第177話 決闘? 何それ美味しいの?
ケビンの婚約指輪を渡そう大作戦が始まってから3日目、とうとう最後の1人であるアリスを残すのみとなった。
ケビンはアリスを連れ出すべく、その許可を貰うために国王の元を訪ねていた。
「陛下、お願いがあるんだけど」
それはお昼時にふらっと現れたケビンが、国王たちと一緒に食事を摂っている場での発言だった。
「お願いとは何じゃ?」
「アリスを1泊2日で連れ出す許可が欲しい」
「理由を聞いても良いかの?」
「アリスに婚約指輪をあげるためディナーに誘おうと思ったんだけど、多分、アリスの性格ならそのまま泊まるって言い出しそうだから」
「確かに言いそうじゃの。して、その場所は安全なのか? ケビンがおる時点で万が一もないだろうが」
「俺の部屋だから安全だし、場所はダンジョン都市にある夢見亭の最上階だよ」
「まあ! あの夢見亭の最上階なのね! あの部屋を借りたの?」
「いや、カジノで稼いだ分の補填としてオーナーから譲り受けたもので、今は夢見亭の所有じゃなくて俺の部屋になってるよ」
「おぬし……一体いくら稼いだのじゃ……」
国王は特に聞こうと思って聞いたわけでもないが、呆れた視線をケビンに向けていた。
「んー……確か最後の勝負で180億くらいだったと思うよ? 実際はそれまでの勝ち分があるからもっとあったけど」
「……」
馬鹿正直に答えたケビンに一同は言葉を失った。
「それをオーナーに頼まれて100億まで下げた代わりに、サービスとかそのままの状態で最上階の部屋を貰ったんだよ。まぁ、元々借りてはいたんだけどね。ちょうどいいやと思って」
「……とんでもないの……」
「で、アリスの件はいい?」
「構わぬぞ。明日は学院も休みじゃしな」
「良かった。じゃあ、今日は俺が迎えに行くから馬車は必要ないよ」
「使用人に伝えておこう」
それから他愛ない話をしながら楽しい時間を過ごしたあとは、王城を後にして夢見亭へ転移すると、ケビンは昨日の反省点を活かして事前に迎えに行く時間にアラームをセットした。
それから準備をちょこちょこ進めて、再びソファで一眠りする。
アラームの音で目覚めたケビンは、軽く伸びをしてタキシードに着替えると学院へと転移した。目指すは初等部の校舎である。
物陰から姿を現して何食わぬ顔で校舎内に入ると、4階へと向かっていく。
やがて目的地についたケビンは中の様子を窺うと、帰りのホームルームの真っ最中のようである。
ケビンは終わるまで廊下の窓から外の景色をボーッと眺めていたら、ザワザワとしだしたので終わったのだろうと振り返ると、教室中の生徒の視線を一身に集めていた。
全員の顔が自分の方を向いているのはある種ホラーのようでもあったが、終わったのなら早く用を済ませようと教室の扉を開ける。
「先生、少し失礼しますね。アリス」
「はい、ここにおります」
「今日の迎えは俺になった」
「本当ですか!?」
「あぁ、帰るぞ」
アリスがいそいそと帰り支度をしている最中、待ったをかける者がいた。
「待てっ!」
ケビンが声のした方へ視線を向けると、そこには如何にもイケメン貴族ですというような風貌の少年が立っている。
周りの生徒や担任はケビンのことを知っている者もいるようで、必死に止めようとしているがイケメン君は聞く耳持たず。
「先程から聞いていればその態度、王女殿下に対して無礼だろ!」
「?」
ケビンが意味のわからない物言いを聞いて頭に?マークを浮かべていると、怖気づいたと勘違いして気を良くしたイケメン君は更に調子に乗る。
「そもそも部外者が学院内に立ち入るべきではない! 馬車へのお見送りは伝統ある我が伯爵家の次期当主である私がする。お前の出る幕はない!」
「……現在は部外者だが昔は学院生だったからな、その時の感覚で入ってきただけだ。まぁ、気にするな」
「伯爵家次期当主である私にその物言い……不敬だぞ!」
ケビンが『やはりSクラスは高飛車なやつがいるなぁ』と感じると同時に未だ認知度の低い自分の貴族位にゲンナリするのであった。
