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面倒くさがり屋の異世界転生  作者: 自由人
第8章 ミナーヴァ魔導王国
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第176話 指輪物語2

 翌日、夢見亭で遅めの朝食という名の昼食を食べ終わると、ケビンは2人を連れて別宅へと転移した。


 ケビンは2人をリビングまで連れて行くと、次に向けての行動を開始するために別行動となる。


 リビングに現れた2人を見て、サラが揶揄い始めたのは言うまでもない。普段通りの表情を維持できていると思っていた2人だが、ニヤニヤが後を絶たず視線はチラチラと指輪へ向かうのだ。もう、誰が見てもバレバレである。


「ふふっ、2人とも幸せそうね」


「い、いえ、そんな……」


「私が最初に言っていた通りだったでしょ? その内いいことがあるって」


「「ッ!」」


「サラ様は知っていたのですか?」


「ケビンに指輪を贈るように言ったのは私だもの。ケビンもあげる気はあったみたいだけど恥ずかしかったから先延ばしにしてたって言ってたわ」


「そうなんだ……」


 それからもサラに揶揄われながら他愛のない話は続いた。結局、揶揄っていたのに途中から惚気話になってしまったのは、致し方のないことだろう。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ところ変わってケビンが向かっているのは、冒険者ギルドである。次のターゲットはサーシャと決めたみたいだ。


 ギルド内に入ると名物となってしまった花道ができあがるが、ケビンを知らぬ者たちが何事かと近くの冒険者に尋ねれば、決まってこう返される。


「あれは規格外、関われば闇に紛れて人知れず消されてしまう」と。


 全くもって風評被害であるのだが、ケビンやサラが関わった事件は噂話に尾ひれがついて、当たらずとも遠からずの内容に変わっていったのだった。


 そして無謀にも忠告という名の噂話を信じていない、王都に出て来た新顔の冒険者がケビンに噛みつく。


 これも定番となっており最初こそ周りも止めていたが、今となっては井の中の蛙のための人生経験として、上には上がいることを身をもって知ってもらうために放置されている。


 むしろイキがった冒険者の出した杭を代わりに打ち込んでもらおうという、面倒くさがりな冒険者たちが出した結論でもあった。


 衆人環視の中で喧嘩を売った子供にコテンパンにやられてしまうのだ。イキがろうにも無理というものだ。事実が瞬く間に冒険者間で広まってしまうために、そういった者たちは決まって近いうちに王都を去るのである。


 ケビンはそんな思惑が背景にあることも知らず、毎度のことに辟易する感情すらなくなり、路傍の石ころを思わず蹴ってしまっていた感覚で処理するのであった。


「よぉ、ガキんちょ。ちょっと強いくらいで調子に乗ってんじゃねぇか?」


「……誰?」


 いきなり目の前に現れた人物に条件反射で誰であるか尋ねてしまったケビンだが、記憶にない人のためすぐにどうでもよくなった。


「聞いて驚け! 俺様はなぁ、泣く子も黙「あ、そういうの間に合ってますので」」


 ケビンは絡んできた冒険者の名乗りに言葉を重ねると、何事もなかったかのように歩き出す。


 対して軽くあしらわれてしまった冒険者は、こめかみをピクピクとさせながらケビンに掴みかかる。


「待て、ガキ!」


「まだ、何か?」


「俺様をコケにしやがったんだ。教育的指導だ――んぼぉっ!」


 ケビンに殴り掛かる冒険者はカウンターによって腹部への打撃をもらい、その場で沈黙する。


 前のめりに屈みこみながら蹲り、お尻を突き出している哀れな冒険者は誰からも救助されず、これまた名物として放置されるのである。


 ギャラリーの中で『試しに喧嘩を売ろうかな』と、ちょっと考えてた他のイキがっていた冒険者たちも、目の前の光景に『行かなくて良かった……』と安堵して、調子に乗るのはやめようと考えだす者もいたのだった。


 それ故に、ケビンの返り討ち行動は改心する冒険者も中にはいることから、たびたび絡まれては冒険者たちを地に沈めていたが、ギルドとしても平和的解決を提案するようなこともなく、どれだけ冒険者たちが被害という名の羞恥を晒されていても自業自得だと黙認していた。


