鈴屋さんとパン工房っ!〈後編〉
パン工房の後編です。
とくに盛り上がるような話ではありませんので、週末の暇つぶしなど気楽にどうぞ。(笑)
俺の手伝いもあってか、いつもよりも早くパンを焼き終わり早速の納品となった。
南無さんは仕事が捗ったと、それはもう上機嫌だ。
上機嫌ついでに南無子になってほしいものだけど、納品もまた力仕事なのでこの姿のほうが都合もいいのだろう。
それにこのあと家にもどったら、家事業ならぬ鍛冶業もこなすというのだから驚きだ。
朝はパンを昼には鉄を焼く、まさに二足の草鞋の職人だ。
そこらのお気楽な冒険者より、よっぽど堅実に働いている。本当に中身は少女なのかと疑わしく思えるほどだ。
「南無さんさぁ……実はバリバリのキャリアウーマンとかじゃないよね?」
「15歳だっつってんの」
髭のおじさんが、ジト目で言う。
「本当かよ。にしても、仕事がテキパキしすぎというか」
「当たり前でしょ。生産職は自分との戦いよ」
「ストイックだねぇ。前々から思ってたんだけど、生産職って楽しいのか?」
「それ、ゲームとしての話? まぁ私は、何かに没頭している時が一番楽しいからね」
「ふぅん、そんなもんかねぇ」
たしかに生産職のプレイヤーたちは、ゲーム内でもストイックだった。
必要な素材を採取するために、何時間もフィールド内でひたすら屈伸(採取のアクション)し続けていたかと思えば、今度は工房に入り延々おなじモーションで何かを作り続けて熟練度を上げる。
ポチポチとボタンを延々押し続けるだけの機械的な作業に、ゲームとしての喜びを見出せるとか、かなり特殊な人種だと私的には思うのだ。
「まぁたしかに、生産職にハマってるプレイヤーって、もはや別ゲーやってんじゃって感じだったしな」
「生産職は別ゲーよ。やらない人にあの楽しさは理解できないと思うわ」
目の前にいる絵に描いたような職人が、きっぱりと言ってのけるんだから、それはさすがに説得力がある。
ニンジャにも丸薬の生産スキルがいくつかあるけど、俺は全くはまらなかったんだよなぁ。
「……ねぇ、アーク……さ。ひとついい?」
「んあ、なに?」
「あんたさ。さっき、帰りたいって言ってたじゃない?」
まだあの話は終わってなかったのねと思いつつ、こくりと頷く。
「それ、誰かに言ったことはある?」
「誰かって……南無さん以外だと、鈴屋さんくらいしかいないじゃん」
「うん、もちろん鈴ちゃんもだけど。あと。セブン……だっけ?」
「はぁ……? なんで、そこでセブンなのよ」
「あれも、一応アウトサイダーなんでしょ? 私は会ったことないけど」
「まぁ、そうかもしれないけど、俺もあれから本人と会ってないからな」
ハチ子はよく来るのだが、セブンは本当に現れない。
それでもハチ子の話によると、割と近くにいるらしいんだが……何を企んでいるのやらだ。
「あ、ちなみに鈴屋さんには話したよ?」
「そぅ……まぁそうよね」
「あぁ。俺は鈴屋さんと帰りたいって、はっきり言ったよ」
話しながら、ハチ子と一献交わしたあの夜のことを思い出す。
それは、ハチ子がここの住人だと知らされた夜だ。そしてハチ子に、鈴屋さんと帰るべきだと諭された夜でもある。
「なんですって……?」
そこで南無さんが、足をぴたりと止めた。
「……なんだよ、急に怖い顔して」
「アーク、もう一度いいかしら? あんた、鈴ちゃんに対して“鈴ちゃんと帰りたい”って言ったのね?」
「あぁ……言ったけど?」
「間違いないのね?」
「……んだよ、しつこいな。恥ずかしいんだから何度も言わせんなよ」
「それはいつ?」
南無さんが、食い気味に質問を投げかけてくる。
何か重要なことなんだろうか。
「……ええっと……ドブ侯爵の依頼のあとかな。ほら、あの……下水で大鼠を退治した」
「なによそれ、随分前じゃない」
南無さんは、なぜか不満げだ。
そしてまた、ぶつぶつと独り言をつぶやきながら歩き出す。
「南無さん、さっきから何なんだ?」
「あっ……ごめんなさい。なんて言うか……えっと……あの、気にしないで?」
ニコッと笑い腰をくねらせる。
……おい。
自分が今、おっさんの姿だってことを忘れてないか?
