鈴屋さんとキャプテン・オブ・ザ・シップ〈10〉
なんか切りのいいところまで書けてしまったので、いきなりアップしてしまいます。
過ごしやすい季節になってきました。
リアルが落ち着いたら読書の秋に向けて、楽しい話をバリバリと書いていきたいです。
それではワンドリンク推奨、気軽にどうぞ。
喉にフックの指が、メリメリと食い込んでくる。
このまま喉を潰されては、たまらないと下半身をばたつかせるが、そんな抵抗も虚しく喉輪が外れる気配はない。
ただの骸骨なら、体重差で撥ね退けることもできたかもしれないが、理屈では説明できない力が俺を押さえつけていた。
「動く……な」
声帯などないはずの骸骨が、かすれた声をだす。
言葉の対象は、鈴屋さんたちにだろう。俺はすでに動きを封じられている。
シミターも、どこかにいってしまった。
最初にアンデッドのふりをし、挙げ句に倒されたふりまでする……その魔族の強かさに、これまでの敵とは違った恐ろしさを垣間見る。
「おにぃちゃん!」
「……動けば……この男……殺す」
ぐっ……と、鈴屋さんが口籠る。
向こうの状況がわからないが、俺は頭の中で早く逃げてくれと連呼することしかできなかった。
スッと隻眼の骸骨が、こちらに頭を向ける。
そうだ……俺の知っている骸骨フックと違い、こいつは感情らしきものをちらつかせていた。
その違和感に、気づけなかったことが悔やまれる。
どうにもならないのか……などと考えていると、無意識に左手が動きフックの右手首を掴んだ。
我ながら虚しい抵抗だと自嘲しそうになるが、さらにそこから不思議な現象が続いた。
「右手の悪魔、やっと捕まえたね」
喉を押さえつけられていて声など出ないはずなのだが、なぜか喉から聞き覚えのある陽気な声がした。
もちろん、それは俺が発した言葉ではない。
「僕の右手を、返してもらおうかね」
フックを掴む左手が、熱を帯びていく……これは……ドレインタッチ?
「ごめんね、体を借りるよ」
これは俺に対して言っているのだろう。
どうやら俺は、マーフィー君に憑依されてしまったらしい。
まさかこんな瞬間を狙うとは、なかなかどうして食えないゴーストだと心中で笑い飛ばす。
「……この肉の持ち主……か……なるほど……時戻し……が効かない……わけだ……」
「この人を子供にされたら、終わりだからね」
「そう……なら……」
ゾクリと、背筋に悪寒が走る。
ここでの生活で研ぎ澄まされた危険察知能力が、脳内で巨大な警報音を鳴らす。
マーフィー君は戦闘の経験がない。
故に、この魔族は武器など必要としていないことを理解できていない。
その気になれば、わざわざ幼児化なんぞする必要もないのだ。
眼の前の強烈な殺意に対し、全力で遁走術を使いたいところだが、マーフィー君のせいで体が動かない。
どうすれば、と思った時には遅かった。
臓物ひとつないフックの腹から、人と獣を混ぜたような禍々しい赤色の手が生えてきて、次の瞬間にはその鋭い鉤爪が俺の顔を切り裂いていた。
「〜〜〜〜っ!」
同時に体が自由になり、あまりの痛みで声にもならない叫びを上げて悶絶する。
遠くで鈴屋さんたちの悲鳴が聞こえたが、きっと俺のやられっぷりに対してだろう。
しかし、それを確認する時間はない。
偶然手に当たったシミターを握り、喉を押さえつけている奴の右手に突き刺して、ようやく拘束を解くことができた。
「ってぇぇぇぇぇぇぇ!」
そのまま体を回転させながら距離を取り、飛ぶようにして立ち上がる。
呼吸を整えようと下を向くと、ぼたぼたっと凍った床にどす黒い血がこぼれ落ちていった。
傷の度合いも気になるが、今はそれより……
「来るなっ!」
廊下の奥から、声を上げながら近づいてくる足音に対して片手で制する。
今あの2人を背にして、守れる自信がなかった。
一人でなら、あるいは活路を見いだせるかもしれないと考えたのだ。
「呪いの一撃……だ……アストラルサイド……に……身を置く……霊体など敵……ではない」
……ってことは、マーフィー君は今のでアッサリやられたのか。
左目が熱い。
とりあえず、しばらくは目を開けられそうにない。
これはまずった……強敵すぎる。
なぜこんな事態に……と一瞬考えるが、もとはと言えば知っているクエだと、どこかで油断していた俺に原因がある。
とにかく、いま優先すべきは後ろの2人をどう逃がすかだ。
「魔族……ね……名前くらい、聞かせろよ」
「…………我が……名は……」
なにかの映画で、魔族が自分から名前を教えることはないと聞いたが……名乗るのか?
