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【原作小説版・完結済】ネカマの鈴屋さん【コミカライズ版・販売中】  作者: Ni:
鈴屋さんと幽霊船!

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鈴屋さんとキャプテン・オブ・ザ・シップ〈1〉

もうすぐ日本戦です。

ふたを開けてみれば、今このグループでセネガルが一番強い気もしますが、健闘を祈って見守ります。

とりあえず試合までの暇つぶしに、手軽な鈴屋さんをどうぞ。

 潮風が気持ちいい。

 船が豪快に大海を切り裂く様は、見ていて飽きない。

 三つの大きな帆をもつ帆船“ビッグ・ベン号”の船首では、俺と鈴屋さんが並んで座っていた。

 港町レーナにきて1年以上経つが、船に乗るのは初めてだ。


「ふふ~~ん♪ ふ~ん♪」


 鈴屋さんが、さらさらとした水色の髪を風になびかせながら、可愛らしい鼻歌を口ずさむ。

 原曲はさっぱりわからないが、俺だとこういった場合どうしても暑苦しい歌が脳内で再生されてしまうので、鈴屋さんが気持ちよく歌う「ふふふ~ん」ソングのほうがBGMとしては最適だ。

 色々ひっくるめて俺の中で、とりあえず100点満点だと明言しておこう。


「あー君……視線がキモい……」


 思わずおっさんの目になっていたのであろう俺に、冷ややかなじと目を突き刺してくる。


「何を言う……聞き惚れてたんだよ」

「そんなこと言われると余計に歌えない……」


 あぁ、せっかくの良質なBGMが……と嘆きつぶやくが、鈴屋さんはプイと横を向くだけだ。

 それでも、再び前を向く頃には笑顔に戻っていた。


「気持ちいいねぇ~あー君」


 バカップルよろしく、ややもすればタイタニックごっこをしかねないほど、俺と鈴屋さんはこの船旅を満喫していた。

 なぜ、このような状況になっているのか。

 思い起こせば、三日前に遡る……




「おんし……探し物があるね?」


 シメオネのところで気闘法の練習をしたその帰り道……裏通りを歩いていた時のことだ。

 目深にフードをかぶった老婆が、突然話しかけてきた。

 やせ細った両手には、ジャラジャラと装飾品をつけている。

 一目でわかる、フォーチュンテラーの類だろう。


「探し物? 婆さん……今時、そんな手で路銀なんか稼げないぜ?」

「おんしが探している……帰るための鍵じゃ」


 帰るためのって……まさかな……


「婆さん、言ってる意味がわかんねぇよ」

「船で2日……南南西に舵をとるのじゃ……鍵はそこにある」

「いや……ほんと、いきなり何言ってんの?」


 しかしフォーチュンテラーの婆さんは、一切の会話を成立させることなく路地の奥へと消えていった。




 このあやふやな……もしかしたら、まったく意味がないかもしれない話を、どこまで信じられるのか。

 あまりに確証がなさすぎるため、鈴屋さんにはまだ相談をしていない。

 変に期待をもたせてもな、という判断である。

 それでも気になって仕方がなかった俺は、軽い気持ちでドブ侯爵(ビッグ・ベン・アフラック侯)に相談してみたのだ。

 無理ならそれを理由に諦めればいいのだから。

 しかし運命の歯車ってやつはそれを許してくれず、俺の予想に反してドブ侯爵は快く自前の商船を手配してくれた。

 そして、あれよあれよと急遽の船旅となったのだ。

 ちなみに鈴屋さんには「海での探し物クエ」とだけ言ってある。

 ……概ね、嘘はついていないはずだ。

 ついでにハチ子もついてきているが、仕事明けのためか今は仮眠室でぐっすり眠っている。


「あー君、どこまで行くの?」


 鈴屋さんが聞いてくるが、実は俺自身もそれを知りたい。

 今はただ、言われるがままに南南西に向けて船を走らせている。


