第13話 お茶会
謁見の儀が終わりサラを先導するように王妃が歩く。この場には、二人しかいないために気を使う相手がいないのだ。よって話し方も砕けた感じになっていた。
「それにしても、相変わらずの動きだったわね。久々に見たから目で追えなかったわ」
「それは、仕方のない事じゃないかしら? 引退してからは会ってないのだし、貴女も王宮に引きこもってたでしょ?」
「気づけば王妃だったから、迂闊に外へ出られないのよ」
「それはそうでしょうね。一国の王妃がぶらぶらと街中を歩いていたら大騒ぎでしょ?」
そうこうしているうちに、緑へ囲まれたテラスへと到着する。
「ここは私のお気に入りなの。緑が多くて落ち着けるから。ここには私の許可無く誰も立ち寄らないわ。その代わり給仕は自分でしなきゃいけないのだけど」
そう言いつつ、お茶の準備を始める王妃。それを見つつも手伝わず椅子へ座るサラ。傍から見たら奇妙な関係が、既に二人の中で出来上がっていた。
「誰も来ないならいいじゃない。私の家でも呼ばない限り誰も来ないわよ。逆に呼ぼうとしたら何故か既にいるんだけど」
「あら、いいじゃない。傍に控えているのが最小限で済むのでしょ? 気楽で羨ましいわ」
「貴女だってここに来たら一人なんでしょ? 気楽じゃない」
「私は公務とかあったりするから、ずっとここに居るわけにはいかないのよ」
「それもそうね」
お茶とお菓子を差し出し、椅子へと座る王妃はサラに声をかける。
「結婚してからはずっと領地に居たの?」
「そうよ。冒険者は辞めたのだし、旅に出る必要性はないでしょ?」
「てっきり私はSランクに上がってから辞めると思ってたのに。貴女なら楽になれたのでしょ?」
「そこは否定しないけど……そもそもランクに興味がなかったし、強い敵と如何にして戦うかの方法を考えていた方が楽しかったわ」
「貴女らしいわね。ケビン君は元気にしてるの? お披露目会の時は遠目にしか確認できなかったけど」
「とても元気よ。何故か病気に全然罹らないのよね。不思議よね……健康でいてくれるのは嬉しいんだけど」
「洗礼の儀式の時には、何か病気に対するスキルとかなかったの?」
「それが、スキルや加護は1つもなかったわ。まぁ、普通はそうだし全然気にしてなかったのだけれど、今思えば不思議なことはあったのよ?」
「儀式の最中に?」
「そう。本人が光に包まれるのは当たり前じゃない?」
「そうね、それが普通ね。もしかして光らなかったの?」
「逆よ……本人は光ってたのだけれど、それとは別で神像が光り出したのよ」
「神像が!?」
「そう、てっきり何か凄いスキルや加護でも手に入れたのかと思ったけど、何もなかったから記憶の片隅に追いやっていたわ」
「他にも何か気づいたことはある?」
「そうねぇ……そういえば、儀式のあとのステータス表示の際に、一瞬映してすぐに消えたわね。本人は目の前にステータスが現れて、ビックリして手を離したって言ってたけど」
「もしかしてそれ……信じたの?」
「当たり前じゃない! 可愛い我が子の言うことよ? ケビン以外に何を信じろって言うのよ」
「はぁ……溺愛っぷりもここまでくると凄いわね。盲目的に愛してるわけね……」
「何よ、悪い? いくらマリーでもケビンの事を馬鹿にしたら許さないわよ」
「ケビン君の事は別に馬鹿にしないわよ。それよりも貴女よ」
「私がどうかしたの?」
キョトンとした顔で不思議そうに王妃を見つめるサラは、いかにも自分が正しいと疑わない感じであった。
「私の予想だとね、ケビン君はスキルか加護、若しくは両方を確実に持っているわ」
「そんなわけないじゃない。あの時にちゃんとスキルも加護も表示されていないのを、ガイル司教と一緒に確認したんだから」
「貴女は本当にケビン君の事になるとダメダメね」
「そんな事ないわよ。私はちゃんと母親しているんだから」
「じゃあ、聞くわよ? もし貴女が現役時代に、ステータスの中身を知られたくないとしたらどうする?」
「そんなの簡単じゃない。魔導具使って隠蔽するに決まってるわ!」
「それと同じ事をケビン君がしたのよ」
「それはないわね。あの時ケビンは魔導具なんて持っていなかったのだし」
「世の中には魔導具無しでも隠蔽出来る人もいるのよ」
「魔導具無しに隠蔽って……そんなこと出来たら世の中、嘘だらけじゃない!」
「貴女って人は……興味無いことには本当に見向きもしないのね」
「興味ないんだから、見るだけ無駄でしょ?」
「スキルの中に【隠蔽】っていうものがあるわ。これを使うとあらゆるものを隠蔽出来るのよ。ケビン君がステータス表示を一度も消さなかったら、ここまで勘繰りはしなかったわ。普通に不思議な事もあるものねぇって流してたわよ」
王妃はそう言いながらサラへ改めて視線を向けると、脱力して心ここに在らずと言った感じのサラが、モノクロな背景を背負い佇んでいた。
「ケビンが私に隠し事……ケビンが……」
「サラ、戻ってきなさい。別に悪いことじゃないわ。貴女の息子は聡明なのでしょう? だったら、貴女を守るためかもしれないじゃない」
「そ、そうよね! あの子が私に隠し事するなんて、それしかないわよね!」
(ちょっとサラってチョロ過ぎるんじゃないかしら? 大丈夫かしら?)
