第47話 壮大なる兄姉弟喧嘩
ケビンが左手を前に出し窓側へ向けると、無詠唱で魔法を発動した。その瞬間、ケビンの左側の構造物は爆発を起こし、跡形もなく崩れ落ちた。
(パラパラ……)
僅かに残る瓦礫は下へと落ちていき、煙が晴れた頃には何もない青空と敷地が見えた。
ケビンはそこから外へと飛び出した。
「――っ! ケビンを追え! 何としてでも止めるんだ!」
アインの叫びに我に返るカインとシーラ。アインはすかさず後を追い、二人もそれに続いた。
「ケビン、ごめんね。後でお姉ちゃんも一緒に逝くから。むこうで遊ぼうね。《氷河時代の顕現》」
ケビンの周りを冷気が包み込む。一面を凍りつかせケビンの足を捕らえた。
「兄様、今のうちに!」
カインが斬りかかる瞬間、ケビンが顔を向けた。
「――!」
大事な弟を斬るという行為に加え、無機質ながらも顔を向けられれば、当然の如く躊躇いが生まれる。それが仇となり大きな隙を生んでしまった。
「……」
ケビンが自らの右手に風の刃を作り出し、カインの斬撃を受け、そのまま斬り返す。
「くっ!」
カインとしては斬られた感触がないのだが、服は裂けうっすらと血が滲んでいた。
「兄さん、不味い……ケビンの手加減がない分、強すぎる。それにあんな魔法見たことがない。風の剣か? あれはさすがに破壊できないぞ」
「先程の爆発といい、風の剣といい、ケビンには魔法を創り出す技術があるようだね。少なくとも今の段階で、《火》と《風》の属性持ちだ。相性のいい属性だから、威力が跳ね上がる火魔法に気をつけるんだ」
「火魔法がきたら私の水魔法で抑えるわ。その隙を狙って兄様は攻撃して」
「僕も魔法で援護しよう。近接はカインに任せるよ」
「わかった。何とか隙を見つけながら、戦ってみる」
視線を向けるとケビンは、既に氷の拘束から解き放たれていた。拘束された状態でも斬り返されたのだから、今の状態がどれ程危ないものか想像に難くない。
「ケビン、久々に兄ちゃんと剣の稽古でもしようか?」
「……」
「本気でやり合うのは、これが初めてだな。行くぞっ!」
カインは瞬時に間合いを詰め袈裟斬りにする。先程までの躊躇いはなく、本気で斬りつけていた。
しかし、カインの斬撃は空を斬った。そこにケビンの姿はない。
「兄様、後ろっ!」
本能からか危険を感知し、無様ながらも前に転がり難を逃れる。ケビンの斬った跡は、地面を容易く斬り裂いており、威力の違いをまざまざと見せつけられた。
「ハハッ……ヤバイなこりゃ。勝てる気がしねぇ」
「《アイスアロー》」「《ライトニングアロー》」
すかさず援護射撃の魔法が飛ぶ。2人の詠唱省略でカインの隙をなるべく無くす作戦だった。
「……」
ケビンが左手を翳すと、飛んできた魔法の矢がケビンに当たる前に形を失くして消えた。
「嘘でしょ……」
「これは……かなり不味いね」
2人は今までにない経験をしていた。魔法を打ち返されて相殺されるのではなく、手を翳しただけで魔法を打ち消されたのだ。
「そう言えば、去年の闘技大会で、両陣営とも魔法の失敗が目立ってたけど、あれはケビンの仕業だったのかい?」
「私もその時は多分そうじゃないかなと思ってたんだけど、実際に目の当たりにすると、とても信じられないわ。新入生相手だったから出来たのだと思ってた」
「まぁ、事実を受け止めるしかないよね。僕たち相手にやってのけるんだからさ」
「なぁ兄さん、剣も通じない、魔法も通じないって、もう、詰んでないか?」
「それでも、何とかやるしかないよね。ケビンのためにも。それに、最初のシーラの魔法は打ち消してなかっただろ? 何かそこに突破口があるんじゃないかな?」
「それならお兄様、広範囲魔法で攻めてみては? 局所的に狙うのではなく、全域的に狙ってみるのはどう?」
「そうなると、カインにとばっちりがいかないようにしないとね」
「俺は適宜逃げながら攻めるから、気にせず好きなだけ放ってくれ」
「じゃ、そういうことで第2ラウンド開始といこうか!」
3人とも最初はケビンを殺さなくてはいけない事に悲観していたが、今となっては、何をしても勝てそうにない相手へ、試行錯誤しながら戦うことに楽しみを感じていた。
そもそも、同年代相手に全力でぶつかれず、適度に手加減をしなくてはいけなかったせいもあり、今の現状は全力でぶつかってもちゃんと受け止めて貰えるので、久々の高揚感に心が満ちていた。
「《ウォーターストーム》」「《ライトニングストーム》」
水と雷で逃げ場のない感電地獄を作り出すと、カインは近づくに近づけず手持ち無沙汰になるのだった。
「これは、攻めあぐねる状況だな。こんなことなら、俺も魔法をもうちょっと頑張っておけば良かった。暫く見学だな」
そんなカインだからか他の2人とは違い、視線の先にある違和感に気づくことが出来た。
(あれ? ケビンがいないような……?)
