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第2話 『魔術師、一応の引退宣言をする』

2話目ですが、主人公は引退するそうです。

 夜明け前に寮を出た。

 

 置き土産に、団の同期の少女……すなわち、団長に僕の『呪い』の件をばらした張本人の部屋の扉に手紙を貼っておいた。

 文面には、でかでかと『覚 え と け よ ?』と書き殴ってある。手紙を読んだ彼女がどんな顔をするのか想像するとご飯が三杯は食える。臆病だから絶対涙目で空に向かって「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい~~!! 大盛ご飯二杯おかず大盛で許して~~!!」って泣き叫んでそう。


(団員のみんな……、アイツのことは頼みます)


 自分が団から去ることで、あの天然ボケ少女は上手く生きていけるのかが心配になった。

 だけど、これは彼女の起こした事の顛末だ。親離れと思って逞しく生きてほしい。何様だ。

 

 ……こんなわけで、軽い憂さ晴らしは済み、早朝から開いていた食堂で朝食をとると僕は真っ先にギルドへと赴いた。


 もちろん、冒険者を引退するか、続けるかを真剣に悩みながら。


 『呪い』に耐えながら、冒険者を続けていれば、おそらく十年も経たないうちに死ぬ。

 根拠はないが、『呪い』にかかってからの二年間で、僕の魔術は大きく衰えたのは事実だ。それこそ、かかってから一年くらいは、通常時でもギリギリ上位魔術を使えていたが、今では下位魔術しか使えないのだから。それも、一日五発が限界だ。


 魔術は、最上位、上位、中位、下位、最下位の五段階のランク付けがあり、最上位が一番強く、最下位が一番弱い。最上位魔術を使える人間は、この世界でも十人に満たないとされていた。


 かつての僕はその十人以内の一角を担っていたわけだが、今はこのザマだ。結果、最上位魔術を使える人材は一人減った。最上位が使える人間が特定されていないおかげで大ごとにならずに済んだけど。

 

 それこそ『呪い』にかかる前は僕も最上位魔術をバンバンぶっ放していた。

 ……そんな過去を顧みると、『呪い』による身体の侵蝕速度は日に日に速くなっているのは明確。


 あれ? ――あと十年生きるのも怪しいんじゃないか? ここ一か月は血痰も止まらないし。

 血痰は関係ないかもしれないけど、一流の冒険者として日頃摂生に努めているつもりだったから、体調に異常が出るとすぐに『呪い』のせいにしたくなる。

 

 考え事にふけっているうちに、僕はギルドに到着していた。

 ギルド、というのは数多にある冒険者パーティを統括する組織で、ここで主にパーティの登録をしたり、パーティにクエストを斡旋したりする。その他にも、稼いだお金を預けたり、引き出したりする『銀行』や冒険に役立つ物品を販売する『雑貨屋』が存在する。

 

 ギルドの門をくぐれば、忙しなく行きかう冒険者たちが一斉にこちらを振り向いた。

 あー、まずい? まずいかな? 僕は視線を逸らした。

 普段、『黄昏の夜明け団』は集団で行動している。実は、ギルドにソロで入ったのは初めてだった。

 ちょっとした異常。しかし、冒険者はその異常に敏感だった。

 

「おう、黄昏ンとこのファウストじゃねえか。今日は連中と一緒じゃないのか?」


 ギルドの受付にいた禿頭のおっさんが予想していた通りの問いを投げてくる。彼とは、たまにクエスト帰りにばったり会うと酒を飲みあう仲だった。昨日も夜通し酒を飲んでいたのだろう、頬はうっすらと赤らんでいて、ぼーっとした笑みを向けてくる。

 

「銀行で金を下ろすだけだよ、大したことじゃないだろ?」

「お前にしては珍しいな。クエスト帰りに連中に急かされながら金を下ろしているのはよく見ていたが」

「たまたまだよ。久しぶりに散財しちゃってね」

「…………」


 まだ、若干いぶかしげな視線を向けてくる。どうやら自分は嘘が上手くないらしい。

 さて、どうするか。

 事情も知らない連中に「パーティから戦力外通告を受けた」って言ったらどうなるだろう。きっと、猛烈な勧誘を受ける。『呪い』の存在を微塵も知られていないがために。

 どうするのが、最善策だ? 考えている間もなかった。逃げ道は一つしかない。

 

「金を下ろすのもそうだけど……、ギルドに一つ、連絡を入れるためにここに来た」

「なンだよ……やはり隠し事があったんじゃねえか。勿体ぶらずに言えって」

「そう急かさないでよ。僕もあんまり言いたくなかったんだからさ」


 でも、ケジメはつけなければいけない。

 これまでの冒険者生活にサヨナラするために。


「この度、ファウストは『黄昏の夜明け団』から戦力外通告を受けて、解雇された」


 ギルドにもたらされたのは響く僕の声と刹那の静寂だった。

 だが、次の瞬間――、どっとざわめきが起こる。

 多かったのは困惑の声、次点で勧誘しようか相談している声か。誰もかもが、情報の真偽を問うために僕へと押し寄せてくる。どれもこれも『黄昏の夜明け団』がこの街で一番のパーティだからだろう。おまけに僕はその中でも要となるメンバーだった。中には、団長の采配を批判する声もあったくらいだ。それくらいには実力者だった自覚もある。


「嘘だと思ったら、団長のもとに直接出向いてくれ。それが唯一の証拠だから」


 真偽を確かめるべく、冒険者の波が団の寮へと向かっていった。

 しかし、次に押し寄せてきたのは、僕をパーティに入れようとする者の人だかりだった。聞いたことのないような新規のパーティはもちろんのこと、一度は聞いたことあるような中堅のパーティの名前が挙がっている。

 やはり、『黄昏の夜明け団』の名前は大きいし、その中の役職的にも僕は大型新人的な立場に立たされているのだろう。

 だが、残念かな。――僕は『黄昏』以外のパーティに入る気がない。

 新しくパーティを作る予定もない、今のところ。冒険者間の人脈はそこそこ持っているとは思うが、それとこれとは話が違う、というものだ。別にわざわざパーティを組みたくなるような人間はいない。

 押し寄せる波が増していく。ええい、そこを退け。退くんだ! 僕は、僕は――、

 

「僕は今日限りで、冒険者を引退しようとしていたんだっ! だから、勧誘もやめてくれ!」


 世界が、凍った。外気が一度は下がった。咄嗟についた嘘は、まるっきり嘘ではなかった。

 冒険者を引退するか、続けるか。結局ギルドに到着するまでに結論には至らなかった。『黄昏』の一員だったときは、引退なんて全く考えなかったのに。

 

「ファウスト……、オマエさん、正気かァ?」

「正気だよ。もう十分やりきったって思ってる。だから、いまのところはこれでいい」


 きっと、僕は冒険が好きというより、あのパーティが好きだったのかもしれない。

 だから、ひとまず引退宣言をしてしまった。ほら、復帰するのは自由だし。

 ほらほら、散った、散った。見世物じゃないんだから。押し寄せてきた冒険者たち向けて、しっ、と手を払うと人だかりは解消していった。今はまだこれでいい。僕のやる気が――冒険意欲が再燃するまでは。再燃するのかすら、分からないけど。

 


なんか3話目もできてしまったので間をあけて投稿します。

次回、ヒロイン登場します。

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