第154話 宝くじを当てるようなもの
ケビンが魔導学院へ通いだしてから2ヶ月が経過していた。季節は夏に移り変わり徐々に暑くなる日差しとともに、日々勉学に勤しんでいる。
周りのクラスメイトとも世間話をするぐらいには打ち解けて、脱ボッチを達成しておりそれなりの付き合いをしていた。
やはり魔術に関する共通の話題があると議論を講じたりして、コミュニケーションを図れたことが大きな要因となっている。
そんな順風満帆なケビンの日常に、ある日の朝、担任のラッセルから思いもよらぬことを示達される。
「あぁぁ……2ヶ月後にお隣のアリシテア王国と親善試合がある。うちは魔術特化の学院だから、剣術を教えている相手国に毎回苦渋を飲まされているが、やりようによっては勝てることもある。あとは運が必要だな」
「先生、私たち1年生も出ないと行けないんですか?」
クラスメイトの1人が当然の質問すると、ラッセルが気だるげに答えた。
「んあ? 出場しなくていいならそもそもこんな話はしないだろ……代表による試合となるが、この試合には4年生は出ない。あいつらは卒業研究や論文で忙しいからなぁ。よって1~3年生の中で選抜される」
それからの説明は簡単なものだった。試合は7人による団体戦と個人による総当たり戦で、代表者は出場して勝つと任意科目での単位の取得が可能らしく毎年若い年代の人が申し込むらしい。
ちなみに歳を召している人たちは若い年代の子に打ちのめされたくないため、保身に走って参加しないそうだ。
つまり早い話が、苦手な科目の単位を労せず得られるということになる。ただし、代表者に選ばれた上に勝つという労力は必要になるが。
1年生は入ったばかりで苦手も何もない状態のことが多いらしく、代表に選ばれるのは稀だが選ばれた際に勝つことができたら、単位は使うまで保留にすることができるらしい。
何故ここまで生徒にとって有利な条件が付いているのかは、単位を餌にして何としてでも勝って欲しいという学院の思惑があるからだ。そこまでするほどこの学院はアリシテア王国に負け越しているらしい。
単純に考えて、限られた空間での近接職と魔術師のバトルである。勝てる見込みがないのも当然と言える。あるとすれば団体戦ぐらいだろう。
対戦相手が仮に魔術師だった場合はやりようによっては勝てるし、ラッセル先生が言った“運”が必要になってくるというのも、ここに起因しているのだろう。
運悪く対戦相手が剣士だとしたら、勝つためには【無詠唱】か【詠唱省略】しかない。最低限【高速詠唱】で運が良ければ何とかなるかもしれないと言ったところだ。まぁ、剣士と当たった時点で運はないのだが。
「あぁぁ……ちなみに今回に限り対戦相手に勝った場合は、1勝につき破格の6単位が得られることに決まったぞー」
「先生、何故ですか?」
先程同様、クラスメイトの1人が質問する。どうやら気になることはどんどん聞いていくタイプらしい。
「そうだなぁ……今年の親善試合は、こう言っちゃなんだが……」
「「(ゴクリ……)」」
そこで一旦言葉を区切ると、勿体つけるラッセルに生徒たちは固唾を飲み込む。
「全敗が確定している」
「……」
ラッセルが発した言葉に生徒たちは沈黙した。やる前から負けが確定していると言われたことに対して、理解が追いつかないのだろう。
「あぁぁ……そのせいもあってか今年の応募者は激減していてなぁ、1年生にとってはチャンスということだ」
「全敗が確定しているのにですか?」
「人の話を聞いていたか? 最初に言っただろ、運次第なんだよ。もしかしたら、当日に対戦相手が病気になるかもしれないだろ? そしたら戦わずして不戦勝だぞ? ラッキーなことこの上ないな。あぁ羨ましい……」
ラッセルは投げやりな態度でほぼありえないことを言ってのけるが、実際、ラッキーに縋るしか勝ち目はないのだろう。
「でだ、とりあえず現段階で申し込みたい奴はいるかぁ? あぁぁ……自分の運を信じてみるのも手だぞー?」
ラッセルの言葉に、生徒たちは辺りを見回すが誰も手を挙げようとする者はいなかった……
かに思えたが、窓際最後尾で手を挙げる1人の生徒がいた。端っこの最後尾とあって目立たなかったのである。
