鈴屋さんとザ・サード〈1〉
先週、今週とであまり家にいられないため書き溜まらなそうなので、もうアップしてしまいます。
短いので気楽にどぞー。
「あー君、今日は荒神・裏八式・八岐之大蛇は装備してないの?」
レーナにある突堤で、海に向けて細く白い足を投げ出した鈴屋さんが俺の顔を覗き込んでくる。
素足でパタパタと動かす様が、まるで退屈だと訴えているようだ。
あと、チョー目のやり場に困るんですけど。
「お願いだから、それ勘弁してくれます?」
俺は釣り竿をちょいちょいと動かしながら、引きつった笑みを浮かべて見せた。
よほど鈴屋さんの厨ニ心をくすぐっているんだろう。南無さんのところで真名を知ってからというもの、見せてコールがすごいのだ。
「あれけっこう重いんだよ。あの時は完成したばかりで浮かれて装備してただけで……今日は釣りに来ただけだしね」
「ふぅん……つまぁんなぁぃのぅ~」
不満げにぷぅと頬を膨らませて口を尖らせる。
「ねぇ~釣りつまんない~」
そして、ついに本音を漏らし始めた。
「姫様、わがままが過ぎますぞ」
「あー君さぁ~せめて海岸でやろうよ。そしたら私、待ってる間は泳いでられるのに~」
「……水着?」
「それ以外で泳ぐ方法なんかないでしょ?」
「さ、最初にそれを言ってよ!」
なんというボーナスステージ!
慌てて糸を引こうとすると、なぜか鈴屋さんがそれを片手で制する。
「あー君、その前に……」
「なに?」
「さっきから、あそこで私のことをずっと見てる人がいるんだけど……」
「はぁっ!?」
思わず釣り竿を投げ捨てて鈴屋さんが指をさす方向を見てみると、確かにそこに鈴屋さんのおみ足へ熱い視線を送る不届き者がいた。
金髪に蛇皮のシャツ、黒い革パン、そして白いカウボーイハットのような帽子をかぶった20代前半の優男。グレイを遥かに凌ぐ、ガチのヴィジュアル系だ。
「ちょっと待っててね」
鈴屋さんが、可憐なウインクに笑顔を添えてみせる。
そしてその辺に置いてあったサンダルを履いて、ぱんぱんと軽くお尻を払った。
なぜか軽く臨戦態勢だ。
「私になにか用?」
「……俺の名はゼクス……人は俺を“黒き風のゼクス・ザ・サード”と呼ぶ……」
おっと、これは会話にならないタイプか。隣で聞いてても面倒くさい相手だと理解できる。
そして、その独特のポーズはなんだ。
右手で左腕を掴み、左手はカウボーイハットのつばを指先でつまんでいる。
モデルのようなその立ちポーズは、さながらコスプレイヤーの撮影タイムかとツッコミを入れたくなる。
「えぇっと……その……ゼクスさんは、私になにか用なのかな?」
「先日の雨の日に見かけた麗しの君……今夜、俺と踊らないか?」
鈴屋さんが、ぎぎぃと首をひねり複雑な表情をこちらに向けてきた。
うん、知ってる。鈴屋さんの一番苦手とするタイプだ。
ついでになかなかの引きっぷりで、ちょっと見てて面白い。
「気持ち悪いから……とりあえず、タイタンスタンプ!」
ドガンッ!
