第10話 こんな時にメシウマですか?
~ 王女side ~
今日は、お披露目会で私も参加しなくては行けないらしく、気が乗らない中、お父様やお母様と一緒に会場入りした。
お父様の開会宣言が終わると、予想通りに来るわ来るわ媚びた顔した貴族共が……
自分の子供を私に押し付けて、自分たちはお父様たちとの歓談に勤しんでいる。
ここに来ている貴族全員と、挨拶をしなきゃいけないなんて疲れるだけだわ。早く終わってくれないかしら。
また一人また一人と貴族の子供を捌いていると、ふと目についた一組の親子……
母と子の二人組で、父親の姿が見当たらなかった。外せない仕事でもあって来ていないのだろう。貴族にしては珍しい方だ。
普通、国王と会える機会なんて早々ないことから、ここぞとばかりに会いに来る貴族が大多数なのに、爵位が高くてよく会ってでもいるのだろうか?
「お母様、あちらにいらっしゃる親子連れの方はどなたですの? 父君がいらっしゃらないようですけど」
「あの方はカロトバウン男爵家のサラ夫人よ。一緒にいるのは確か……ケビン君だったかしら。ふふっ、相変わらず溺愛しているのね」
そう楽しそうに教えてくれるお母様を見ると、親しい間柄の知人なんだろうかと推測してしまう。
「お母様のご友人でいらっしゃいますの? 王宮でのお茶会ではお見受けした事がございませんけど」
「友人ではなくて有名な方なのよ。貴族なのに貴族らしくない方ですから」
「それは、どういった……?」
「彼女はね、元冒険者なの。Sランク冒険者になれる人だったのに、結婚するからってあっさり辞めてしまったのよ。当時は物凄く惜しまれたわ。Sランク冒険者になれる者なんて中々いないのに、その地位に固執していないんですもの」
「そんなにお強い方なのですか? そうは見えないのですが」
「そういった評価をして彼女に近づいた者達は、例外なく斬り伏せられたわ。それも瞬く間に……そこから付いた二つ名が《瞬光のサラ》なのよ」
「お母様はどうしてそこまでお詳しいのですか?」
「ファンだからよ。同年代の女性が私の知らない世界で活躍しているのよ? 気になるのは当たり前だわ。それに、冒険者は危険な仕事だから生傷も絶えないはずなのに、何故かあの方だけはいつも無傷で帰ってくるのよ」
「無傷でですか!? 流石にそれは信じ難いです」
「でも、実際にそうであったから嘘などではないわ。さらに凄いことは、彼女はソロで活動していたのよ。たまにパーティーを組んだりもしていたようだけど、基本はソロプレイヤーよ。強いモンスター相手でも一人で戦ってしまうのよ。その上での無傷!」
お母様の話は聞けば聞くほどに有り得ない話だった。それに、相当入れ込んでいるのだろう。段々と話し方が力強くなってきた。
お母様……少し怖いです。
確かにそんな方でしたら、挨拶になんか来ないですわね。地位に興味がないのでしたら、こんな茶番の会もさぞつまらないのでしょう。義理で参加しているようなものですわね。
あぁ、もう少しで挨拶も終わりそうですわ。やっと開放されるのですね。あとは、ニコニコとここに座って時間が経つのを待つだけで済みそうですわ。
次の方で最後ですか……早く階段を上がってきて終わらせてくださいな。あら、何故俯いていらっしゃるのでしょう? 体調でも悪いのでしょうか?
王女がそう思った次の瞬間には、その者が大きな声で言ってはならないことを口にしていた。
「死ねぇぇっ!!」
その方はいきなりナイフを取り出し、階段を駆け上がりながら私を突き刺しにかかった。恐怖で言葉も出ない状況であったが視線だけは動いた。
目に付いたのはキラリと光る簡素なナイフ。こんな物でも人の命は奪えるのですね。当たり前ですね、刃物ですものね。
「きゃーーっ!!」
どこかの夫人の叫び声で会場は騒然とする。今まさに、一国の王女が殺害されようとしているのだ。
あぁ、誰かが叫んだみたいですね。視線で探していたら襲いかかってきている男の後ろの方、延長線上に先程話に聞いていたサラ夫人とケビン君がテラスで食事を摂っているのを見つけた。
私が殺されようとしているのに、呑気に食事ですか……いえ、それも仕方がありませんね。襲撃に気付くはずないのですから。護衛騎士達ですらまだ反応できていないのですし。
そんな事を思いながらも再度見ようと視線を向けると、二人はこちらを見ていた。
襲撃に気づいていたのでしょうか? ことの成り行きを見守るつもりなのでしょうか?
