第137話 急な来訪者①
ここアリシテア王国には、今日も執務などを頑張ってこなしながら、たまに起こる胃痛が悩みの種である、穏やかな気性の国王が謁見の間にて座っている。
午後の謁見も最後の1人が終わり、ようやく一息つけることに玉座にて安堵するのであった。
「あなた、私室に戻ってお茶でもしませんか?」
声をかけてきたのは国王を適度に支える王妃である。国王の疲れを第六感的な何かで感じ取り、ちょっとした合間にはこうして声をかけてくるのが日常だ。
「そうじゃな。最後の1人も今しがた終わったことだしの。マリアンヌとお茶をして、休憩をとるのもいいかもしれんな」
「それなら早速参りましょう」
「そうするとしようかの」
愛すべき妻とのお茶を今から楽しもうかと思っている国王は、重い腰をあげようとするが、それは意図せぬ来客によってまたの機会となってしまうことは、国王自身想像も出来なかった。
国王が今まさに立ち上がろうとした矢先に、目の前でどこからともなく魔法陣が展開される。
「!!」
国王はすぐさま警戒心を高めて、謁見の間に待機している騎士たちに、指示を飛ばした。
「何が起こるかわからん。充分に注意せよ!」
騎士たちは魔法陣に対して、少し離れた所から周りを取り囲むように位置取りをすると、最大の注意を払いつつ警戒する。
「あなた……」
王妃も見たことのない魔法陣を警戒しているのか、国王へ寄り添い言葉をかけた。この時点で、ケビンの目論見は失敗に終わったのだった。
謁見の間にいる全員が注視する中でひときわ魔法陣が強く輝くと、その後光が収束していき、その場には見慣れた者たちとそうでない者たちが佇んでおり、この場にいる全員が混乱するのであった。
「お久しぶりですね、陛下。それにマリーさんも」
「……」
見慣れた者が発した第一声は、何とも緊張感のないただの挨拶である。そんな挨拶に返す言葉もなく国王は目が点となり沈黙していた。
「あれ? そんな顔してどうしたんですか?」
「マリアンヌよ、儂はとうとうボケたらしい。目の前にケビンの幽霊が見えておる。しかも喋っておるのだ」
「心配せずとも私も見えていますし、聞こえていますよ」
「やだなぁ、本物ですよ。ほら、足もちゃんとついてるでしょ?」
ケビンは自分が幽霊ではないことを証明するためか、片足を上げて指をさしていた。
「今日は政務をし過ぎたようじゃ。最近は疲れも溜まりやすくなっておるからの、そろそろ王太子に幾らか仕事を任せるようにするかの」
「そうですわね。私も何だか疲れを感じてしまっているようだわ」
「じゃな。幽霊を見たのは初めてじゃが、きっとマリアンヌとお茶をすれば疲れも取れるじゃろ」
「えぇー折角会いに来たのに、幽霊として処理するの?」
「「……」」
ケビンの全く空気を読まない発言に、国王と王妃はただただ沈黙するしか現実逃避のしようがなかった。
「マリーさんなら動じないと思ったのになぁ。折角魔法陣で演出したのに計算外だったよ」
「……その奔放な態度は、正しくケビン君なんだけど……本物なのね?」
「だから本物だって言ってるし、足もあるんだよ?」
「……はぁぁ……」
マリアンヌは、どうにか現実逃避から戻ってこようと努力をするが、認めようとする考えと否定しようとする考えがせめぎ合っていた。
そんな時、更なる人物が謁見の間に乱入してきて混乱に拍車をかける。
(バタンッ!)
