鈴屋さんとパン工房っ!〈前編〉
寒暖の差が激しいですね。
今季はシュタゲやら、ダリキスやら、オタ恋やら、ゴールデンカムイやら見るのが多くて大変です。
そんなあまり時間のない方にもお薦め、ウルトラライトな鈴屋さんを空き時間にでもどうぞ。
「お~い。南無さ~ん、いるか~?」
よく晴れた日の早朝、俺は大声でそう叫びながら、南無邸の分厚い木の扉をドンドンと借金取りのように叩いていた。
「南無さ~ん……南無子っ~~!」
しかしなかなか返事が返ってこない。
「……っかしぃな。帰ってきてるんじゃないのか?」
南無さんは俺が懺悔のダガーに刺されたあの日から、どこかに出かけたままだった。
しかし昨日見かけたパンは南無さんが焼いたもので間違いない。
……そうなると、帰ってきているはずなんだが。
南無さんのパンじゃなかったのか、と一瞬頭によぎるが、しっかりと“南”の文字が焼印されていたから、やはり間違いないはずだ。
「南無子~~……俺は今、猛烈にお前の絶対領域が見たいんだよ~」
すると扉の奥からガタンッ! と大きな音が聞こえ、ついでドタッドタッドタッ! と大きな足音が近寄ってくる。
そして数週間ぶりに、南無邸の扉が勢いよく開かれた。
「あっ、あんたね、朝っぱらから人んちの前で何とんでもないことを叫んでるのよっ!」
そんなツンデレ丸出しの台詞とともに、筋骨隆々な髭面の破戒僧が顔を真赤にしながら姿を現した。
早朝からこれは正直きつい。
「なんだよ、南無子じゃないのかよ」
「……なによ、ご挨拶ね。なにしにきたのよ、あんた」
あからさまに不機嫌な表情になる。
しかしそれは、こっちの台詞だ。
「目の保養ぐらいさせろよ、破戒僧」
「……あんたね……一回本気でぶっとばすわよ」
南無さんが、ヘヴィ級ボクサーのようなごつい拳をワナワナと震わせる。
忘れかけていたが、本来の南無さんは回復魔法を使わない肉弾戦に特化した神官戦士だ。
それもシメオネのような華麗にしてエゲツない気闘法と違い、純粋に筋力だけで殴り飛ばしてくるパワーキャラなのだ。
ほんとにぶっ飛ばされたら、俺の首はグルンと一回転してしまうだろう。
「俺はただ、久々に南無子と会いたかっただけなのに」
「なっ……ばっ、ばっかじゃないの? ……ったく、今からパンを焼くから、丸薬はまだ飲んでないの!」
「そうなの?」
「まず、夜明けとともにパンを焼くでしょ。で、それを朝のうちに納品して……んで、もどってから鍛冶業を終わらせて……飲むとしたら、その後よ」
「なにそれ、えらい多忙じゃん。南無さんって実は誰よりも異世界ライフ満喫してんじゃないの? それともお金ないの?」
「あんたねぇ。まぁ楽しいのは認めるし、お金はまぁ……ほしいけど……」
南無さんが口元に手を当てて、うぅんと唸る。
どうやら、あながち外れてはいないようだ。
「じゃあ俺もパン作るの手伝うよ。久々にあったんだ。話しついでにな」
「あ……そう。ありがと……」
いやその姿で、そんなかわいい反応されても、まったく萌えません。
「鈴屋さんはお昼に来るってさ。それまでに仕事を終わらせようぜ」
俺は南無さんが黙って頷くのを確認すると、そのまま南無邸に押し入る。
「……強引なんだから……」
「ん? なんか言った?」
「なんでもないわよ。さっさとやるわよ」
「おうさ。にしても……南無工房、なんか久々だなぁ」
軽く室内を見渡す。
そこはいつもと変わらぬ、よく手入れが行き届いた南無工房だ。
そう。何も変わってないことに、どこかで安堵する自分がいた。
なにせ一瞬で、建物と人ひとりがいなかったことになってしまうような世界だからな。
「どうかした?」
「あ……や……何でもないよ。で、何をすればいい?」
「そうねぇ。こねるのとかは私がやるから……成形と仕上げ、お願いできるかしら?」
南無さんはそう言いながら、一次発酵と二次発酵を終えた生地を運んでくる。
「あんた、成形はうまいからね」
「うん、嫌いじゃない。なんか南無さんが作ってるの見てたら、自然に覚えたよ」
話しながらも、次々とパンを成形していく。
我ながら手慣れたもんだ。
もしかしたらいつの間にか、パン成形スキルでもついているんじゃなからろうか。
実際にはステータスウィンドウを見れないから、確認しようもないんだけど。
「で……4日間……大変だった?」
