鈴屋さんとパーリナイっ!〈2〉
忙しいと書き進む鈴屋さんです。
不思議です。
ふわっとして、ニヤニヤしてもらえたら幸いです。(笑)
それではワンドリンク片手にどうぞ。
窓からは焼けた空が、鮮やかに雲を染め上げる光景が広がって見えた。
日が暮れ始めると徐々に1階からの活気が熱を帯びはじめ、その喧騒ゆえにいよいよこれ以上は眠れそうになかった。
これから眼帯姿の俺を心ゆくまで弄り倒す気なのだろうと思うと、正直面倒くさくて逃げ出したい気分なのだが、タダ酒という魅力には抗いがたい。
仕方なく大きめのため息を一つついて体を起こそうとすると、出窓に腰を掛けていたハチ子がくすくすと笑った。
相変わらずの不法侵入だが、俺もすでに何とも思わなくなっていた。
夕焼けに照らし出されるその姿は、控えめに見てもこのレーナで十本の指に入る美しさだろう。
なぜこれほどまで俺に尽くしてくれるのか……その質問も、もはや愚問だろう。なぜならば、彼女はその答えを、それこそ幾度となく真っ直ぐな言葉で示してくれている。
「おはよ……」
「おはようございます。もう始まってますよ?」
「……俺、すでに関係ないじゃん」
ハチ子が、またクスクスと笑う。
「そうでもないですよ。起こしに行こうとする輩を、鈴屋が止めていましたので」
「輩って……鈴屋さんが、止めてくれてるの? なんで?」
「アーク殿の体を気遣ってるのですよ。少しでも休めるように」
……あぁ……それは、いかにも鈴屋さんらしい行動だ。
本当に俺のためにと思って行動する時は、恩着せがましくならないように黙ってやるんだよな。
「……なぁ、ハチ子さん」
ハチ子が黒髪を揺らせて、小さく首を傾げる。
俺は鞘に収まったテレポートダガーを、ハチ子に向かって放物線を描くように投げた。
ハチ子は何のためらいもなくそれを受け取ると、その真意を探るようにこちらを見つめる。
「トリガー、使ってくんない?」
「はぃ……?」
ハチ子は俺の奇妙な言動に疑問を感じつつも、鞘ごと同じように投げ返してくる。
俺はそれを両手で受け止めて、胸に抱いた。
「それでは……トリガー」
瞬時にハチ子の姿が消えて、俺の腕の中に転移する。
やっぱり使える……なんでだ?
「……えっ?」
ハチ子が、驚きながら顔を上げた。
そりゃそうだ。
俺の腕の中にダガーがあるのだから、俺の腕の中に転移して当然だ。
つまり……なんだ。
俺は、ハチ子を腰から抱き寄せてしまっていたのだ。
呼吸が重なるほどの距離で、二人の顔がみるみると赤くなっていくのは、窓から斜めに差し込んでいる夕焼けのせいだけではないだろう。
こういう時、なぜか人はフリーズしてしまう。
「は……はわぁぁぁぁ、あぁぁくどのっ!?」
「のわぁぁっ」
2人して奇声を上げながら、飛ぶようにしてベッドの端と端に離れて座る。
心臓が破裂しそうなほど高鳴り、その音がハチ子に聞こえてるのではないかと心配してしまう。
「あ……や……ごめん、ハチ子さん」
「……いえ……」
目を合わせることもなく、しばしの沈黙が訪れる。
……なんだ、この気まずさ……
「あの、さ……テレポートダガーなんだけど……これって、俺しか使えないはずでさ。ほら、こないだ……ちっちゃいハチ子さんが使ってたから……なんでかなって」
思考が回らなすぎて説明下手も甚だしいが、ハチ子はさくらんぼよりも赤い顔をしたまま、こくりと頷いた。
「あの時は私も夢中になっていて……試すとか、そんな考えもないまま使っていました」
……じゃあ原因は、ハチ子も知らないってことか……まぁ、そりゃそうだよな……
「……ん? あの時の記憶……あるの?」
「小さくなった時のですか?」
「うん」
「ありますよ?」
さも当然のように言う。
「いや、でもさ……鈴屋さんは、ないって言ってたから」
ハチ子が顎に手を当てて考える素振りをし、ややあってクスクスと笑い出す。
「……なに?」
「多分ですね、鈴屋は子供の演技をしていたことが、バレたくないのですよ。きっと、恥ずかしいんでしょう」
……ん〜そうか。なるほど……子供の演技をしてたのか……
さすがは鈴屋さんだな……って……
「本当にっ!? 俺、ぜんっぜん気づかなかったけど!」
「私だって、見抜けてませんよ。でもあの時、私が私として行動していた記憶が、今もあるんですから。間違いないでしょう?」
……たしかに……いま思えば、ハチ子は見た目こそ幼女だったが、話し方や行動はいつものハチ子と同じだった気もする。
……まぢかよ、すげぇな。
ロールにかけては天下一品だけど、そこまでするのか?
