鈴屋さんとキャプテン・オブ・ザ・シップ〈3〉
超猛暑続きで海の日がやってきそうです。
そんな中、猛烈に挿絵を描きたい気分なんですが……画材どこにしまっただろう。
真面目に描き始めるとえらく時間がかかってしまうので、気軽に落書きから始めようかな。(実はイラストレーション科専攻)
そんなわけでネカマの鈴屋さん、夏っぽく海での話が続きます。
冷たい飲み物片手に、気軽にどうぞ♪
ギギィと木がきしむ嫌な音が薄暗い船内に鳴り響き、時折船が大きく揺れる。
そのたびに可愛らしい悲鳴が後ろから聞こえてきて、あまりの可愛さゆえに俺の恐怖心も幾分和らいでいたりする。
正直に言えば、俺だって怖いものは怖いのだ。
だが女子二人を前にして、その姿は見せられまいよ。
男なら、この気持もわかるはずだ。
「おっ……階段だ。いよいよだな」
わざと声を上げてみるが、二人はまたも押し黙ってしまう。
無視しているというわけではなく、暗に“行きたくない”と言っているのだろう。
「あ~……えっと、この先はお化け屋敷的な要領で」
「お化け屋敷?」
ハチ子が首を傾げる。
「あぁ、ハチ子さんには分からないか。何て言うか……悪意のある演出がてんこ盛りだから、心構えだけしといてください」
ぎゅぅとマフラーが両端から引っ張られる。
相当怖いのだろう。
ここで「女子っぽくて大変よろしい」とでも言おうものなら、罵声とともに絞首刑が執行されるだろう。
……さて……ゲーム内でのここは、地下三層まであるちょっとしたダンジョンだったが……
自然と気持ちが高揚してしまうのは、ゲーマーの血が騒いでしまっているのだろう。
ウィル・オ・ウィスプのおかげで視界は良好、暗くて見えないといった事態に陥らずにすんでいる。
実際、ランタンやたいまつといった照明アイテムを持ってきていなかったのだから大助かりだ。
階段を降りて廊下を進みながら、いくつかの船室を覗き込んでいく。
家具も何もない空の船室はスルーだ。あまり時間もかけたくない。
やがてある程度の家具がそろった部屋を見つけると、ダガーを抜いて後ろの二人に合図を送る。
「ここはちょっと調べてみよう」
二人が黙って頷くのを確認すると、ダガーを構えながらゆっくりと中に入る。
当然のことながら生き物の気配や痕跡はない。
「ベッドに机……それとドッレサーだけですね。客室だったんでしょうか?」
ハチ子が不安げに聞いてくる。
「ん~、もとは海賊船っぽかったけど……どうだろ?」
たしかこのイベントのボスはいかにも海賊船の船長って恰好をしていたな……と、古い記憶の片隅から断片的に思い出す。
まぁ骸骨化してたから、もとが何であれ分類はアンデッドなはずだ。
「んじゃぁ、定番の引き出しチェックからやろう」
「……定番なんですか?」
「とりあえず引き出しは開けるものだし、ツボの中身は確認するものじゃない?」
「聞いたことないです……」
ハチ子が眉を寄せて、否定的に首を振る。
ゲーム内では普通にしていた行動だが、やはり現実的に変なのだろう。
「じゃあハチ子さんはドレッサー、俺は机で鈴屋さんは……」
「無理」
食い気味で返事をされた。
問答無用の拒否っぷりで、交渉の余地はなさそうだ。
「だよね……じゃあベッドの下も俺が見るよ」
「……アーク殿は、甘すぎです」
心の底からこぼれたハチ子の言葉に、鈴屋さんが「いいの私は、役得だから」と平然と言ってのける。
それでこその鈴屋さんだが、なぜかハチ子にもその“役得”とやらを与えてやりたくなるな。
「あーくどのぅ……せめて二人で見ましょう。手分けは嫌です……」
「ほんとに駄目なのな」
俺に対して何事も二つ返事をしてくれるハチ子が、はっきりと「嫌です」と言うのは珍しい。
「オーライ、二人で調べよう」
「あーくどの。ありがとうございます」
ハチ子はこわばった表情を少しやわらげて、嬉しそうに頷く。
ちなみに鈴屋さんは、俺とハチ子の影に隠れている。
