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第10話 『夜明けの魔術師、あるいは終わることのない夜の始まり』

前日昼に掲載した10話を読み返したらあまりにも読みづらかったので、いったん消して再投稿しました。これで少しは呪いの野郎の正体がわかりやすくなるか…?

 …………ぼんやりとした明かりが見える。

 ここはどこだろう。

 

 知らない天井。どうやらわたしはいつの間にか眠っていたらしい。

 身体を起こしてみる。あたりを見回した。殺風景な小部屋にわたしはいた。部屋の中には、わたしが寝そべっていたベッドと簡素な机と椅子が一式あるだけ。あ、あと机の上に救急箱らしきものが置いてあるだけだ。

 なんとなく知っている匂いがした……これはギルドの匂いだ。しかし、ギルドのどこにこんな場所があったのだろう。

 ちょうどその時、部屋の扉が開いた。


「あ、ロイスさん。起きていたんですね」

「受付嬢さん……、わたしはいったい……っ」


 そこでようやく思い出す。そうだ、わたしはファウストさんと一緒に初級クエストに挑んだんだ。そして、正式にパーティに入れてもらえた。『大森林』の魔物出現率が跳ね上がっていたから、彼に背負われて森を脱出すると、『大森林の最奥部』に向かう『黄昏の夜明け団』と対面した。

 その後の記憶はあいまいだ。


「ファウストさんの背中で熟睡していた貴方をギルドの方で保護したんです」

「……あの人は、どこに行ったんですか?」


 しばらくの間があって、


「ファウストさんは、かつてのお仲間さんを助けに行きましたよ」

「えっ……、ってことはまた『大森林』に?」

「そうです。それも、最深部に行きました。彼は貴方を巻き込まないために、置いていったんですよ」


 確かにわたしは駆け出しの冒険者だ。むろん、冒険者としてのキャリアがあるファウストさんの力にはなれないのだろう。


「そう、ですか」

 

 俯く。唇を強く噛み締める。

 正直、あんな初級クエストじゃわたしの力はすべて発揮できていない。冒険者として段階を踏むための依頼だとは分かっていても、心のどこかでは物足りない自分が叫んでいる。


 受付嬢さんは、机上にわたし分の夕食を置いて、ギルドの業務に戻っていった。「絶対に、ファウストさんが帰ってくるまでギルドから出ちゃいけないですよ」と釘を打たれる。

 扉が閉まると、わたしはまた一人になった。ベッドに背中を預ける。

 深い溜息。憧れた人に必要とされたいけど、必要とされない現実を突き立てられた。


 わたしは彼と初めて出会ってから冒険者として(・・・・・・)一流になるために鍛錬してきた。

 だから、なおさら辛くて、苦しい。


 血筋は上流の貴族。魔術師になるようスパルタ教育を施されたが、結局魔法の才能が芽生えなかった。そして、とうとう『大森林』の奥地に捨てられた。十歳の時だ。

 しかし、運命っていうのはどこに転がっているのか分からない。

 『大森林』の奥地で、凶暴な龍・・・・と遭遇したわたしはただただ行くあてもなく、命からがら木々の間を逃げまどっていた。ファウストという少年に出会ったのは、ちょうどその時だった。

 

 わたしが、そこで見たものは――流れるように放たれる最上級魔法の多重発動。

 爆炎が、濁流が、疾風が、迅雷が、闇が、光が、目にもとまらぬ速さで黒龍を撃ち抜いていく様ははたまた幻想。

 後にその龍の強さが準災害級魔物だと知ると、尚更彼に憧れを抱くようになった。

 災害級魔物に次ぐ強さを持つその魔物をたった一人で撃破したのだ。

 そのころから彼への憧れは収まることを知らない。

 魔術師ファウスト――『黄昏の夜明け団』の通称『夜明けの魔術師』、その背中を追った。

 ずっと、今まで。

 

 五年前、ファウストさんとの別れの時に貰った一枚の推薦書はリュックの奥に大事に保管してある。

 

 彼から推薦書は、とある魔術師宛てのものだった。

 『黄昏の夜明け団』団長と長年信仰がある魔法剣士(・・・・)であり、後にわたしの師匠となる男宛ての。

 

 

 剣豪・ムラマサ。S級魔術師、――SSS級剣士(・・)

 かつて、一番SSS級冒険者に最も近かったとされる存在。

 文字の如く、違う時空を生きる・・・・・・・・化け物。

 それが、師匠の名前だった。

 

