第178話 指輪物語3
噂が噂を呼び闘技場には沢山の生徒たちで溢れかえっていた。更には中継をするらしく魔導具の設置まで行っている始末。完全にお祭りモードであった。
そのような中で、ケビンはアリスと共にリング外で佇んでいた。
「なぁ、アリス……何でここまで話が広がってんだ?」
「それは簡単です。そもそも決闘自体あまりないものですから。更にはその決闘に参加するのがケビン様なのですから、必然と人は集まるというものです」
「だからお祭り騒ぎなわけか……」
「しかも、放課後というのが一役買っていますね。“あとは帰るだけ”という生徒が多数なのです」
ケビンとアリスが話している中で、一際テンションの高い生徒が声を上げる。
「ケビーン! お姉ちゃんが応援に来たわよー!」
ケビンが視線を向けると、そこには当然といえば当然の如くシーラの姿があった。隣にはターニャも申しわけなさそうにしている。更にはアインやカインまで出張って来ているようだ。
ケビンがそちらに歩き始めると、アリスはその後ろをついて行く。やがて応援席にケビンが近づき声をかける。
「何でいるの?」
「酷っ! ケビン、お姉ちゃんへの第一声がそれなの!?」
「いや、初等部で起きたことを何で高等部の人が知っているのか気になっただけ」
「それは新聞部が騒ぎ立てていたからよ」
(侮りがたし……新聞部……)
シーラの言葉にケビンは戦慄を覚える。どこまで学内ネットワークを構築しているのか驚きを禁じ得ない。
「ところで姉さんは毎度のことだけど、兄さんたちはどうして来たの?」
「面白そうだからに決まってるだろ!」
「ケビンに決闘を申し込むような子を見てみたくてね」
「で、ターニャさんは姉さんのお守り?」
「そうですわ。絶対に行くと言ってきかなかったのですわ」
そこへ新たに登場する4人組。こちらもケビンを応援するために駆けつけたようである。
「ケビン君、応援に来たわよ」
ケビンが視線を向ければ、そこにはバージニア家の3人とその友人がいた。
「クリスさんまで……暇なんですか?」
「放課後だから暇に決まってるじゃない」
「それで、アイリスさんとケントさんは?」
「私はケビン様の試合が見たくてですの……」
「僕も姉さんと同じですね。少しでも役に立つような技術を見て学べないかと」
「そしてご友人さんは、クリスさんのお守りということですか?」
「そうだね。クリスが絶対に会いに行くってきかないから」
ケビンがクリスたちと仲良く話をしていると、何やら不穏な空気が流れてくる。
「ケビン……お姉ちゃんに説明してくれる? どこの誰かしら?」
無意識に漏れでるシーラの威圧に、近場の者は寒気を感じていた。平気なのはごく僅かな者たちだけである。
「姉さん、威圧を解かないと軽蔑するよ?」
その瞬間、辺りを包んでいたシーラの威圧は即座に解かれた。
「い、嫌よ!」
「はぁぁ……その辺り構わず威圧する癖をどうにかしなよ? 立派な淑女になれないよ?」
「ケビンが言うなら気をつけるわ」
「是非そうして。で、こちらの方は在学中にお世話した学院部の先輩だよ」
「ケビン君、そこは“お世話になった”じゃないの?」
「クリスさん、俺にお世話したの? どちらかと言うと、お世話した記憶しかないんだけど」
「……ほ、ほら、入試の時は学食に案内したでしょ?」
「他は?」
「他は……」
クリスは他に思いつくことがなく、ガックリと項垂れるのであった。
「で、そこの2人がクリスさんの妹のアイリスさんと弟のケントさん。後ろにいるのがクリスさんのご友人さん。そういえば、まだ名前を知らないね」
「私はリズっていうの。よろしくね、ケビン君」
「よろしくお願いします」
「こっちは知っての通り、俺の兄姉たちです」
それぞれがお互いに軽く会釈をして簡単な挨拶を済ませると、そこで思わぬ爆弾発言をカインがするのであった。
「なぁ、ケビン」
「何? カイン兄さん」
「そっちの人にはプレゼントやったのか?」
「そういえばやってないね」
「――!?」
「お世話になった人にやってるんだろ? やらないでいいのか?」
「んー……さっきも言ったけどお世話した方なんだよね」
「まぁ、いいか。お前の決めることだしな」