「2日も行って何もなければ帰るよ。んだから、まぁ明日の夜には、はっきりするかな」

「そっかぁ……」

「どうかしたの?」

「ん〜ん」

「……ひょっとして、もっと船旅したかった?」


 鈴屋さんが肩をすくめながら笑顔を見せる。


「せっかくの港町だし、もうちょっと海に出たいって気持ちもあるし……うん、ちょっと残念かなぁ。私、船とか乗ったことないし」

「えぇ、そうなの? 鈴屋さんって山の人?」

「なぁに、山の人って。私は、どちらかといえば都会っ子なんですぅ」


 不満げに小さな口を尖らせる。

 そうか……まぁ、確かに船に乗ったことない人ってのもいるか。


「へぇ〜。鈴屋さんって、どこに住んでるの? 東京? それとも神戸とか横浜……は流石にないか、船くらい乗りそうだし」

「……それは……」


 と、少し困った表情を浮かべる。

 そこで俺は慌てて首を横に振った。


「あぁ、ごめん! リアルでのは話はマナー違反だよな。ましてや個人情報だし……この世界に長くいすぎて麻痺しちゃってたよ」

「うん……まぁ今更ね、あー君なんだし……」

「いやいや。それはやっぱり、な」


 鈴屋さんが、少し物憂げにうつむく。

 なんとなく気まずい沈黙が生まれ、さてこれをどう打破しようかと頭を悩ませていたところ、先に口火を切ったのは鈴屋さんだった。


「ねぇ、あー君。約束覚えてる?」

「……約束?」

「もどったら、私と会ってくれる?」


 あぁ、と手を打つ。


「もちろん覚えてるよ。俺が赤いマフラーして上野公園を探しまわって……で、上野動物園とかボートとか美術館に行きたい……とかだっけ?」

「違うよ、あー君。私が赤いマフラーをしたあー君を見つけるんだよ」


 鈴屋さんが、しょうがないなぁと笑みをこぼす。

 たしかに、赤マフラーの俺を見つけるほうが簡単かもしれないな。


「あとね……上野……かどうかはともかく……うん、ボートが乗れる公園で……近くに動物園と美術館があって……そんなとこかな」

「そんなとこ、上野しかなくない?」

「例えばの話だよ。会いに来てくれるんだよね、あー君」

「うん。行くよ。目が覚めたらなる早で行く。会えるまで赤いマフラーつけて徘徊する」

「それはかなりの不審者だね〜、あー君」


 やはり複雑な表情を浮かべて笑う。女子たるものリアルで会うとなると、いろいろと思うところもあるのだろう。


「あー君……もし私がね……あー君の期待に添えない相手だったとしたら……」

「あぁ。もう、そういうのいいから。これだけ長くいて鈴屋さんを嫌うとか、幻滅するとか、裏切られたとかないから」

「だけど……あー君を裏切るのかもしれないんだよ?」

「裏切るとか飛躍しすぎよ。どっちかって言うと、鈴屋さんが俺に幻滅するかもしれないし」

「そんなことは絶対にあり得ないもん」

「じゃぁ何も問題ないよ。俺も同じだから。それなら信じられる?」


 なんの心配もしていない俺は、鈴屋さんの何を疑う必要あるのかと笑う。

 鈴屋さんは少し考えるような素振りを見せると、やがて僅かに笑みを見せた。


「わかった。じゃあ、私を信じるあー君を信じるね」


 俺はそれに対し「応さ!」と力強くうなずいて答えたのだった。

【今回の注釈】

・俺だとどうしても暑苦しい歌が脳内再生………長渕剛の「Captain of the Ship」です。13分という長さでひたすら熱い歌詞を熱唱し続けるある意味名曲。お前が決めろ、お前が舵をとれ、お前が行くから道になる、ヨーソロー、お前がキャプテンオブザシップ!と、笑ってしまうほど熱い

・私を信じるあー君を信じる………グレンラガンの名台詞ですね。「お前ならできる!・・・いいかシモン、自分を信じるな!俺を信じろ!お前を信じる俺を信じろ!!」 アニキさいこーっす

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