アークとハチ子の物語っ!〈7〉
エピローグです。
1周年連続アップ企画ラスト、間に合いました。
二人の物語の結末をお楽しみください。
スケアクロウが率いるアサシン教団はそのまま屋敷に入り、私たちは森の中へと移動して休憩を取っていた。
窮鼠の傭兵団には、『太陽神』アデスの従属神で『鋼と戦争の神』ジュレオを信仰する神官戦士がいたため、私たちは癒しの力の恩恵を受けることができた。
もちろん失った血液と精神的な疲労感は回復できないが、傷跡一つ残らないというのは有難い。
きっとこれも、彼の頭の中にあったことなのだろう。
……それでも無茶しすぎだと思うけど……
鈴屋がよく怒るのはこういうことなのね……と、少し彼女の気持ちがわかる気がする。
「んじゃあ、あたしらは帰って酒の続きだ!」
シェリーが部隊長たちに帰還の命令をすると、巨木にもたれて座る私たちのもとへやってきた。
「ロメオ~、いい暴れっぷりだったねぇ。なかなかに楽しい夜だったぜ?」
「カカ……そりゃなにより……てか、見てたのかよ」
「私は少し早く着いたからねぇ……って、なんだい、浮かない顔して」
「そりゃあ……な。正直不安しかなかったし」
意外なことを言う。
「なんだよ、ハチ子さんまで……そんなに驚くようなことじゃないだろ」
「私には、余裕があるようにしか見えなかったので」
「いや、ぜんっぜん……こっちは必死だよ。あんなものは、いつもの嘘・ハッタリ・偽りさ」
変に格好をつけることもなく、力なく笑ってみせる。
私にはそんな彼がとてもキュートに思えてならない。
「アーク殿の嘘はいつも優しくて……かっこいいです……」
「……なんだそりゃ。褒められてる気がしないな」
「褒めてません。惚れてるんです」
真っすぐ伝える。
「……あ……あぁ。ありがとう……」
ふふ……少したじろぐところも可愛い。
「なんだい、見てらんないねぇ。あたしらは先に帰るよ」
「あぁ……シェリーさん、ありがとう。この礼は改めてラット・シーに行くからその時に。ジュリーさんと他のみんなにもよろしく伝えてくれよ」
慌てて自分も、頭を下げる。
今やこの女戦士は自分にとって命の恩人で、これからの安全もまた彼女たちの力によるものなのだ。
「いいよいいよ、水臭いやつだねぇ。あたしらは家族だ。家族は助け合うもんさ。だからなんかあったら、あたしらもあんたに遠慮なく頼るからね?」
「カカカ、当たり前だ」
「はい、もちろんです!」
シェリーは豪快に笑い、背を向ける。
歴戦の兵はこれほど器も大きいのか。その逞しい背中がとても大きく見えた。
窮鼠の傭兵団がレーナへと移動を始め、数分もすれば森はまた静寂に包まれた。
真っ白な月の光が木々の隙間を抜けて、彼の疲れ果てた表情を照らし出す。
私は黙って、その肩に頭を寄せる。
「疲れた……か?」
こくんと頷く。
「……さすがに……」
「俺もだ……なんとか生き残れたって感じだなぁ」
「このまま眠ってしまいそうです……」
「……だな……ひと眠りしたい気分だ」
「ふふ。そんなことをしたら鈴屋に怒られますよ?」
「……はぁぁ、そうなんだよなぁ。夜明けまでに帰らなきゃなぁ」
彼が体を起こし、羽織っていたマントを自分にかけてくる。
「アーク殿?」
「……ハチ子さん……さ。いつものコートと……皮鎧は?」
「……え? ……あっ……」
そうだった。今の私は薄皮のワンピースしか着ていないのだ。
今さら、取りに戻るわけにも行かないし……
「……俺は、さ……」
彼が妙に気まずそうにする。
……あぁ、なるほど……俺は間に合ったのか? と、自分を責めているんだ。
まぁたしかに、今の私の恰好って乱暴された女よね。
「アーク殿……」
「……ん?」
「アーク殿のそういうところ、ほんとダメですよね」
彼が、むぐっとつばを飲み込む。
……そういうことは言葉で確認しちゃダメなんですよ、アーク殿……
「安心してください。私はまだ生娘のままです」
「……あ……いや……」
……ほんとにダメで……どうしようもなく優しい人……
「……そうか…………うん……」
顔を赤くして視線を落とす。
そして……少し嬉しそう?
「アーク殿が、もらってくれるんですよね?」
わざと顔を覗き込み、悪戯っぽく笑う。
「ばっ、ばかなこと言ってんな」
ふふ、ほんとに可愛い。
私は甘えるように、彼の胸に額を押し当てた。
とくん……と、心音が額越しで聞こえる。
「……あのぅ……ハチ子さん?」
「今日くらいは……これくらいのドサマギ……許してください」
そう言って身を寄せる。
彼のぬくもりが恋しく、誰にも邪魔されない静寂が気持ちいい。
「ハチ子さん……さ」
「……はい……」
「名前……アヤメ……っていうんだな。綺麗な名じゃん。ちょっと俺の元居た世界を思い出すよ」
「そうなんですか?」
捨てた名前でもそう言われると嬉しいものなのね……変わった名前だと言われ続けていたから、あまり好きではなかったんだけど……
「ハチ子とかより、そっちのがいいんじゃないの?」
「……私は、ハチ子がいいです……」
……だってそれは、あなたがくれた名だから……
「まぁ、ハチ子さんがいいってんなら」
「はい、それがいいです……」
彼が、ぽんと頭をかるく叩く。
「そろそろ、行くか?」
もう少し……と思うが、ぐっとこらえる。
「……アーク殿……」
「……ん?」
……大好きです……
「なんだ?」
「……いえ、帰りましょう……」
彼が笑顔で頷くのを確認し、立ち上がった。
とても晴れた気分だった。
私は今ここに、強く誓う。
彼を、必ずもとの世界に還してあげようと。
それが、彼への恩返しになると信じて。
きっとそれこそが、私と彼の物語なのだから。
これにて再びアークくんの一人称にもどります。
余談雑談は「ラジナニ」にてですね。




