鈴屋さんとゆるふわっ!〈後編〉
実は「データが消えました」…的な事故で、一度執筆したものが消失してしまいました。
一瞬心が折れましたが…たいした文量じゃなくてよかったです。
お昼のひとときに、休憩に、手軽に楽しんでいただければ幸いです。
「ぼびゃぉびぃぃぃあ?」
などという奇音を朝から発しているのは俺で間違いない。
目が覚めたらそこはいつものベッドで、左手にある窓からは白々しい朝日が差し込んでいる。
そこまでは俺の日常であり、それ自体は変わり映えのない朝だ。
……問題は……
「は……ハチ子……さん?」
俺の左側には、黒のキュロットスカートに黒タンクのハチ子が、俺の胸に左手を置いて静かな寝息を立てている。
端的に言うと、かわいい。
「……に……シメオネ?」
俺の右側には、丸まるように膝を抱えながらスピスピと鼻を鳴らして眠る猫娘がいる。
こちらもまた、踊り子姿がえらくかわいい。
ただ、この娘の場合は、その背後にいる家族が本気で怖いんだけど……
ちなみに鈴屋さんは、どうやらこの場にいないようで少し安心する。
「いや……待て待て……」
そもそも、この状況はなんだ?
「どこのラブコメだよっ!」
などと自分に突っ込みを入れつつ、昨夜の記憶をたどる。
……たしかシメオネが踊って……みんなでバカ騒ぎをしながら……飲んで……飲んで……
「思い出せないのですか?」
「んん〜〜。そもそも、どうやってベッドまでもどって来たのか……って……」
ぎょっとして声の方に目をやると、ハチ子の淀みない真っ黒な瞳が瞬きもせずに向けられていた。
「……ハチ子さん?」
「はい、アーク殿の犬のハチ子です。おはようございます」
「あ……おはよう……あのぅ、もしかして起きていらっしゃった?」
「あれだけ声を上げれば」
……ってことは、いま起きたばかりなのか。
その割に、目の開き方が寝起きに見えない。
ただ単純に寝覚めがすごくいいのか……それとも深く眠らず奇襲に備えるアサシン特有のスキルとかかな。
……いや、そうじゃなくて……
「えっと……」
「アーク殿は寝息が静かですね。まったく動きませんし……あと……首筋、いい香りがします……」
「んなっ……なに言ってんだよ」
「あっ、シメオネの寝相はひどいものでしたよ」
ハチ子が、いたずらっぽく笑う。
たまらず自分の顔が、かぁっと熱を帯びていくのがわかった。
「……ええっと……いつから……」
「いつからと問われれば、ハチ子は一夜を共にしました……と答えます」
……ぴきっ!
「アーク殿?」
「……あ、あの……一夜……ですか?」
冷や汗たらたらな俺に対し、ハチ子がクスクスと笑う。
いやハチ子様、笑い事ではないのですよ。
酒に酔って間違いをなんて、このご時世シャレにならない。
「フフ。私としては非常に残念なんですが、アーク殿は朝までぐっすりと眠っていましたよ。シメオネは、その場でグルグルと回りながら寝てただけです。あぁ……あと、鈴屋は自室で寝てました」
「……ほんとに?」
「ええ。昨夜は鈴屋が早々につぶれて、それを私が運んで……そのすぐ後アーク殿がつぶれまして、私とシメオネで運びました。それでそのまま、私とシメオネも寝てしまっただけです」
「そ、そう……まぁ、それならよかった……」
とりあえず最悪の事態を回避できたことに、ほっと胸を撫で下ろす。
「アーク殿は本当に、真面目ですなぁ」
ハチ子が片手をついてゆっくりと体を起こしながら、またしてもクスクスと笑う。
「私は、ちょっと出てきますね」
ハチ子はそう言うと、いつものように窓を開けて窓枠に足をかけて身を乗り出した。
相変わらず扉を使わない人だ。
あと、その格好でそういうポーズされたら、どこを見てればいいのか、わからなくて困りますし、朝からありがとうごちそうさま。
「あ、そうそう。鈴屋は朝早くに出ていったようですよ」
「へ? ……どこに?」
「私の勘ですが……たぶん、ラット・シーですね」
ハチ子は、それではと、もう一度笑顔を見せて窓から飛び去った。
「ラット・シー……なんだろ?」
昨日の今日だから、十中八九シェリーさんのところだろうが、一人で行くとか珍しい。
「んん~あぁくさみゃぁ」