そんな中、ケビン君と目が合ったような気がした。
笑いかけられている? そんなわけあるはずないのに……今この会場でそんな余裕のある人など居ないのですから。
あぁ、今思えば短い人生でしたね。最後に見たのがケビン君で良かったです。襲撃者の顔を見て死ぬのなんてまっぴらごめんです。そう思いながら覚悟を決め目を瞑る。
……
あれっ!? 中々痛くならないですね。流石にナイフで刺されれば痛いと思うのですが。刺されてないのでしょうか? それとも騎士に押さえつけられたのでしょうか?
恐る恐る目を開けると、私の目の前には氷の壁が建っていました。襲撃者のナイフは氷に刺さってしまったようです。
なんか間抜けな顔を晒していますね。ざまぁです。
襲撃に失敗した者は、間抜け面を晒しつつも次の一手を取ろうとしていた。しかし、手と足が氷漬けになっているのを確認し驚愕した。
「一体どうなってやがる。魔術師は居ないはずじゃなかったのか!」
それは、正解ですね。確かに今夜は護衛出来る騎士しか連れてません。魔術師は非番なんですよ。騎士の中でも魔法を使える者は居るんですけどね。
それにしても、一度安全とわかってしまうと心にゆとりが出来るものですね。相変わらず襲撃者は何かを叫んでいるようですが、今の私にとってそれはどうでもいい事です。
今大事なのは、目下の魔法を誰が使ったのか? それの解明の方が優先度高いです。騎士は動けていなかったのですから、騎士の誰かがこれをしたとは思えません。
では、参加している貴族の内の誰かという事になります。貴族の中にも魔法に長けた方はいらっしゃいますし、名乗り出ては貰えないのでしょうか? お礼も言いたいですし。王女の命を救ったのですから、褒美はデカイですよ?
襲撃者は騎士に取り押さえられて、連行されていきますね。なんとも簡単なお仕事です。動けない襲撃者を捕まえるだけとは。これは、一度テコ入れが必要ですね。お父様に進言しなければ。
「アリス、大丈夫なの? 怪我してない?」
「大丈夫ですわ、お母様。この氷の壁が守ってくださいましたもの」
「一体誰の仕業なのかしら? 貴方、娘の命を救って下さった方を探してくださいませんか?」
「そうだな。可愛いわが子を救ってくれた者に感謝せねば。手際よく襲撃者も無力化したようだしな」
「それについてお父様、発言したいことがございます」
「何だ? 言ってみるがいい」
「護衛に就いていた騎士たちは、腑抜けているんじゃございませんか? 誰一人助けに駆けつける者がいませんでしたもの。それに、騎士たちが動き出したのは、襲撃者が無力化されてですわ」
「確かにな。今回の件は儂から騎士団長に厳しく伝えておこう。今一度、騎士たちを鍛え直すようにな。それにしても、いくら弛んでいるとはいえ、騎士たちよりも迅速に行動出来た者がいるとなると、王宮へ召し抱えたいものだが……ここに居るのは貴族たちだから諦めるしかないだろうな」
「貴方、それよりもその迅速に行動した者を見つけるのが先ですわよ」
「そうであったな」
そう言って、お父様は立ち上がり前へ進み出た。
「皆の者、聞いてくれ。今しがた、我が娘アリスが襲われたが、幸い大事に至らなかった。よって、我が娘を守ってくれた者に感謝を述べたいのだが、名乗り出ては貰えぬか? 褒美を与えようと思う」
会場は騒然としたものから一転、逆に静まり返った。貴族たちは誰が名乗り出るのか周りをキョロキョロとしだしている。
しかし、一向に名乗り出る者がおらず、会場はまた違う意味で騒然としだした。
「この場で名乗り出るのも憚られるやもしれんな。後でも構わぬ、是非名乗り出てくれ。感謝したい気持ちに嘘偽りはないゆえ。今回はこんな事が起こり締まらぬやもしれんが、これにてお披露目会を終了とする」
お父様の終了宣言と共にポツポツと貴族達は帰途につく。やはり、名乗り出ては貰えませんでしたか。一体誰の仕業なのでしょう? 謎は深まるばかりです……
お父様も事後処理の指示でまだ帰らないようですし、一つ一つ整理していった方がいいかもしれませんね。
確かあの騒動の中でおかしな動きをしていた者は……
そうでした! 確かあの時、呑気に食事をしていた者がいました。その後は襲撃者に反応して観察していた様に見えましたし……
カロトバウン家の二人だけは違う空気でしたね。それに、ケビン君は笑っていたようにも思えますし……
恐怖に染まる中で見かけたものですから、見間違いの可能性は否定できませんが、あの時笑いかけてくれたのは何故でしょう?
