第206話 瞬光のサラ
翌日、朝食を済ませ準備を終えたケビンとサラは、戦場へ向かう前に出発の挨拶をしていた。
ケビンは昨日のような殺伐とした雰囲気を纏っておらず、スッキリとした表情で声を出す。
「じゃあ、行ってくる」
「サラ、無理はするなよ」
「わかってるわ」
ケビンが移動のためにサラを抱きかかえると、ギースがすかさず食いついてきた。
「ちょ、お前! 俺のサラに何してんだ!」
「お姫様抱っこ」
「それは見ればわかる! 何故する必要がある!」
「転移で行くわけにはいかないでしょ。陛下から箝口令が敷かれてるんだよ?」
「ぐぬぬ……」
「ケビンにお姫様抱っこしてもらえるなんて、お母さん嬉しくて凄く幸せよ」
そう口にしたサラは、ケビンにこれでもかというくらい強く抱きついた。
「……なん……だと……」
サラの幸せそうな顔を見てしまい、ギースは息子に愛する妻をとられてしまって、その場で項垂れてしまうのだった。
「ねぇ、この家族っていつもこうなの?」
「そうよ。サラ様とケビン君の仲の良さを当主様が嫉妬するの。だけど、みんな仲違いせずに仲良しなのよね。私もこういう家庭を作りたいわ」
「今って戦争中よね……?」
ルージュがカロトバウン家の珍劇を目の当たりにしてティナへ質問すると、ティナはニコニコと説明をして将来目指していると語り、ルージュは戦争中なのかどうかわからなくなり不安になるのであった。
そして、ケビンが上空へ浮かび上がると、サラを抱えたまま戦地へと飛び立って行った。
空を2人で飛んでいる中、戦地へ向かって行く途中でサラがケビンに話しかける。
「ケビン」
「何?」
「空の旅は素敵ね」
「そうだね」
「戦争中でなければもっと楽しめるのにもったいないわ」
「いつか機会があったらしてあげるよ」
「ありがと。大好きよ、ケビン」
「どういたしまして」
「そのためには戦争を終わらせないといけないわね」
「そうだね」
「ケビンは私を連れて行った後はミナーヴァへ向かいなさい」
「どうして?」
「あの国にも大事な人がいるでしょう? この国より魔法や魔導具に秀でているからここまで酷い有様にはなっていないでしょうけど、被害は大きくなっているはずよ」
「でも、姉さんが……」
「ケビンならすぐにケリをつけれるでしょ? 本気を出して構わないわ」
「そんなことをしたら自然破壊になっちゃうよ?」
「国がなくなるよりかはマシでしょう?」
「まぁ、あとの復旧とか考えたら大変そうだから、上手くやってみせるよ」
「偉いわね」
「母さんはあまり無理しないでよ。怪我とかしたら父さんが泣くよ」
「大丈夫よ。ドラゴンを相手にするわけではないのだし」
「ミナーヴァを終わらせたら様子を見に来るよ」
「心配性なんだから」
やがて、戦場が見えてくると両軍は隊列を組んでおり、今にも戦いを始めてしまいそうな雰囲気であった。
そしてケビンは連合軍の前に降り立つとサラを下ろした。
いきなり空から現れた冒険者服装の2人に周りの兵士たちが混乱する中で、冒険者たちの中にはその存在を知っている者がいたのか誰とはなしに呟く。
「瞬光の……サラ……」
その呟きは瞬く間に広まっていき、決死の覚悟をしていた冒険者たちの表情に希望が差し、張り詰めた空気は緩み思い詰めた表情から一変していく。
そこへ見知った顔の者がケビンに近寄ってきた。
「ケビン、サラ殿。暴れるのか?」
声をかけてきたのはカーバインであった。2人の実力を知っているため、足でまといという名の巻き添いを回避するためである。
「カーバインさん、ここは母さん1人だけです。俺はミナーヴァでの戦闘を終わらせますので」
「サラ殿1人か……」
「手出しは無用よ」
「実力を疑っているわけではないが、あの人数相手に大丈夫か?」
「やらせてあげて下さい。実は兄が殿を務めた敗戦で捕虜になってしまい酷い目に合わされていたので、帝国兵はもう終わったと思った方がいいでしょう」
「あの【ウカドホツィの大敗戦】か。兄は無事なのか?」
「昨日、砦を落としてから救い出して今は家で休んでいます。今日は姉さんを救い出します」
「わかった。ミナーヴァの方は任せたぞ」
「すぐに終わらせてきます。母さんが心配ですし、姉さんも助けないといけないので」
カーバインはケビンとの話が終わると、隊列を組んでいる兵士たちや冒険者たちの前まで歩き、隅々まで声が届くように大声を上げる。
