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鈴屋さんとザ・サード〈3〉

活動報告にも書きましたが、今回は少し長くなったので2回に分けることにしました。

なので全4話になります。(ほぼ書き終えています)

それでは日曜の夜にまったりと鈴屋さんをどうぞ。



 背中越しで聞こえている女子会トークも、いよいよ宴もたけなわといった感じだ。

 俺は一体何をそんなに盛り上がっているのか、興味本位で聞き耳を立てたい気持ちが半分、しかし女子の怖い一面を知ってしまいそうなので全力スルーをしている。


「でね、あー君がさ……」


 時折聞こえる自分の名前だけは否が応にも耳に入ってくるが、それは仕方のないことだろう。

 その先を聞かないように、練気の練習へ全神経を集中していく。

 シメオネは先生としても優秀で、気を練るなんていう理解の向こう

側なスキルも、今ではなんとなく体で理解し始めてきていた。


 そうこうしているときだ。


 大通りを挟んで対面の建物の上に、いつの間にかスタイリッシュなシルエットが浮かび上がっていた。

 赤い満月に照らせれたカウボーイは微動だにせず「その立ち方きつくないの?」ってツッコミを入れたくなるようなポーズでこちらを見据えてきていた。

 どうやら俺が気付くのを待っているようである。正直、どこまでも無視しておきたい気分だ。


「アーク殿……」


 耳元でささやくようにして、ハチ子が声をかけてきた。

 いつの間にか、いつもの黒のタンクとキュロットスカートに着替えている。

 ハチ子は片膝をついて、対面で彫像のように固まっているゼクスを睨みつける。


「あれ…ですね?」

「うん。変でしょ? イケメンだけど」

「イケメンでもありませんし、気持ち悪いです」


 おぅ……なかなかに辛辣。

 アレ系は受け入れられる人と、そうでない人にはっきり分かれるからな。


「アーク殿が良ければ、私が倒してしまうのですが」

「いやいや、さすがに危ないって……」


 俺は深い溜め息と共にやれやれと立ち上がると、さらにしぶしぶ声をあげた。


「おいこら、ゼクス。いつまで、そうやってるつもりだ」


 ゼクスはゆっくりとした動きで、ガバメントを俺に向けてくる。

 次の瞬間、バシュンっと耳元で空を切る音が残った。

 すぅっ…と頬に赤い筋が生まれる。


 ……っていきなり撃ってきやがった!

 しかも、ほぼほぼヘッドショットじゃねぇか!


「貴様っ!」


 いち早くハチ子が動き出す。


「待った! ハチ子さん!」


 俺は大丈夫だと言い終わる前に、ゼクスが立っていた屋根へ向けて光の槍が次々と突き刺さり、小さな爆発を起こした。

 何が起こったのか一瞬理解できなかったが、すぐにダガーを抜きながら姿勢を低くして振り向く。

 予想通り、俺の背後にゼクスは現れていた。


「ちょっとあなた……うちのあー君に何してくれてるのかな?」


 どうやら、ハチ子よりも先に動いたのは鈴屋さんのようだ。

 普段あまり見せない冷たい眼光で、ゼクスを睨みつけている。


「流石は麗しの君、素晴らしい反応速度だ」


 やはりポーズを決めながら、カウボーイハットをくいっと上げる。

 いきなりヘッドショットかましてくるとは……意図的に外したのかどうかは分からないが、当たれば一発で死んでいただろう。


 ……死んでいたかも……という事実を前に、あまり恐怖を感じていない自分がいて少し驚く。

 この世界に居すぎたのだろうか……死に対してどこか麻痺し始めているのかもしれない。

 これはきっと、良くない兆候だ。

 気を引き締めねばと、自分に言い聞かせる。


「あんまり口を挟むつもりなかったんだけど……あんた、ちょっといきなりすぎね」


 南無子も大層ご立腹なご様子で、ツインテールの片方を左手で払いあげながら、右の拳をゼクスに向けて臨戦態勢に入っている。

 ハチ子に至っては、ゼクスを完全に間合いの中へ入れている。


「まぁまぁ。約束通り、俺との勝負でいいんだよな?」

「……いいだろう、赤の疾風。だが、勝負の方法はどうする?」

「それについては……ハチ子さん、いい?」


 ハチ子は黙ってうなずくと、落ち着いて説明し始めた。


「これから私が、ラット・シーの中央にある物見台へ黄色いスカーフを巻きつけに行きます。お二人は十分後にスタート、先にスカーフを取った方が勝者とします。尚、武器による一切の戦闘行為は禁止です」

