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第7話 『黄昏の夜明け団』

第7話です。

 ――黄昏の夜明け団は、槍に長けた『雷鳴』、盾に長けた『巨城』、弓に長けた『嵐』、回復魔法に長けた『信徒』という四人の上級冒険者を幹部として、その傘下に若手の冒険者を配属したパーティだ。

 そして、組織全体を統括するのが団長こと、剣士ガーベ。

 ――通称、『鬼神』。

 当代最強とされる剣士にして、僕の師匠。


「『大森林』のクエストって中級までしかないでしょ。上級パーティの『黄昏』で挑んだとしても物足りない内容のものばかりのはずだけど」

「それは、あたしから説明させてもらおうか、ファウスト」

「……アイレか」


 団長の前に出てきたのは、くびれた腹を露出させる防具を身にまとった、浅黒い肌の女性だった。後頭部で結われた白い髪が、風に揺られてしなやかに揺れる。腰に携えているのは、長年使いこまれてきたであろうしなる木材で作られた弓。ロングブーツが地面を蹴った。

 黄昏の夜明け団、幹部。

 弓使いのアイレ。通称『嵐』その人だった。


「ファウスト、解雇のことは団長から直々に伝わっている。皆悔やんでいたが、団長の采配だ。あたしからは何も反論できない」

「気にしないでくれよ。僕も棟に納得しているんだから。だけど……、結局冒険者は辞められないらしい」

「あんたらしいよホント。『黄昏』一の冒険馬鹿だった男だ。ここを抜けたからって冒険しないわけがないよな」


 パーティを組めなかったら引退していたかもしれない、っていうのは秘密だ。ロイスがパーティに誘ってくれたおかげで僕は引退する気が失せたのだ。

 本題に戻そうぜ、という団長の鶴の一言に、アイレは頷いた。

 

「今朝、ギルドに突如、上級クエストの依頼があったんだ。場所はここ『大森林』の最奥部。依頼の内容は、『大森林』の異常な魔物出現率の謎の解明。依頼主は――」

「ちょっと待って。今、異常な魔物出現率って言ったよね?」

「ん? ……ああ、確かに言ったねえ。依頼内容の欄にでかでかと書かれている」


 異常な魔物出現率。

 下級クエスト『ヒールの実の採集』で大量発生したスライムの映像が脳裏をよぎる。


「なるほど、だからさっきは、あんなに魔物と遭遇したのか」

「ファウスト、何か心当たりでもあるんかい?」

「なあ、アイレ。『ヒールの実の採集』で一体以上の魔物が出るのって珍しいかな?」

「かなり珍しいだろうねえ。何度か受けた奴の話を聞いたことがあるが、どいつもこいつも一匹のスライムしか出くわさなかった、つまんない、って文句垂れてた。だが、それとあたしらの受けているクエストに何の関係が」

「もしも」


 僕の声も心なしか委縮していた。今、『大森林』に立ち入ってはならない。冒険者の経験則が必死に訴えている気がしてならないのだ。


「もしも、そんな、一匹のスライムとしか遭遇しないのが確定とされているクエストで、その二十倍の量のスライムと遭遇したとしたら、それは明らかに異常だよね?」


 黄昏の一同が、ざわつく。「まさか」と声を漏らすアイレの目は、驚愕に染まっている。


「これは僕の推測だけど、『大森林』の魔物出現率は通常の二十倍、もしくはそれ以上まで跳ね上がっているかもしれない」

「おいおい……、冗談も大概にしてくれよ、ファウストの兄貴」


 アイレの横から出てきたのは、がっしりとした体つきの不精ひげを生やした槍使いだった。

 幹部その二、長槍使いのブロンテ――通称『雷鳴』

 ぼさぼさの髪を掻きながら、いぶかしげに僕の方を睨んでくる。


「僕が言ったことは、全部本当だよ。『大森林の入口』の現状を見てからでも遅くはない……引き返して複数パーティでクエストに挑んだ方が」

「……それができりゃ、とっくにそうしてるだろうよ、ファウストの兄貴」


 ――だって、これは大型クエストじゃない。ただの上級クエストだ。

 ブロンテの言葉ではっ、と気づく。

 大型クエストというのは、複数パーティで参加できる上級クエストのことであり、通常の上級クエストは、一つのパーティで依頼を受けなければいけない。一パーティに依頼するか、それとも複数パーティか。判断を下すのは依頼主である。

 むろん、依頼する側は複数パーティに依頼すれば、参加パーティ分の費用を払わねばならないため、出費がかさむ。ゆえに、大型パーティを依頼するのは、国や、高位の貴族に限られる。その点、上級クエストの方が安価で済むし依頼しやすいのだ。

