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【原作小説版・完結済】ネカマの鈴屋さん【コミカライズ版・販売中】  作者: Ni:
鈴屋さんと幽霊船!

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鈴屋さんとパーリナイっ!〈4〉

パーティ終了のお話にして、次回に続く導入のお話です。

楽しんでもらえれば幸いです。

 碧の月亭の屋根の上で、ひとり月見酒を楽しんでいるのは俺で間違いない。

 宴は、まだ終わっていなかった。

 ここでひとつ断っておかねばならないのは、今日が宴三日目の夜だということだ。


「……いつ終わるんだ、これは……」


 今となっては、この宴が俺の快気祝いだということなど誰も覚えていないだろう。

 ちなみに鈴屋さんは、すでにご就寝だ。

 軽く酔っ払う鈴屋さんを寝室に運ぶのは、ちょとした優越感を得られる高難易度クエだった。

 なにせ、半分寝ている状態の鈴屋さんをベッドに寝かせなくてはならないのだから、俺の紳士がその試練を乗り越えたことに、誰でもいいから拍手をしていただきたい。


「今日は、このままここで寝るか……」


 そして俺は、すっかりあきらめモードだ。

 今や下は、大学のサークル並みに荒れ果てた飲み会だ。

 俺みたいな大人しくて内向的な男の子にとってそこは、酸素のない深海に放り出されるようなもので、とても足を踏み入れたくない。

 とは言え俺の聖域とも呼べるこの場所も、近頃はその効力を失いつつある。

 むしろ「アークならどうせ屋根の上だろ?」とか言われているようで、俺に用があるやつは直接ここに来るほどだ。

 この時も、ちょうどそうだった。

 ただ……その来客は、俺にとって予測不可能の相手だったのだが……


「しょうぅねぇぇ〜ん」


 振り向くまでもない。

 この声、この呼び方、俺の魂にその名を深く刻み込んできた妖艶なるキャトテイル。アサシン教団が1位のイーグル、フェリシモだ。


「どうした、しょぅねぇん。得物は握らないのかぁい?」

「そんないい酒を持った美女相手に、そう構える必要もないだろ?」


 精一杯の強がりだった。

 内心は心臓を掴まれているような気分で、冷や汗ダラダラだ。

 正直「何しに来やがった」が、脳内で流れた第一声である。


「んふ〜〜。随分といい男になったじゃないかぁ」


 フェリシモは、四つん這いのままスルリと俺の隣へと移動し、ひっつくようにして座る。

 そして、左手に持っていた2つのワイングラスを軽く鳴らしてみせた。


「妹たちが帰ってこないから、何かと思ったらぁ〜」

「……あぁ、それで来たのか」

「まぁ〜たまには私と……どうだぁい?」


 言いながらも、手持ちのお酒を注ぎ始める。

 最初から選択権はないようだ。

 俺はそれを受け取ると、軽く掲げて一口喉に通した。

 すぐに喉の奥が熱くなる……少し強い辛口のワインだ。

 毒は、ないみたいだな。


「そう緊張するなよ、しょうねぇん〜。そんなに私が怖いかぃ〜?」

「……怖ぇさ……」

「存外、繊細なんだねぇ〜。少年を殺す……ってぇ任務はないのだしぃ、安心していいと思うのだけどぅ……それに少年を殺せばねぇ」


 フェリシモがクイッとワインを飲み干し、艶めかしく目を細めて月を見上げる。


「……アレが悲しむからねぇ……」


 ……シメオネのことか。

 ほんとに、あいつに生かされているなぁ、俺は……


「どうだい、あの子はぁ?」

「それは野暮な質問だな……聞くってことは、自信があるんだろ?」

「聞きたいのさぁ。自慢の妹だものぅ〜」


 人懐っこく甘えるように、フェリシモが微笑みかける。

 こうしてみると、やはり猫だ。

 懐に入るための自然な振る舞いを、よく心得ている。


「……真っ直ぐ、純粋でいい娘だよ。真っ直ぐすぎて暴走しちまうところも含めて、それもそのまま、シメオネの魅力だと思う」


 フェリシモが少し驚いたふうに目を丸くし、やがて満足そうに笑った。