「お前は確か……んー……ケビンだな?」
未だに生徒の名前がスラスラと出てこない担任に対して、ケビンは研究のことにしか興味がないのだろうと推察する。
「申し込むのか?」
「当たればラッキーですから」
「まぁ、そうだなぁ……その感覚でしか今年は乗り切れないだろう」
結局、ケビン以外には申し込む者がおらず、勝てないとわかっている相手に挑みに行くほど、向こう見ずな性格の者はいなかったらしい。
そんなケビンに対する周りの評価は、まさに“当たればラッキー”と言ったところで、宝くじを買っている人を見ているかのようなものだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「へぇーケビン君、親善試合に申し込んだんだ」
「今年は1勝するごとに6単位貰えるって聞いてね」
「全勝確定」
「確かにケビン君にとっては、美味しい話ね」
ケビンたちは今、プリシラの作った晩ご飯を食べている最中であった。未だにティナたちはまともな料理を作れず、台所を預かるのは以前と同様にカロトバウン家のメイドである。
ケビンが学院を卒業するまでにまともな料理を作れるようになるのが2人の目標らしく、プリシラ指導の元、切磋琢磨しているようだ。
そんな2人に対してプリシラは普段通りのメイドとしての業務をこなしており、借りた家の管理維持を行っている。
家の中のことを全てプリシラがやっているので、暇を持て余している2人に対して少しは手伝うように言い聞かせたが、プリシラから「仕事を増やさないで下さい」と言われ、その時の姿ときたら随分と落ち込んでいた。
手伝っているはずなのに仕事を増やすとは、2人には家事の才能がないのだろうか?
そんな2人には何もさせず遊ばせておくわけにもいかないので、冒険者活動をさせたり食事の買い出しをさせたりと、失敗しなさそうな落としどころを見つけてやってもらうようにしている。
「ケビン様、お食事が終わりましたら湯殿に入られて下さい」
「わかった」
「後でお背中を流しに参りますので」
「それは遠慮する」
「……」
こんな感じでプリシラはことあるごとに世話を焼こうとするのだが、その頻度が半端ない。
ティナさんたちも一緒に風呂へ入ろうとしてくるが、それを許してしまうとプリシラが風呂に突撃してくることがわかっているので、今は1人の時間が結構持てたりしている。
そんな感じでミナーヴァでの生活を送りながら、俺は日々を過ごしていくのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
親善試合というイベントが公表されてからも、相変わらずケビンは魔術関連の勉学に勤しんでいた。
目下ハマっている科目は《魔導工学・基礎課程》と《術式方陣学・基礎課程》である。
《魔導工学・基礎課程》はもちろん魔導具作製において知っておくべき基礎の内容を学べるもので、《術式方陣学・基礎課程》はここへ来て初めて知った分類である。
その他にも《魔法学》、《詠唱学》、《古代学》、《錬金学》、《召喚学》と、それらに付随する《基礎課程Ⅰ~Ⅱ》、《応用課程Ⅰ~ IV》、《実践課程Ⅰ~ IV》、《理論課程Ⅰ~ IV》と多岐にわたって種類がある。
《魔法学》は、一般的な魔法に関する知識や技術を身につける学問で、魔法使いが使う魔法はここに分類される。
《詠唱学》は、その名の通り詠唱に関して学ぶもので、詠唱技術を高めるための学問であり、研究所では【詠唱省略】の研究が進められている。
《古代学》は、失われた魔法の歴史を学び、再現するために必要な知識や技術を身につける学問で、古代言語等を読み解く必要があり、最難関の科目として知られている。ただし、未だ再現できた試しはなく、ただの考古学者的な扱いを受けている。
《錬金学》は、錬金術を学ぶための知識や技術を身につける学問で、鍛冶スキルと合わせることで相乗効果が生まれるらしいが、感覚畑の鍛冶屋と理論畑の錬金術師では折り合いが悪く、一緒に仕事をすることがほぼないらしいが、たまに錬金学を学んだ鍛冶師が凄腕として世に出るそうだ。