 そもそも冒険者同士の諍いは不干渉である上に、相手はあのケビンである。これっぽっちも心配がない上に後ろに控えているのがサラなので、介入するよりも黙認していた方がギルドとしても平和を維持できるのだ。


 そのような中でケビンは目的の場所まで辿りつく。ギルド職員や冒険者たちも2人の関係は知っているので、話のネタにするため遠巻きに見ているだけであった。


「こんにちは、サーシャさん」


「こんにちは、ケビン君。相変わらず何事もなかったかのように振る舞うのね。久しぶりだけどこっちに帰ってきたの?」


「親善試合があったから一時的にね」


「あら、あれに出てたの? 言ってくれれば応援に駆けつけたのに。もったいないことしたわ」


「ところで、今晩何か予定ある?」


「うーん……特に何もないわよ」


「良かった。ディナーに誘いたいんだけど、受けてくれる?」


「――ッ!」


 ケビンの言葉にサーシャは驚き、周りの野次馬はヒューヒューと囃し立てるのであった。


「どうかな?」


「もちろん!」


「仕事っていつ終わるの?」


「その日によるかも……あっ、そうだ! ケビン君ちょっと待ってて」


 サーシャは奥へ引っ込むと少ししてから戻ってきた。


「これ、私の住んでる場所までの地図。それとこれは家の鍵だから渡しておくね。もし私が帰ってきてなかったら中に入って待ってていいから」


 ケビンは紙と鍵を渡されるが当然の疑問が頭をよぎる。


「俺が鍵を貰ったらサーシャさんが家に入れないんじゃ……?」


「それはいつかケビン君に渡そうと用意してたものよ。だから私の分は別にあるから心配しなくていいわ」


 奇しくもひょんな事で人生初の合鍵をゲットするケビンであった。


「とりあえず、夕方頃に迎えに行くよ」


「わかったわ」


 ケビンがギルドから立ち去ると、こぞって同僚たちがサーシャの元へ押し寄せると、キャーキャー言って冷やかし混じりに揶揄うのであったが、騒ぎを聞きつけたカーバインが奥からやって来る。


「何の騒ぎだ?」


「あ、ギルドマスター。先程までケビンさんがいらしてたんですよ」


 冷やかしに参加していた1人の受付嬢がギルドマスターに答えた。


「また、あいつか……で、今回は何をやらかしたんだ?」


「特に何も。いつも通り無謀な冒険者をあしらって、サーシャさんをディナーに誘ったら帰っていきました」


 自業自得で地に伏している冒険者など、受付嬢の中では“やらかす”部分には該当せず、冒険者が受付嬢を口説くために食事に誘うのも日常茶飯事なので“特に何も”という結論に至っていた。


「じゃあ何故騒いでいる?」


「だって、あのサーシャさんがディナーに誘われたんですよ!」


「いや、婚約者なんだから別に不思議でも何でもないだろ」


「甘い! 甘いですよ、ギルドマスター! 今まで何のアプローチもなかったケビンさんが、ここにきて親善試合で一時的に戻ってきた僅かな合間で食事に誘い出したんですよ! 想像が膨らむじゃないですか!」


「たかだか食事に誘っただけだろ?」


「はぁぁ……そんなんだからいつまで経っても独り身なんですよ」


「同じ独り身のお前に言われたくはないがな」


「わ・た・し・は、私の理想に適うだけの人がいないだけなんですぅ! ギルドマスターとは違いますぅ!」


「無駄に高いお前の理想のことか? それなら、お前は一生独り身だな」


「なっ!?」


 その言葉にプルプル震える受付嬢を他所に、カーバインはサーシャへと声をかけた。


「サーシャ、今日は定時で上がっていいぞ。少しくらいなら早く上がっても構わん」


「えっ!? いいんですか?」


「ケビンから食事に誘われたんだろ? 楽しんでこい」


「ありがとうございます!」


 こうして思いもよらぬことでサーシャは仕事を早く上がれるようになったのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 一方でケビンは夢見亭のマイルームを飾りなおしていた。昨日使ったキャンドルは新しい物へ換えて、古い物は後で捨てようとひとまとめにしていた。