ケビンとカインの話が終わると食いつくようにクリスが身を乗り出す。
「ケビン君! 私、欲しい!」
「ん? 欲しいの?」
なんてことのないようにケビンは返すが、クリスの食いつき方が半端ない勢いであった。
「欲しい! 絶対欲しい!」
「んー……別にいいか」
「あ、あの! できれば私も!」
「ぼ、僕も!」
姉に続けと言わんばかりにアイリスとケントが身を乗り出すと、ケビンは若干引いてしまうのである。
「わかりました。2人の分も作りますよ」
「あ、あの! ケビン君、私も欲しいです!」
「ん? ターニャさんまで?」
「ダ、ダメでしょうか?」
「いや、1個も2個も変わらないから別に問題ないよ」
ケビンは手馴れた手つきでネックレスと剣を作り上げていく。スキルのことは秘密にしているので、如何にも魔法ですと言わんばかりに適当な魔法陣で雰囲気を出している。
傍から見ていた周りの者はまんまとケビンに騙されて、その魔法技術に感嘆としていた。
「へぇーそうやって作っていたんだね」
「スゲーな、ケビン!」
作り終えた物をそれぞれに渡すために、ケビンは観客席へと入っていった。
「まずは女性陣からです」
ケビンはそれぞれの女性の前に立つとネックレスをつけていく。ターニャ、クリス、アイリスと続き、リズの所へ行くとビックリしたリズが声をだす。
「えっ!? 私も!?」
「ええ、いつもクリスさんの面倒を見ているご褒美ですね。結構、振り回されていますよね?」
「それは……そうだけど……」
ケビンはリズにネックレスをつけ終わると、ケントの方へ向かう。
「ケントさんは騎士を目指しているので、装飾品ではなくてこれですね」
「あ、ありがとうございます!」
それからケビンはネックレスと剣の説明を終えると、受け取った者は驚愕してその価値に震えるのであった。
ただクリスだけは価値云々よりも、ケビンにプレゼントを貰ったことしか頭になかった。
「あ、あの……ケビン様……」
恐る恐る声をかけるアリスが何を言わんとしているかケビンは察して、その答えを返した。
「アリスは知人とかじゃなくて婚約者だろ? 今はまだ我慢な?」
「……はい」
明らかに落ち込んでしまったアリスにケビンも心を痛めて、作戦を一部変更することを余儀なくされ、それもまたいい思い出かと決意する。
やがて準備が整ったのか審判役の教員が声を出した。
「これより決闘を行う。ゴマカンバーナ君、ケビン君はリングへ」
2人がリングへ上がると審判から決闘に際してのルールが説明される。基本的に闘技大会と同じで気絶による戦闘不能、降参、場外負けで勝敗が決まるようだ。
「お前は王女殿下に相応しくない! ここで倒して私が婚約者となる!」
「ん? お前、アリスに惚れてるのか?」
「それがどうした!」
「おーい、アリスー!」
「何でしょうか?」
「こいつがお前のこと好きだって。婚約者になりたいんだと」
「そんな人絶対にお断りです!」
ズバッと切り捨てたアリスの言葉にゴマカンバーナは呆然と立ち尽くす。決闘とは違う形である意味公開処刑を受けてしまったのだった。衆人環視の中、儚くも少年の恋心は砕け散った。
「うわぁ……ケビンって案外えげつないことするな」
「ケビンは敵となった者には容赦ないからね」
「それにしてもケビンの婚約者を横取りするつもりだったのか? 陛下とかに知られたら大事だろ?」
「死罪か良くてお家取り潰しとかだろうね。陛下がお決めになった婚約を壊すんだから罪は重いね」
「まぁ、その目論見も目の前で砕け散ったけどな」
アインたちが会話している中で、リング上のケビンはゴマカンバーナに声をかける。
「まぁ、顔はいいんだし、他にも女性はいるから挫けるなよ」
「うるさい! 審判、さっさと始めろ!」
ゴマカンバーナの物言いに教員である審判は眉をひそめたが、始めなければ終わらないのも事実なので開始の宣言をする。
「始め!」
ゴマカンバーナは一気に間合いを詰めてケビンに襲いかかると、勢いよく袈裟斬りに剣を振り下ろしたが、ケビンにしてみれば赤子と遊ぶようなものである。
結果は当然、空振りに終わる。
ゴマカンバーナがケビンを見失っていると、ケビンから声をかけられる。
「こっちだ」