わからないことはお母様に聞くのが一番ですわね。カロトバウン家の事でもありますし。
「お母様、少しよろしいですか?」
「何かしら? 今日は大変な目にあったから、疲れて休みたいなら構いませんよ」
「違いますわ。ひとつ教えていただきたいのですが、もし恐怖に陥っている人に対して、別の人が笑いかけてくる行為ってどういう意味がございますか?」
「それは、簡単なことよ。恐怖に陥っている人を安心させるために笑いかけるのよ。別の方法なら抱き寄せて安心させる事もあるわね」
やはり、そうでしたか……ここは核心に迫るべきですね。
「お母様、先の守ってくれた方に心当たりがあるのですが」
「それは本当なの!?」
「もしかしたら気のせいかも知れません……何分、襲われていたので混乱していたかも知れませんし」
「構わないわ。言ってみなさい」
「あの時、叫び声をあげた方を反射的に目で探してしまいまして、その時にテラスにいた、カロトバウン家の方が目に付いたのです」
「あぁ、サラ夫人ですね。相変わらず我関せずで、ケビン君と食事でも摂っていたのでしょう?」
「そうなのです。その時には、人がこんな目にあっているのに呑気に食事を摂っていて不快な感じがしたのですが……襲撃者が近づいてきて再度テラスを見た時には、私の方を二人とも見ていたのです。あたかも、襲撃に気づいていたかのように」
「そうねぇ……サラ夫人ならありえない事でもないかしら。一線を退いたとはいえ、実力のある冒険者でしたから。それに、さっき言った通り我関せずの人で、ここには護衛騎士もいたから、ことの成り行きでも見守っていたのかもしれないわね。まぁ、その騎士達は、反応出来ず仕舞いの役立たずでしたけどね」
たまにお母様は毒づく事があるのですけど、結構ズバッと言いますね。近くで控えている騎士は聞こえてしまったのか、なんとも言えないような顔付きで居心地が悪そうですね。
「では、やはりカロトバウン家の方が、助けてくれたのでしょうか?」
「それはわからないわ。サラ夫人は近接戦闘タイプの方ですから、魔法は得意ではなかったはずよ」
それは私も予想していました。話に聞いた限りでは、剣を振って戦う方のようですし。ここで更に核心に迫るとしましょう。
「では、ケビン君はどうでしょうか? あの時、笑いかけてくれた様に見えたのです」
「ケビン君……? さっきの譬え話はここに繋がるのね。もし、笑いかけられていたのなら可能性はあるかもしれないけれど、あなたと同じまだ5歳の子供よ? 宮廷魔術師並のアイスウォールを使えるかしら? 刃物で突き刺しても崩れなかったのよ。もし、それをケビン君がやったのなら、彼は魔術師として天才とも言えるわよ?」
確かにあの氷の壁は立派な物で、今なお残り続けています。騎士達も砕くのに一際手を焼いているようですね。
「やはり、気の所為だったのでしょうか……てっきりケビン君が守ってくれたと思っていましたのに」
「あらあらこの子は……ケビン君に一目惚れでもしたのかしら? そんなに気になるようでしたら、お父様に頼んでみたら? 後日、王宮への出頭をお願いして、事情を聞くのもいいかもしれないわ。サラ夫人が応えてくれるかどうかは分かりませんが」
「なっ!? お母様、私は別にケビン君の事なんて……そ、それに、国王からの出頭を断る人なんていないはずです」
「それこそが、カロトバウン男爵家の他貴族とは違う唯一のところなのですよ。サラ夫人が強すぎるせいで、迂闊に強気には出れないのです。当主の方は温厚で仕事熱心な方だから、出頭を命じられたら応じるのですけど、サラ夫人だけは別。ケビン君を中心に考えるから、その時の気分次第になるはずよ」
「そんな事が許されるのですか? 不敬罪では?」
「許すも許さないもないのですよ。彼女が本気を出したら王国は終わります。S級冒険者になっていないのも、偏に彼女が気分屋であるところが大きいのです。真面目にやっていたら、とっくにS級冒険者になっている程の実力者なのですから」
それほどの人だったとは露ほどにも思いませんでした。そんな人が何故男爵家にいるのでしょう? 謎が深まるばかりです……
「では、一縷の望みを掛けて出頭をお願いするしかないのですね。お礼も言えないままなんて、私のプライドが許せません」
「ふふっ、そうですね。お礼が言いたいのか、ケビン君に会いたいのかは聞かないでおきましょう」
こうして、今宵のお披露目会は幕を閉じるのであった。