第9話 お披露目会へ
夕方になり、そろそろ出かけようかという時間帯になる。
会場は立食パーティー形式になっているそうで、夕ご飯は食べていかないようだ。会場で思う存分食べて欲しいからだそうだ。
「それでは行きますよ」
「はい、母上」
見ず知らずの貴族たちが集まる社交界とあって、さすがの俺も対貴族用の言葉遣いに変更した。
母さんに使ってみたら、いつもと違う雰囲気だったので中々楽しめたようであり、楽しくはしゃいでいた。
馬車へ乗り込み王宮へと向かう。道すがら周りを見ると綺麗にライトアップされたりしていて、さすがは王都だと感じた。
王宮へ到着すると何台もの馬車が止まっていた。門には衛兵というよりも騎士といった感じの人が立っている。
「さぁ、中へ入りましょう。そろそろ始まるわ」
「時間ギリギリなのに、ゆっくりしていて良かったのですか?」
「だってケビンは、あまり来たくはなかったのでしょう?」
「――!」
「ふふっ。ケビンの驚いた顔が見れただけで、今日はもう満足よ。伊達に母親はやっていないのよ? 可愛い我が子の悩みなんかお見通しなんですから」
「母上には敵いませんね。一生勝てない気がします」
「そうね。母は強しと言うでしょ? 簡単には勝たせてあげませんよ」
そう語りあいつつも王宮の中へと入り、大ホールへ向かうのだった。
大ホールへと到着すると、タイミングよく開催の挨拶が行われた。豪華な服を着た、いかにも偉そうな地位の人が一歩前へ出る。
「第17代 アリシテア王国、国王陛下が参られる。皆、静粛に」
へぇ……ここってアリシテア王国っていうのか。興味なかったから全然知らなかった。それだけでも来た甲斐はあったかな。
それから奥の舞台袖らしき所から、これまた煌びやかな服装に身を包んだ老齢の男性が出てくると、その後に女性と少女が順に出てくる。
「今日の善き日に、皆が集まれたことを心から感謝する。ライル・ド・アリシテアの名の元、今年度のお披露目会の開催をここに宣言する」
その宣言と共に花火が上がる。こっちの世界って花火があったのか? それとも魔法か魔導具か?
外へ出ることの出来る窓際をキープしているせいか、花火がよく見てとれた。
それからは、皆思い思いに過ごしているようだった。王様に挨拶へと向かう者や、知人と挨拶を交わす者……
それにしても子供をダシに王様への挨拶とか強かだな。下心丸見えだろうに。
俺にとってはどうでもいいお披露目会だから、当初の予定通りに晩ご飯代わりとして色々と食べ物を物色していこう。
「母上、お飲み物は何になさいますか? お取りしますよ」
「そうねぇ、果実酒にするわ。種類はケビンに任せるわね」
「母上のご期待に添えるよう努力します」
「ふふっ。お願いね」
俺の言葉遣いが楽しいのか、終始ご機嫌である。
俺はドリンクコーナーへ向かうと、給仕がいたのでオススメの果実酒と自分用にジュースを受け取る。
それを両手に母さんの所へ向かうと、テラスでゆっくりしようということになった。
何気に母さんは俺が飲み物を取りに行っている間に、食事を取り分けて準備していたようだ。
「外の方が静かでいいですね。こういう食事もたまになら悪くないです」
「そうね。ケビンは陛下に挨拶とかしなくていいの? 王女様もいらしているそうよ? 恐らくケビンと同じ初等部に入学するから、お友達になれるかもよ?」
そういえば、挨拶組の子供は王女の方へ集って行ってたな。あれに混ざれというのか……想像しただけでも無理だな。
「母上も人が悪い。こうしてここで一緒に食事が摂れていられれば、私はそれで満足ですよ。母上に勝るものなどありません」
「ふふっ。そうね、ケビンはそういう子だものね」
ひと時の食事を楽しんでいると、あたりの空気が少しだけ変わった気がした。ふと母さんの様子を窺うと、母さんも何かに気づいたようであった。
「どうやらネズミが紛れ込んだようね。さて、どうしたものかしら? 知らせてあげてもいいのだけれど……」
「騎士たちがいるので平気なのでは?」
「それもそうね。面倒事は騎士たちに任せましょう。それよりも、ケビンとの食事が大事ですもの」
「一応、警戒だけはしておきます。万が一母上に怪我でもされたら、居た堪れないですから。母上は私がお守りします」
「相変わらず優しいのね、ケビンは。代わりに私はあなたを守ることにするわ」
二人で楽しく談笑しながらも食事を続ける。賊が潜んでいるにも関わらず緊張感はないが……
『サナ、賊が紛れ込んでるみたいだから、警戒を怠るなよ』
『イエス マイロード』
ケビンはサナに警戒させながらも、自らはお腹がすいていたためにご飯を食べ始めていた。
「それにしてもあのネズミさんは、挨拶に行く時にでも実行に移すのかしら? 警戒が緩くなった所を狙うなんて中々の手練ね」