振り返るゴマカンバーナが目にしたのは、欠伸をしながら待っているケビンの姿であった。
「……き……さま!」
その様子に奥歯をギリギリと噛み締めて、再びケビンに襲いかかる。しかし何度剣を振るおうとも、その刃がケビンに届くことはなかった。
次第に息が上がってきたゴマカンバーナは、何とか一太刀浴びせようと試みるも全くもって徒労に終わる。
「お前! 武器くらい構えたらどうなんだ!」
相手が素手の状態で何もしてこないことに苛立ったゴマカンバーナが物申すが、ケビンはそれに当たり前のように返す。
「構えて欲しいなら俺を追い込んでみせろ」
それから幾度となく続く空振りに、とうとうゴマカンバーナは疲れてしまい肩で呼吸をしていた。
「見下していた相手に一太刀も浴びせられない気分はどうだ? 満足したか?」
「う……るさい……」
「お前が俺に勝つことはない。降参しろ」
「誰が……するか……」
「仕方ない……この後も予定が詰まってるからな、君にはご退場願おう」
ケビンが一瞬で間合いを詰めると、ゴマカンバーナに回し蹴りを放つ。それを受けたゴマカンバーナは何をされたのか認識する前に体を吹き飛ばされてしまい、リング上を何度も転がるとそのまま場外へと落ちた。
「審判さん、判定を」
「ッ! しょ、勝者、ケビン君!」
声をかけられて我に返った審判が慌てて勝利者宣言をすると、会場は割れんばかりの歓声に包み込まれた。
そのような中で、ケビンはアリスをリング上へ呼び寄せる。
「アリス、おいで」
何の疑いもなくアリスが駆け寄ると、勝利したケビンに賛辞を贈る。
「おめでとうございます、ケビン様」
「ありがと」
ケビンはその場で片膝をつくとアリスを見上げた。突然の行動にアリスは困惑するが、そんなのお構いなしにケビンが口を開く。
「私、ケビン・エレフセリアは決闘の勝利とこの指輪を貴女に捧げます」
ケビンは【無限収納】からケースを取り出すと、アリスに見えるように蓋を開けて中身を見せる。
「――ッ!」
「受けとって下さいますか? アリス王女殿下」
「……は……はい!」
ケビンは立ち上がりアリスの左手を取ると、ゆっくりとその薬指に指輪を通した。
「――ケビン様!」
アリスは居ても立っても居られずにケビンに思いきり抱きつくと、もう離さないとばかりに腕を回してケビンの服を強く握るのであった。
「本当は2人きりで渡す準備をしていたんだけどね、アリスがネックレスを貰えなかった時に悲しい顔をしていただろ? だから予定を変更してこの場で勝利した後に渡すことにしたんだよ。みんなに見守られながら貰う婚約指輪も中々にいいものだろ?」
「もう、一生の思い出です!」
ケビンの取った行動に、会場は再び割れんばかりの歓声と拍手に包み込まれていたが、若干名それに賛同せずケビンに物申していた。
「ケビーン! お姉ちゃんも指輪が欲しい!」
「ケビン君、私も指輪がいいなぁ」
ケビンはアリスの手を引きながら声を出した持ち主の所へ足を運ぶ。
「姉さんには髪飾りをあげたでしょ。クリスさんもネックレスあげたよね?」
「「指輪がいい~!」」
「はぁぁ……ワガママ言うならあげたのを返して貰うけど、どうする?」
「「ぐっ……」」
「機会があれば今度作ってやるから我慢して」
「……いつ?」
「気が向いたら」
「ケビン君、早くならない?」
「ならない」
「「うぅ~……」」
「じゃあ、俺は帰るから。この後も予定があるし」
「ケビン、何かするの?」
「ん? アリスとディナー」
ケビンの言葉に反応したのは2人ではなく、当事者であるアリスだった。
「本当ですか!?」
「あぁ、陛下たちには外出許可を取ってあるよ」
「「ズルい~」」
「羨んでもダメ。今日はアリスのために用意したんだから。じゃあみんな、バイバイ」
未だにごねている2人を他所に、ケビンとアリスは仲良く手を繋いで王城への帰路につく。
王城についた2人は国王の私室へと向かうが、その部屋では国王と王妃がお茶を楽しんでいた。
「ただいま戻りました。お父様、お母様」
「おぉ、おかえり。アリス」
「おかえりなさい、アリス。あら? 指輪はもう貰ったのね?」
「はい! 決闘の後にリング上で頂きました」
「「決闘……?」」