「それはそうとして、一体何を隠蔽したのかよね? とても、気になるわ」
「そんな事はどうでもいいわ。ケビンが私を守ろうとしているんですもの。それに比べたら隠蔽された内容なんて瑣末なことよ」
ケビンの預かり知らないところで、隠蔽の件が2人にバレたが、サラの無類の溺愛で事なきを得たのだった。
マリーは一抹の不安を抱えながらも、本気でサラのケビンに対するチョロ過ぎる性格を心配していた。
(何事もなければいいけど……)
2人でお茶を楽しみながら会話を楽しんでいると、サラから会話を途切れさせる内容がこぼれた。
「マリー、ここにはあなた以外来ないのよね?」
「そうよ……っ!もしかして侵入者!?」
「違うわ。この気配は貴女の娘ね。何か用事があるんじゃないの? ドアの前にいるわよ」
「相変わらずの探知っぷりね。相手が何処にいて誰かまで分かるのだから」
「それは貴女だってそうじゃない。それに、一度会ってるからよ」
「気を遣わなくてもいいお茶会も、ここで終わりみたいね。残念だわ……」
「それよりも、呼ばなくていいの? ドアの前でウロウロしているわよ」
「仕方ないわね……」
王妃はそう言いつつドアの方へと歩きだし、外にいる娘の所へと向かうのだった。
そのままドアを開けると、サラが言っていたように落ち着きなくウロウロしている王女の姿があった。
「何をしているのかしら? アリス」
バツの悪そうに王妃を見る王女が答える。
「お母様……あの……サラ夫人に無礼を働いたことを謝罪したくて」
「彼女ならそんな事は気にも留めていないはずよ。本気なら貴女はもう死んでいるのですから」
その時の事を思い出したのだろうか。段々と顔が青ざめていく王女を見つめる王妃の後ろから、独りでお茶を楽しんでいるサラが喋りかけた。
「マリアンヌ王妃様、折角ですし王女殿下もご一緒して、お茶を楽しんでは如何?」
「サラ夫人がそうおっしゃるのでしたら、私としましても異はございません。アリス、同じ過ちのないように。此処へ入れるのも特別ですよ」
「はい、お母様」
青ざめている王女を携えて、王妃はテーブルへとやって来ると、先程と同じ椅子に座る。
「アリス、貴女も座っていいわよ」
王女はそう言われると恐る恐る椅子に腰かける。目の前には先程剣を突き付けた張本人のサラ夫人……なんとも居心地の悪い状況だったが、勇気を出して話しかけた。
「サラ夫人、先程は身の程を知らず無礼を働いてしまい、申し訳ございませんでした」
「もう気にしてません。小さなお子様のする事ですし、それに一々目くじらを立てたりはしませんよ。余程のことがない限りは」
「寛大なるご配慮痛み入ります」
「さて、用件は済んだわね。この話はここまでよ。暗い雰囲気だと折角のお茶会が台無しになってしまうわ」
王妃からそんな事を言われたぐらいでは、王女の落ちた気分は上がらない。それに本題を聞こうとしても先程の件がある以上、易々と気軽に伺える気分ではなかった。
そんな事を知ってか知らずか、サラ夫人の方から歩み寄る言葉がかけられる。
「王女殿下、何か聞きたいことでもあるのかしら? こんな機会は滅多にございませんし、何なりと聞いてくださって構わないのですよ」
「あ、あの……その……ご子息様の事についてお伺いしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ケビンの事? お披露目会の時は挨拶に向かわなかったし、面識はなかったはずだけど……何が聞きたいのかしら?」
それに答えたのは王女ではなく王妃だった。
「ふふっ、あの時に挨拶に来なかったのは、やっぱり故意だったのですね」
「仕方ないでしょ、ケビンがお腹を空かせていたのだから。ケビンと2人でお食事を摂っていたのです。お披露目会に出席するから、日頃食べないような料理を食べさせてあげたくて、食事は摂ってこなかったのですから」
「それがなくても、挨拶には来なかったでしょう? サラ夫人は地位や権力には興味がございませんものね」
「それよりも、王女殿下の質問よ。マリアンヌ王妃様が喋っていては、王女殿下が質問できません」
突然のフリに困惑する王女だったが、気になっていたことを聞くチャンスだと思い喋ってみた。
「あの時、死を覚悟して目を瞑る直前に、ご子息様に笑いかけられた様な気がいたしまして……実際はどうだったのだろうかと疑問に思っているんです」
「そうねぇ……多分それは、本当にあったことだと思いますよ」
「ほ、本当ですか!?」
驚きに目を見開いて王女は言葉を返した。