パンチ力ありすぎて、頭がくらくらするぜ。
「なんだそりゃ。あぁ、もう……わかったよ」
「あら、聞き分けのいいアークは嫌いじゃないわよ?」
思わず「どこの15歳の台詞だよ」とつぶやくと、髭オヤジがてへぺろコツンをして舌を出して見せた。
フェリシモの姉さんとは違った意味で、心にトラウマレベルの傷を負わされた気分だ。
どうやらこれから数日は、この悪夢に悩まさられることになるんだろう。
そう考えると俺は、大きなため息をつかずにはいられなかった。
一時間後、俺たちはパン屋にある南無さんの販売スペースに持ってきたパンを陳列をすると、とくに寄り道もせず工房にもどってきていた。
……何て言うか……これって、生産職用のお使いクエみたいなもんだよな。
それにしても、鼻歌混じりでスキップをする自称15歳のおっさんは、この雑多な街の中においても一際異彩を放つ存在だ。
一緒に歩いているだけで、俺にまで不名誉な通り名が付きそうだ。
「はぁ~ぁ~~しばしも休まずぅ~槌打つぅひびきぃ~♪」
工房の奥から南無さんの歌声と、槌を打つ小気味よい音が響いてくる。
さすがに鉄鍛冶に関しては、俺にも手伝えることがない。
仕方なしにパン工房の方を掃除していると、鈴屋さんがきゃぁきゃぁと声を上げながら慌ただしく入ってきた。
どうしたのかと見てみると、なぜか全身ずぶ濡れで……とりあえず御馳走様です。
「どうしたの。ほら、タオル」
鈴屋さんは緩やかにウェーブした水色の髪を両手で軽く握って水を切ると、こんどはスカートの裾を持ち上げてぎゅぅっと絞る。
男子諸君が喜びそうな、それこそ絵師様が狙って描きそうな光景を目にし、ほんとにご馳走様です。
「ありがとう、あー君」
やっと俺が差し出したタオルに気づいたのか、それを頭からかぶりポンポンと叩きはじめる。
「も~、急に降ってくるんだもん~」
「通り雨?」
「うん、途中で変な人にも絡まれるしさぁ~~、もぅ散々だよ~」
ちょっとまった、それは聞き捨てならないぞ。
「変な人ってとこ、詳しく」
「ん~? まぁ、いつものナンパだと思うんだけど……なんか、すっごくしつこくて……」
「い、いつものナンパを詳しくっ!」
「ナンパされるのはいつものことだよ。あー君だって知ってるでしょ?」
いや、まぁ……確かにそれはゲームをしていた時からずっとだからね。
よく知ってますけども。
「なんていうかね~。グレイさんとは違った方向のチャラさというか……」
「ちょ、ちょっと、それ、大丈夫だったの?」
「うん、とりあえずね……あっ、でもまた来るって言ってたよ?」
「ほぅぅ。いい度胸だな……」
「なぁに、あー君。いつから彼氏気取り?」
軽く首をかしげる鈴屋さんに、思わず言葉を詰まらせる。
どうやら、本日はSの日ですか。
そんなにはっきり言われると、ちょっと傷つく。
「まぁ~いいけど~。その時はあー君よろ~」
「はい、任せてください。で、そやつのお名前は?」
「ん~~と……黒き風のゼクス・ザ・サード……さんかな?」
……うわぁ……
「思いっきり、関わり合いたくないって顔してるね、あー君」
「だってさ……なにその、シメオネをさらに拗らせた感じ」
「うん、まぁ自己陶酔マックスで、見てて面白い人だったよ。でも、直接は関わり合いたくないかなぁ」
あごに人差し指を当てて苦笑いを浮かべる鈴屋さんに、俺は完全に同意する。
しかしシメオネといい、この世界は何か?