「……ウイル……ズ…………楔をつけ……破壊をする……反乱の槍……」
……言ってることがさっぱりわからねぇぞ、この野郎……
「お前の左目に……楔を……打った…………次は……心臓……だ」
ゆらり……と、ウイルズが揺れる。
もはや、骸骨の形状に惑わされては勝てない。
あれはどこからでも攻撃をしかけてくる、生物とは別の何かだと認識するのが妥当だろう。
「くそっ!」
迫る驚異に対する有効な対処法も浮かばず、とりあえず剣線の残像を残して足止めを図る。
しかし、ウイルズはそれを気にもとめず、平然と間合いを詰めてきた。
たまらずシミターを構えなそうとするが、それよりも速くウイルズの鉤爪が俺の胸を斜めに薙ぐ。
ズバッと鮮血が飛び散り、痛みが熱さとともに襲ってくる。
「あーくん!」
この世界で、いちばん大切な存在から名前を呼ばれた気がした。
でも、さっきまでは「おにいちゃん」と呼ばれていたはずだし……きっと、俺の空耳だろう。
景色がスローモーションで流れていく。
そうか……これ、けっこうやばいやつなんだな……と、どこか冷静な俺がいた。
虚ろに揺らめく視界の中で、ウイルズが俺の心臓に向けて真っ赤な鉤爪を突き立ててくる。
しかし、そこに割って入るかのように、ボロボロの影が突如として現れた。
「まだです、あきらめないで!」
マーフィー君が、すんでのところで俺を突き飛ばし、代わりに真っ赤な鉤爪の餌食となる。
刹那、マーフィー君の体が青白く光り、砂塵のごとく細かい粒子となって四散した。
今度こそ、やられたかっ!
「く……そぉぉぉぉっ!」
俺はもう一度己を鼓舞し、崩れ落ちそうになっていた両足に力を込めて体制を立て直す。
どこまでも続くスローモーションが、マフラーの力によるものなのか、それとも死に直面した特別な状況がそう見せているのかわからなかった。
ただ全身の体重をシミターに乗せて、ウイルズの真っ赤な腕ごとゆっくりと切り裂いていく。
「穿てぇっ!」
……と、声に出して叫んだと思う。
実のところ、それすら自分でもわからない。
凄まじい呻き声のようなものが、刀身から俺の体の中に直接伝わってくる。
その時、ウイルズの腹からさらにもう一本の腕が生え始めた。
さすがにこれはかわせない……と、為す術なく迫るその手に視線を移す。
「2人とも、逃げ……」
……ろ……と、言い終わる前だった。
それは、あまりに想像を超えた出来事。
軌跡を、絵に描いたようなものだった。
絶体絶命のその瞬間、ウイルズの手に見覚えのあるダガーが、ズドンッと突き刺さったのだ。
そして──
「トリガー!」
その声は、まだ幼い声だった。
しかし、その声の持ち主を確認する必要はなかった。
目の前に黒髪の少女が、エルフ少女を抱きかかえたまま現れる。
そして凄まじいダガー捌きで、ウイルズを切り刻む。
「フェンリル、食い殺して!」
ハチ子の手から飛び降りた鈴屋さんが、ウイルズに向けてフェンリルをけしかける。
フェンリルはウイルズの背後から首元に噛みつくと、そのまま凍結させてしまった。
「お……おおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
俺がさらにシミターを押し出した時、ウイルズは今度こそ声を上げることもできずに、粉々に砕け散ってしまった。
おそらくはあと1~2話といったところですね。