視線の先には水雷の嵐が巻き起こっていたが、肝心のケビンの影が見えない様な気がした。
気配を探っても探知することが出来ず、何とも言えない不安感が募っていく。
「兄さん、ケビンが探知出来ない! 恐らくそこにはいないぞ!」
「何っ!?」
3人が猛威を振るう嵐に視線を向け、隙を晒してしまう。ケビンがそれを見逃すはずもなく奇襲をかける。
「……」
魔力の高まりを感じた3人が、そこへ視線を向けると同時に、ケビンの魔法が発動した。
(キラッ)
光を発したその刃は、数ある内の1つに過ぎなかった。3人が見上げた先には、無数の刃が宙に浮いており狙いを研ぎ澄ませていた。
「――っ! 《アースウォール》!」
ケビンが左手を振り下ろすのと、アインが障壁を詠唱したのはほぼ同時だった。
「シーラ! 僕だけじゃ耐えられない。援護してくれ」
「《アイスウォール》!」
土の壁を覆うように氷が張り付いていき、補強を施していく。それでも光剣の猛攻は収まらず、次々と迫る光剣に削られては、生成と補強をし直すというイタチごっこと化していた。
「ケビンは《光》属性も使えたんだね。これで3属性持ち。先が思いやられるね」
「お兄様、後先考えてはケビンに勝てないわ!」
「ハハッ、妹に苦言を言われる日が来るとは」
今もなお、ガリガリと削られていく障壁。圧倒的物量の前には、如何に2人がかりの魔法といえど為す術もなく、次第に障壁は押され始めていた。
「もう、持ち堪えられないぞ」
「お兄様、頑張って耐えてっ!」
次々と迫りくる光剣に、とうとう障壁が崩れ去った。残りの残弾が一気に押し寄せて辺り一面に突き刺さっていく。
漸く光剣による猛威が去り、吹き荒れる土煙が次第に晴れていくと、3人とも倒れていた。
唯一、2人と離れていたカインだけが、受けたダメージが少なくて、何とか先に身体を起こすことが出来ていた。
「くっ……ケビンは何処だ? 兄さんたちは無事なのか?」
そこら辺を見てもケビンの姿を捉える事が出来ず、不安と焦燥が押し寄せる。
「う……うぅ……」
声がした方へ視線を向けると、シーラが何とか体を起こそうとしていた。シーラの無事を確認したあとアインへ視線を向けると、そこには無機質な顔で佇むケビンがいた。
「兄さんっ!!」
ケビンが風の剣で、今にも斬りつけようとしている中、何とかして動こうとカインは足掻いたが、先程のダメージが抜けきれておらず、上手く動けずにいた。
ケビンの右手が振り下ろされ、最悪の事態を想像してしまい、カインは堪らずに叫んだ。
「やめろーーっ!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――カロトバウン家・別宅
いつもの様にリビングで、紅茶を飲んで佇んでいる1人の女性……そう、カロトバウン男爵家夫人ことサラ・カロトバウンである。
「今日も平和ねぇ……ケビンが学院に行きだして暇な時間が増えたわね。所用も終わって王都にいることだし、久しぶりにマリーの所へお邪魔しようかしら」
そんな優雅なひと時を過ごしていると、ドアを叩く音がした。
(コンコン)
「奥様」
「入りなさい」
「失礼します。春先にありました事件の唯一の生き残りである、魔術師の足取りは未だ掴めておりません」
リビングへ入ってきたのは、執事のマイケルであった。
「そう……心残りではあるのだけれど、仕方ないわね」
「如何致しましょうか?」
「これだけ探して見つからないなら、もう王都近辺にはいないのでしょう。国外へ出ている可能性の方が高いわね。調査の優先順位を下げて構わないけれど、適度に情報収集はしておいて」
「かしこまりました。そのように手配いたします」
「それと、王宮に使者を出して、マリアンヌ王妃に面会が出来るか、お伺いを立ててもらえるかしら?」
「至急、取りかかりたいと思います」
「そんなに急がなくても大丈夫よ。まだ午前中ですから」
サラとしては、もう少しこの優雅なひとときを満喫しようとしていた。
「それでは、失礼します」
マイケルがリビングから退出しようとした時に、それは起こった。突如、誰かの威圧に包み込まれた。
(これは……ケビン様……?)
