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第8話 『世界最強の冒険者と世界最恐の魔物と』

8話です。よろしくお願いします。

 メーデイアに一応の報復をした。

 ただ、状況はひっ迫していたためフレアの多重詠唱一回くらいのことしかしなかった。

 

「……だって、明らかに無茶してるの、分かったから……。自分の身体鞭打って、壊れていくファウ君を見るのは辛かったんだから」


 僕とメーデイア並んで、街まで走る。加速の魔法を用いているため、ロイスは僕に背負われている。背中から寝息が聞こえる。無理もない。初めてのクエストとは思えない上々な出来だった。

 日は西に傾いている。もうじき日が暮れる。

 日が沈む前には、街に到達し

 

「君の思惑に背いて、結局僕は冒険者を辞めていない。何のために『黄昏』を解雇されたんだろうね、僕は」

「もっとっ! もっと、私とか団長とかファウ君と家族のように接してくれたパーティの人たちの気持ちを考えてよっ! ……『呪い』のことは私しか知らなかったにしても、身体の不調はきっとみんな気付いていたんだから。言えなかっただけなんだから……どうせ、引き下がらないって思っていたから」

「しかし、僕の不調が続いていた。症状も悪化している。だから、『呪い』のことを団長に伝えた。解雇するように頼んだ」


 それっきり、彼女は口を閉ざしてしまった。

 見れば、西日を反射して、雫が空中に舞っている。――涙を流していたのだ。


「心配なんだからっ! 家族が傷ついているようなものだし、放っておけるわけないじゃん!」

「――ごめんね。メーデイアの考えを軽く考えてた」

「……謝っても、冒険者は続けるんでしょ?」


 彼女は、僕の何歩か手前に出て、止まった。目の前には町の外れが広がっている。

 振り返って、涙を拭うメーデイア。怒っているような、悲しんでいるような複雑な表情だ。

 僕はそんな彼女を直視できず、目を逸らした。


「言わなくても、分かるよね?」

「……まったく、もう。呆れた、この冒険馬鹿。好きに生きて、好きに野垂れ死んでしまえばいいんだ」

 

 あーあ、心配した私が馬鹿だった。と、気の抜けた声を空に向けて放った。

 そして、目尻に溜まっていた涙を拭うと、酷く呆れたように笑った。


「ばーか、ばーか。もう、好きに生きたらいいよ、ばかファウ君」

「お言葉に甘えて、君の言うとおりにさせてもらうよ、メーデイア」

「もう知らないんだからね。――さ、急ご? 団長からもらった仕事だけはきっちりこなさなきゃ」


 当然だ。再び走り始めたメーデイアを追って僕もまた、走り始める。




※  ※  ※  ※




 ギルドに駆け込むと、まず受付嬢のお姉さんのもとに行き、事情を説明した。

 

「魔物出現率が二十倍に跳ね上がっている……!? そんな話、今までで聞いたことがないです!」

「証拠は僕の記憶しかないかな。最下位魔法の『真実伝達』で受付嬢さんに僕が『大森林の入口』で見てきたものを見せますね」


 カウンターに立った受付嬢さんが手を伸ばしてもらう。僕はその手を握った。『真実伝達』は、記憶が伝わる対象と身体の一部が触れていないと発動しない。しかし、発動してしまえば虚偽の記憶を送ることは一切できない。見たもの触れたもの聞いたもの嗅いだもの、それらのありのままを伝える。

 手を握り返されたのを確認して僕は魔法を発動した。

 僕が見てきた映像を受付嬢さんに共有する。その間、五秒。


「……ファウストさんの言っていることが事実であることは証明されました。初めて聞く話ですが」

「僕だって初めて聞くんだ。だからこそ、このクエストの情報が欲しい」

「かしこまりました。すぐに依頼関係の資料を持ってきます」


 カウンターの下にもぐった受付嬢さんは、すぐに数枚の紙を取り出してカウンターに提示する。依頼内容について書かれた書類と依頼主によって書かれたとされる依頼の手続き書類だ。