しかし、それも致し方のないこと。いくらケビンのことを各当主が知らせようとも、写真付きプロフィールがある訳でもなく当主が家の者に示達したところで詳細な情報が行き渡るわけないのである。
しかも珍しい名前ならいざ知らず、“ケビン”というどこにでもある様な名前が当主の新興貴族など、実際に本人を見た各貴族位当主は別としてその子供は『ふーん……』で済ましてしまい、唯一記憶に残ったのは“エレフセリア伯爵家”であり、“カロトバウン男爵家”に連なる者で手を出してはいけない相手だということだけであった。
ここにいるイケメン君も目の前の者がその人物であるとは思っておらず、ただ迎えに来た使用人程度にしか考えていなかった。
常に自分は優れた人物であると勘違いしていることもあり、親善試合の中継など見ていなかったことも起因している。
三帝の活躍など所詮男爵家の思い上がりと見下していて、もし自分が同学年なら自分の方が勝っていると救いようのない勘違いを平然とやってのけるのだ。
ケビンとイケメン君の1連のやり取りを見ていたアリスは今にも出かからんとしていたが、ケビンがそれを視線で制して成り行きを見守るだけになっている。
「で、その次期当主殿はいったい何がしたいんだ?」
「言っただろう! 王女殿下は私が馬車までお見送りする!」
「その馬車がないとしたら?」
「なっ!? 貴様! 王女殿下を歩かせるつもりか!?」
「そうだけど。たまには歩くのも悪くないだろ」
「度重なる無礼、許せん! 決闘だ!」
イケメン君はポケットから取り出した白手袋をケビンに投げつけたが、ケビンはそれをひらりと躱す。周りの者たちはケビンが避けたことに安堵する。どう見ても勝ち目がないのを知っているからだ。
「な、何故避ける!」
「そりゃあ、物が飛んでくれば避けるだろ?」
ケビンの物言いに顔を真っ赤に染めて再度もう片方の白手袋を投げつけるが、それすらもひらりと躱してしまう。
「避けるな!」
「いや、当たりたくないし避けるだろ?」
「拾え!」
「何故お前の持ち物を態々俺が拾わなきゃいけないんだよ。自分で拾えよ」
「くぅ~っ!」
決闘しようにも相手が手袋を拾ってくれず、空回りするだけのイケメン君の決闘申し込みはもはや茶番劇となりつつある。
「いい加減にしなさい!」
その言葉を発した者にみんなの視線が集まる。そこには凛とした佇まいで居直っているアリスの姿があった。
「……お、王女殿下……」
「貴方は無礼、無礼と申していますが、貴方こそが無礼を働いているとご存知ないのですか!」
「……え?」
「そちらに御座す方は、私の婚約者でありエレフセリア伯爵家当主であるケビン様ですよ! 当主にすらなっていない貴方とケビン様とでは立場が違うのです! 不敬を働いているのは貴方の方だと知りなさい!」
「……エ……エレフセリア家……そ……そんなはず……」
イケメン君はここにきてようやく誰に対して喧嘩をふっかけていたのか理解したが、そのことを認めたくない気持ちとせめぎ合っていた。
思えば啖呵をきる前に周りから「やめておけ」と静止する声がかかっていたことを今更ながらに理解する。つまりそういうことなのだ。エレフセリア伯爵家当主であり、カロトバウン家に連なる者に喧嘩を売ってしまったのだ。
父親に小さい頃から口酸っぱく言われ続けてきた、絶対に手を出してはいけない相手。子供ながらにそれが理解できず、伯爵家の跡取りである自分が何故男爵家ごときにビクビクしなければならないのかと、父親の言葉を心の中では突っぱねていた。
今でもその考えは残っている。現に高等部にいるケビンの兄姉を、周りに持て囃されているだけのたかだか男爵家の者として見下している。
認めなくとも伯爵家の子供である自分が、伯爵家現当主に対して無礼を働いたのは事実。どちらが不敬であるのかは一目瞭然であった。
巡るめく思考の中で袋小路に入りつつあるイケメン君を無視して、アリスはケビンに顔を向けると、当のケビンは目が点になっていた。