決闘という言葉を訝しむ2人にケビンが代わりに説明を行う。
「あぁ、それはね――」
次第に眉間に皺を寄せる国王と、片眉がピクピク動いている王妃の姿がそこにはあった。
「ほう……儂の可愛いアリスを奪うつもりであったか……」
「ふふふっ……私たちが決めた婚約にケチをつけたのね……」
2人の変わりようにケビンは引いていたが、決闘自体は既に終わったことなのでどうしようもなかった。
「とりあえず本人には恥をかいてもらったから、あとは当主に厳重注意くらいでいいと思うよ」
「そやつを不敬罪にせぬのか?」
「決闘で打ちのめしたからそこまでは必要ないよ。そもそも俺自体が舐められたところでどうとも思わないし」
話し合いの結果、処分内容はゴマカンバーナのしたことを当主に知らせて厳重注意をするという方向性で決まった。
それからケビンがアリスにお泊まり準備をするように促すと、嬉嬉として走り去って行った。
その様子に国王は笑っていたが王妃はため息をこぼす。それを見ながらケビンはアリスが戻るまで国王たちと一緒にお茶を楽しんだ。
その日の夜はアリスが大はしゃぎで夢見亭の最上階を満喫すると、そのまま2人で仲良く眠りについた。
翌日は朝食を摂ってから食休みを挟んで、ケビンは王城へとアリスを送るのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
アリスが夢見亭で大はしゃぎしている頃、とある家では怒鳴り声がしていた。
「お前は何をしでかしたのか理解しているのか!」
室内に響きわたる乾いた音と共に声の主は子供を叱りつけていた。
「あろうことかエレフセリア伯爵家当主に決闘を申し込み、その上王女殿下を婚約者にするだと! この恥さらしがっ!」
「しかし、父上! 相手は伯爵家といえど新興貴族、後ろ盾の男爵家など我が家の威光を持ってすれば――」
「身の程知らずめっ!」
再び乾いた音が室内に響きわたる。
「カロトバウン男爵家に手を出してはいけないと、あれほど教えこんだであろう! 我が一族を滅ぼすつもりかっ!」
「たかが男爵家ではないですか! 父上こそ何を恐れているのです! うちは代々続く歴史ある伯爵家ですよ!」
「はぁぁ……お前がそこまで愚かだったとは……数年前、当主が処刑され歴史あるバステーロ伯爵家が潰れたのはお前も知っているだろう?」
「はい、闇組織に加担していたとかで」
「あれを引き起こしたのがカロトバウン男爵家だ」
「!?」
「厳密には男爵夫人のサラ殿だ。そしてその引き金となったのが、エレフセリア伯爵家当主のケビン殿だ」
「ッ!」
「言いたいことが理解できるか? カロトバウン男爵家に権力など役に立たん。歴史ある伯爵家? そんなものサラ殿にとってはどうでもいいことだ。サラ殿は伝説の元Aランク冒険者。その強さは単独で軍を上回り、ドラゴンすら歯がたたずただ殺されるのみ。お前はその御方に対して喧嘩を売ったのだ」
「私が決闘を申し込んだのはケビンです!」
またもや乾いた音が室内に響きわたる。
「まだわからぬのか! ケビン殿は伯爵家当主だぞ! その者に対して呼び捨てなど無礼極まりない! サラ殿が溺愛している子息に喧嘩を売るなど、サラ殿に対して喧嘩を売っているのと同義だ!」
「くっ!」
「私が引退する時には家督をお前に譲ろうと思っていたが、ここまで愚かだったとは……お前では一族を滅ぼしかねん。家督は別の息子に譲ることにする」
「な、何故です!? 父上!」
「愚か……未だ自分の過ちに気づかぬとは……お前には失望した……もう、用はない……この部屋から出て行け」
トボトボと自室に戻ったゴマカンバーナはベッドに身を投げ出すと、不満を顕にして怨嗟を吐き出した。
「くそっ! 俺は間違ってなどいない! 父上め、腑抜けやがって……伯爵家が男爵家ごときに恐れを抱くなどあってはならないのだ。いつか証明してやるぞ、この俺こそが正しいのだと。そしてケビンを排除し、アリスを我が妻とする……クックック……今に見ていろ、ケビン・エレフセリア……」
父親の諭しなど頭に入っておらず、ただひたすら他人を侮り見下しては欲望を膨れ上がらせてゴマカンバーナは眠りにつくのだった。