マイケルが不審に思っていたら、サラの意味深に笑う声が聞こえた。
「ふふっ……」
「奥様?」
「マイケル、王宮への話は無しよ。今から、学院に向かうわ」
「ならば、馬車を用意しましょう。しばしお待ちを」
「必要ないわ。この状況だと馬もろくに使えないでしょうし。自分の足で行くわ」
「承知しました。使用人たちはどのように?」
「いつも通りで構わないわ。動ける人だけ動きなさい。動けない人は休ませてて問題ないわ。では、行ってくるわね。後のことは任せるわよ」
「御意に」
それからサラは愛用の細剣を片手に邸宅を出て、貴族街から学院へと向かうのであった。
「酷い有様ね……これは少し急がないといけないかしら?」
辺りには被害を受けたであろう、貴族の使用人たちが転がっていた。
(この様子だと大通りは悲惨な有り様ね。あの子を怒らせるなんて、いったい何をしたのかしら?)
なおも進み続けるサラが大通りに差し掛かると、意識を保てていたのは上級冒険者と見受けられる者たちだった。
「おい、動けるやつは倒れているやつの救護にまわれ! 火事場を狙うヤツらにも目を光らせろよ!」
指揮を取っているのはガタイのいい冒険者だった。彼を中心に動けている冒険者は、一般人の救助に当たっていた。
(ここら辺だと威圧も弱いから被害は一般人だけね)
「なぁ、あんた。動けるなら手を貸してくれないか? この状況で動けるなら、元冒険者だろ?」
「そうしてやりたいのは山々だけど、あいにく学院に行かないといけないのよ」
「学院に何かあるのか?」
「あら、わからないのかしら? 中心地は学院よ?」
「何だと!? これが学生の仕業とでも言うのか!?」
「そのまさかよ。だからこれから向かうの」
「あんただけで何とかなるのか? 手助けはいるか?」
「何とかするのが母親の愛よ。だから手助けは必要ないわ」
「母親だと……あんたの子供が、この状況を引き起こしているのか?」
関係者だと知り、冒険者の纏う雰囲気が少しだけ変わった。
「そうよ。私の可愛いケビンの力よ。あなた、まさかケビンに何かする気じゃないでしょうね?」
不穏な空気を纏った冒険者に対して、サラは威圧を放った。
「くっ!」
「何かしようものなら命はないわよ。まだ死にたくはないでしょ?」
「わ……わかった。今の話は墓場まで持っていく。だから、威圧を解いてくれ……」
冒険者に放っていた威圧を解くとサラが尋ねる。
「男に二言はないのよね?」
「あぁ、二言はない。あと、あんたの名前を聞いてもいいか? これ程の威圧を受けたのは初めてだ」
「サラよ。それじゃあね、冒険者さん」
それだけ言ってサラが、学院に向かって立ち去っていった。
(……サラ?……まさか、【瞬光のサラ】かっ!?)
自分がとんでもない人物と会話していた事に気づき、サラが立ち去ったあとを呆然と見つめるのだった。
それからサラが、漸く学院に到着すると、辺りには轟音が鳴り響いていた。
「あらあら、はしゃいでるわね」
そのまま轟音が鳴り響いた方へ歩みを進めると、開けた場所で倒れている3人とケビンが目に入った。
「3人がかりでもケビンを止められなかったのね。ちょうどいいタイミングだし、ヒーローっぽくケビンを止めようかしら? アインも足を切られるのはさすがに痛いでしょうしね」
そして、カインの叫び声が辺りに響き渡っていたのであった。