「ケビン様!!」
謁見の間に乱入してきたのは、ケビンの婚約者であるアリスであった。
「ん? アリス?」
アリスは脇目も振らずに走ってくると、勢いもそのままにケビンへと抱きついて、ケビンはその勢いを受け流しながらしっかりと抱きとめた。
「お会いしとうございました」
「よくわかったね。俺が来てるって」
「はい! ケビン様と冒険するために気配探知を覚えたのです! お別れする前にケビン様の気配は覚えましたので、来た時はすぐにわかりました!」
「頑張っているようだね」
「はい!」
アリスはニコニコと満面の笑みを浮かべて、幸せそうにケビンを見つめている。そんな様子を見ていた国王はようやく現実逃避から戻ってきた。
「……アリスが抱きつけるなら、幽霊ではないのじゃろう」
「……そのようですわね」
「はぁぁ……相変わらず滅茶苦茶なことをしよる。して、ケビンよ、いきなり現れたのはどういうことじゃ?」
「その前に、箝口令を敷いてもらっていいですか?」
「よくわからんが、無理矢理納得してわかったことにしよう。この場におる者に国王として命ずる、これより耳にしたことは一切の口外を禁ずる。これで良いか?」
「はい。俺がいきなり現れたのは転移魔法を使ったからです」
「「……」」
ケビンが箝口令をお願いしてまでも喋った内容に、国王と王妃は理解が追いつかなかった。それは、2人以外も同様である。
「マリアンヌよ、やっぱり儂は疲れておるようじゃ。ケビンが古の魔法を使ったと言っておる」
「私も聞きましたわ」
「……はぁぁ……ケビンよ、お主は一体何を目指しておるのじゃ?」
「特に何も。のんびり過ごせればそれでいいですし」
「転移魔法の使い手が、のんびり過ごせると思うのか?」
「それ故の箝口令ですよ。広まらなければ大丈夫ですよ」
「お主には本当に驚かされてばかりじゃ」
「ケビン様、凄いです! 今度、私をどこかに連れていってください!」
「タイミングが合えばね?」
「約束ですよ!」
「儂にもアリスのように、簡単に納得できる器量があれば良かったのぉ」
国王はほとほと疲れ果てて、アリスが無邪気に喜ぶ姿を羨んでいた。そんな国王の気も知らず、アリスは近くに転がっている人たちのことが気になって聞いてみた。
「ケビン様、この方たちはどなたですか?」
「あぁ、これね。これの件で陛下に会いに来たんだよ」
「また厄介事か?」
「まぁ、そのようなものです。あっ、転移魔法のことは終わりなので、それ以外のことは、箝口令なしで大丈夫ですよ」
「全くお主は……」
ケビンは、眠らせている月光の騎士団たちを起こすことにして、眠りの魔法を解除した。
「……ぅ……ん……」
次々と目覚め始める月光の騎士団たちは、ハッキリとしない頭で周囲を見渡すと、自分たちに注目している騎士たちや、玉座に座っている国王の姿を目にして混乱以外の対応ができずにいた。
「目が覚めた? とりあえず逃げ出さないように結界を張ったから、無駄な努力は止めてね。面倒くさいし」
「ケビンよ、そやつらは何だ? 儂に会いに来た理由なのであろう?」
「えーと、とりあえずあっちの4人は犯罪者です。罪状は婦女暴行」
「何じゃと!?」
「この人たちは、ダンジョン都市で【月光の騎士団】っていうクランを切り盛りしている冒険者たちです。それであっちの4人が、立場を利用して高い宿に女性を連れ込んでは、大人数で凌辱していた人たちです」
「大人数? 4人しかおらぬが?」
「10人はウシュウキュで既に犯罪奴隷に落として、残り26人はダンジョンで殺しました」
ケビンの伝えた内容に国王たちは一様に顔を顰めた。それは、ケビンのしたことに対するものではなくて、今しがた伝えられた犯罪者に対してのものである。
「どれだけ被害者女性がいるのかは、把握しておりません。中には精神に異常をきたしたからと、奴隷として売り払われた子もいるそうです」
「それは誠か?」
「はい。本人たちが親切に教えてくれたので」
国王は犯罪者たちに視線を向けると、腕を失くしている者がいることを確認して、とても親切で教えたわけではないことが容易に想像できたが、罪状が罪状なので全くもって同情の余地がないと切り捨てた。
「犯罪者たちについてはわかった。して、そこで転がっておる女性は何じゃ? 被害者か? 気を失っておる上に怪我が酷いようじゃから、急いで回復術士でも呼んだ方が良いの」
国王がアイナのことを指摘すると、サバトは一瞬身構えてアイナを抱きかかえている手に力が入った。
「それはしないでください」
「何故じゃ? 傷だらけなのじゃから助けねばいかんじゃろ」
「そこのゴミも犯罪者ですので」
「ゴミ? お主が女性に対してその様に言うとは、何があったのじゃ?」
国王はケビンが女性に対して優しいのは熟知しているので、そのケビンをして“ゴミ”と言わしめる目の前の女性が、一体何をしでかしたのかとても気になってしまった。
「罪状は不敬罪ですね」
「不敬罪?」
「俺は、貴族ではなく平民らしいのですよ。そこの転がっている女性からしてみれば」
「そやつが平民なら、知らなくても仕方がなかろう?」
「いえ、れっきとした貴族ですよ。アランドロン子爵家の令嬢みたいです」
「貴族令嬢なのにお主が伯爵であることを知らぬのか? アランドロン子爵家当主は何をしておるのじゃ? おい、誰かアランドロン子爵家当主を、この場に国王命令で召喚せよ」