「この俺……黒き風と赤の疾風でスピード勝負をしろという事か……いいだろう」

「そういう事だね。さすがはハチ子さん、平和的で助かる。俺もそれで問題ないよ」


 凶悪なアサシンと戦うなど、真っ平ごめんだ。

 ましてや相手は、ファンタジー世界で存在してはいけないようなチート武器持ちだ。

 勝てるわけなかろうよ。


「では、私は移動開始します。十分後、鈴屋がスタートの合図を」


 ハチ子は黄色いスカーフを取り出すと、すれ違いざまに小さく「ご武運を」とつぶやいた。

 俺も黙って、それに頷き応えてみせる。

 鈴屋さんはというと、少し緊張した面持ちで見つめ返してきていた。

 まぁ、実際あいつに負けるようなことがあっても、無理やり連れてかれるなんてことはないはずだ。

 今や俺と鈴屋さんには頼りになる仲間がたくさんいるからな。

 ほんと、いつの間にって話しだ。


「さぁ、どっちが早いか……やってみようじゃないか」


 俺はそうして、少しでも鈴屋さんの不安を拭うために、不敵に笑うのだ。




 レーナの街の屋根の上、赤いマフラーをはためかせて駆けていく。

 目的のラット・シーは、赤い満月が出ている方向だ。


「よっ……はっ……と!」


 軽やかに屋根から屋根へと飛び移り、体勢を崩すこともなく次の建物へと向かう。

 昔で言うところの「忍者」であり、より今風に言うところの「パルクール」さながらの動きだ。

 この世界に来て一年以上経ち、元の世界の身体能力なんぞすっかり忘れてしまいそうなほど、俺の動きはキレている。

 いや、元の世界でのダメっぷりを知っているからこその自画自賛だ。

 誰もが仮想世界では英雄でありたいと一度は思うだろうし、超人的な身体能力を遺憾なく発揮したいと思うだろう。

 そういう点においては夢が叶ったとも言える。

 “走術 ナンバ”で敏捷性を上げて、赤影のマフラーのヘイスト効果でさらに敏捷性は2倍にもなる。極めつけは時折発動する2回行動だ。

 ゲームシステム的な意味でも、単純な速さ勝負において俺より速い人間はそう簡単にいないだろう。

 その証拠に俺はテレポートダガーを使うまでもなく、ゼクスとの距離をみるみると離している。

 しかし……


「……やっぱりね」


 思った通り、ゼクスはある程度距離が空くと、音もなく俺の背後に現れる。

 やはりあれはどう見ても“影渡り”だ。と、なるとフェリシモが1位でハチ子が2位、ゼクスが3位のイーグルということで間違いないだろう。

 ゼクスは“影渡り”の発動可能範囲を把握していて、その距離がぎりぎりになると俺の背後に渡ってくるようだ。

 おそらくはこの方法を繰り返して俺との差を開けては詰め、そしてどこかで何か仕掛けてくるはずだ。

 業を煮やして後ろからズドンだけは避けたいな。


「あー君、頑張って!」

「ほら、気合い入れて走りなさい!」


 上空から黄色い声援が聞こえる。

 シルフの力で空中移動をする鈴屋さんだ。

 ついでに、南無さんまで運んでいる。


「完全復活だな、鈴屋さん」


 思わず顔がほころぶ。

 人ひとりプラスして、この速さについて来れるのなんて流石としか言いようがない。おかげでいい感じに監視役にもなっていて、ゼクスも簡単にはガバメントを使えないだろう。


 ……なら、そろそろ奥の手を使うか……


「おい、ゼクス。先に行ってもいいんだぜ?」

「……遠慮しておこう……」

「あぁ、そうかよ。じゃあ、ぶっちぎるしかないな」


 俺は腰に手を回し、ダガーを握る。

 徐々にゼクスとの距離を空けつつ、チラチラと背後を確認する。

 どれくらいの距離で“影渡り”を使うのかは、もう何度も確認している。

 おかげで、“影渡り”の範囲もわかってきたぜ。


「そろそろか……」


 俺は、ここだというタイミングでダガーを前方に投げた。


「トリガー!」


 瞬間後、一気に“影渡り”の発動可能範囲より外側へと転移する。

 そこはすでに港を抜けた、レーナとラット・シーを結ぶ海岸線だ。

 ちらりと後ろを見ると、ゼクスの姿が遥か遠くにあった。


「うっし! 狙い通り!」


 この距離なら、俺の影へは渡れない。

 それにここは海岸通りで建物や人影がない。

 つまり俺以外の影から影へと渡って、俺に追いつくという手法も使えないはずだ。

 ゼクスがギリギリで発動させるのなら、その少し手前でテレポートダガーを使って範囲の外へ飛んでぶっちぎればいい。

 ゼクスが気づいた時には、後の祭りってわけだ。

 このまま俺が先行逃げ切りすれば勝利は確定だ。

 だがやはり、そう甘くはないようだった。


「あー君、来てる!」


 鈴屋さんが声を上げて知らせてくる。

 やはりまだ奥の手があるのか、と首を横に向ける。


 背後に迫ってきていたのは、体が一回り大きくなったゼクス……全身が柔らかい体毛で被われ、ところどころ黒い斑点が見られる。

 そしてのその顔は、豹のそれだ。


「シェイプチェンジャーだったのかよ。くそっ、ワー・パンサーなんか聞いたことないぞ!」


 豹頭のカウボーイは、恐るべき速さでその距離を詰めてくる。

 俺の知っている大河小説で、豹頭の戦士が主人公のものがあったが、足が速いなんていう記述はなかったぞ、ちきしょうめ!

 慌てて連続トリガーをしようとするが、一歩遅かった。


「赤の疾風……認めよう。人でありながら、称賛に値する速さだ」


 言葉とともに気配が生まれる。

 どうやら人型に、もどっているようだ。

 ……ってことは、獣化中は“影渡り”が使えないのか?

 しかし、こうなってしまってはテレポートダガーも警戒されてしまうだろうし、連続トリガーをしたところで“影渡り”の外までは逃げ切れないだろう。


「誇れ。一歩及ばなかっただけだ」

「うるせぇ、そういうのは俺を抜かしてから言いやがれ!」


 勝ち誇るゼクスに悪態をつきながらも、俺はそのままラット・シーの入り口に差し掛かる。

 どうやら勝負は、ラット・シーでつけるしかないようだった。

【今回の注釈】

・その立ち方きつくないの………ジョジョ立ちです。ジョジョはもはや芸術の域

・大河小説で豹頭の戦士が主人公………グイン・サーガですね。もうすべての真相は闇の中…

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