 

「ちなみに依頼主は誰?」


 アイレが依頼の内容を記した書類を広げながら答える。

 

「実は匿名なんだ。『大森林』付近在住としか書いていない。あ、ただ」

「ただ?」

「備考欄にこんなことが書かれているんだ。『魔力の影響か、大森林の面積も日に日に増している。それも目に見える速度で。このままでは街も森に侵食されてひたすら跋扈する魔物の餌食になるだろう』――なーんて言ってる傍から」


 アイレが僕の足元を指さす。足元は苔に覆われていて、いかにも『大森林の入口』のような地形で。


 地面が、隆起する。

 何かが、地面から這い出てくる。


「……ロイス、聞こえているか?」

「もちろん聞こえていますよ。……下、ですよね」

「ああ。――片づけられるか?」

「任せてくださいっ!」


 直後、僕の後ろの地面に剣が突き刺さる。

 ロイスは高速抜刀から、地面に剣を突き刺していた。切っ先には、緑色の液体、『スライム』だった残骸が付着している。


 『黄昏』にざわめきが広がる。無理もない。

 大森林は、確かに目に見える速度で範囲を拡大しているようだった。

 

「なあ、ファウストの兄貴。後ろにいる小さい娘はお前の連れか? 見たことがありそうな顔だ」


 幹部の一角を担うブロンテは周囲のざわめきに構わず飄々としている。さすがは上級冒険者として名が知れている人間ってだけはある。


「僕の新しい相棒だよ。『大森林』のロイス、で通じるかな?」

「あー、『黄昏』が依頼を受けた最後の『大森林』クエストのときの迷子か。偶然にも迷子だった奴の相棒は、迷子だった奴ってことだな」

「偶然にも程があるけどね」


 後ろに隠れたロイスに目配せすると、彼女は顔だけ表に出す。ブロンテは気のいいおっさん然とした陽気な笑顔をロイスに返した。しかし、すぐさま彼女に隠れられてしまい、やや悲しい顔になった。


「団長――ちなみに、このクエストは依頼中断可能なのかな?」


 僕は、パーティを静めた団長に向けて確認を取るが、首を横に振られた。

 

「中断は不可能。だが、中断可能でも、このクエストは『黄昏』がやらなければ誰もやらずに見て見ぬふりをされてしまうだろうな。あの街を本拠地としているパーティで最強なのが俺たちだ。なら、俺たちが依頼を受けなければ話は進まない」

「世界には『黄昏』以上のパーティだっているんだ。その人たちが依頼を受ければいいじゃないか」

「A級の『黄昏』よりも強いS級はたいていが国家と結びついているため自由な活動ができない。結びついていないパーティもいくつかあるが、きっと彼らは『大森林』にこれっぽっちの興味も持たない」


 ――俺らがやらなければ、あの街は滅びるから。

 だから。『黄昏の夜明け団』は戦わなければならないのだ。

 ヒーローにならなきゃいけないんだ。団長はあくまで団長だった。

 

「ファウスト、俺はパーティを引き連れて、クエストを遂行する」

「ああ、どうせそうすると思ったよ。で、僕ができることは何だ?」

「クエストの依頼主の情報をできるだけ探してくれ。伝達係としてメーデイアを連れさせるから」

「…………えっ、メーデイアを、ですか?」

「ああ、そうだが……。何か問題でもあったか?」

「いえ。ただ、ありがとうございます、とだけ」

「なんで感謝されたのかは分からないが……とりあえず頼む。メーデイア経由で『大森林』と『黄昏』の様子を伝えるようにするから」


 了解、とだけ伝えると、団長を先頭にして『黄昏の夜明け団』の隊列が、小走りで『大森林』へ進んでいった。森に薄い霧がかかり始めてすぐにパーティの姿は見えなくなった。

 残されたのは、僕と、ロイスと、たった一人の少女。濃い紫のサイドテールが震えている。

 涙目の少女は、こちらを見るや否や、びくっ、と大きく震えた。

 それもそのはず。今の僕の顔はきっと鬼をも泣かせるくらいに怖くなっているだろう。

 何故だろう。理由はいたって簡単。


「この野郎、勝手に『呪い』のことバラしやがって……ただじゃおかないよ? メーデイア」

「置手紙読みました許してください怒らないでファウ君!?!?!?!?」


 多重詠唱のフレアを彼女目掛けてぶっ放す。

 そう、この少女こそが。

 『黄昏の夜明け団』に僕と同期で入った少女で、僕が唯一『呪い』のことを打ち明けた人間で、『呪い』のことを団長に密告した張本人。

 名前を、メーデイアという。


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