《召喚学》は、使い魔を召喚するための知識や技術を身につける学問で、《術式方陣学》を学んでいないと全く意味のない学問であるために、セットで受ける学生が基本的に多い。
ケビンのハマっている《術式方陣学・基礎課程》は、本来の目的として儀式の際に使用することがほとんどで、別の目的としては、戦争時に大規模魔法を使う際に用いたり、はたまた、使い魔を召喚する際に用いたりするようである。早い話が魔法陣のことである。
ケビンはそれを魔導具に流用できるのではないかと思い至り、実現させるためにも近年稀に見る努力ぶりを発揮するのである。
それに、ちょっとだけ使い魔召喚というものに興味を惹かれたこともあり、そのうち召喚を試してみようかと思っていたりもする。
一般的に知られている使い魔は小型の従魔が多く、手紙を運ばせたりちょっとしたお使いを頼んだりするものがほとんどで、少数派では、戦闘に参加させることのできる従魔を喚び出せたりすることもできるみたいで、冒険者の中にはそういった連中もいるらしい。
そんなケビンは全科目の《課程Ⅰ》を履修登録しており、一部界隈では稀に見る変人扱いを受けているが、それは本人の知る由のないことであった。
今日も今日とて、変人ケビンは空いた時間に1人黙々と図書室にて読書に耽っていた。魔導学院と言うだけあって魔術関連の蔵書が多岐にわたって揃えられており、読むに事欠かないのだ。
そんなケビンに近づく人影があった。気だるげにポケットに片手を突っ込み、踵を擦りながら歩いてくる。
「あぁぁ……んー……うん? ……そうそう、ケビンだったな」
「人違いです」
楽しい読書の時間を邪魔された挙句、人の名前も満足に覚えていない担任に対して関わりたくないケビンは、軽くあしらうことにしたのだった。
「……ジョージか?」
「……」
「ジョンって面構えでもないしなぁ……ジョニー、ジョナサン、ジョセフ、ジョーダン……」
このままでは飽きるまで、名前を列挙していきそうな雰囲気だったので、仕方なくケビンは相手をすることに決めた。
「“ジョ”だけで何人知り合いがいるんですか?」
「1人もいないぞ。思いついた名前を言っていただけだ」
「……それで、何か用ですか?」
「あぁぁ……お前、選ばれたぞ」
「何に?」
「代表者」
「何の?」
「親善試合」
「了解」
「ふぅ……お前、俺のこと敬ってないだろ?」
「敬える要素があるなら、是非ともご教授願いたいですね」
「担任だ」
「却下」
「お前、変な奴だな」
「先生ほどではないですよ」
「まぁいい。伝えたからな、聞いてないとか言うなよ」
「伝え忘れがない限り言いませんよ」
「……」
ラッセルはしばし考え込むと、何か喉の奥で引っかかっているような気がしてならないが、思い出せない以上、重要なことではないと切り捨てて棚上げして帰ることにしたのだった。
「じゃあな」
「さよなら」
対するケビンも、ラッセルの反応から伝え忘れがあると感じていたが、大したことではないだろうと切り捨てていた。なぜなら、目の前の読書の方が優先されたからだ。
それからしばらくは誰にも邪魔されずに、図書室で1人の読書を楽しむケビンなのであった。
ケビンとは別で図書室を後にしたラッセルは、相も変わらず気だるそうに研究室へと戻っている最中であった。
「あぁぁ……帝が出るって伝え忘れたな……」
ラッセルは先程喉の奥で引っかかっていたものを、ひょんなことから思い出したが、引き返して教えるのも億劫だと感じてしまい、頭をボリボリ掻きながら廊下を歩いていくのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その日の晩ご飯では食卓をみんなで囲みながら、ケビンが代表者に選ばれたことを報告していた。
「今日、親善試合の代表者に選ばれたよ」
「良かったわね、ケビン君」
「単位取り放題。羨ましい……」
「ケビン様、親善試合は応援に行きますね」
「私も行くわ」
「私も」
「残ってても特にすることないしね、構わないよ」
その日の団欒は、ケビンが学院でどんなことを学んでいるのかになり、ニーナは卒業生ということもあり話についていけたが、ティナは置いてけぼりを食らってしまいむくれるのであった。