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鈴屋さんとザ・サード〈4〉

書き終えていた4話目になります。

というか今日は日本戦ですね。勝つといいなぁ。

「はっ!」


 海上デッキから最初の建物の屋根の上に飛び上がり、更にトリガーを使ってその先へと転移する。

 背後にはしっかりと、ゼクスの気配がついてきている。


 ……ゴール手前までは“影渡り”で追走し、最後は獣化で差すつもりか……


 ラット・シーは簡易的な造りをした平屋がひしめくスラムだ。

 屋根の上は高低差が少なく、見晴らしもいい。

 そのためハチ子が待っているであろう物見台も、すぐに見えてきた。


「さぁ、どうする。赤の疾風……」


 ちきしょう、楽してついて来てるくせに偉そうに!

 こんなことなら、連続トリガーでもしたほうがよかったか。

 そうすれば、いくらか体力も節約できたはずだ。

 ハチ子が定めたルールでは武器なしの戦闘なら可能だが、獣化されては勝ち目もない。


「こら、アーク! しっかりなさいっ!」


 南無子の激に身体が反応し、気合を入れ直す。


「応さっ! いくぞーー、ラストスパートっ!」


 考えられる最短ルートをたたき出し、最高速で一気に物見台へ向けて駆け抜ける。

 そして物見台まであと十メートルといったところで、俺は持っていたダガーを夜空に向けて投げつけた。


「おらぁぁぁぁぁぁ!」


 雄叫びを上げながら物見台の柱を蹴り、そのまま上へと飛ぶ。

 そして、背後に気配が生まれる前に体を180度反転させて物見台に背を向けた。

 背後に背負う赤色の満月が、俺の影を目の前に大きく伸ばしていく。その影の中から、ぬぅっとゼクスが現れた。

 初めてしっかりと発動シーンを見たが、これはなかなかのホラーだ。


「影渡りは背後にまわる技じゃない。影を目の前につくれば俺の目の前に現れる……ってことでオーケイ?」


 ニヤリと笑うが、ゼクスは顔色ひとつ変えずにいた。


「それで勝ったつもりか?」

「あぁ、勝ったね」


 俺の軽口に対し、ゼクスが全身を震わせるようにして豹頭の獣人に姿を化えていく。


「ガァァァァァッ!」


 ゼクスは野獣の咆哮を発しながら、右手の鋭い爪を振り下ろす。

 しかしその攻撃は、虚しく空を切った。


 そう、俺はもう“そこ”にはいない。


 ゼクスは突如姿を消した俺によほど動揺したのだろう。

 そして出し抜かれたと判断し、“影渡り”を使うために獣化を解くと、俺が放ったダガーの方に目を向ける。


 しかし、“そこ”でもない。


「後ろだ、間抜け」


 俺はそうつぶやくと、ゼクスの背後から飛び込みからの組技、“蜘蛛絡み”を仕掛けた。

 両足を胴に絡ませて、左手を脇下から首へと通し絡めていく。


「シメオネ先生、やるぜ」


 そのまま動きを止めずに、右掌をゼクスの溝落に当てて……


「破鎧功!」


 気合とともに、錬気した気を打ち込んだ。


 思わず技名を叫んだのは、勢いってやつだ。

 ちょっとシメオネの気持ちも、わかる気がする。


 ゼクスはグオォォと呻くと、再び獣化し始めた。


「させねぇよ! 喰らえ、百舌鳥(もず)落とし!」


 叫びながら、ゼクスの体を強く締めて身動きを封じ、体を回転させながら落下する。

 そして、そのまま屋根に向けてゼクスの脳天を打ちつけた。


「トリガー!」


 さらに間髪入れず上空のダガーのもとへ転移し、そのまま物見台のてっぺんに着地する。

 そこには黄色いスカーフを首に巻いたハチ子が、思わず頬に紅を差して立っていた。

 俺は勝利を確信し、赤いマフラーをくいっと下げる。


「流石です、アーク殿。鮮やかな勝利です……」

「いや。ハチ子さんに借りた、これのおかげだよ」


 そう言って、首からぶら下げていた九龍牌をハチ子に返す。

 そしてハチ子のスカーフを優しく外すと、カカカと笑ってみせた。


「ちょっと危なかったが……影渡りに対して、カウンターで影渡りを使うのは、見事な初見キラーになるみたいだね」

「わかってても、そう簡単にはできないですよ。上手くいったのはアーク殿だからです」

「よしてよ、褒め過ぎだって……それよりゼクスは?」


 俺は照れ隠しも含めて、物見台から身を乗り出してゼクスを探す。


「一応、クッションになりそうな屋根を狙ったんだけど……っと、生きてる生きてる」


 遥か眼下でカウボーイハットを押さえながら、よろよろと立ち上がって、こちらを見上げるゼクスが目に入った。

 そしてゆっくりと俺を指差し「バンっ」と口を動かすと、ゼクスは何事もなかったかのようにレーナの方へと歩き始めた。


 指でバンって……こっちが恥ずかしくなるわ。


「あー君!」


 ようやく鈴屋さんも到着し、南無子とともに物見台におりてくる。


「きっちり露払いはすませたぜ、お姫様」

「……うん」


 ……ん?

