鏡の僕と白雪姫と魔女と
僕は鏡、魔法の鏡だ。
実は元々は”人間”で、死ぬ直前までの記憶があったりする。覚えているのは、お母さんと妹と車でお出かけをしている帰りにトラックとぶつかったところまでだ。
そこから先のことは何も覚えておらず、次に気がついた時には魔法の鏡になっていた。僕は動くことはできないし話す事も出来ない。けれど、僕は普通の鏡ではなくて魔法の鏡だ。
僕は”好きなものを映し出す”ことができる。
* * * * *
僕がこの王宮に来てから、もう三年が経つらしい。僕の情報源は王妃様に支えている侍女たちのお話だけだ。
侍女たちの話によると”王妃様は悪い魔女なんじゃないか”なんて噂が立っているらしい。きっとそれは本当のことだ。目的はわからないけれど、僕をこの世界に呼んだのは魔女様の仕業なんだろう。
ただ1つ、みんなが間違えていることがある。
魔女様は決して悪い魔女なんかじゃない。魔女様は確かに態度はぶっきらぼうだし、目つきは悪いし言葉遣いも荒々しい。でも鏡の僕は知っている。
本当はみんなに怖がられたくなくて、笑顔の練習をしていることを。
僕の前に立って、指で口角を上げて笑おうとがんばっている。なかなかうまくはいかないようだけど、そんな人が悪い魔女なわけがないよね。
僕に傷が付いているのを見ると、テキパキと治してくれるのは魔女様だ。魔女様は優しいのに素直になれないだけなんだ。
ーー僕はこの不器用な魔女様が好きだ
魔女様には娘がいる。まだ幼い白雪姫ちゃんだ。お母さんの魔女様はツンとした態度を取ってしまうのだけど、白雪姫ちゃんはとても素直だ。
いつも陰からお母さんのことを見つめている。本当は甘えたいのだろうけど、忙しそうな魔女様を見て我慢しているみたいだ。
白雪姫ちゃんは毎日、僕のことを磨いてくれる。
僕は魔法の鏡だから汚れたりはしないのだけど、こうやって磨かれるのはとても気持ちがいい。一緒に聞こえてくる鼻歌も、どこか懐かしくて安心する。侍女たちにも優しく接していて、お花の手入れも白雪姫ちゃんがやっているらしい。
白雪姫ちゃんは本当にいい子なんだ。きっとお母さんに似たんだね。
ーー僕はこの心優しい白雪姫ちゃんが好きだ
そんな2人を泣かせている人がいる。
この国の王様だ。
王様は国のみんなから慕われている。意味はよくわからないけれど”じんかくしゃ”なんだそうだ。侍女たちが王様によくしてもらったとかで、キャッキャッと騒いでいるのを時々耳にする。
でも鏡の僕だけはそれが”嘘”だと知っている。
王様は”家族のふれあいの時間だ”とか適当に理由をつけて侍女たちを部屋の外に追い出すと、一方的に魔女様や白雪姫ちゃんをいじめている。
侍女たちからしてみると、家族思いの王様というイメージが付いているみたいだ。いつも部屋にやってくるのは、本当は暴力を振るうためだけだというのに。2人は何も抵抗しないでただ小さく固まっている。
本当に悪いやつなのは魔女様ではなく王様なんだ。
ーー鏡は真実を映し出す
魔女様は夜になると、何もなかったかのような態度で僕のところにやってくる。
「鏡よ、鏡、この世界で一番美しいのは誰かしら」
僕はスッと”白雪姫”の姿を映し出す。
「そう……よかったわ……」
魔女様は目に涙を浮かべ、そう答えた後に少し笑って部屋を出て行く。
* * * * *
白雪姫ちゃんは魔女様の後にこっそり、目に涙を溜めて僕のところにやってくる。
「鏡よ、鏡、鏡さん。この世界で一番美しいのはだれですか?」
僕はスッと”魔女様”の姿を映し出す。
「ふふっ……よかった……」
白雪姫ちゃんは目から涙を流し、そう答えた後にふんわりと笑って部屋を出て行く。
ーー魔法の鏡は心の美しい2人の姿を映し出す
僕は王様のことが許せない。大好きな2人の笑顔を奪っているのは王様だ。僕は2人が一緒に笑顔を浮かべているのを、これまでに一度も見れたことがない。
でも鏡の僕はあまりに無力で、何もしてあげることができない。
今日も王様が魔女様の部屋に2人を集めている。
「ったく、あの大臣も役立たずでイラつかせやがる。無駄に意見ばっかり言いやがって!」
王様はいつもと同じように愚痴を言いながら暴力を振るっている。2人はただ黙って、嵐が過ぎ去るのを我慢しているだけだ。
「ああ、そうだ!」