それでもやっぱり気にはなるのか、何とか覗き見ようと時折ぴょんぴょんとジャンプをしていた。
そのたびに床の木が軋む音がして、床が抜けないかと心配になる。
まずは二人で大きな引き出しを開け、さらに二段目三段目と続ける。
どれも老朽化が激しくガチガチに固まっていて開きが悪いので、かなり力づくだ。
しかし引き出しの中には何も入っておらず、肩透かし感がどんどん強まっていった。
「こりゃ、何もないか」
あきらめ半分で、最後の引き出しに手を掛ける。
しかしその引き出しだけは、ぴくりとも動かなかった。
「……あれ?」
俺が少し驚いていると、ハチ子がいち早くその原因に気づいた。
「アーク殿、これ……ここです」
ハチ子が片膝をついて、引き出しの側面を指さす。
そこには鍵穴らしきものがあった。
「鍵……ですか?」
「鍵だねぇ……」
「あー君の出番?」
「出番かどうかで言うと、俺は少し前からずっと出番状態なんだけど?」
目を細めながら言ってみると、鈴屋さんは口をへの字にしながら「意地悪!」と小声で呟く。
そうそう、鈴屋さんもたまには俺の有難味を知って感謝すればいい。
人は感謝した数だけ、成長していくものよ。
そんなドヤ顔を浮かべながら、腰のベルトについているポーチからシーブズツールを取り出す。
シーブズツールは盗賊ギルドで購入できる、平たくいえば盗賊専用の七つ道具入れだ。
その中からピッキングツールを取り出し、鍵穴に二本の針金を差し込んだ。
「アーク殿は、そんなこともできるのですかぁ?」
ハチ子が興味深そうに顔を寄せてくる。
「まぁ、これでも最初はシーフだったからねぇ。ニンジャになるには盗賊の短刀っていうレアなドロップアイテムを手に入れなきゃいけなくてね~あれが大変で……なんて話してもわからないか」
「いえいえ」
さらにハチ子が近づき、鍵開けの指裁きを凝視する。
「アーク殿の指……細くて長いですなぁ……」
「そう? ……っと、開いたぜ」
「おぉ~アーク殿、さすがです!」
夢中になって俺の手つきを見つめていたハチ子が、不意に顔をこちらに向けてくる。
しかし手付きを見るのに夢中になりすぎていたせいか、思っていた以上に接近してしまい、二人の鼻先が軽くこすれてしまった。
それは、ややもすれば唇が触れてしまいそうなほどの距離だ。
「あっ!」
ハチ子は息をのみながら小さくつぶくと、みるみる頬を朱に染めていく。
つられて俺も顔が熱くなっていくのがわかった。
「あっ……の……すみません、あーくどの」
ハチ子が慌てて離れようとし、ぺたんとその場で尻もちをついてしまう。
「いや……なんか、こちらこそ。ごめん」
思わぬ中学生レベルのラブコメ展開に、二人して照れ照れしながらうつむいてしまった。
「コホン……えぇっと、二人は私の目の前で何をしているのかな?」
『あひゃぁぁぁぁ!』
完全に忘れていた後方の虎の存在に、思わず二人して奇声にも似た悲鳴をあげる。
「引き出し……開けないのかなぁ~?」
「あ、あ、あ、開けますとも!」
慌てて引き出しに手を掛け、勢いよく引っ張る。
すると確かな手ごたえと共に勢いよく引き出しが開き、カンッと何かが中でぶつかる乾いた音が響いた。
「お……なんか入ってるな」
俺とハチ子が目を合わせ、同時に引き出しの中を覗き込む。
……これは……
「う〜〜ん。これはいらないなぁ」
「そうですね。魔法の品でもなさそうですし」
やれやれとため息をついていると、鈴屋さんが二人の肩の間から顔を突っ込んで、引き出しを覗き込もうとする。
「なになに、何が入ってたの?」
さらりと綺麗な水色の長い髪が肩にかかってきて、その無防備さを注意したくなるが、ここはグッとこらえる。
「ん? これ」
無造作に引き出しの中に入っていたものを掴んで鈴屋さんに見せると、その整ったエルフ顔がみるみると髪の色のように青くなっていった。
「きっ、きゃぁぁぁぁぁっ!」
あ……やっぱり?