 妙にしおらしいな。


「あぁ、えっと……ひょっとして心配させちゃった?」

「そんなことないし」


 ぷいと顔を横に向けると、そのまま物見台から足を投げ出すようにして座る。


「ほんと下手ねぇ」


 なぜか南無子がため息をしながら鈴屋さんの横に並んで座った。


「……えっと……」


 2人に背を向けられ、これは何だと考えつつ、俺も背を向けると外に向けて足を投げ出す。

 ハチ子はしばらく立ったまま鈴屋さんのほうに視線を向けていたが、やがて黙って俺の隣で膝を揃えて座った。


 ……ええっと、これはほんとにどういう状況?


「いやぁ、とりあえず勝ててよかったよ」

「……うん……」


 うーん、なんだこれは、と首を傾げる。


「あの武器はちょっとやばいね。対人じゃ最強じゃないの?」

「……そうだね……」


 やはり声が暗い。


「鈴屋、どうかしましたか?」

「どうもしないよ? 無事に終わってよかったなーって思ってるだけで……」


 ハチ子が無言のまま、俺に視線を向けてくる。

 ハチ子ですら、鈴屋さんの考えが読み取れないのだろう。


「鈴ちゃんはさ、一応責任感じてるんだよね?」

「責任?」

「ほら……自分のせいでアークに危険なことをさせたって」


 南無子のフォローに対し、鈴屋さんからの返事はない。

 しかしこの場合の沈黙は、肯定の沈黙だろう。


「いや、別に今さら……そんなの、ここに来る前からだし、俺はなんとも思ってないよ?」

「ここに来る前って、あんたねぇ。その時と今とは、危険の意味が全く違うでしょ? 特に今回はさ、アークは完全に巻き込まれただけで。相手はあんな危険な武器を持っていたのよ?」

「まぁそうだけど。……え? ほんとに、そんなこと気にしてるの?」


 鈴屋さんの背中に言葉を投げかけると、鈴屋さんは小さく震えてうなずいていた。


「ごめんなさい……ごめんね、あー君」


 そのあまりに弱気な態度に、俺のほうが動転してしまう。


「鈴屋……いつもの鈴屋は、どうしたのですか? そんなの当然でしょ……くらい言ってるじゃないですか」

「そうだぜ、俺が鈴屋さんのために何かするってのは、当たり前のことだろ?」

「……当たり前だったけど……そんなの、ほんとは当たり前じゃないもん」


 声を震わせている鈴屋さんに、いよいよどうしたのかとハチ子と2人で目を合わせる。

 俺はとりあえず立ち上がると、か細い背中を震わせている鈴屋さんの後ろで片膝をつく。

 そして右手を、彼女の頭の上においた。

 一瞬、鈴屋さんの体が大きく震える。


「あいつがさ、鈴屋さんを連れてくだの……んなの容認できるわけないだろ。俺はそうしたくてしただけだから。巻き込まれたわけじゃないよ」


 鈴屋さんが黙ったまま、僅かに頷いた。


「前にも話した気がするけど。鈴屋さんは狙われやすいんだから、俺がなんとかしなくてどうするのさ。それに、それはさ……」


 ふいと、鈴屋さんが顔を向けてくる。

 そのきれいな水色の瞳には、溢れるほど涙が溜まっていた。


「それはさ。男冥利に尽きるって言うんだぜ。なんのことはない、俺はそうすることが嬉しいのさ」


 ぽんぽんと頭を叩くと、鈴屋さんが何度も頷いてかえす。


「……もう。あたま……たたかないでよ」


 そうして泣き出す鈴屋さんに、南無子が苦笑した。しょうがないわねといった表情が、やはり年上じゃないのかと思わせる。


「鈴屋~。それは女冥利につきますなぁ~」


 ハチ子のからかうような言葉に、ようやく鈴屋さんはくしゃくしゃの笑顔を見せるのだった。

【今回の注釈】

・百舌鳥落とし………格ゲー、サムライスピリッツの服部半蔵が使う投げ技「モズ落とし」です。→↓↘+CDで怒状態なら体力ゲージを半分以上もっていきますが、特に吸いが強いわけでもなく扱いづらいため、愛が試されるキャラでしたね

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