アークとハチ子の物語っ!〈3〉
ハチ子編、第三話です。
ハチ子の戦いを見守ってください。
ダリのカットラスが、勢いよく空を斬る。
牽制にフェイントをまじえながら、時折鋭く急所を狙う攻撃的なアサシンの戦い方だ。
いま動きの鈍い私に対して効果的といえる。
実際、迫りくるカットラスの攻撃をかわしきれずに、薄皮一枚ながらも肌が切られていく。
……あのまま直情的に斬りかかってくれれば、刺し違えることもできたのに……意外に慎重な男……
「油断なんてしない、しないよぅ?」
まるで、こちらの思惑を見透かしてるかのようなセリフに、少しだけ焦りを覚える。
……こんなとき、アーク殿なら……ニンジャならどう戦う?
いや、今のアーク殿はニンジャの戦術だけでなく、シメオネから教わった体術も駆使する。
いくらなんでも、そこまで付け焼き刃で真似できない。
本当に強くなりましたね……アーク殿……
「なに笑ってんだよぅ!」
……笑ってる?
あぁ……それはきっと、満足をしているから……この1年が満たされたものだからだろう。
そんなふうに……半ば諦めた感覚に陥りながら、迫り来るカットラスの剣先を目で追う。
その動きは、まるで水の中にいるかのようにゆっくりとしたもので、はっきりと剣先が目視できていた。
しかし、体もまたその中にあるようで、思うように動かない。
とにかく、この一手をかわそうと床を強く蹴り後ろに飛んで逃げる。
瞬間後、左の脇腹に熱い感触が弾け、そのまま壁まで転がり頭をしたたかにぶつけた。
ダリがとどめとばかりに、カットラスを振り上げる。
これまでか──と、その動きを眺めていた、その時だ。
視界の左側からひとつの影が割って入るかのように飛び込み、ダリのカットラスを打ち上げた。
そして、そのまま流れる動きで体を一回転させてダリの脇を斜め上に薙ぎ、さらに1歩踏み込むとダリの口元を押さえつけて、シミターの峰を喉元に当てながら壁に叩きつけた。
ダリは、あっさりと昏倒してしまう。
「……アーク……どの?」
その鮮やかな一連の動きに感嘆し、かすれ声で呼びかける。
しかし、その男は灰色のコート姿だった。
……得物もシミター……アーク殿ではない?
男は、ゆっくりとした動きで白いフードをめくり、振り向く。
「お前の想い人でなくて、すまないな」
それは、予想だにしない意外な人物だった。
無造作に切られた白い短髪に精悍な顔つき。男は静かに苦笑する。
傷跡とともに失われた左目が、奇しくも今のアーク殿を連想させてしまう。
「……乱歩さま」
「久しいな、8位。いや、今は2位か」
「……どうして……?」
……乱歩……アーク殿が言うところの“セブン”……自分に、この世界の理を、そして外の世界のことを教えてくれた人物だ。
「お前の抹殺命令が出た。この近くにいる、イーグル全員にだ。それが一体何人いるのかはわからないが……」
「助けてくれるのですか?」
しかし乱歩は、首を横に振る。
「これでも一応、教団所属のアサシンだ。この件も、お前の不用意な行動に対する結末に他ならない」
「かわりませんね……」
その生真面目な堅物っぷりに、思わず苦笑する。
「その割に……今のは助けてくれたんですよね?」
「……ただ殺されるだけなら、静観するつもりだった。しかし、慰みものにするというのならば……それはあまりに不条理だ」
「それで……次は私を殺すのですか?」
「お前が、それを望むのなら」
しかし私は首を横に振る。
心の何処かで、アーク殿にもう一度会いたいという淡い希望が、未だに息づいていたからだ。
「……俺は、この物語はお前のものだと思っていた……」
「残念ですね。どうやら、これはアーク殿と鈴屋の物語ですよ」
「……俺が見誤ったばかりに辛い思いをさせた……恨んでくれていい」
「いいえ……私をアーク殿に会わせてくれたのです。感謝こそすれ、恨むことはありません」
笑顔をみせてこたえる。
言葉に嘘はない。
外の世界を知り、自分という存在に疑問を感じながらも、アーク殿に会えたことで自分の存在意義を勝ち得たのだ。
「そうか。俺には、この粛清を止める力はない。しかし、参加する気もない。だから、せめてこのまま去る」
「ありがたいですね」
「……が、お前は、ここからは逃げられないだろう。逃げたところで死ぬまで追われるはずだ」
「そう……ですか。それは困りましたね」
「アークもこの事は知らない。知ったところで、鈴屋を残して、わざわざ死にには来ないだろう」
「それは何よりも重畳……」
そうだ……それは、むしろそうあってほしいし、そうでなくてはならない。
「それで……どうする気だ?」
「もちろん帰ります。正面から堂々と」
乱歩が驚き、大きく息を吸う。
「……逃げないのか?」
「逃げても無駄なんでしょう? なら、正面から突破するしかありませんね」
少なくとも戦って死ねるのならば、先程のような辱めを受けることもない。
乱歩が無言で長考し、やがて首を横に振る。
「ならば足掻け。残像のシミターは、選別にくれてやる」
「……助かります。九龍牌も、まだ私の手にあります。なんとか、活路を見出してみせます」
「最期は見届けない。生き残れば、いつかまた相見えようぞ」
肩をすくめて微笑み返すと、乱歩は静かにうなずき窓から身を乗り出した。
そして振り向いてもう一度うなずくと、そのまま身を翻して外へと消えた。
「……さぁ……2位の力……とくと、味あわせてあげましょうか」
一人つぶやき、シミターを抜く。
廊下は、やはり静まり返っている。
しかし、すでに何人ものイーグルがいるのだろう。
正面の中庭から出ていこうとすれば、彼らも無視はできないはずだ。
このわずか百メートルほどの距離が、修羅の道となるのは間違いない。
痛み止めの薬を飲み、足を少し引きずりながら中庭へと進む。
そして、大きく息を呑み込み……
「私はここだ! ここにいるぞ! これから正面の門を通って、帰ってやる! 私に用があるやつは、それまでに出てこい!」
静寂の中にある月下の廃墟で、そう宣戦布告をしたのだ。
久々のセブンさんでした。
相変わらず何かいろいろと知ってそうですが、アークと話さないとその辺は出てきそうにありませんね。
次はいつ出くるのやら…あとアークはいつ来るのやら。(笑)
それでは、次回をどうぞお楽しみに。