 

「アイレから聞いた話なんだけど、依頼主が匿名なんだって」

「仰る通りでございます。手続き書類には名前が記されているんですが、口頭で匿名の依頼にしろ、とお願いされたので」

「だけど、匿名の依頼を受けることはギルドじゃ、原則禁止なんじゃないですか?」


 メーデイアが口を挟む。彼女の発言はもっともだった。

 依頼主との信頼関係が生まれなければ、基本的にギルドは依頼を引き受けない。何せ、冒険者の命を預かっているのだから。素性の知らない人間から引き受けた依頼を、冒険者に斡旋することはギルド自体の信頼低下に繋がるのだ。

 

「メーデイアさんの言う通り、匿名の依頼は原則禁止なんです。ただ……、依頼主からこちらのようなものを手渡されたので……」


 カウンターに出されたのは一枚の『推薦書』と書かれた紙。

 僕とメーデイアはその内容に目を凝らす。

 



※  ※  ※  ※




 推薦書

 冒険者ギルド 大森林支部へ

 以下の依頼にA級以上の大型パーティを推薦する。

 依頼 上級クエスト・『大森林』の異常な魔物出現率の謎の解明

 

 

 

※  ※  ※  ※

 

 

 

 このギルド――正式名称、冒険者ギルド大森林支部のA級以上の大型パーティの指名。

 ……かなり出来過ぎたお話じゃないか。


「まるで、『黄昏』を依頼に指名しているようなものじゃないの、これ」

「きっと、そうでしょうね。わざわざ事細かにパーティの条件を提示しています」

「……そして。ギルドの支部じゃこの推薦書に逆らえない、というのも十分に頷けるよね」


 メーデイアが推薦書の一番下に書かれたある者のサインを指さした。

 

「だって、推薦者がSSS級の冒険者の一角、メイザース・レゴラなんだから」


 メイザース・レゴラ。その名前は、冒険者じゃない人間でも一般常識として覚えられている。

 なぜなら、SSS級の冒険者は冒険者の頂点といわれ、この世界にまだ二人しか存在しないからだ。

 そして、SSS級の二人にはギルドの本部から一つの特権が与えられていた。

 その特権が――支部ギルドへ依頼の推薦書を送ることだ。なお、支部ギルドはその推薦書に記されている依頼を拒否することはできない。本部ギルドから送られてくる書類と同等の効力を持つのが、推薦書と呼ばれるシステムだった。


「SSS級の片割れが、どうしてわざわざ『大森林』に……!?」

「ギルド側もその真意は分かりません。真意を聞くにしても、彼の所在は明らかじゃないので……」

「推薦書が偽物である可能性は?」

「限りなくゼロに近いです。このギルドの統括者――ギルドマスターによる審査は通過しましたので」


 ギルドマスターを通して推薦書の確認がとれたなら、もはや偽物だと疑うことはできない。

 これは以前、受付嬢さんから聞いた話だが、各ギルド支部の統括者には本部から事前に推薦書の真偽を確認する道具が配布されているらしい。

 推薦書にはその道具でしか確認できない特殊な魔力が込められており、本物の推薦書の場合は、道具が反応を示してくれる、とのことだった。

 

「このギルドに拒否権はなかった。そして、『黄昏』にクエストを斡旋したんです。体面的には自然な流れで依頼を頼んだのですが、半ば強制的に彼らを依頼に駆り出したようなものです。あのクエストは、ちょうどファウストさんとロイスさんがクエスト受注した直後に依頼があったんです。上級クエストとして『黄昏』に斡旋したのですが、すんなりと承認していただけました。……依頼を受注されてから、斡旋したまでの流れです」

「依頼主の名前は……どうしても、教えていただけないですか?」

「すいません。個人情報の開示はできないです。依頼主との契約ですので。ただ、外見の特徴くらいなら」

「それだけでもいい、ぜひお願いします!」

「わ、私からも重ねてお願いしますっ!」


 僕が深く礼をすると、続いてメーデイアも頭を下げる。唐突に頭を下げられたからか受付嬢さんは「そ、そんなかしこまらないでいいですよ! 私にできることはそれくらいですので!」なんて慌てて遠慮してきた。

