アークとハチ子の物語っ!〈1〉
あれ?タイトルが?ってなりますよね。
「鈴屋さんと~」でないタイトルになることは、ほぼありません。
はい、今回は特別なお話です。とても真面目な本編です。
楽しんでもらえれば幸いです。
こちらのイラストは2020年2月6日に「管澤捻」様から頂いたハチ子さんのイラストを編集したものです。
せっかくなので、ハチ子さんの物語表紙用に貼っておきます。
これを機に「管澤捻」様の他の作品もぜひ見てみてください。
https://20147.mitemin.net/
白く光る月が綺麗だった。
レーナから少し離れた位置にある森の奥で、白い光を放つ月を見上げる。
私はこの月の周期が、とても好きだった。
儚くて朧げで、まるで泡沫のような光。
希望と絶望が淡く溶け合う光。
視線を落とすと荒れ果てた屋敷が、月明りに照らし出されていた。
「アーク殿……」
これから向かう屋敷を眺めながら、その名をつぶやく。
……今の自分にとって自らの存在意義を……その価値を肯定してくれる存在……
彼の笑顔を思い浮かべているだけで、自然と笑みをこぼしている自分がいた。
そして、それに気づき少し驚く。
これから大切な任務があるというのに、気が緩んでいる証拠だ。
「……アーク殿のせいなんですからね」
そう、私は少し変わってしまったと思う。
……でもそれは、きっといい方向に……だって今の自分を好ましく思えるのだから……
最初は……最初はただの任務だった。
……そう……任務……
アサシン教団からは長期間の任務として、ニンジャの技術を盗み学ぶことを命じられた。
……そして、もうひとつ……
私に『この世界』と『外側の世界』のことを教えてくれた、7位のイーグルにして世界の外側の人である乱歩さんからは、彼を守ることを頼まれていた。
……いつからだろう……ただの任務として接していたはずなのに……
──彼のそばはいつも陽だまりのようにあたたかく、笑顔で満ち溢れていた。
──彼はどんな相手でも寛容的に受け入れて、優しくし接していた。
──彼はいつも私の身を案じてくれていて、気にかけてくれていた。
……その彼が言ってくれたのだ……アサシン教団を辞めて一緒に冒険をしよう、と……
最初は戸惑った。
けれど、彼のその言葉は退団を決意させるには、十分すぎるものだった。
私たちアサシンは、教団の本拠地を知らない。
しかし教団を抜けること自体は、それほど難しいことではない。
教団には、私たちに任務を運ぶ『蜜蜂』と呼ばれる役割の者がいる。『蜜蜂』は何の前触れもなく現れて、任務が記された羊皮紙を渡してくる。
戦闘能力はないに等しいけれど、伝達係らしく対話に応じてくれる。
つまり『蜜蜂』を介せば、退団の意思を教団本部へ届けることは可能ということだ。
そして私はあの日の夜、早速『蜜蜂』にその意思を告げたのだ。
「この任務を完遂して、1位になれ。1位になることが今回、教団を抜けるための条件になるそうだ」
それが、私の退団に対する教団の答えだった。
任務の内容は廃墟を偽装した魔術師の屋敷に潜入し、あるスクロールを盗み出すというものだった。
正直、それほど難しい任務ではない。もしかしたらこれまでの功績に対する温情なのかもしれない。
とにかく私の自由はすぐ目の前に……手を伸ばせば届くところにある。
……そう、眼下に映る朽ちた廃墟に……
「アーク殿……必ず……必ず……」
あなたのそばに行きます……そう、心の中で何度も呟く。
大丈夫、難しくない……いつも通り冷静にこなせばいいだけだ。
フードを深くかぶり、シミターに手をかけて深呼吸を一つする。
そして私は、屋敷に向けて静かに足を運んだ。
屋敷への潜入は簡単だった。
むしろ、簡単すぎるくらいだ。
朽ちた塀を越え、荒れ果てた庭に身を潜めて一度辺りを見渡す。
……おかしい。
あまりにも警備が薄すぎる……というよりも警備兵がいないのはなぜ?