「ちゃんと言えるじゃないかぁ、しょぅねぇん。言葉にできるってのは、大事なことだよぅ〜?」

「言葉にできるも何も……本当にそのまま、そういうやつだからな」

「あぁ〜〜そうだとも、そうだともぅ〜〜。アレは馬鹿だけどねぇ……私の数少ない自慢さぁ〜」


 ……これが1位のアサシン……

 冷徹で狂っているようで、ちゃんと人間味を持っている。

 ソレを知ると、戦いづらくなるんだよな。


「しょうねぇん〜〜お前との戦いは、よかったよぅ〜? まさに、ベストバウトさぁ〜」

「そいつぁ、光栄だね………でも、二度とやりたくないな」

「あはぁ〜ん。その答えは、嫌いじゃないよぅ〜?」


 フェリシモは、そこでグラスを横に置く。

 そして、おもむろに胸元から小さく折り畳まれた一枚の羊皮紙を取り出した。


「お前はぁ、私の愛すべき好敵手でありぃ〜妹のために生かしておきたい、そんな存在さぁ〜。だから、これをやるよぅ」


 その白くて細い指先から渡された羊皮紙には、見たことのない暗号のような文字と地図のような物が描かれていた。

 しばらく眺めてみるが、さっぱり理解できない。


「それはねぇ……むかぁしむかぁし、アサシン教団の本拠地があった場所さぁ」

「……それは……極めて物騒な情報だな。で、なんで俺にそれを渡す?」

「ふふぅん〜。そしてぇ、それは次の任務の指示でぇ……内容は抹殺さぁ」

「……いや……んで……意味がまだ、よくわからないんだけど……」


 フェリシモは邪悪に、それでいて妖艶な笑みを浮かべながら、俺の首元に両の手をまわした。

 ふわりとその両手首から、金木犀の香りが漂う。


「あんたさぁ……あの2位の犬にぃ……教団を抜けろ……とか、言わなかったかぁい〜?」


 心臓が、どくんと大きく跳ねる。


「……なんだって?」

「あららぁ、図星なのかぁぃ。そこに記されている場所はねぇ、2位がこれから向かうところだよぅ。本人は、ただの任務だと思っているだろうぅけどねぇ……そこにはイーグルが、わんさか集まっててねぇ……見せしめに集団でぇ……粛清されるのさぁ」

「ちょ……ちょっと待て、なんで……?」

「あの子、抜けるって言ったんだろぅ? 教団はねぇ〜、抜けれないことはないのだけどぅ……物事にはタイミングってものがあるのさぁ」


 フェリシモが、耳元に唇を寄せてくる。


「タイミングが悪いとねぇ……こうして、翼をへし折られるのさぁ」

「……いや、でも…………だって、彼女は何も……」

「悪くはないさぁ。むしろ、よく働いたんだろうしねぇ……しかし、時にねぇ~暗殺よりも情報を盗む任務を多くこなしているイーグルのほうがぁ、辞めにくかったりもするのさぁ。暗殺は、我々の力を示すところでぇ、むしろぅアサシン教団が殺りましたって公開した方がいいんだけどぅ……情報を盗むとなると秘匿とするところが多いからねぇ~」


 心音が激しく高鳴る。

 ついでハチ子が最後に見せた涙を浮かべて喜ぶ顔が、はっきりと思い出される。


 ……冗談じゃない……冗談じゃないぞ……


「でぇ〜それは私に来た任務なんだけどぅ……特別に教えてあげてるのさぁ」


 カッと頭の中で閃光とともに火花が咲き、反射的に立ち上がった。


「ありがとう、フェリシモさん……恩に着るよ」


 ……俺の不用意な言葉のせいで、ハチ子の身に危険が迫っている……

 粛清だと?

 ふざけんな、だ。


「急げよ、しょうねぇん……そこは、時期に修羅場だよぅ?」

「……あぁ。この身に鬼を宿してでも、助けてみせるさ」


 にやにやと笑うフェリシモに頭を下げると、俺はマフラーを鼻先まで上げて愛用のダガーを握る。

 時間はあまりない。

 考えられる最高の速さで向かう、今はただそれだけだ。


「絶対に助けるからな、ハチ子……」


 そう自分に言い聞かせるようして、俺はつぶやいた。

次回ですが、とても大切な話となるため少し趣向が変わります。

どう変わるかというと……説明はよしておきましょう。

どうぞお楽しみに。


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