 使い回しの策ではあるが、経験値のないケビンからしてみればこれを思いついたサラが神様のように思えていた。


 ケビンでは何をどうやっても、サラの提案した案を覆すようなムードある雰囲気作りを思いつかないからだ。


 よって、今回の作戦は全部キャンドル部屋で済ませてしまおうという、安易な道へ逃げてしまった。キャンドルさえ交換してしまえば使い回せるのも、ケビンにとっては高評価であった。


 一通り掃除して準備の終わったケビンは、夕方までまだ時間があることもありソファでくつろぐとそのまま寝落ちした。


 やがて辺りが夕日の光に包まれている頃、ケビンの頭の中で声が響きわたる。


『――ター! マスター!』


「……ん……んー……サナか……?」


『時間! 寝坊ですよ、マスター!』


「……ッ!」


 ケビンは寝ぼけた頭で“寝坊”という言葉を反芻すると一気に覚醒して、ガバッとソファから起き上がった。


「しまった!」


 ケビンはすぐさま支度をすると、急いで人気のない王都の路地裏へと転移した。人生稀に見る寝起きからの迅速な動きであった。


 王都の路地裏についたケビンは気配を消してから空に浮かぶと、サーシャの家へと急行する。


 すぐについた家は一見アパートのような建物であった。ケビンは紙に書かれている部屋へと行きノックをした。


「……」


 しばらく待てども返事はなく、ドアノブに手をかけても閉まっているため、サーシャがまだ仕事から戻ってきていないことに安堵する。


「はぁぁ……自分から誘っておいて遅刻とかありえないからな。とりあえず助かった……まぁ、迎えに行く時間も知らせてなかったし、セーフだな」


 ケビンは寝坊が大事にならずに安堵すると、受け取っていた鍵を使ってドアを開ける。


「おじゃましまーす……」


 初めて来る場所であり家主もいないことから、特に悪いことをしている訳でもないのに、ビクビクしながら小声で断りを入れるのであった。


 さすが女性の家と言うべきか、ほのかに香るハーブらしき匂いにケビンも次第と落ち着きを取り戻していく。


 そのまま廊下を進み行き当たりのドアの前へ立つと、ごく自然な動作でドアノブに手をかけてガチャと開けてから中へ入る。


「「……」」


 目についたのは下着姿で服を選んでいたサーシャであった。そこら辺に服が投げ出され、選りすぐりの物なのか、数点はベッドの上に並べられている。


 当然、ドアの開く音でそちらへと視線を向けたサーシャと、その音を出したケビンの視線が交差するのは必然であり、この後に起こることも決定事項だった。


「「……え?」」


 奇しくも2人の声は重なり、お互いに今の状況を理解できずに混乱している。


「……ッ! キャーッ!」


 先に現実へと戻ってきたのはサーシャであった。下着姿を晒していることを自覚してその場でしゃがみ込み、何とか隠そうと両手で体を抱え込む。


「あれ? 何で?」


 ケビンも現実へと復帰すると、現状が理解できていないと申告する内容の発言をする。


「ちょっと、ケビン君! 何で勝手に入ってきているのよ! どうやって入ったの!」


 あまりの出来事に自分で鍵を渡したことなど頭の中から抜け落ちて、どうやってケビンが入ってこれたのか問いただすも、ケビンからしてみれば更に混乱を招く発言であった。


「え? だって……鍵……」


 ケビンが必死に紡ぎ出せた言葉を聞いて、サーシャはその言葉を反芻すると、自分で鍵を渡して部屋で待っててと言っていたのを思い出した。


「あ……」


 己の失態に気づいたサーシャは、徐々に顔を赤らめていく。


「……」


 ケビンはどうしたものかと沈黙する。


「時間おいてまた来るよ」


 ケビンが思いついたのはこの場から逃げることであった。だが、それにサーシャが反論する。


「ダメよ!」


「え?」


「それよりも、服を選んで。どれを着ようか決めきれなかったの。ケビン君の好きな服を選んで」


 ケビンはその言葉にベッドで並んでいる服へと視線を移す。辺りに散らかっているのはボツなんだろうと勝手に推測する。


「うーん……そこの水色の服かな」


「これかぁ……」


 サーシャはおもむろに立ち上がると服を手に取って眺める。


「あの……サーシャさん?」