「ちょっ、鈴屋さん!」
鈴屋さんがいきなり呟いたそれは、精霊魔法で割と大技の部類に入るものだ。
タイタンスタンプは大地の精霊の力を借りた怒りの一撃で、バクンッと巨大な掌が地面から起き上がり、ビタンッと対象を潰す、かなりえげつない魔法だ。
その破壊力は再生能力の高いトロールですら一撃で屠れるほどである。
「す……鈴屋さん?」
「なぁに、あー君?」
なんて爽やかな笑顔なのだ。
しかし俺は、相手が生きてるのかどうかよりも、“気持ち悪いから”という理由だけで、容赦のない一撃を放ったことに動揺を隠しきれない。
ようやく復調したから、ワイバーン事件で溜まった鬱憤を晴らすモードなのかもしれない。
しばらくは、怒らせないようにしよう……
「……相手、生きてるのかな?」
しかし鈴屋さんは、涼しい顔で後ろを指差す。
そこには先程、容赦なく潰されたはずのゼクスがポーズを決めながら立っていた。
「俺の名はゼクス……そう……人は俺を“黒き風のゼクス・ザ・サード”と呼ぶ……」
なるほど、通り名がつくほど強いってのは嘘ではないようだ。
「スズヤと言ったな。今夜は俺の腕の中で眠るといい」
「い、いいわけあるかーっ!」
さすがに黙っていられなくなり、腰のダガーに手を掛ける。
「なんだ、お前は?」
「この状況を見たらわかるだろ?」
しかしゼクスは、軽く肩を竦める。
「彼は“赤の疾風”アーク様、よ。私の専属ボディガードみたいなものかな」
むぅ……ボディガード……少し不満だが、まぁいいか……
「そうか、お前があの……ならば改めて……俺は“黒き風の……」
「やめいっ! しつこいわっ!」
……あ、鈴屋さんがぷークスクスしてる。
楽しいんすね……
「話がそれたな。スズヤ、今夜……」
「もう、しつこい! ウォータージャベリン!」
呪文に反応して、海面から水の槍が次々と乱射される。
しかしゼクスは平然とした態度で姿をかき消し、俺の背後へと移動した。
それにつられて、水の槍が俺を追尾してくるのだからたまらない。
「のわぁぁぁぁぁぁぁ!」
何本かを薙ぎ払いつつ、ダガーを投げて鈴屋さんの隣に転移する。
「ちょ、鈴屋さん、死にかけたんだけど!」
「ごめんね、あー君」
てへぺろごめんをしながら目を潤ませる鈴屋さんに、ちきしょう、俺は1秒で許すことにした!
「でもこれであいつも……」
と、ゼクスの方に視線を移す。
しかしゼクスは見たことのない……いや、見たとすればこの世界ではなく、元の世界で見たかもしれない武器で水の槍を次々と撃ち落としていった。
あれは……形状が銃に似ているが……鈍く光っているってことは魔法の武器か?
「これが俺の武器……大気の精霊が封じ込められたマジックボゥ……“ガバメント”だ……」
まるでガンマンのように、銃口でカウボーイハットを突き上げるゼクス。
俺は思わず息をのんでいた。
……瞬時に背後をとる動き……ザ・サード……ふざけた奴だが、こいつ、ひょっとして……
「まぁいいだろう。今夜、お前たちの宿に伺うとしよう。スズヤはその時に頂く」
「あのね、私は物じゃないの。あなたにはついて行かないし、あー君とやり合うなら、どうぞご自由に」
はっきりと言い放つ鈴屋さんは素敵です。どこか俺に対しても、冷たい気がするけれども。
「では、今夜」
「……はっ、話を聞いてないのかな?」
返事もせずに去っていくゼクスに、さすがの鈴屋さんも両手をだらりと下げて項垂れた。
やがて……
「あ~くぅん……」
なんとかしてぇ、と涙目で懇願してくる鈴屋さんに、俺はやれやれと頭に手を置いて応える。
まぁ、相手が相手だ。
いかに鈴屋さんが完全復活したとはいえ、俺がやった方がいいだろうさ。
「露払いはボディガードの仕事だからね」
俺は苦笑しながらも、あのふざけた強敵対策に考えを巡らせるのであった。
【今回の注釈】
・タイタンスタンプ・ウォータージャベリン………サモナーではなく、シャーマンスキルです。召喚ではなく精霊の力をちょっと借りるという認識でOKです
・ぷークスクス………このすばです。アニメでの台詞ぷークスクスは素晴らしかったです