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我輩、猫の身空で世界を救う  作者: U輔
セントリーエルの怨絶竜
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序章 かつてのいつか


「『竜』を越えるにはどうすればいいか、って?」



「何、君、僕たちの事嫌いなの?」



「違う? 興味? ……まあ、向上心があるのは良いこと、か」



「……そうだな。魔術に差はない。武具もそれなり。サイズ差は……まあ君クラスになれば関係ないもんね」



「性別? 竜に性別はないし、君の性別はゴリラだろ? はは、怒るなって。おこ……そんなに怒ることないだろ! 聞けよ人の話を! あー! 一回! 一回は一回だからな! 覚悟しろよ!」



「……」



「……いや、僕とこれだけ殴り合って原型留めてるんだから、人としてはそれで満足しとけよ」



「駄目? 駄目なの? ……ま、君はそういうやつだよな」



「でも、……うーん、人のまま『竜』を越える、ってのは、やっぱり無理があるんじゃないのかな」



「『人』でなくなればどうか、って?」



「……はは、やっぱり面白いな、君は」



「そうだね、そこまでして僕らを越えたい、って言うのなら、一つ教えよう」



「この世で最も上手く魔術を扱えるのは、竜だ。竜の体と、竜の魂だ」



「だけど、人の体と魂は、どうにも相性が悪いものでね。いや、本来魔術は『竜』にしか扱えないものなんだから、そこは当然ちゃあ当然なんだけど」



「だから」



「いつか」



「僕と君の血を引くどこかの誰かが、その『枷』から外れたならば」



「そんなことが、もしも出来たのなら」



「それがきっと、僕らをも越える力になるんだろう」





 青がある。

 ……。

 背が受けるのは、高所の風。大の字になった五体が仰ぐのは空の群青で、落下の速度はきっと、身を砕くに充分なものだ。

 落ちる。

 ……ああ。

 一瞬、気が遠くなっていた。確かに我輩は彼女に『いつでも掛かってこい』という趣旨の許可を与えていたが、それがこうも性急に実施されるとは思っていなかったからだ。

 魔力に由来した打ち振るいの風は、残暑の大気を連れ去って竜巻になった。その爪の端に我輩の襟首を引っ掛ければ、この未成熟な体を百メートルの高空へと連れ去るには何の疑問もない。

 問題は今、我輩の服装が、

 ……胸下まではだけている。

 ワンピース姿で『そう』されれば、当然の帰結として『こう』もなろうと言うものだ。

 端的に言って、格好悪い。

 不運だったのは今日の我輩がブラジャーを着けていなかった事。幸運だったのはエーラインタイプのワンピースだったので胸下に絞りがあり、結論だけ言えば最低限の尊厳は保たれた、と言う事だ。

 無論、下の方は晩夏の太陽に御開帳状態だが、今日は熊柄なので問題ない。最低限と言っただろう。あくまでな。

 とは言え、

 ……ちょっと真面目に……。

 どうにかせねば、落ちて砕ける。我輩の直下に広がるものはなだらかな丘陵地帯を覆う芝生様。その下は湿りの強い土だが、無論、百メートルの落下を受けきるような弾性は持っていない。

 しかも、

 ……追撃!

 落下の結果が生じるより前に、砕きのための『力』はまるでこちらを抱くようにして昇竜してきた。

 炎だった。



「今日こそ、と言わせてもらいましょうか、ミルネシアさん……!」

 言葉に篭る熱を隠しもせずに、現実の熱を投じるように放ってきたのは少女の姿だ。

 我輩をこの空へと連れ去った犯人。そしてダイナミック痴漢案件の容疑者だ。

 首だけを下へと巡らせ、風に音鳴るワンピースの裾を鬱陶しく思いながら、我輩は言う。

 ……貴様、今の我輩の姿を見て何か言う事はあるか?

 彼女からはきっと、舞う我輩の尻が見えているだろう。距離があるのでバックプリントが確認出来ているかは微妙だが、こちらの言いたい事はきっと伝わるはずだ。

「ごめんなさい!」

 謝れるのは良い事だが、炎球を三つ四つと増やしながら言う事でもない気がする。

 迫る。大気を焦がす音が風鳴りに似て響き、

「しかし、それとこれとは別問題! 容赦なく行きますわよ!」

 炎球の数がついに十を越えた辺りで、初撃の二つが我輩の体へと食らい付いてくる。

 ……解っていないな、モルガナ。

「な、何がですの!」

 やはり、と我輩は口端を歪めながら、言う。熱はもはや肌を焼く近さだが、

 ……このパンツ、見えるか? 口を開いた熊のデフォルメキャラがデザインされたプリントインナー、『またぎ』だ。熊狩りのマタギと『股』あるいは『跨ぎ』を掛けたブランド名には貴様も覚えがあるだろう?

 いかん。少し早口になっているし炎が迫っている。つまり何が言いたいかと言えば、

 ……しかもシリアルナンバー付きの初期ロット物だ! 焼くには惜しいだろう! さあ、炎を引っ込めろ!

 二発が炸裂した。



 ああ、と我輩は、内心で嘆息する。

 この体を得て二ヶ月。モルガナと出会ってからもおよそ二ヶ月。我輩なりに人の文化を学んでみた気にもなっていたが、相互理解とは難しいものなのだな、と、そう思う。

 途端、

「――!」

 我輩の直近で熱波が風に散り、赤が砕けて空に同化し、消え去った。

 攻撃を受けたのはこちらではない。パンツでもない。迫る二つの炎球の方だ。

 その砕きを見舞ったものを、我輩は落下の中で体を下へと向け直しながら確認する。

 ……虎。

 黒い毛皮をした、大型の四足獣。それが二匹、唐突に空に生じ、打ち上げられてきた炎球を二発同時に咀嚼したのだ。

 我輩の左右から射出され、カウンターで炎へ突っ込み、牙が閉じ、その後には余波だけが残った。

 黒の虎は二体共に健在。それらは己を自由落下に任せながらも、モルガナが放ってきた残りの炎を自ら望んで食みに行く。

 対するモルガナもまた、そんな事は想定の内と、そう言うかのように『次』の手を打ってくる。

 即ち、その左腰に『佩く』ものだ。その柄に右の手を添え、弓が弾ける寸前の緊張を孕む。

 ――。

 ふ、と言う我輩の息漏れには、きっと笑みが伴った。

 対応として我輩が放ったものが生じた位置は、落ちるこちらの、その背後。

 即ち、尚高き空。そこ、遥かな天上にて統べる青に、

 ……。

 絶大な存在感を追加する。

 魔力がごそりと持っていかれる。変じた魔素が、我輩から黒の魔力光を棚引かせ、確かな結果を出力する。

 影。

 生じた現象とその帰結に、我輩の直下の丘陵地帯が、にわか雨の直前のような陰りを帯びた。

 数十、否、数百メートルに収まらない範囲が陽光の遮りに飲まれ、我輩の望みが果たされたことを証明する。

 振り返り、その威容を確認すれば、

 ……竜。

 青と白。兜様の頭部。アーマー状の装甲。剣の集合に似た、翼と脚。

 巨大な竜種がそこに出で、

 ……さあ。

 その姿に満足し、我輩は再度、直下の『彼女』へと視線を送る。

 ……貴様の望みを、叶えに来い。

 我輩の『日常』の始まりは、二ヶ月前へと遡る。


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