表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/504

鈴屋さんとキャプテン・オブ・ザ・シップ〈2〉

サッカー日本代表、惜しかったですね。

攻めのパスサッカーが日本オリジナルなものになってきていて楽しかったです。

監督、変えなきゃ駄目なのかなぁ…


さてさてW杯も落ち着いてきましたので、まったりとネカマの鈴屋さんをどうぞ。

 その日は実に平和な航海となり、何事もなく夜を迎えることとなった。

 なぜか最近、弱気スイッチが入りやすい鈴屋さんも、先ほどの俺の言葉に少しは安心してくれたのか、その後はいたって平常営業だ。


 とくに女旱りが激しい船員にとって、鈴屋さんなんていう「可愛いが服着て歩いている」ような存在は、飢えた狼の前にA5ランクの松阪牛を置いているようなもので、目に見えていつもの10倍増でアプローチされていた。

 鈴屋さんも、相手に利用価値があるうちは百点の笑顔で応対するのだが、さすがにこの数はたまらないと部屋に逃げ込んでしまっている。

 もちろん、部屋を出るときは必ず俺が同伴だ。

 こればかりは、ハチ子に頼んだところで無駄だった。なにせ、ハチ子の見た目もヒロインレベルなわけで、実質ステーキが2枚に増えただけなのだ。

 そんなわけで俺は、鈴屋さんとハチ子に対する船員からのアプローチ避けとして交互に同伴していた。

 はたから見れば羨ましいものかもしれないが、実際その当人となるとたまったものではない。

 明確な役得があるわけでもないのに、筋骨隆々な海の男に妬まれるとかまったくもって誰得って話だ。

 そんな事を考えながら、ぼんやりと天井を眺めていたら扉の向こうから蚊の泣くような声が聞こえてきた。


「アークどのぅ……アークどのぅ……」


 あの呼び方は、確認するまでもなくハチ子だろう。

 しかしなぜか語尾が甘えている……と言うよりは、怯えているような声色をしている。

 俺は反動をつけてベッドから飛び起きると、木製の扉を静かに引いて開ける。

 暗がりに沈む廊下では、灰色のロングコートをまとったハチ子が、青ざめた表情を浮かべて立っていた。


「どうしたの? トイレ?」


 しかしハチ子は目を強くつむって、プルプルと首を横に振る。


「ふ、ふ、ふねがぁ……」

「んん?」

「あの、とっ、とにかく……外っ、外に来てください」


 なんだろうと、廊下に出て扉を閉めるとハチ子が左腕にするりと絡みつく。

 ドサマギというよりも、ほんとに怯えている感じだ。


「す、すみません……アーク殿……」


 謝りながらも腕に強く体を寄せる。

 ハチ子が、ここまで怯える姿を見せるのは、かなり珍しい。

 とりあえず階段を上がり外に出てみる。

 外は月明りに照らされて、そこそこ明るかった。

 しかし、おかしな点は見当たらない。


「なんもないけど?」

「は、反対側です」


 ますます腕に力がこもる。

 いま「柔らかいですね」とか言ったらドン引きされること受け合いだが……女性陣諸君、世の中の男は9割方そんなものなのだ、と言い訳をしておこう。

 デッキをぐるりと回り反対側に向かうと、ハチ子が怯える理由がそこにはあった。


「こいつぁ……」


 そこにあったのは、見事なまでに朽ち果てた船……絵に描いたような幽霊船だった。

 そして俺の記憶の糸が閃光のように輝き、刹那につながっていく。


「あぁ、これ……懐かしいクエだなぁ」

「……クエ?」

「ん……あぁ、こっちの話」


 そう、俺はこの展開を知っている。

 これは俺がここに来る半年ちょっと前に、MMORPG『THE FULLMOON STORY』で遊んだ、期間限定イベントクエストの『ゴーストシップ』だろう。


「……ってことは今、船員は全員寝てるのかな?」

「よくわかりましたね。どういう訳か、船員はみな眠ってます」


 うん、間違いない。あったあった、この展開。

 レーナから船で移動してイベントが始まるやつ。

 たしか夜に幽霊船が現れて……んで、船員はみんな眠ってしまってて、クエクリアまで目を覚まさないんだっけな。


「……ていうか、ハチ子さん。幽霊とか苦手なの?」

「とっ、得意な人なんていないですよっ!」

「そんなに強いのに? そのシミターも魔法の剣だし、攻撃手段としては有効でしょ?」

「そういうの関係ないですっ!」


 ハチ子が黒い瞳に涙を浮かべて、詰め寄ってくる。


「ワォ、ハチ子さん、超かわいい」

「アーク殿……声に出てますよぅ」


 目の前で真っ赤になりながらも怯える美女に、俺は萌えずにはいられない。

 この人、ヒロインキャラだなぁとニヤリングしながら眺めてしまいそうだ。


「あれ? 今ってもう0時超えてる?」

「はい、もう日は変わってますが……」


 怪訝な表情を浮かべるハチ子に、そうかと顎を触りながら頷いてみる。


 ……ってぇことは、2日目に入ったわけだから……

 フォーチュンテラーの言っていたイベはこれのことかな。

 あの婆さん、ほんと何者なんだか。


「んじゃぁ、乗り込むか」

「え…………えぇぇぇぇーーーーっ!」


 乗り込むという思考がよほど意外だったのだろうか、ハチ子の絶叫は鈴屋さんを起こすのに十分な大きさだった。




