第136話 団長との勝負?
ケビンが振り返ると、そこには剣を片手に構えたまま切っ先をケビンに向けている団長の姿があった。
「はぁぁ……まだ何か用があるのか? お前の相手をしているほど暇じゃないんだが」
「団員を目の前で殺されて、ただで帰すと思ったのか?」
間が空いたことによって気を持ち直したのか、口調が戻っているアイナに対して、ケビンがアホの子を見るかのような目付きで見ると、そのまま視線をサバトへと向けた。
「団長、彼らは犯罪者です。殺されて当然のことをしていたのですから、仕方ありません」
「……ま、まだ不敬罪の件がある。貴族に楯突く愚かしさを思い知らせねば、私の沽券に関わる。こいつらは、アランドロン子爵家に泥を塗ったのだぞ!」
「それについても――」
「お前はありもしない伯爵家当主という話を信じるのか? どこの国に子供に対して爵位を授ける国王がいる? そんな者がいればその国は終わりだぞ? 子供に爵位をやるような無能に国は守れん! 偽りの話だ!」
アイナの言葉に、ケビンはとうとう我慢の限界が来た。目の前で義父となる国王を無能呼ばわりにされたのだ。
そんなケビンの変わりゆく雰囲気も然る事乍ら、ティナたちも将来の義父に暴言を吐いたアイナに対して冷たい視線を向ける。
「いいだろう……相手をしてやる。お前には仲間たちを侮辱された時点で、頭にきていたんだ。更には、陛下を無能呼ばわりした時点で我慢の限界を超えた」
右手に愛刀の黒焰を持ち、剣呑な雰囲気に身を包んだケビンが答えると、サバトはすぐさまアイナに向かって叫んだ。
「団長! 今すぐ謝るんだ!」
「ふざけるな! 何故私が謝らなければならない! 謝るのはあいつの方だ!」
「殺されるぞ! 先程の威圧を忘れたのか!」
そんな2人のやり取りに、ケビンが横からアイナを挑発する。
「来ないのか? 来ないならこちらから行くぞ?」
「うるさいっ! 黙れぇぇぇっ!」
アイナは剣を構えて、ケビンへと間合いを詰めながら斬りかかろうとすると、振りかぶる前に甲高い金属音が鳴り響いた。
――キンッ!
「おい、それは目に見えない剣か何かか? 魔剣の類か?」
ケビンの言葉にアイナは一瞬疑問を持つが、そのまま剣を振りかぶるといつもより軽いことに違和感を感じる。
その違和感の正体を確かめるべく剣に視線を向けると、ガードより先の刃に当たる部分が存在していなかった。
「なっ!?」
「そんなおもちゃで、命のやり取りをするつもりなのか?」
アイナが周りに視線を泳がせると、離れた場所にその刃が落ちていた。
「殺し合いの最中によそ見とは……恐れ入るな」
ケビンはよそ見をしているアイナの腹部を、刀を持たない左手に魔力を纏わせ強化すると、そのまま殴りつける。
「ぐふっ!」
たったそれだけでフルプレートの腹部はめり込み、アイナの額からは脂汗が溢れ出て、痛みに苦悶の表情を浮かべながらその場に膝をつくと、サバトから横槍が入る。
「そこまでにしてくれ!」
サバトがケビンに懇願すると、ケビンは視線を向けてそれに答えた。
「仲間たちを侮辱され、更には陛下を侮辱しといて、腹パン1発で終われだと? お前、馬鹿か?」
「そ、それは……しかし、君が伯爵である証拠がない!」
「ついでに言うと、陛下は俺の義父になる人だ。目の前で義父を無能呼ばわりにされて、黙っていられると思うのか?」
「――!」
「仮にも子爵令嬢たる者が、陛下を無能呼ばわりにしたんだぞ? どんな釈明があろうと死罪は免れない。まぁ、そこは陛下が決めることだが」
ケビンは視線をアイナに向けると、その体を蹴り飛ばして勢いの衰えぬままアイナは壁へと激突した。
「がはっ!」
「やめて欲しければ仲間たちに謝罪しろ。陛下を無能呼ばわりにしたことを撤回しろ。それ以外の発言は認めない」
ケビンはアイナに一瞬で詰め寄ると、胸ぐらを掴んで投げ飛ばした。飛ばされたアイナはゴロゴロと地面を転がり、元の蹴り飛ばされた場所まで戻る。
「ぐっ……がはっ……ゴホッゴホッ……」
「どうだ? 謝る気になったか?」
「だ……誰が……貴様らなんぞに……」
「そうか……」
ケビンはそれからもアイナを痛めつけては、謝罪するかの質問を繰り返していった。
アイナは既に喋る気力すら残っていないのか、罵倒することもなくなってきており、無反応になってきていた時にサバトが呟くように懇願してきた。