「ケビン様、差し出がましいことをして申し訳ありませんでした」
呆気に取られているだけのケビンを見て、アリスはケビンが気を悪くしたのではと懸念して謝罪したが、返ってきたのは予想の斜め上をいくものであった。
「アリスって王女様してるんだな」
「……え?」
「いや、王女様モードのアリスなんてあまり見ないから新鮮だったよ。得した気分だ」
「そ……そんな……」
アリスはケビンに言われたことにより、両手を頬につけるとイヤイヤと言わんばかりに、体を左右に捻っては照れていた。
「ははっ、いつものアリスに戻っちゃったな」
「もう……ケビン様ったら……」
「さて、帰るか」
「はい!」
ケビンはアリスが近づいてくるのを待っている間に、足元にある白手袋に目がいき、それを拾いあげようとする。
特に意識しての行動ではなく『とりあえず持ち主に返しとくか』という気まぐれのなせる技であったが、それを見たアリスが声を上げる。
「あっ! ケビン様――」
「ほら、お前のだろ。受け取れ」
ケビンはおもむろに拾い上げた白手袋をイケメン君に投げ返した。イケメン君は急のことで反応できずに、白手袋はパスッと胸へ当たり下へと落ちる。
「呆けてないで受け取れよ」
ケビンはせっかく拾ってやったのにという気持ちであったが、周りの者たちは本当の意味を知っているために気が気ではなかった。
「あ、あの、ケビン様……」
「ん? 帰り支度終わった? それなら帰ろうか?」
「い、いえ、そうではなくてですね」
「どうしたの?」
「あの……その……」
「何かあるなら気にしなくて言っていいよ。時間はまだあるし」
アリスは言いづらそうにしていたが、意を決して言葉を口にした。
「その……『決闘だ』と言って白手袋を投げて、相手がそれを拾ったら決闘を受けたことになるのです」
「……え?」
「それと、更に相手に投げ返すのは――」
アリスの説明は簡単に言うとこうだった。イケメン君は決闘するために白手袋を投げたが俺はその時に拾わなかった。この時点ではまだ決闘は決まっていない。
アリスと帰る前に足元にあった白手袋を返してやろうと拾って投げた。当然、それは呆けてたイケメン君に当たる。
するとどうなるかと言うと、『喧嘩売るとは上等じゃねぇか、やってやんよ!』となるわけである。意味がわからない……
更に相手がその白手袋を拾いでもしようものならば、『タマ取ったらぁ!』と後に引けないカオスとなる。
ちなみに最初の時点で拾っただけなら、『よかろう。その決闘、受けて立つ』とちょっと格好よくなる。
全くもって貴族のマナーは理解不能だとケビンは思った。何となくの善意がこれ程にまで拗れてしまうとは甚だ疑問である。
アリスの説明を受けたケビンは周囲に疑問の視線を投げかけるが、生徒たちはウンウンと頷くだけである。
「えぇ……白手袋が落ちてだいぶ経つんだから無効じゃないの?」
「ケビン様が拾わずに帰っていたら無効となっていました」
ちなみにそのまま立ち去っていたら『腰抜け』、もしくは『お前は決闘するに値しない』という相反する受け取り方があるという。
主に実力のないものが断れば前者で、実力のある者が断れば後者となるようである。そこら辺は受け取り手によって曖昧だそうだ。
そしてケビンがイケメン君に視線を向けると、まさに白手袋を拾おうとしていたところであった。
「ちょ、おまっ、それ拾――」
ケビンの制止虚しく白手袋を拾ったイケメン君。こうして闘いの火蓋は切って落とされたのだった。
「なぁ、アリス……これ、決闘しなきゃダメなの?」
「決闘をせずに逃げるという手もありますが、そうなるとケビン様が腰抜けと謗りを受けてしまいます」
「俺、別にそれでいいけど」
「私は嫌です。どうせあの方は闘ってもいないのに、ケビン様に勝ったと言ってまわるんですよ。私には耐えられません」
「はぁぁ……」
ケビンのため息は虚空の彼方へと消えていったのだった……