといてね」
一気に光が収束すると、元いた教会で跪いた状態だった。本当に精神体だけであちらに行っていたようだ。
「ケビン君! 大丈夫かね!?」
慌ててガイル司教が駆けてくるが、何をそんなに慌てているんだ?
「“大丈夫かね”とは、どういった意味合いなのでしょうか? 状況がよく飲み込めていないのですが」
「ケビン君がお祈りを捧げ始めて体が光に包まれたところまでは良かったのだが、その後に、御神体でもある神像が光り始めて辺り一面が真っ白になったんだよ。眩しくて目も開けていられないほどに」
そこで思い出す。そういえば原初の神様にお礼を言わないといけなかったな。祈りの円から動いてなかったので再度祈りのポーズを取る。一応、ガイル司教にも伝えておかないとな。
「司教様、祈りが途中の際に話しかけられたので、続きを行ってもよろしいでしょうか?」
「あ、あぁ、済まない。何分初めての出来事だったので、ケビン君の安否確認を優先させてしまった。祈りを邪魔して悪かったね。続けてもらって構わないよ」
ガイル司教からのお許しも出たことだし、俺は再度祈り始めた。