 

 僕らが姿勢を正すと、受付嬢さんは手元に一枚の白紙を取り出し、魔法を詠唱し始めた。

 『記憶投影』という読んで字のごとくの魔法は、記憶の中に残っている一部分を紙に投影する最下位魔法だ。魔法の発動により、徐々に紙に一枚の絵が浮かんでくる。

 その絵に浮かんでいたのは――見たことがない男だ。紫がかった黒髪が目にかかっている。前髪の奥からは、鋭い黒の眼光がこちらを睨んでいた。身体は真っ黒のローブを纏っていた。


 不気味な男だ、というのが僕が最初にこの絵に感じた印象だった。こちらを睨んでいる目は、何かしらの憎悪に満ちているように見えた。ぞくり、と背筋が震える。

 

「なあ、メーデイア。この画像があれば、ひとまず人探しはできそうか?」


 僕は横でじっと絵を見ていたであろう、彼女の方を向く。そして、彼女の様子がおかしいことに気付いた。どっと、汗を流している。視線が虚ろだ。


「おい、どうしたんだっ……、メーデイア」

「団長との、連絡がたった今、途絶えたんだけど。え、あの……、嘘でしょ?」

「本当か!? 団長に何があったんだよ、伝達役! 『黄昏』の様子は!? 『大森林』は――」


 メーデイアが、僕を見上げる。

 目に浮かんでいるのは、恐怖や絶望に類似した感情だ。


「い、いったい何が――」

「『大森林』に、災害級の魔物が突如出現した。それも、『黄昏』の目の前に」


 僕は、言葉を失った。

 災害級魔物。

 何百年、何千年に現れる超常現象の類。

 SSS級の冒険者パーティでようやく対峙できるとされる伝説的な化け物。

 むろん、A級の『黄昏の夜明け団』では太刀打ちできない。

 

 ……『黄昏の夜明け団』が、危ない。本能が警鐘を鳴らす。

 行かないと。僕が、行かないと。

 ――僕が、殺さないと。

 たとえ、自分の命を削ってでも。

 

「……受付嬢さん、ロイスをよろしくお願いします」

「え、あっ、どうしたんですか!? いきなり後ろ向いて! って、ロイスさん、寝てる!?」


 僕は受付嬢さんに背中を向けた。「ギルドの控室とかで寝かせておいてください」とだけ伝える。彼女は案外すんなりと、ロイスを抱きかかえた。

 

「今から戦いに行くので、ロイスを預けておきます」

「……ええと。話が急すぎてついていけないんですが。とりあえず、ファウストさんは生きて帰ってこれるのですか?」


 受付嬢のお姉さんは心配そうな顔つきをしていた。

 胸に抱えているロイスと僕とを交互に見やっている。

 もしも、僕が帰ってこなかったらロイスは一人ぼっちになってしまうから、心配してくれているのだろう。

 僕は、すやすやと眠るロイスの頭を優しく撫でた。

 そして、たった一つの固い決意を誓う。

 

「帰ってこれるか、じゃない。帰ってくる。絶対にロイスは、一人にしない」

「……あなたのその言葉さえ聞ければ、私は十分です」


 早急にやるべきことをやってください! ロイスさんはこちらが責任もって保護しますので! 受付嬢さんは暖かい笑顔で僕を見送ってくれる。

 絶対に帰ってきますから。もう一度、胸に誓う。心に刻む。

 

「幸運を願っています」

「ありがとう。受付嬢さん。ロイスを頼みます。――メーデイア、今すぐ現場に向かうよ!」

「え、う、うんっ!!」


 紫髪の少女を我に返らせると、彼女の手を引き、ギルドを飛び出した。

感想評価よろしくお願いします〜

次回更新は明日6/19の夕方ごろです。

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