「真実を話しますと、あの時に賊の存在に気づいたのは、ケビンが先なのです。その後すぐに私も気づいたのですけど、2人してことの成り行きを見守っていたのですわ」
その話に王女よりも再び王妃が食らいつく。
「貴女よりも先に賊に気づいたのですか!?」
「そうなりますわね。それで、2人で話し合って護衛騎士もいるのだし、食事を楽しもうということになったのです。ですから、先程の王女殿下の質問は正解ですね。大方、騎士が守ってくれるから、安心させるために笑いかけたのでしょうね。実際のところ騎士は役立たずでしたけど」
ここで王女は核心に迫ろうと決意して、勇気を振り絞り本題を尋ねた。
「あ、あの魔法はご子息様が使ったのでしょうか?」
「それはないわ。魔法を使おうとしたら先ずは、魔術師に弟子入りするか、学院へ通わなくてはいけませんもの。そこはわかりまして? それに、私は魔法に不得手ですから教えることも出来ませんし、教えたことといえば剣術ぐらいですわ」
「貴女が剣術の指導をするなんて珍しいですね。何人もの弟子入りを断っていたのに」
「それは、ケビンが教えて欲しいって言ってきたからですよ。私が元冒険者なのは洗礼の時に教えてましたし。それに、あの子に頼まれたら断れないわ。危ないからやらせたくはなかったのですけれど」
「相変わらずですね。それなら、今はかなり強くなっているのではなくて? 賊の気配を探知するぐらいですから」
「そうねぇ、感覚的には中等部の学生くらいかしら? 本気で模擬戦はしていないからわからないのですけれど。私を傷付けないように、考えて攻撃してくるのよ? 私が傷を負うなんて事はないのに、優しいでしょ?」
そう言うサラの顔は綻んでいた。王妃が言っていたように子煩悩を通り越して、溺愛しているところをヒシヒシと感じる王女であった。
「凄いわね。単純に自分より少なくとも倍は年の離れた子供と、同じ実力ってことですね。来年の入学試験は荒れそうね」
「それはどうかしら? あの子は私に似て面倒くさがりなところがあるから、気が向かないと日々の鍛錬もしないし、目立つのは嫌がるから手を抜くんじゃない?」
「残念な事に貴女の性格に似てしまったのね……先が思いやられるわ」
二人のやり取りを聴きながら、ここではほぼ空気と成り代わっている王女は、再来年になったら初等部でケビンに会えるのだと胸を高鳴らせたが、思わぬところから突き落とされる言葉を耳にした。
「まぁ、学院に行くかはわからないわ。面倒くさがるかもしれないし」
「あら、貴女はそれでもいいの?」
「別に構わないわ。学院に行ったところで何かが得られる訳でもないし、本人が行きたくないと言えばそうするわ。それに、学院にはシーラがいますからね」
「あら、仲が悪いの?」
「逆よ……シーラが弟を溺愛しているから、ケビンに苦手意識があるのよ」
「それは、ケビン君が不憫ね。貴女にも溺愛され、姉にも溺愛されてしまっては逃げ場がないのじゃない? お兄さんたちはどうしてるの?」
「シーラが相手をしている時は見守っているわ」
「……」
王妃はケビンが背負っている宿命とも言うべきか、業を感じとって同情するのであった。せめて、真っ直ぐに育つようにと願わずにはいられない。
「そろそろいい時間ね。帰ってケビンの相手をしなくちゃ。寂しがっているかもしれないわ」
「……そ、そうね。程々にするのよ? ケビン君も独りでいたい時はあるでしょうから」
「そんなことあるのかしら? 私といるときは、いつもニコニコしているわよ」
(それは、貴女に気を使っているのよ。まだ5歳なのに苦労しているわね、ケビン君)
こうしてお茶会は、サラがケビンに会いたい一心でお開きとなったのだが、この時この場にいた王女は既に空気と化しており、二人が昔通りの口調で喋っていたことに内心驚きを隠せなかった。
それは知人のレベルを越え、親友同士の話し合いみたいな雰囲気を出していたのだ。
王妃がやけにサラに関して詳しかったのも、今となっては納得出来る事であった。
サラが帰ったあとのテラスでは、王妃がサラに似た威圧の雰囲気を出しながら、王女へと語りかける。
「アリス、今日ここで見た事、聞いた事は他言してはなりませんよ? くれぐれもカロトバウン家に迷惑をかけてはなりません。特に、サラ夫人とケビン君には……」
「はい、お母様。肝に銘じておきます」
王女はこう答えるしかなかった。もしかしたら、自分の母親もサラと同類の危険人物なのではと感じてしまったからだ。
あのサラと昔からの知り合いなのだ。普通であるはずがない。きっと騎士たちよりも強いのだろうと密かに思うのであった。