「あー君、何それっ!」
「何? ……何と言われると……何だろう。鑑別名、血塗られたナイフ……とか?」
「私が鑑別するなら、使用済みナイフですね」
「どっちだって同じでしょ! どうして二人とも平気なの!」
「どうしてって……」
ハチ子と顔を見合わせる。
「そこで二人して、不思議そうにきょとんとしない!」
「だって、刃物に血が付くなんて、割と日常茶飯事なことだし」
「ですね。本当はすぐに拭かなくてはならないのですが、よほど物臭な所有者だったんでしょう」
「あっ……あー君もハチ子さんも、ちょっとおかしいよ! 明らかに、誰か斬って隠した感じじゃない!」
「そんなぁ。サスペンス映画の見過ぎだよ」
「だいたい物臭な人が、わざわざ鍵かけてしまったりしないから!」
おぉっ! と、二人同時に手を打つ。
言われてみれば 確かにその通りだ。
「……ば、馬鹿なのかな?」
「失礼な。だいたいさ、もしその辺に武器が転がってたとしたら、どれも使用済みだよ」
「そうですね。血がついてても、それほど珍しい事ではないです」
「あなたたち…………」
鈴屋さんが呆れて顔をしかめる。
俺も相当ずれてきているのか、考え方が完全にハチ子寄りのようだ。
「まぁまぁ、気にせず。次、調べようよ」
それでも納得がいかなそうな鈴屋さんに、引きつった笑みを見せながらドレッサーに向かう。
ハチ子もこの状況に少し慣れてきたのか、特に躊躇することもなくドレッサーを開けた。
「…………」
そして手を掛けたまま動きが止まる。
「……どうしたの?」
しかしハチ子は黙って、ドレッサーの中に指をさすだけだった。
なんだろうと覗き込むと、そこには共通語で書かれたメッセージが残されていた。
おそらくは血だ。
「右手に……悪魔が……宿った?」
思わず首をかしげる。
これはまた、意味が解らない。
「あー君……」
「……厨二病かな?」
「あー君……やっぱりなんか怖いよ」
「いや、まぁ幽霊船だから。あんまり深く考えないで行こうよ」
「アーク殿はすごいですね……」
「わからないことは考えない。それが俺の処世術さ」
親指を自分に向けて立てる俺に対して、ふたりとも若干引き気味だ。
「じゃぁ、あとはベッドの下を覗いて、ここは出よう」
しかし、鈴屋さんの顔がより一層ひきつっていく。
「ベッドの下とか……嘘でしょ、あー君?」
「なんで? なんか落ちてるかもよ?」
「ベッドの下って、ホラー映画だと髪の長い女の幽霊とかがいて、目が合ったとたんに這って出てくるパターンじゃないっ!」
「ないない、そんなど定番なベタ展開」
軽く笑いながら、手を突いて頬を床に近づける。
そして薄暗いベッドの下を注視する。
そこには、もちろん女幽霊の姿などない……のだが……
「……あー君?」
「……どうしたのですか、アーク殿」
「えっと……逃げて」
「え?」
俺は、大きく息を吸い込んで叫んだ。
「逃げるぞっ!」
ダンッと床を叩くようにして立ち上がると、二人の手を握り部屋から飛び出す。
その背後からは真っ青な男の右手だけが、トコトコと指先で走るようにして追いかけてきていた。
【今回の注釈】
・悪意のある演出………振り向いてバーンという定番はもちろん、あれ、いま横切った?みたいなやつまで最近のホラーゲーはすごいです。正面から右に視線を移して、また正面に戻すと何かいるとか、小物位置が変わってるとか凝ってますよね
・盗賊の短刀………盗賊の短刀で忍者に転職はウィザードリィです。性格が悪でシーフレベ50とか結構なハードルの高さですが、そもそもドロップするのかが最初の難題