第1話 『魔術師、戦力外通告される』
連載です。お願いします~。
「ファウスト。――今日をもってお前をパーティ『黄昏の夜明け団』から外すことになった」
黄昏の夜明け団の団長、ガーベは静かな声で、僕へと告げた。
時計は午後九時を回り、各団員は、団専用の寮室で明日のクエストに向けて休息をとっていたところだ。ファウストこと僕もまた、他の団員と同じように休息をとっているところだった。
夜になって僕の部屋に来る人間はそうそういない。たまに、同じ時期に入団した同期の少女が「夜食を食わせろー」って言って転がり込んでくることはあったけれど。
今日に限っては、団長が、部屋の前に立っていた。そのときにはもう、嫌な予感はしていた。
事前に知らされていない突然の通告だったが、予想していた事態ではあった。
だから、『パーティからの解雇通告』をすんなりと受け入れられてしまった。
「前々から、不調は隠していたんですが……、ついにバレてしまいましたか」
「お前の不調についてなら、二年前から私は知っていた」
「では、なんで今になって解雇通告を」
「……お前の不調の正体が『呪い』だとわかったからだ」
余計なことをしやがって、というのが僕の率直な感想だった。
密告者を恨みつつも、顔には出さない。
「ちなみに……呪いの話を聞いたのは、いつ頃でしょう」
「三日前の大型クエストが終わった後だな、不覚にも。ちなみに、証言した本人の名前は言わないでおく、固く口封じされているんでな」
僕が、呪いのことを打ち明けた人物は、一人しかいないので、口封じをしようと無駄だが、それをあいつは分かっているのだろうか。思わず吹き出してしまいそうになる。
間が抜けているところは、今も昔も変わらないな。
「……ファウスト。お前はどうして身体を衰弱させてまで、この団に残り続けようとしたんだ? お前なら幸い、これまでに積み重ねた富があれば無理して、冒険者を続ける必要はないはずだ。……それとも、『夜明けの魔術師』っていう名声を捨てるのが」
「団長、分かってて言っていますよね? 冗談だとしても、それは悪い冗談でしょう?」
団長とはいえ、僕はその冗談に鋭く言及した。
「ははっ、もちろん冗談のつもりだ。お前は、私がとった唯一の弟子なんだから何でもお見通しだ」
言って、団長は僕の髪を撫でてくる。さながら、父子の関係のように。
――僕が、団長と出会ったのは、五歳のころだった。
彼と出会った時の僕は、文字通り――絶体絶命の危機に陥っていた。
「どうして、魔法もろくに使えない子供が魔物の蔓延る『大森林』の奥にいたのか。今でも謎だよ。ごくまれに魔法の適性がなく生まれた貴族の赤子が僻地に捨てられることはあるが……」
貴族として世間的に名が知れるには、魔法の技術が欠かせない。魔法が使えれば使えるほど、家名は、名が知れるようになる。しかし、遺伝的に魔法の技術を子に引き継げるか、というとそうでもないらしく、その結果、一代で上級貴族になりあがったものの子の世代で没落する家もいくらかは存在するらしい。
ちなみに、僕は貴族の血筋ではなかった。採血し医療機関が厳密な審査をしたうえでの判断である。
つまり、僕はただの一般人の孤児ということだ。顔も知らない僕の父母にとって望みもしない子供だったのだろう。名前も顔も知らない親に今更怒りは湧かないが。
むしろ、親には感謝しているまである。
「昔のことなんて、どうだっていいんですよ。両親が僕を捨ててくれたおかげで、僕は『ヒーロー』と出会えたのだから」
「おうおう、泣かせてくれるじゃねえか一番弟子。俺もお前が立派に育ってくれて光栄だよ」
「だけど、今日で冒険は、終わり……なんですよね。いつかは追放されると思っていましたが、いざ追放されてみると心にぽっかり穴が開いた気分になります」
「そりゃ……、ファウストは俺に拾われてからずっと、冒険者として生きてきたんだ。生活の軸が失われたようなものだろ。心に穴が開くのも無理はない。――たとえ、今後の生涯を遊んで生きていける金を持っていたとしてもな。現に、お前と同じように冒険者を『辞めざるを得なくなった』人間を何人も見ている身としてはな」