 

「わたしは、確かに冒険者としては駆け出しだ」


 それは単に、師匠がムラマサさんだったから。

 若い、ある才能(・・・・)に阻まれ、SSS級冒険者になれなかったことを恥と思っていたからだ。

 ……我が師匠ながら、精神年齢が幼い。ちなみに外見も幼いとか口に出したらきっと斬られる。

 

「でも、冒険者として、じゃなかったら・・・・・・・?」


 

 きっと、ファウストさんの背中はすぐそこにある。

 少なくとも、私の切っ先は彼を貫ける自信があった。

 だから、行く。ヒーローの背中に追いつくために。

 

 

 

※  ※  ※  ※




 熱線が大地をえぐるなか、俊敏な動きで的確に、龍の足へと連撃を加えられていく。

 側方から『黄昏』の各々による援護射撃が行われていたおかげで、龍の鱗も傷だらけだった。

 そして、巨木の幹のような片足を撃破。龍の身体はぐらついて地面へと倒れる。地響きが鳴る。


 ガーベは、剣を黒龍の頭蓋に押し当てた。

 黒龍アポゴノスは、もはや虫の息だった。


『ははっ、やはり何年も封印されていると……衰えるものだな』

「封印された時点で、お前の負けは確定していたようなもんだ、黒龍アポゴノス」


 躊躇なく、ガーベは直剣で黒龍の頭蓋の突いた。

 ――こいつ、以前戦った時よりも格段に弱くなってる。これじゃ、形だけの災害級魔物だな。

 龍の頭蓋は簡単に折れて、剣は脳を突き刺していた。しばらくして、龍の息は絶えた。

 

「あとは……この霧の正体を暴くだけだな。しかし、パーティは疲弊している……」


 早いうちに大森林から抜け出さねば。剣を引き抜き、まとわりついた龍の脳みそを振り払うと鞘にしまう。

 龍の頭から飛び降りたガーベは、パーティの総員に、地面から湧き出てくる中級魔物へ注意を切り替えるよう命じた。

 魔力の霧はまだ晴れそうになかった。探索をしたところでこの霧じゃ、ろくな証拠も見つからないだろう。

 総員、撤退――、ガーベの命令にパーティの各々が答える。

 たった一人を除いて。

 そのフルヘルムの男は、ただひたすら龍の方向を見つめていた。巨腕を組み、龍にくぎ付けになっているようにも見える。長方形の兜の隙間から首筋を伝っていく汗は果たして、顔がほてっているからか、あるいは。


「おい、ブレロ……どうしたんだ、そんなところでじっとして。早く撤退しないと」


 ぼさぼさの髪をかき上げながら、ブロンテは怪訝な目を彼に向けた。

 ブレロに背負われた、彼の二つ名にあたる『巨城』を表すシンボルであるその盾が小刻みに震えていた。明らかに様子がおかしい。


「……ている、ぞ。まだ」

「よく聞こえないぞ、ブレロ」


 ガーベが彼の隣に立つ。ブレロは目の前の龍を指さして、その巨体から発せられたとは思えない、臆病な震える声で、

 

「まだ、この龍は……生きている、ぞ。脳天をかちわられた、はずなのに」

「――!? そんな、まさか……冗談を言っているんじゃないか?」

「嘘じゃない。本当だ……、証拠にあいつ、魔法を」


 声が、途絶えた。

 ガーベの隣、『巨城』たるブレロの首から上がもうその時には存在していなかった。

 龍から放たれた熱線が、通過した直後だった。

 

「……どうして! どうして生きているんだ!?」


 脳みそを剣で抉った。息の根を止めたことも確認したうえで剣を抜いたはずだった。

 しかし、――黒龍は確かに息を吹き返している。

 

『アハハハハハッ!! どうやら実験は成功したようだ!』

「実験!? ……いったい何を!」

『一度死んだ身体が元に戻ってくれたらしい。――元通り、というよりは再構築された、というべきか』


 ガーベは絶句していた。龍の身体を見回せば、パーティが与えたはずの数多の傷は綺麗に消失していた。なかったことにされていた。

 封印した時よりも深手の傷を負わせたはずだった。前回は鱗に掠り傷を与えることでさえ、何時間もかかったが、パーティ構成員の技能も前回に比べたら格段に伸びていたため、すぐに龍を瀕死の状態に持っていけた。

 龍の脳天を貫いて殺したはずだった。

 『黄昏』自体が力を伸ばしたことに加わり、龍の体力と膂力は初めて戦った時よりも格段に落ちていた。ゆえに、封印でとどまらず、討伐できた。はずだった。


 でも、明らかにおかしい雰囲気は感じていた。

 いくら何でも、数百年、数千年に一度出現する類の魔物にしては弱すぎるような気はしていた。

 そもそも災害級魔物の定義とはなんだ?