人を雇いたくない……は考えられる……ギルドに属さない魔術師なら尚の事……
そうなると魔術による結界や、侵入者探知の術式がランダムに組み込まれていそうだけど……その様子もないし……人がいないなら、ガーゴイルやゴーレムといった魔法生物を配置するのもだけど、それらしい彫像も見当たらない……こっちは相当慎重に調べているんだけど……
わずかな疑念を残しつつも、予め目をつけていた窓に近寄り慎重に中へ入る。
……薄暗い廊下……立派な調度品……どれも痛んではいるが高価なものばかり……
「一見すると豪華な造りだけど……これはやはり偽装……?」
割れた窓や破れたカーテンだけを見ても、屋敷の朽ち方と劣化の度合いが合っていない。
明らかに、廃墟に見せようと加工しているのがわかる。
「……これは?」
廊下の埃に目を向けると、いくつかの足跡が月明りのおかげでうっすらと見えた。
ここ数日のもの……かなり新しい……やはり人はいる……でも、これは……
「魔術師のものではない。これは……盗賊の足運び……」
無意識のうちに、シミターに手を掛ける。
やはり、どこかおかしい。
他に侵入者でもいるみたいな……嫌な気分……
「……あぁ……早くアーク殿に会いたいなぁ……」
その名をなんとなく呟いただけでも、不安が少し払拭される。
しかし、現実逃避をしている場合ではない。
一度大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出して、集中力を高める。
……とりあえず足跡は警戒しながら……ね。
それからさらに慎重な動きでしばらく進むと、足跡が小部屋の方に向けて消えていた。
……ここは目的の部屋ではなさそうだけど……不安の種は確認しておくべきか……
しばらく考え、意を決して部屋の中に向かう。
中は柔らかな絨毯が敷かれていて、普段使う私室っぽい造りだ。
入って正面にある大きな窓からは白い月明りが差し込んでいて、部屋の中を明るく照らし出している。
「……ん?」
ふと窓の近くに、一枚のスクロールが落ちていることに気づく。
……なんの……? と、一瞬それに意識が向いた瞬間だった。
突如、後ろから右手を掴まれ、振り向くよりも早く背中を押さえつけるようにして、そのまま床に倒された。
「かかった、かかったぜぇ」
「なっ!」
……油断したっ!
自分の不用心さに、思わず舌打ちをする。
「リぃぃぃザぁ、どうするぅ? どうするよぅ?」
右手は抑えられているが左手はまだ動く……だけど、この体勢ではシミターは抜けない……
なら影渡りで……と考えるが、なぜか影渡りが発動しない。
「無駄だ、無駄だよぅ。この部屋には、一時的な魔法封じが仕掛けられてるからねぇぇ」
背後から、さらに足音が近づいてくる。
「ダリ、とりあえず顔を見ようぜ」
……2人……まともに戦えば、負ける気はしないのに……
「おらぁ、フード外すぜぇ」
下卑た声に、嫌悪感を隠しきれない。
乱暴にフードを剥がされて、あご先を掴み無理やり後ろに引っ張られる。
「おほっ、いいね、いいねぇ~」
ダリと呼ばれる押さえつけているほうの男が視界に入る……が、フードが深く顔までは見えない。
「2位、いい女だと聞いてたけどよ、これは殺す前に、楽しまなきゃな」
リザと呼ばれた男もまた、フードのせいで顔が見えない。
……というよりもこのフード付コートは……
「……教団……」
その反応が、よほど嬉しかったのだろう。
二人は、さも愉快そうに笑い始める。
「あははぁ~監視対象に恋をして退団しますぅとかぁ~ぶぅぁかぁだろぅ、お前ぇ~」
「2位さんよ、あんた抹殺対象になってるぜ。てかよ、ここがお前の墓場だよ」
「……そんな」
……教団からの粛清……考えていなかったわけではない……
しかし実際に、それが行われようとしていることにショックを隠し切れない。
「まぁ、そう気を落とすなってぇ~いい思い出つくってやっからよぅ」
吐き気がするその言葉に、思わずダリを睨みつける。
「おっほぅぅ~いい眼だねぇ~そうこなくっちゃぁ~~他のイーグルに見つかるまで楽しんでやるぜぇ」
「誰が……お前らなんかに……」
「尊厳を守って、自決するってかぁ? そんなことしたら、お前の大好きな男……みつけだしちゃうよぅ?」
……あっ……
彼のやわらかな笑顔が脳裏をよぎる。
……だめ……あの人を死なせてはならない……そう考えた瞬間に、抵抗する力が失われていた。
「そうそう、それでいぃ、それでいいんだよぅ~」
ダリに押さえつけられたままで、リザがコートを剥いでいく。
悔しさと彼への想いが感情を激しく揺さぶり、何も考えられなくなっていった。
「大丈夫、大丈夫だよぅ。他のイーグルに、こんなことしてるの見られたら大変だからねぇぇ~」
「あぁ、さっさとすませて殺しちまおうぜ」
……アーク殿……アーク殿……
その名前が頭の中で何度も駆け巡る。
私に安らぎを与えてくれる魔法の名前──
この悪夢からさえも目を背けさせてくれる魔法の名前──
もし叶うなら──
いや、あの人に迷惑をかけられない。
……何をされても……こいつらだけは……生かして帰すわけにはいかない……
淡く光る月を見ながら、私は覚悟を決めるのだった。
鈴屋さんどころか、アークもいません。
なにせ一人称が違いますからね。
前書きにもあるように、このパターンは今後もほとんどありません。
内容はちょっと真面目な話ですが、たまには趣向の違った貴重なお話をお楽しみください。
あと…SAO三期万歳。一年間も楽しみをくれて本当にありがとう~~!