冒険者の引退理由で最も多いのは、怪我だ。次点で老い、病気か。
パーティの仲間が怪我で思うように動けなくなり、泣く泣く引退していったという事例は僕も何度も見ていたし、『呪い』にかかってからは『引退』の二文字にうなされて眠れない夜が多くなった。
「確かに今は心に穴は開いていますが……もう、これで十分って思っている自分もいます。だって、不調を黙認していただいたうえで」
これは事実だ。団長に拾われて、早くも十五年が経つ。『黄昏の夜明け団』の仲間に魔術を教えてもらって、技術を研鑽し続けていたら、いつの間にか『夜明けの魔術師』という二つ名で呼ばれるようになって、パーティの要として冒険に参加していた。
『呪い』にかかったのは、十八歳の時。団長は、僕の不調に気付きながらもパーティから外さなかった。団長の采配は間違っているといわれて仕方がないものなのかもしれない。
だが、彼は僕が引き下がらないことをわかっていたからこそ、この判断を下したのだろう。
……命にかかわらなかったとしたら、団長は僕をパーティ要員として使い続けてくれただろうか。
多分、使い続けてくれただろう。
だからこそ、僕は隠し通していた。
『黄昏の夜明け団』の要であることに誇りを持っていたから。
何より、ヒーローと同じ舞台に立てることが何より嬉しかったから。
「……おかしいな、ファウストのことだからここでも引き下がらないと思ったんだが」
「ははっ、引き下がってほしくなかったですか?」
「まあな。引き下がってほしくない自分も心のどこかにいる。――だけど、今回ばかりは俺も引き下がれない。一番弟子と冒険したい気持ちと、一番弟子を自分の采配で死なせたくない気持ちを天秤にかけたら後者が勝つに決まっている」
「やっぱり、団長は団長だ……、『黄昏の夜明け団』の父親役だよ」
「黄昏の夜明け団、というよりはファウストの父親代わりだからな。お前がこのパーティを辞めても、居場所はここに残してある」
父親代わりの団長の言葉が今の僕には心地が良かった。
パーティを辞めるにあたり、この寮から出て行かねばならない。幸い、金は有り余っている。ギルド内の銀行には、言葉通り、生涯遊んで暮らせるくらいの金は貯まっている。
「急な解雇通告だ。荷造りとかはしていないだろうし、とりあえず新天地が決まるまではここを使ってくれて構わない」
……お言葉に甘えさせてもらいたいんだけど、僕も解雇された身で居残るのは肩身が狭い。金はあるし、街の宿屋に何日かこもりつつ、新天地を探そうと考えた。適当な返事をし、最後に『解雇通知書』を渡され、団長は部屋を出ていった。
出ていく直前に、僕に投げかけてくれた言葉は、
「これは、お前の父親代わりとして残す言葉だが――幸せに、生きろ。命をなげうってまでヒーローになろうとするなよ?」
「――冒険者なんて、全員命をなげうっているようなものじゃないか? 今更の言葉だよ、それは」
僕はもう十分幸せに生きたよ。心残りがあるとしたら、僕のヒーローと一緒に戦うことができなくなったことくらいだ。
「俺は、お前のように無理をして冒険中に死んだ同僚をたくさん見てきた。一番弟子に彼らと同じ道を歩んでほしくないだけだ。――もちろん、同じ道を歩むか歩まないかの選択権は、お前にあるのだが」
「確かに選択権は、僕が持っているよ。ただ――、まだどうするべきか、迷っている」
「時間ならいくらでもある。だから、早急に事を進めるなよ?」
「じっくり考えるつもり。冒険者を引退するか、続けるか――選択権は僕にあるんだから」
「お前がやりたいようにやれ。『黄昏の夜明け団』っていう檻から飛び出して」
言われなくてもわかっているよ、団長。
寮室の扉が閉まった。初めにやることは決まっていた。
この寮から出て行こう。夜が明ける前に。
ファウスト、二十歳。冒険者やっていましたが、たった今無職になりました。
おまけに『呪い』持ちです。ちなみに『呪い』のおかげでいつ死んでもおかしくない。
果たして救いようがあるのかどうか。
とりあえず1日1投稿を目指します!よろしくお願いします。