国王の命令により、騎士の1人が慌ただしく謁見の間を後にした。
そんな中、事態が刻々と深刻化していく模様に、サバトは生きた心地がせず、アイナを持つ手も小刻みに震えていた。
「して、不敬な態度が気に食わなかったのか?」
「俺に対するものは我慢ができるのですけど、ティナたちを侮辱された時に頭にきたのですが、それでもまだ我慢はしていました」
「ということは、我慢のできなくなった何かが起きたのじゃな?」
国王の言葉に、サバトは額から汗を噴き出した。アイナの取った行動が、国王の前で公になろうとしているのだ。
「義父さんを、無能呼ばわりにされたんですよ」
「父さん? そやつは、カロトバウン家の当主を侮辱したのか?」
国王の言った言葉にサバトは我が耳を疑った。かの有名なカロトバウン家の名前が飛び出したのだ。さすがにこれは看過できないと、不敬を承知で横から話に割り込んだ。
「不敬を承知で尋ねます! 何故今、カロトバウン家の名が出たのでしょうか!? 私たちは、カロトバウン家に敵対などしておりません!」
「お主、冒険者であるというのに、その様子から察するとカロトバウン家のことを知っておるのか?」
「私が冒険者になる以前は、アランドロン子爵家にて雇われていました。ここにいるアイナお嬢様とも、その時からの付き合いであります」
「そうか。して、目の前の子供が誰だかわからぬのか?」
「……わかりません」
「ケビンよ。自己紹介はちゃんとしたのか?」
「ちゃんとしましたよ。ケビンって名乗りましたし」
「でもあやつは、わけがわからぬ様子じゃぞ?」
「そこまで責任は持てませんよ。こっちは平和的に話をしていたのに、突っかかってきたのはあっちですし」
「お主にも困りものよな。そこの者、ケビンはな、カロトバウン家三男でサラ殿の息子だ」
「――!」
サバトは絶望した。手を出してはいけない貴族家の者に、手を出してしまっていたことに。貴族に属していた者として、知らないでは済まされない相手に。
あまりの絶望に抱えていたアイナを落とし、サバトは天井を仰いだ。もう、取り返しがつかないところまできていたんだと。
そんなサバトに、団長パーティーのメンバーから声がかけられる。
「副団長、カロトバウン家とは何なのですか? とても凄そうなのは、雰囲気から察することが出来るのですが」
メンバーからの問いかけに、サバトは力なく説明を始める。
「カロトバウン家とは、貴族界の中で絶対に手を出してはいけない相手なんだ。敵対するなど以ての外だ」
「そんなに凄い権力を持った貴族なんですか?」
「権力は普通だ……ただの男爵家だからな。問題はそこじゃない。権力の代わりということでもないが、圧倒的な武力を持っている」
「お抱えの強い兵士でも、沢山いるので?」
「違う。お前も冒険者なら聞いたことがあるだろう? 生きる伝説として言われている【瞬光のサラ】の名を」
「えっ!? あの伝説の!?」
「彼女の嫁ぎ先がカロトバウン家だ。そして、目の前の子供がサラ殿の息子であり、サラ殿が息子を溺愛しているのは貴族界では誰しもが知っていることだ。そしてサラ殿のあまりの強さに、カロトバウン家には絶対に手を出してはいけないというのが、貴族界で暗黙の了解として決められている」
「そ、そこまでですか!?」
「お前、サラ殿が暴れだしたら誰が止められると思う? お前は止められるのか? 片手間でドラゴンを殺す相手を」
「……」
「そういうことだ。そして俺たちは、そのサラ殿の息子と敵対してしまった。ここまで言えば、後はどうなるかわかるよな?」
「……」
メンバーたちは、一様にサバト同様絶望していた。たった1つの団長の過ちから、生殺与奪を握られてしまったのだ。
そんな様子をケビンは気にするでもなく、我関せずといった感じで国王に対して話を進めだした。
「陛下、話の続きですが、彼らはカロトバウン家を侮辱したわけではありませんよ?」
「ん? 父さんを、無能呼ばわりにされたのじゃろ?」
「くくっ、父さんは父さんでも、この場合は義理がつきますよ?」
ケビンは、揶揄う様な表情を見せて国王に伝えるのだが、当の国王は見当がつかないようで一所懸命に考えているのであった。
「わからぬの……」
「ふふっ、あなた。ケビン君は、あなたのことを義父さんと呼んでいるのよ」
今まで黙ってことの成り行きを見守っていた王妃は、ケビンの様子にピンときて朗らかな微笑みを向けながら、国王がわからずに考えていた答えを差し出した。
「ん? ……ん!? 儂か? 儂の事なのか!?」
「そうよ。アリスの婚約者なのだから、あなたは将来ケビン君の義父になるのでしょ?」
「そうか……そうなのか! 儂のことを義父さんと呼んでいたのか!」
「良かったわね、父親思いのいい息子ができて」
「そうじゃな。儂は幸せじゃ」
そんな幸せ絶頂な国王に、ケビンが続きを話し始める。
「つまりですね、そこの女性は子供に爵位を授けた陛下のことを、国を守れぬ無能だと言ったので、我慢の限界を超えたんですよ」
「そうか、そうか。ケビンは、儂のために怒ってくれたのじゃな」
国王は無能呼ばわりにされたことよりも、ケビンに父親扱いを受けて、自分のために怒ったのだとわかると、目の前の女性に受けた不敬など、些細なことでしかなかったのだった。