「……お前は平和だなぁ……頼むから、あの姉さんとラスターに変なこと言うなよ?」
俺はとりあえず、気持ちよさそうに眠るシメオネを起こさないようにベッドから抜け出ると、手早く装備を整えて部屋を後にした。
レーナの町並みを眺めながら、晴れた通りを進んでいく。
いつもなら賑やかな出店通りも、朝ということもあってかなり静かだ。
「腹減ったな……」
昨夜はしこたま食べたはずなんだが、胃が少し広がったのだろうか。
というか、この世界でそんな現象は起きるのか疑問だ。
実際に俺は、ここに来てから特に病気らしい病気もしていない。
ふと、消えたネヴィルと竜の爪痕を思い出す。
あそこにレイシィを連れて行ったら、どうなるんだろう。
彼女にとって馴染み深い家はなくなっており、父親も消えている。
下手をしたら、瞳孔ガン開きで「え? 私こんなところに住んでないよ?」とか、緊張感高まる台詞を言われそうで怖い。
俺が異世界転生的な事件に巻き込まれているんだと、改めて考えさせられる。
「あー君、なにパン屋の前でフリーズしてるの?」
不意に、ぴょこんと長い耳と水色の髪が視界に入ってくる。
どうやら俺は考えに没頭しすぎていたらしい。
いつの間にか、パン屋のショーウインドーを凝視したまま固まっていたようだ。
鈴屋さんを探しに行くはずが、逆に見つけられたようだ。
「パン食べたいの?」
「……あ、いや……」
「あれ? それ、南無っちのパンだね。帰ってきたのかな」
あっ……と、俺も思わず声を上げる。
たしかに目の前には、南無さんがよく焼いていたパンが並べられていた。
「ほんとだ。気付かなかった」
「なぁに、あー君。南無っちのパンだって気づいて、凝視してたんじゃないの?」
鈴屋さんが、俺の顔を覗き込むようにしてくる。
上目遣いがたまらない、いつものかわいい鈴屋さん。
……ん?
……なんか……いつもと違う……ような?
「はい3秒」
「……へ?」
「5秒経過」
「な……なに……?」
「……10秒……」
鈴屋さんが徐々に、ムスムス顔になっていく。
そこで俺は、鈴屋さんが何を期待しているのかやっと気がついた。
「あっ! えっと、髪型っ!」
「……14秒……はぁ……遅いよ、あー君」
言いながら大きなため息をつく。
相当期待はずれの結果だったんだろう。
鈴屋さんの髪型は、それこそ現実世界のオサレ雑誌で見たことがあるものだった。
透き通るような水色の髪はゆるやかなウェーブを描き、ふわっと巻き込まれている。
「……たしか……ゆるふわだ!」
「……そう……ゆるふわです……」
完全にへそを曲げたのか、プイと横をむいて頬を膨らませる。
いつもいつも、ご馳走様です。
「ごめん、考え事してて……それ、シェリーさんとこ?」
「うん。シェリーさん、きっとヘアアイロンの使い方なんてわからないだろうから。いくつかなら、私でも教えられそうかなって」
あぁ、なるほど。
あのままじゃ「全然使えねぇじゃねぇか、このクソロメオ!」とか怒鳴り込んできそうだし……さすが鈴屋さん、ナイスフォローです。
「……あー君さぁ……もうちょっと感動してくれても……」
「いやいや、何言ってんの、鈴屋さん。俺はもう、あなたの髪型にくぎ付けです」
「……ほんとかなぁ……」
じと〜っと目を細めてくるが、俺は事実を述べているだけだ。
「そもそも鈴屋さん、いつもいろんな髪型してるし。俺はいつも気づかれないように見惚れてるんだけどね」
「〜〜〜〜っ!」
明後日の方向に顔を向けながら背中をバンバンと叩いてくる鈴屋さんに、俺はニヤニヤせずにはいられない。
ほんと、全部まとめてかわいいんだから、たまったもんじゃない。
「もー、パンおごって!」
「へいへい」
言いながらパン屋の扉を開ける。
店内に漂うパンの香りに妙な幸福感を覚えながら、俺は鈴屋さんと朝食のパンを選び始めた。
ちなみに、この愛らしいゆるふわヘアー。
後日レーナの街で大流行したのは言うまでもない。
【今回の注釈】
・首筋がいい香り………匂いフェチは女子あるある?男にはあまりないと思われる癖
・酒に酔って間違いを………ダッシュ島の主戦力がぁ〜、と思ったのは自分だけではないはず
・ゆるふわ………ガチで素敵です