 S級パーティじゃないと互角に張り合えない強さを持つ化け物だったんじゃないか?


『黄昏の夜明け団の強さは認めよう。我も手加減はしていない。貴様らはS級パーティとも張り合える力を持っていると、我が断言しよう』


 龍の首が持ち上がると、空をうねるようにしてガーベを真上から見下ろす位置に到達した。

 睥睨。化け物の前では、いくら最強の剣士であれど鼠のよう二しか見られない。


『だが、貴様らは一つ見落としをしている。それは、我をただの災害級魔物だと妄信していることだ。我の知性から目を背けたこと――それが、貴様らの敗北の原因だ』


 黒龍アポゴノス。災害級魔物として、一度『黄昏の夜明け団』に殺された(・・・・)、龍。その認識は正しいのだ――と龍は自らの死を認めた。そのうえで、彼は名乗るのだ。

 魔物ではない、もう一つの側面を。


『我は――研究者だ。そして、今日をもって一つの実験は成就した』


 それこそ、この世界の神々になれるような最高の研究成果を出したのだ。

 首が空に向かって伸びていく。龍の身体が起き上がった。

 ――グガアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!! と、空に向かって、黒龍アポゴノスの咆哮が響き渡る。


 霧は、いつの間にか消えていた。濃密だった空気中の魔力は今では通常濃度よりも低くなっている。 ガーベの隣で仁王立ちしていた『巨城』ブレロの身体は龍の咆哮の音圧で後ろに倒れた。

 

『我は今日をもって、この世界に転生することに成功したッッ!! 『転生実験』の第一段階は突破したというわけだ』


 転生実験。

 黒龍曰く、転生とは一度死んだ魂を|身体(容器)に詰め込むこと。つまり、身体が死んだ魂に対して、新たな器を設けることで魂を存続させようとすること。世界的な伝承で知られる死者蘇生に近い技術について黒龍は生涯、研究を繰り返し、ついに大規模な実験段階に踏み込んだ。

 転生実験第一段階『黒龍アポゴノス自身による転生実験』。

 つまり、龍は自分の身体をマウスにした。


『当初の転生の意味とは違えど、我はひとまず文字通り、九死に一生を得た(・・・・・・・・)。その証拠に、周りを見回してみろ』


 ガーベは龍の言葉通り、首を回し周囲に目を向けた。そして、さっきまで彼の視界を阻んでいたものが綺麗さっぱりなくなっていることに気が付く。

 

「霧……、飽和しきれない量あった魔力が跡形もなく消え去って……!」

『ご名答。その魔力と、我の身体の傷ついていない部位を結合させて実質、『新しい身体』を手に入れた、というわけだ』


 ゆえに、黒龍は身体を再構築したと述べたのだろう。


「そんなの、滅茶苦茶だ……! 一度死んだ魂が生き返るなんて、ありえない」

『ならば、戦って確かめてみるがいい』

「!?」


 ガーベは無意識に横に勢いよく飛びのいた。

 次の瞬間、龍が射出した熱線が直前までガーベがいた位置を焼き尽くした。

 まずい。ガーベは、額にどっと冷や汗が噴き出てくるのを感じた。


『さあ、剣士ガーベ。今再び、我と戦おう。――『転生実験』で得た我の新しい身体と』

「やるしかない、っていうのか」


 黒龍の身体には、もう傷一つも見られない。再構築された身体は、きっと黒龍の災害級魔物としての力をいかんなく発揮するのだろう。

 そうとなれば、現状の『黄昏の夜明け団』では対処できないかもしれない。


「――総員、撤退」


 その声は、ガーベのものではない。唐突にガーベの背後から聞こえたものだ。

 右肩を掴んでくる細く繊細な手。彼はその手から幾度となく上位魔法が放たれる光景を目にしてきた。かつて、最強の魔術師として『黄昏』に君臨していた少年の手がそこにあった。