「た、頼む……もう止めてくれ……団長はもう動けないんだ」
「そうだな……それなら回復させるか。《ヒール》」
「――!」
サバトの懇願にケビンが回復魔法をかけて応えると、今までのことがなかったかのようにアイナの傷が完治しており、これでようやく終わるのだとサバトが安堵するのも束の間、思いもよらぬことがケビンの口からこぼれ落ちる。
「さて、これで続きができるな」
ケビンの言ったことは、サバトを地獄へと突き落とす言葉だった。回復魔法が使える以上、アイナが謝罪しない限り終わりがないことに気づいてしまった。
「団長! 頼むから謝罪してくれ! 先程の言葉を撤回するんだ!」
サバトがアイナに呼びかける中、再びケビンがアイナを蹴り飛ばしてその場から離れると、飛ばされたアイナは再び責め苦に呻くことになった。
「ぐはっ!」
「謝る気になったか?」
「……す……すみ――」
アイナの言葉が終わるよりも早くケビンの攻撃が入ると、再びアイナは転がっていく。
「早く謝った方が身のためだぞ?」
「ず……ずみま――」
またもやアイナが言い終わる前に、再びケビンは蹴り飛ばした。
アイナは既にボロボロと成り果てて涙を流して泣いており、サバトの言う通りどうにか謝ろうとするも、それを終える前にケビンによって攻撃されて妨げられてしまう行為が繰り返されていた。
そんな終わりのない行為もアイナではなく、別の者によって終わりを告げることになる。
「ケビン君……もういいよ。それ以上はケビン君の心がダメになっちゃう」
「……」
ケビンは声をかけてきたティナに視線を向けると、ティナが続きの言葉を発した。
「ケビン君、私たちのためや陛下のために怒ってくれてありがとう。とっても嬉しかったよ。だけど、今のままだとケビン君がダメになっちゃう。いつもの優しいケビン君に戻って。私たちの愛してやまないケビン君に」
「……わかった」
ケビンはアイナの胸ぐらを掴んで持ち上げると、最後となる言葉を口にした。
「答えろ」
「ずみまぜんでじだ……ごめんなざい……もう……ゆるじで」
「これが最後だ」
ケビンはそう言うと、最後に腹部を殴りつけた。
「ぐぶぉっ!」
それが終わると手を離してアイナはその場に崩れ落ち、サバトはすぐさまアイナに駆け寄って声をかける。
「大丈夫ですか! アイナお嬢様!」
「その呼び方……お前、使用人だったのか?」
ケビンの疑問に、サバトは静かに語りだした。
「私はアランドロン子爵家に勤めていた者です。アイナお嬢様は、騎士になることを両親に強く反対されてしまい家出をしたのですが、その際に心配で私はついてきていたのです」
「つまり、こいつの今の現状には、お前も少なからず責任があるということだ。お前がしっかりと教育を施していれば、こうはならなかったはずだぞ」
「誠に返す言葉もありません」
「それと、今からこいつを王城へ連れていく」
「そ、それは――!」
「こいつは、仲間たちに謝りはしたが、陛下を無能呼ばわりにしたことは撤回していない」
「……」
「それに、俺が伯爵だと信じていないのだろう? ちょうどいいじゃないか、俺が嘘つきかどうかもわかるしな」
「し、しかし――」
「今さら何を言おうとも遅い。おい、お前ら、仕方ないからお前らも王城へ連れて行く。そっちの月光の騎士団たちもだ」
これからの予定を伝えたケビンにニーナが駆け寄り抱きしめると、不意のことでケビンはキョトンとしてしまう。
「ケビン君、あんまり無茶をしたらダメだよ? 怒るのに慣れていないんだから、ケビン君の心が悲鳴をあげちゃうよ?」
「……」
「ね?」
「……ありがとう」
そんな2人の元へティナやルルも歩み寄ると、ニーナに抱かれているケビンにティナが尋ねる。
「ケビン君、あの方法使うの? 大丈夫なの?」
「とりあえず《スリープ》。これで寝ている間に転移すれば何とかなるよ」
ケビンが魔法を唱えるとティナたち以外の者が、深い眠りについた。
「いきなり行って怒られないかな?」
「んー……多分、大丈夫じゃない? わかるように魔法陣を展開するし、マリーさんだったら気づくと思うよ」
「もし気づかれなかったら?」
「笑って誤魔化す?」
「絶対、怒られるパターンだよ」
「その時は俺1人が怒られればいいだけだから。ティナさんたちは、俺に巻き込まれただけだしね」
それからケビンたちは、国王へ事前報告なしに王城へと転移するのだった。