 幽霊船の造形はかなりのもので、朽ちた帆や腐った木材がその雰囲気をより一層不気味に感じさせていた。

 俺の知る限り、これに勝るお化け屋敷なんて存在しないだろう。

 もし某人気作品のようにフルダイブ型のゲームが開発されて、最新のホラーゲームをしたとしてもこの“現実”には敵うまい。


「あー君……」

「あーくどのぅ……」


 俺の両手に咲き乱れる可憐な花が、小さくつぶやく。

 その怯えきった表情や、頼られることに対する嬉しさが不謹慎にもある種の情動を生むが、俺はいたってクールを装っている。

「お二方、まだ中にも入っていないし。あと、これじゃ戦えないんだけど」

 ボロボロの甲板の上で、大きめのため息を、ひとつする。

 二人はそれでようやく俺の両腕を開放してくれたが、その代りに俺のマフラーを左右それぞれで強く握り始めた。

 これで幽霊が現れようものなら、俺はこの二人に首を絞められてしまうのだろう。もはや幽霊よりも恐ろしい。


「大丈夫、大丈夫。地下に降りるまでは何も起きないはずだから」

「あーくどのぅ……なぜそのようなことが?」

「前にやったことあるクエだし。鈴屋さんも知ってるでしょ?」

「……あの時は、あー君を自動追尾するようにして戦闘もオートにしてたもん。私は、ほとんど目を閉じてたもん……」


 それはまた、清々しいまでの寄生プレイです。

 怖くて目を閉じてたとか、想像するだけで萌え死にそうだ。


「とにかく奥に行こう。たしか、幽霊のボスがお宝を守っていたはずなんだ」


 言いながら、てくてくと先に進む。


「あ、あー君。船ごと沈めるってのはどうかな?」

「…………」

「ティアマトさんを召喚したら、一撃で沈められると思うの」

「…………」


 恐ろしいことを言う。これぞまさに台無しプレイだな。

 鈴屋さんが本気を出したら、負けイベントも台無しにできてしまいそうだ。


「ティアマトって、海の女神だよね。大洪水を起こすとかなんとか……そんなことしたら、俺たちの船まで沈められちゃうんじゃない?」

「……タブン、ダイジョウブダヨー」


 ……なんだい、その片言は……


「うん、大丈夫じゃないね。そもそも、お宝を探しに来たんだ。そんなことしたら全てが海の藻屑になっちゃうでしょ。ほら、行くよ」


 さすがに埒が明かないので、躊躇なく扉を開ける。

 すると……


『きゃぁぁぁぁ!』


 二人の悲鳴が、重なって船内に響き渡る。


「な、なに?」

「あー君、いま、なにか横切った!」

「……えー、気のせいじゃない?」

「あーくどのぅ、たしかになにか影が動きましたよ……」


 むぅぅんと唸る。

 これは中々に、先が思いやられる。


「あぁ……お二方、よろしいか? ここは幽霊船なんだから、ある程度そういうのは当然って方向で」

「はぁ? じゃ、じゃあなんで行くの、こんなとこ!」

「なんでって言われても……」

「アーク殿は、私達に抱きついてほしいのですか? それが望みなら、わざわざこんなところに連れて来なくても!」

「そうだよ! ドサマギしたいだけなら、そう言ってよ!」

「い、いやいやいや、何を口走ってるの。二人とも落ち着けよ」


 思わぬ濡れ衣に、ぶんぶんと首を横に振って否定する。

 しかし二人は、まるで納得がいかないご様子だ。


「この先に何かお宝があるんだからさ、少し我慢して……」

「だいたい、お宝って何? これはどこで引き受けてきた、誰の仕事なの?」

「え……えぇっと……占いでこっちの方角にいいものがあるよ~的なこと言われたから……」


 おぉぅ、鈴屋さんが呆れを通り越して愕然としている。

 言葉もないとは、このことなんだろう。


「……アーク殿のそういった……男らしい冒険者気質は、ハチ子はすごく愛おしいのですが……」

「ちょっとドサマギで何を言ってるのかな、ハチ子さん」

「いや、あの……先に進みません?」


 矛先が微妙にずれたので、そのまま強引に歩を進め始める。

 後ろでは緊張感もなくキャアキャアと言い合っているが、彼女たちなりに恐怖心を紛らわせているのだろう。それで前に進めるなら、文句も言うまいよ。

 そうして薄暗い廊下を進んでいると、不意にポワッと光の精霊が目の前を横切った。

 鈴屋さんが召喚した、光の精霊ウィル・オ・ウィスプだろう。

 これも日本では鬼火と言われていて……まぁ、いわゆる人魂なわけなのだが……鈴屋さんは知らないんだろうな。


「よし、じゃあさくっと地下に降りて探索しちゃおうぜ」


 今度は一切無言で返事をしない二人に対し、俺はわざとらしく明るい声をかけながら、さらに奥へと進んで行った。

【今回の注釈】

・某人気作品のようにフルダイブ型のゲームが開発されて………言わずと知れたSAOです。プログレッシブが至高だと思ってます

・負けイベントも台無しに………RPGでありがちな負け確定イベントで、ありえないほどレベルを上げて挑み、勝てるのかどうか、また、勝ってしまうとどうなるのかという検証をするプレイ

・ティアマト………海の女神、水竜になり大洪水をもたらす。なぜかFFでは「風のティアマット」として風属性のボスになっていました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