「ん~~~~?あぁ〜、あれか。まぁ動けないくらい痛かったけど、4日経ったら何ともなくなったし。今となっては喉元過ぎればなんとやら、かな」
本当はしっかりと、あの姉さんに対し恐怖を植え付けられているが、まぁそこは言わないでもいいだろう。
「そういや、南無さんはどこ行ってたの?」
「……私の事はいいのよ」
なんだ、そりゃ……と小さくつぶやく。
「そう、とにかく無事に5日目の朝を迎えられたってことね」
「無事かどうかはともかく、みんなのおかげで生きられたよ」
あの日の事は、ついこの間の出来事のはずなのに、なぜか少し懐かしく感じる。
それだけこの数日で、いろんなことが起きてしまったってことだろう。
「そうそう、元気になってからさ、鈴屋さんと街に繰り出したんだけど……」
そこから俺はシメオネたちとの再会と、ワイバーン討伐の話を事細かく……まぁ多少は割愛しながらも……南無さんに説明していった。
「……まぁそういうわけで、最後には万事丸く収まったってわけさ」
「ふぅん。なんか、ほんとに冒険っぽいことしてたのね。それにしても温泉だなんて……私も今から行こうかしら……」
「あぁ~……いや……それは無理だな」
「なんでよ、私が大のお風呂好きって知ってて言ってんの?」
「よ~く知ってるし、連れていきたいのは山々だけどよ」
しかし、それは土台無理な話ってもんだ。
なにせあそこにはもう、本物の“竜の爪痕”以外なにも残ってないんだから。
「なによ……はっきり言いなさいよね」
パンを焼きながらも怪訝な表情を浮かべてくる南無さんに、俺は更に頭を悩ました。
鈴屋さんには相談しにくいし、ハチ子はここの住人だ。
自分も消えてしまうのではなんて、余計な不安は与えたくない。
南無さんは鈴屋さんやハチ子とも違う……こういったことを相談しやすい空気を持っている。
しばらく俺も悩んだが、やがて……
「南無さんには話そうかな……」
観念して、意を決する。
……そう……最も不可解な事件の顛末を……
ここが現実世界ではないという事実の再認識をさせられたあの事象を…ありのままに説明してみる。
南無さんはというと、えらく真面目な顔で時折頷いては、やはり黙って聞いていた。
どうでもいいが、おっさんが険しい表情を浮かべてるだけで、無駄に話が深刻なものに見えてくるよな。
「……ふぅん。なるほどね」
「なんだよ……相変わらず含みを持たせるな、南無さんは」
「そいうつもりじゃないけど……そう……」
南無さんは顎に手を当てて、何かをつぶやいては時折ひとり頷く。
やがて、俺が大人しく意見を待っていることに気が付いたのか、小さなため息をつきながら話し始めた。
「えっとね……とりあえず、まだ誰にも話してないのよね?」
「あぁ。今のところ南無さんにだけだね」
「そう……ね。それは懸命な判断だと思うわ。今、ここで……この場で話してくれたことも含めてね」
慎重に言葉を選ぶ南無さんに、いい加減ちゃんとロールをしてくれないと、そのヴィジュアルで女言葉はきつすぎると突っ込まずにはいられない。
南無さんのときは、男喋りにしてほしいぜ。
「うん、考えがまとまったら話すわ。とりあえずそのネヴィルって人、もしまた見かけるようなことがあったら、すぐに教えてくれるかしら?」
「そりゃもちろんかまわないけど……もうちょっとさ、なんかくれよ」
なんか、とはリアクションであり、情報であり、南無さんの考えである。
南無さんは、どうにも色々知っているくさいんだが……察するにも限度がってもんがあるぜ。
「あんたさ、この世界は好き?」
何の脈絡もない唐突な問に、思わず言葉を見失う。
なんか前にも、こんなこと聞かれた気がするが。
「あぁまぁ、もちろん好きだよ。ハチ子や……そうだなグレイと馬鹿するのも好きだし。居心地はいいよな」
「でも、帰りたいのよね?」
あぁ、それはよく自分でも考えることだ。
そして、いきつく答えはいつも決まっている。
「帰りたいさ」
俺の答えに南無さんはやはり考え込むよう顎を掴みながら、黙って頷くだけだった。
南無さん久々の登場ですが、口調がそのままだと南無子だと錯覚してしまいそうです。
この人もいろいろと裏がありそうですよねぇ。
書いていて楽しいキャラです。
イメージとしては南無さんはシティーハンターの海坊主、南無子は遠坂凛です。まんまですね。