「どうしたの?」


「もう隠さなくていいの?」


 堂々とした振る舞いにケビンが疑問を投げかけると、サーシャは当たり前と言わんばかりに答えた。


「だって、よくよく考えてみれば相手はケビン君だし、それに見ていたいんでしょ? 普通、後ろを向くか部屋から出るのにこっちを見たままだもの」


「う……」


「別にいいわよ。興味を持たれないよりも全然マシよ」


 そう言うサーシャはケビンの前で着替え出した。ケビンはケビンで今更視線を外すのもどうかと思い至り、普通に着替えを眺めていた。


「どうかな?」


「とっても可愛いよ」


「ありがと。それじゃあ、行きましょ」


「え? 片付けなくていいの?」


「戻ってからするわ」


「サーシャさんがそれでいいならいいけど……」


「それで、どこのお店に連れていってくれるの?」


「あぁぁ……今から魔法を使うんだけど、これは身近な人しか知らないから秘密にして欲しいんだけど」


「そうなの? 秘密にすればいいのね?」


「そう。じゃあ、手を握ったら目を瞑って」


 サーシャはケビンの差し出した手を握るとその後に目を瞑る。それを確認したケビンは夢見亭へと転移した。


 急いで出てきたのでサーシャが目を瞑っている間に、無詠唱でキャンドルに火を灯していく。


「目を開けていいよ」


「……ッ!」


 ゆっくりと目を開けたサーシャの視界に飛び込んで来たのは、無数のキャンドルに照らされた光景だった。


 幻想的な光景を目の当たりにしたサーシャは思わず言葉を失い、初めての体験にただただ呆然と眺めるだけであった。


「気に入ってくれかな?」


「……これを気に入らないなんて言う人はいないわ。素敵よ、ケビン君」


「良かった。ディナーを頼むから先ずは座って待っててね」


 サーシャをテーブルまでエスコートすると椅子に座らせ、ケビンは魔道通信機でディナーを手配する。


 やがて届いたディナーをテーブルに並べて食事を始めると、サーシャが気になっていたことを尋ねる。


「ケビン君、あまりの光景に聞くことすら思い浮かばなかったんだけど、今更ながらここって何処なの?」


「俺の部屋だよ」


「ケビン君の? 実家ってこと?」


「いや、ダンジョン都市にある夢見亭の最上階」


「は?」


「ダンジョン都市にある夢見亭の最上階」


 大事なことなので2度言いましたとは付け加えずに、ありのままのことをケビンは伝えた。


「ちょ、ちょっと待って。さっきまで私の部屋にいたのよ?」


「そうだよ」


「幻惑魔法とかじゃなくて?」


「実際の部屋だね」


「……音もなく移動……遠距離……もしかして……いや、そんなことできるわけない」


 サーシャは知識として知りうる限りの移動方法の中で、1番ありえないものに思い至るが、瞬時にその考えを否定した。


「多分、知ってるみたいだから言うけど、転移魔法だよ」


「ッ!」


「だから他の人には秘密にしておいて」


 それからもサーシャからの質問は続き、ケビンは1つ1つ答えていった。やがて食事も終わりくつろいでいるところでケビンが行動に移す。


「サーシャさん、家に送る前にちょっといい?」


 ケビンはサーシャを立たせると、その前で片膝をついた。


「私、ケビン・エレフセリアは、サーシャと正式に婚約することをここに誓います」


 ケビンは【無限収納】からケースを取り出して、中身をサーシャに見せる。


「これはその証です。受け取ってもらえますか?」


「――ッ! ……はぃ……はい!」


 サーシャが口元を押さえて涙を流していると、ケビンは立ち上がり左手を取って指輪をはめる。


「この指輪は汚れることなく壊れることもない。サーシャさんの身に危機が迫ったら、結界が発動してその身を守ってくれるようにしてあるから。だから、いつも身につけてて欲しい」


「絶対……外さない……」


「それじゃあ、家に送るよ」


「……もう少し一緒にいたい……ダメ?」


「そんなことないよ。それならソファでゆっくりしようか」


 サーシャの申し出にケビンは断ることもなく、ソファでゆっくりとした時間を一緒に送るのであった。


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