厨二病をこじらせてるやつが多いのか?
「ねぇ、アーク~。あんた、荒神・裏八式・八岐之大蛇を使ったの? これ、完全にぶっ壊れてるじゃない」
工房の奥から、声が聞こえてくる。
そうだ、いま南無さんはオロチのメンテナンスをしているんだった。
そして視界の端で、鈴屋さんの愛らしい長い耳がぴょこっと動いたのが見えた。
「荒神・裏八式・八岐之大蛇ぃ~?」
鈴屋さんが、ニンマリ上目遣いで覗き込んでくる。
「なぁに、あー君。私の予想大当たりだったんじゃない」
「……なんのことでしょう」
「当たってたならそう言ってよ~」
やだよ、その恥ずかしい名前、ばれたくなかったのに。
「あれ、鈴ちゃんきてるの?」
工房からだと聞こえなかったのか、今やっと気づいたらしい。
南無さんの不用意な発言のせいで、こちらは思わぬピンチなのだが。
「南無っち、おかえり~。さすが南無っちだね、いい技名!」
「一応、武器名なんだけどね~。アークが中々言ってくれなくてさ。ちゃんと使う前か、使った後には言ってほしいものだわ」
「嫌だ、絶対に言うもんか」
……そうだった……その厨二技の生みの親が彼女であり、この工房なわけだ。
そう考えると、なんて恐ろしい厨二工房だ。
南無さんに何か頼むたびに、恥ずかしい名前の武器が生産されていくのか。
「アーク、これ~駄目だわ。完全に壊れてる。とりあえず新しいの造ってあげるから、あんたは鈴ちゃんと適当にしてて」
「適当にっつったって……」
ちらりと鈴屋さんの方に視線を移すと、キラキラした目がこちらに向けられている。
……うっ嫌な予感……
「あー君、荒神・裏八式・八岐之大蛇って技どんなか教えてよ! あとフェリシモさんに、どうやって勝ったのかもね。まだちゃんと話してくれてないでしょ?」
これは、いよいよ逃げられない。
フェリシモのことと懺悔のダガーのことは話したけど、戦闘の内容までは話してなかったんだよなぁ。
最終的には俺の負けみたいなもんだし、そもそも本気出されたら俺は簡単に殺されている。
そんな間抜けな勝者の武勇伝を、誰が恥ずかしげもなく語れるかってんだ。
「ねぇ、あー君。私にはちゃんと話して?」
淀みない澄んだ眼が、真っすぐに向けられてくる。
どうやら、選択肢が完全に無くなったようだ。
これに逆らえる男など、この世にはいないだろう。
「……言っておくけど、負け話だからね?」
俺は念を押してからトラウマになりかけた、あの戦いの一部始終を説明し始めた。
鈴屋さんはというと、やはり心配が勝っていくのかどんどんと真剣な眼差しに変わっていった。
「あー君さ……そういう時は逃げようよ?」
「……ですよね……」
「南無っち、今の聞いてた?」
「聞いてたよ~。これは説教よね」
……ですよねぇ……
その後、遁走を図らなかった俺の愚行に、夜まで懇々と説教されることとなった。
ついでに罰ゲームと称して、厨二病全開な技名発案会が行われたのは全くの余談である。
【今回の注釈】
・生産職のプレイヤーたちはゲーム内でもストイック………多分あるある。何時間も木の下で屈伸し、何時間も工房の前で製作し、何時間も売り子をしていて、ほとんど一緒に冒険をしたことがない人もおりました
・しばしも休まず槌打つひびき………「村の鍛冶屋」という有名な日本の伝統曲です




