【サイドストーリー】鈴屋さんと、アニス・リット!(11)
「えぇっと……」
「覚えてないか〜、まぁそうだよねぇ」
「いや……実は俺、記憶喪失で……前に会ってたとしたら……」
女性が目を丸くして、俺を見てくる。
随分と驚いているようだ。
しかし俺にはレーナ以前の記憶、特に現実世界の記憶がほぼないのだから仕方がない。
「あーにぃ、ここの話じゃないよ。レーナでの話」
「レーナ?」
「まぁ向こうでのボクは黒髪ではあったが……一度冒険をしたくらいでは、忘れて当然だろう」
女性は「失礼するよ」と言いながら、俺の隣の席に座る。
そしておもむろに、蒸気タバコを咥えた。
レーナで、黒いショートヘアで、大人の女性で……冒険を一緒にした?
「ちにみにだが、ボクは覚えているよ? このボクを女性として扱ってくれた、世にも珍しい男の子だったからねぇ」
ボク……僕っ娘……?
たしか自分のことを、ボクっていう人がいた……ような?
あぁっ、思い出した!
「アニスだ!」
「お、ようやく思い出したかね。元気にしていたかな、アークくん」
ご明察〜と言わんばかりに、蒸気タバコの先端を俺に向けて、クルクルと回す。
なんだろうか、どこか邪悪な……ちょっとフェリシモ姉さんを彷彿させるものがある。
「いや……えっと……状況がよく飲み込めないんだが……アニス……でいいのか? なんというか、関係者ってことか?」
「アニスでいいよ。アニス・リットは、ボクの本名だ。関係は……そうだな。七夢と同じ立場だと言えば、理解できるかね?」
「あぁ、うん。わかりやすいかも」
ということは「セブン・ドリームス・プロジェクト」で開発ディレクターとして、ある程度の権限を持っているということだ。
七夢さんもそうだけど、その白衣は制服的なものなのか。
「……で、だ。げ・ん・き・に・していたかね、アークくん」
「うわ、はい、元気です」
「そうかね。ならいいんだ。彩羽くんと、健康的なお付き合いをしているようで何よりだ」
はっはっはっと、声をあげて笑うアニス。
なんだこの……マッド・サイエンティスト感。
七夢さんが、まともに見えてきたぞ。
「あの、アニスさん。私とあーにぃは、付き合ってませんよ?」
「いやぁそうかね、そうかね。それでこそ、ボクたちも頑張った甲斐というものが…………はぁ?」
「あーにぃは、私とは別の人と結婚してます」
「はぁぁぁぁ?」
ものすごいジト目を、向けられた。
どうやら、現状の俺たちを知らないようだ。
「何が、どうなったら、そうなるんだ。普通、あの展開の後は、付き合うものじゃないのかね? それが王道の物語ではないのかね? オネーサンには、理解できないぞ!」
「いや、なんと言えばいいのか、俺にも……」
「アークくん、こんな……少し捻くれてはいるが、美人の女の子が人生を浪費して救ってくれたというのに、君はどうかしているのかね!」
「なんか、ほんとにごめんなさい」
たまらず頭を下げてしまう。
はたから見れば、それはそうだろう。
「で……相手は誰なのかね。ボクの知っている人なのか?」
「アニスさん。あーにぃの物語は、読みました?」
「あぁ、もちろんサルベージされたドリフターの資料として、目を通しているが」
「じゃあ、あの人が、あーにぃのお嫁さんです」
彩羽が指をさす方向に、アニスが半目のまま顔を向ける。
そこには我が嫁であるハチ子が、手を振って駆け寄ってきているところだった。