「そうですね。毎年恒例となると警戒もそれなりに緩くはなりますよ。同じ事の繰り返しですから。なおかつ挨拶に来るのも子供連れの親ですし。子供には警戒が薄まりますからね」
「ケビンは聡明ね。そんなところまで考えが及ぶのだから」
「そんな事はないですよ。一般論ですよ」
それにしても襲撃されるとは、何か恨みでも買っているのかな? まぁ、王家だったら恨みとか関係なく狙われそうだけど。
それに比べ俺は男爵家ではあるが、普通の家庭に生まれてよかった。ソフィに感謝だな。
そんな事を考えていると、サナから報告があがる。
『襲撃者が動くみたいですよ。見た感じナイフで襲うみたいですね』
『そうか、わかった』
“見た感じ”って、そもそもサナはどうやって見ているのだろうか? システムだから体とかないはずなんだが。
なんて事を考えていると、ホールの方から女の人の叫び声が聞こえる。
……始まったか。
それにしても、この肉料理は美味いな。白いご飯が欲しいところだ。とりあえず口の中のものを飲み込んでから、母さんに話しかける。
「どうやら、始まったようですね」
「そうね。是非とも騎士には頑張って欲しいところではあるけど、大丈夫かしら? 反応できていないように見えるわ」
襲撃者の先には王女がいた。襲撃者は王女狙いなのか? あらら、王女は顔が恐怖で染まってるぞ。折角の可愛い顔が台無しだな。
護衛騎士は一体何をしているのかね? 護衛できていないし名前負けしてるな。
とりあえず、バレないように助けるつもりだけど……笑いかけとくか? 少しは安心するだろう。
さて、どうやって助けるかだが……ここから走った所で間に合わないし、助けたのがバレバレになっちゃうから魔法でも使うか。刺されないようにするためには壁が必要だな。
土魔法だと透過しないから死角ができてしまうし、風魔法だとあたり一帯吹き飛ばしそうだし、ここはやはり水魔法でちょいちょいっと氷の壁でも作りますかね。
もうすぐ王女の所に到達しそうだな。本当に役に立ってないな騎士は。あぁ、王女は諦めて目を瞑っちゃった。
見ていないなら今のうちに魔法使ってしまうか。無詠唱はまだ覚えてないから、いつも通りサナにサポートを任せよう。
『《アイスウォール》』
ついでに襲撃者も動けないようにしておくか。
『《アイスロック》』
口に出して呪文詠唱した訳でもないし、これで誰も俺が魔法を使ったことはわかるまい。さて、楽しい食事の時間にでも戻りますかね。
「ケビンったら、いつの間に魔法を使える様になったの? お母さん、ビックリしたわよ」
あれ? こっそり使ったのに何でバレているんだ……ヤバくないか? これ。
『サナえも~ん! ヘルプ!』
『ボク、サナえもん。どうしたんだい? ケビ太君』
『母さんが魔法使ったのに感づいたんだよ。便利な魔法を出してくれよ』
『それは、魔力の流れを感じ取ったんだから仕方ないよ』
『そんな事が出来るんだったら、最初から教えてくれよ』
『呪文詠唱のサポートにまわってたから仕方ないじゃないですか! それが嫌なら【無詠唱】を覚えて魔力を隠蔽して下さい』
それもそうか……結局、迂闊な俺が悪いのね。
「ケビン? 黙っているけどお母さんに隠し事するの? 悲しいわ」
「え、えっとね、前にね、魔法使いたいなぁって思って、試行錯誤してたら出来たから、どう説明したら上手く伝わるか考えてたんだよ」
バレないような必死な言い訳をしてしまい、ついつい口調がおかしくなってしまった。
「あら、そうなの? 別に不思議なことじゃないわ。素質のある人はそうやって魔法を覚えていくのよ?」
「えっ!? そうなんですか? 魔法使いの弟子になるとか、学校で専門的な事を教わるとか、そんなことをしないといけないと思ってました」
意外となんとかなったみたいで、おかしくなった口調が戻せた。別に不思議なことではなかったらしい。無駄に焦って損した気分だ。
「まぁ、普通はそうなるわね。でも、ケビンは素質があったから、独学でいけたのよ」
「そうなんですね。教えていただきありがとうございます。てっきり自分が異常なのだと思って、話してませんでした」
「ケビンが異常なわけないわ。私の可愛い子供なのよ? ケビンを“異常だ”なんて言う人がいたら、お母さんが産まれてきたことを後悔させてあげるわ」
やはり母さんを怒らせると怖いようだ。産まれてきたことを後悔させるって一体なにをするつもりなんだ? 聞くだけで後悔しそうな雰囲気なんだが。
そうこうしているうちに、襲撃者は捕えられたようだ。ようやく働いたのか護衛騎士よ。遅すぎやせんかね。
「予定外のことも起きたし、お開きになるみたいね。帰りましょうか、ケビン」
「はい、母上」
こうして襲撃者は何もすることなく、お縄についたのだった。色々と計画を練った上での襲撃だったんだろうが、無駄になったな。
哀れ、襲撃者よ……極刑は免れないだろうから、安らかに眠るといい。