王様は急に何かを思い出したかのように手を止め、ニヤッと笑った。
「白雪を今度嫁に出すことが決まった」
……空気が凍りついた。
「なっ!? どうして!?」
”初めて”魔女様が王様の言葉に反応を示した。
「どうしてって、そんなの金になるからに決まってるだろう? 以前から目をつけていたが、あの国は今栄えている」
「白雪も見た目だけは良いからな。さぞかしかわいがってくれることだろうよ!」
王様は下品な笑みを浮かべ、再び魔女様に手をあげだした。
「うっ!……白雪はまだ幼いでしょう! 嫁がせるなんてーー」
「チッ、うるせえな。お前は黙って俺の言うことを聞いてればいいんだ!」
王様は一層、魔女様を叩く手を強くしていく。魔女様はそれでも抗議を続け、白雪姫ちゃんはただただ震えている。
……
…………
………………
どれぐらいの時間が経っただろうか。
魔女様はぐったりとしてしまい、白雪姫ちゃんは魔女様のところに一緒になって怯えている。王様は相変わらず気持ちの悪い笑みを浮かべている。
そしてある程度満足したのか、ふぅ〜っと一息ついて僕の近くの壁にもたれかかってきた。完全に気を抜いていて、僕との距離は目と鼻の先だ。
……今なら、2人を助けれるかもしれない。
”あの時”届かなかった僕の手が今度は届くかもしれない。
ーートラックにぶつかる直前
僕はとっさにお母さんと妹に手を伸ばしていた。2人を守ろうと”無力”な手を伸ばしていた。2人も僕に手を伸ばしていたが、それが届くことは無く記憶は途絶えてしまっている。
でも今の僕はあの時とは違う。
なぜなら僕は魔法の鏡だからだ。”奇跡”を起こす魔法の力を持っている。
今度はーー
僕の手は届いた。
僕は王様を”魔法”の力で自分の中に吸い込んだ。
2人は驚いた顔を見せている。僕もこんなことができるなんてびっくりだったよ。王様は僕が連れて行くから2人は安心してね。
僕の存在は消えてしまうけれど、所詮は”鏡”だ。物1つと2人の幸せなんて比べることですらない。2人には悪いけど、僕ではない新しい鏡を買ってもらおう。もう……覚悟は決めた。
僕は中にいる王様を自分の体ごと粉々にする。
僕と一緒に、悪い王様は道連れだ。
体がバラバラになる感覚と共に、意識は闇の中へと落ちていった……
ーー
ーーーー
ーーーーーーー
真っ暗だ。
さっきまで見えていたはずの景色はそこにはなかった。暗い……ただ暗いだけの空間。僕は今度こそ終わってしまったんだろうか。
でも後悔はしていない……はずだ。
二人を守れたんだから。
………………
だけど……
だけど、最後に2人の笑顔が見たかった。
1つお願いをする。
”2人の幸せな姿が見たい”と。
……
…………
………………
やっぱり何も起きないか。僕は目をつむって終わりを待つ。
ーー……
ん?
ーーよ……ーーーー!
なんだろう
ーー……ー……かーー!
何か聞こえる。
暗黒の世界が音を立てて崩れ始め、光が差し込みだした。
……ああ、そうか、魔法は”奇跡”を起こす。
きっと魔女様の仕業だ。簡単に壊れることは許してくれないらしい。
ぼんやりとした意識の中、だんだんと声がはっきりしてくる。大好きな2つの声が僕に向けられているのがわかる。
「おかしいわね……これで治っているはずなんだけど」
「ママが破片をなくしちゃったりするからよ……」
1人は苦笑いを浮かべ、もう1人はクスクスと楽しそうに笑っている。思わず僕もにっこりとしてしまう。
僕は目の前の、幸せそうな家族の姿を映し出した。
2人は僕を見て顔を見合わせた。
そして示し合わせていたかのように、この問いを僕に投げかけてくる。
「「鏡よ、鏡、この世界で一番美しいのは誰かしら?」」
1人は落ち着いた口調で、もう1人はそのマネをするような口調で。
ーー僕は大好きな2人の笑顔を映し出す
僕は鏡、”好きなものを映し出す”魔法の鏡だ。
初の短編でしたが、いかがだったでしょうか?
何か感想や評価等ありましたら書いていただけると本当にうれしいです!
補足としては魔女様が魔法の鏡を作ったのは、白雪姫ちゃんに自分が嫌われていないかを知りたかったからです笑 作ったはいいけど、怖くて聞けない魔女様でした。
これからも小説を書いていきたいと思うので、そちらも見ていただけると幸いです。