 横を見る必要はなかった。ガーベは目尻に涙がたまっていくのを感じていた。

 大きくなったな、――――――――ファウスト。

 少年は、師の前に立った。師から見た弟子の背中はいつの間にか頼れる大きな背中になっていた。


「待たせたね、団長。あとは僕に任せて、『黄昏』のみんなを守ってあげて」


 ――剣士ガーベ唯一の弟子が、彼の前に立っていたのだ。


『ほう、横から水を差すのか少年よ。――我に対していい度胸だ』

「うるせえよ」


 ヒュン、と何かが黒龍の頬を掠める。

 なんてことない、ただの最下位魔法の弾丸だ。

 もしもその弾がただの魔術師のただの最下位魔法だったなら、災害級魔物の鋼のような鱗なんて傷一つ付けられないのが道理だ。

 だが、彼がただの魔術師じゃなかったら?

 彼の放った魔法が、ただの魔法じゃなかったら?

 

 ――龍の頬から黒ずんだ血が流れ出ていた。細長い顎を伝って、それは地面に向かって垂れていく。 

「転生実験とか、黒龍とかそんなのはどうでもいい。他所でやってればな」

『き、貴様は、いったい何者だ……!? 災害級魔物である我に、よもや最下位魔法で傷を負わせるなんて』

「なんてことない、ただの『呪われた』魔術師――ファウストだ」


 A級パーティ『黄昏の夜明け団』の元構成員にして、世界に二人しか存在しないSSS級冒険者(・・・・・・・)の片割れ。

 元・完全無欠の最強は、たとえ呪われた身であろうとも黒龍の前に立ちはだかる。

 守りたいものを、守るために自分の命一つをなげうって。


(クソッタレな呪いの根源(ロキ)様――出番だよ、出てこい)


 ファウストは、心の中で呪いの根源の名を呼んだ。

 どこかで、悪魔の笑い声が聞こえると、次の瞬間、彼の周りに濃密な魔力が湧き出る。

 『呪い』の名を心の中で呼ぶ。返す声はなかった。代わりに甲高い嘲笑が耳にこびりつく。


「呪われた『夜明けの魔術師』は、五分だけ最強であればいい」


 ファウストの呪いの正体。

 それは、たった五分だけ『呪いの根源』を憑依させて最盛期以上の力を出せること。

 汚らわしく、卑しい悪魔の笑い声は聞きなれようとも、好きになれなかった。

 『呪い』の力は使用し続けると、呪いの根源を制御する力を失うという対価付きだ。


 そして、しまいには理性を失いファウストという人格が消滅する。



 その上で、彼は『五分間の最強』で居続けることを決意した。

 自分を滅ぼそうとも、救いたいものが――家族がそこにいるのだから。


 だから、


(戦え――五分間の最強)

『人間風情がァッ!! 出しゃばるでないッッ!!!!』


 龍が激昂の限り叫び散らすなか、『呪いの根源』とともに最強を行使することを誓う。

 僕の身体が、半分だけ形の不明瞭な『呪いの根源(ロキ)様』に乗っ取られる。


(殺ろうぜ、相棒。敵が悲鳴を上げようとも容赦なく食らいつくせ)

(――当然だ。守るための殺戮を、僕が許可する限りは)

 

 真上で、極大の光が瞬いた。それは暴力的な熱を帯びて僕の身体を飲み込もうとする――。

 だが、次の瞬間。

 パリンッッ!! という破砕音と共に。

 龍によって射出された熱線は、彼の最上位魔法をもって破壊された。

 熱線による衝撃波により、爆風が吹き荒れる。

 その中心から、黒龍アポゴノスを見上げる人影が一つ、存在した。

 それは、人間の形をしていて。


「よぉ――クソッタレ災害級風情。お前をぶっ殺す五分間はもう始まっているぜ?」


 明らかに、人間とは思えない狂った笑顔を見せつけた。

 そう、その顔貌はまさしく、死神の如く。

 ――中指を突き立てるファウストの眼は白と黒が反転していた。


『貴様は、さっきのファウストという少年じゃないな?』

「半分間違っているぜ、黒龍風情。僕/俺は半分がファウストで、もう半分が――ロキ。こいつの身体に憑りついた諸悪の根源で、最強だったものを最恐たらしめる『悪魔』だ」


 せいぜい楽しもうぜ、化け物同士。そう吐き捨てたファウスト/ロキは、右腕中指を黒龍に向けて突き上げた。

 

 呪われた最強による蹂躙が、始まる。

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