もはや「演じる」ことに、只ならぬプライドでもあるのだろうか……
「い、今のは聞かなかったことにしようかな」
「私も……話さなかったことにしときます」
……いや……ってことは……パンツのいきさつも鈴屋さん知ってたはずじゃ……
知っててビンタされたのか、俺は……
「てか、お前、シラフで俺にパンツ渡したのかよ!」
「……お前って……」
あ……女子にお前はダメなんだっけ……
「それ……いいですね……」
この子に関しては、ダメじゃなかったらしい。
「これからも、お前……と呼んでください。私は……そうですね……あなた、と……」
ハチ子が目を閉じて、両手を頬に当てながら身を捩らせる。
「やめい、熟年夫婦かよ。アホなこと言ってないで……ほら、下行くぞ!」
妄想し始めるハチ子を、引きずるようにしてベッドからおろし、俺はそのまま廊下へと出る。
その頃には、1階からの喧騒はさらに大きなものとなっていた。
「あの……アーク殿……」
「ん?」
「私、これから仕事がございまして……」
「……え……あぁ〜、本職のね」
「はい、2位キープというのは、中々に忙しいものでして……お供したいのですが……」
ハチ子が深々と頭を下げる。
そう言えば、今のハチ子は仕事着だ。
「いや、こっちはいつも手伝ってもらってばかりで申し訳ない。てかさ……仕事、危険なんだろ? 大丈夫なのか?」
「まぁ、ある程度は……でも、仕事ですし」
「ほんとに危なそうな任務とかはさ、俺にも言ってくれよ。手伝うから」
「いや、それは……そんなこと、頼めませんよ」
「第三者は、参加しちゃダメ的なルール?」
「……任務遂行のために、人を雇うことはありますが……それは利用しているという認識ですし……基本的に任務の内容は秘匿とするものですから」
「大丈夫だよ、バレなきゃいいんだろ?」
しかし……と、ハチ子が口を噤む。
困ったような表情と……嬉しそうな表情と……俺に対する心配……かな?
「あのさ、この際だからはっきり言うけど……俺はこの先、ハチ子さんを失うようなことだけはしたくないんだよ。2位とかもさ、任務の危険度が下がるなら、別に順位を落としてもいいんじゃないか思うし……なんならアサシン教団なんて辞めて、俺と一緒に冒険者家業をしてくれればと思ってる」
「アーク殿……」
ハチ子が、こぼれそうなほど涙を溜めていく。
よかった、気持ちは伝わっているようだ。
「別に困らせるつもりはないし、辞めろとも言わないけどさ。でも、もう少し安全に……そっちの仕事はゆるくしていて欲しい。それが嫌なら、俺にも手伝わせて欲しい」
「……アーク殿……」
「俺じゃ不服か?」
ハチ子が、ブンブンと頭を横にふる。
「……ずるいです、アーク殿。そんなの……断れないじゃないですか……」
「あぁ、そうなるように話を進めたからな」
俺がニヤッと笑うと、それを見てハチ子がまた笑顔をこぼす。
「……嬉しいです…………少し……いえ、ちゃんと、必ず、考えます!」
「あぁ、頼むぜ。約束したからな」
ぽんぽんと頭を叩くと、ハチ子は何度も頷いて応えてくれた。
「……必ず……必ず……」
「よし。じゃぁ、もどったらまた一献な。気をつけて行くんだぞ」
ハチ子が満面の笑みを浮かべて応えると、その拍子で溜まっていた涙がスッとこぼれ落ちた。
しかし、それを拭おうともせずに廊下の奥の窓へと駆け込み、振り返り様にもう一度だけ頭を下げる。
「……行ってきます、アーク殿!」
ハチ子はもう一度笑顔を見せると、窓から身を乗り出しそのまま飛び降りていった。
本音を言えば、今すぐにでも辞めさせたいのだが……俺にその権利があるとは、到底思えない。
加えて、俺には絶対にぶれてはいけない信条がある。
俺が最優先で守るべき人は、アウトサイダーである鈴屋さんや南無子であるのは間違いない。
それは絶対に、見誤ってはいけないことだ。
それでも──
それでも、今の俺は……この世界の住人で一際大切な人を、失いたくないと思えてならなかった。
ハチ子さんの回でした。
サブヒロインというものがあるのなら、きっとハチ子はサブヒロインですね。
ヒロインも頑張らないと食われてしまいそうです。