「今から戦闘は無しで見学だ! 伝説の冒険者【瞬光のサラ】が暴れるぞ。巻き添えで死にたくなければ前へ出るな。こんな機会は2度とない、後世まで語り継げるようにその目にしかと焼き付けておけ!」
カーバインの言葉が伝播して混乱する者もいるが、【瞬光のサラ】の名は伊達ではなく、カロトバウン家のボスが出てきたのだと理解して王国軍側も反対する者など1人もいなかった。
やがて、サラが前へと歩き始める。その右手には愛用の細剣が握られており、魔力を纏わせて耐久力を上げていた。
その光景を目にした帝国軍は、一体相手は何を考えているのだろうかと疑問を感じていたが、開戦前の口上戦だと勘違いした将軍の1人が騎乗したままサラの前へと進んで行く。
「女の身でありながら戦場に立つその勇気、見事である! だが、女を寄越し後ろに控える男どもはまこと腑抜けである!」
勝手に勘違いして口上戦を始めてしまった将軍の言葉に、帝国兵は野次を飛ばしながら連合軍を笑いものにしていた。
逆に連合軍側はシラケた表情で見ている者や、これから起こる戦いから目が離せないといった者で埋め尽くされていた。
「邪魔よ」
「?」
不意にサラの言葉が聞こえて、何のことだか理解できなかった将軍はそのまま理解することもなく息絶えた。
ボトリッと落ちる頭とバランスを失った体がズルリと落ちて、馬は我関せずといった感じで、そのままトコトコとあさっての方向へと行ってしまった。
視線の先でいきなり起きた光景に帝国兵は呆然としてしまい、その場に立ち尽くしてしまう。
そして、帝国兵はサラの姿を見失うのだった。
静まり返った空気の中、サラが再び現れたのは呆然としている兵士の眼前であった。
「死になさい」
その兵士はいきなり目の前に現れたサラに理解も行動も追いつかず、そのまま殺されるだけの案山子となってしまっていた。
次々に目の前に現れるサラに驚かされて帝国兵はなすすべなく殺されてしまい、あっという間にサラの周りには数十人の死体が転がっていた。
瞬く間に姿が消えて敵が死ぬ、唯一視認できるのは太陽光に反射して煌めく細剣の光だけであった。
その姿、まさしく【瞬光】。サラはその名に恥じぬ戦いを二つ名を知る連合軍の全ての人間に知らしめるのであった。
その光景を遠くから見ている連合軍は言葉を失って、伝説の名に恥じぬ戦闘力に誰しもが息を呑んで見守っている。
連合軍の中にはサラの行動を目で追える者がおらず、気づけば死体が増えていっているその様子を、まさにドラゴンと等しく天災として認識していくのだった。
こうしてサラは新たな伝説を作り出すのであった。
「大丈夫そうですね。俺はミナーヴァへ向かいますので後はお願いします」
「気をつけろよ……って言うのは間違いだな。環境破壊は程々にな」
「わかってますよ」
ケビンがその場からミナーヴァ方向へと飛び立って行くと、周りにいた者たちは空へ飛んでいくケビンの姿を、ポカーンと口を開けたままの表情で追うのだった。
「団長……あいつ、空飛んでますね……」
「一体どういった魔法なのか……?」
「俺っち初めて人が空飛ぶのを見た」
「やはり規格外だ」
「お前ら、それよりも【瞬光のサラ】を見ておけ。あれは誰しもが知る規格外の中でも頭1つ以上抜きん出ている者だ。俺の知っている中で1番の強者だぞ」
そして、サラが暴れている帝国軍では混乱の坩堝の中、怒号を発し指示を出している声が響きわたる。
「相手は1人だぞ! さっさと殺してしまえ!」
指揮官らしき者がいくら指示を出しても、対応できる兵士は1人もいなかった。相手に襲いかかろうとしても追いつかないのだ。
サラはそんなことお構いなしにどんどん死体を増やして、サラが通った後はドミノ倒しでも起きたかのように、人の倒れている空間ができあがっていく。
「えぇい、囲め! 囲んで一気に畳みかけろ!」
サラがいると思わしき空間を兵士たちが取り囲み、一斉に攻撃をしようとするが、その前に斬り殺されてしまいサークル状の空間ができあがるだけであった。
「魔法だ、魔法を放て! 多少の犠牲は構わん!」
指揮官らしき者が味方ごと魔法で攻撃をしろと命令を出すが、いざ魔法が放たれるとそこにサラはおらず別の場所で兵士たちの悲鳴が響きわたる。
「どうなってる!? こんな化け物がいるなんて聞いてないぞ!」
結局、何をしてもサラを止めることができず、指揮官らしき者は本国にいるであろう上層部へと当たり散らすだけとなっていくのであった。