鈴屋さんとゆるふわっ!〈前編〉
さくっと前編です。
ショート缶珈琲1本分もない文量です。
お気軽に楽しんでもらえればと思います。
港町レーナにある宿付きの酒場、碧の月亭は夕方にもなると全席満席の盛況ぶりだ。
「え~と……エール大3つに、オマリンエビのオイル煮2人前と……あと、オニポテト揚げ3人前ね!」
視線の先で栗色のロングヘアーが愛らしい若いウェイトレスが、こめかみをトントンと叩いてオーダーの確認をしているのが見えた。
何度見てもそのアクションが何とも微笑ましい。
正直、エール酒を片手に、いつまでも眺めていられる自信がある。
あれから、ここで住み込みのウェイトレスとなったレイシィは、ものの数日で看板娘になっていた。
やはり俺の見立てに狂いはないと満足げに眺めていると、鈴屋さんが面白くなさそうにホットミルクをすすりだした。
ここで「お行儀が悪いでしょ」とでも注意しようものなら、容赦なくマグカップ攻撃が飛んで来るだろう。
「あー君。いよいよ、ロリに目覚めたの?」
水色の髪を器用にいくつも編み込んだ、どうなってんのその髪型は、聞きたくなるような、美しすぎる鈴屋嬢に返す言葉を見失う。
すでにプライベートタイムモードなのか、膝上までのスカートにゆるい麻のシャツという素敵装備だ。
もう一度、言おう。
素敵装備だ。
「人聞きの悪いことを……しかも、いよいよって」
「アーク殿。私としても、そういった趣味はいかがなものかと……」
いつもの黒のキュロットスカートに黒のタンクという、適度に隙を見せるハチ子のギャップ萌え装備も、いかにもプライベート感が溢れていて素敵である。
何度でも、言おう。
素敵装備だ。
さっきからグレイが、妬ましそうに睨んできているのがちらちら見えていて、妙な優越感に浸れる。
レイシィも、俺には親しげに話してくるもんだから余計だろう。
「私としては、鈴屋でもちょっと若いのでは……と思っているのですが」
「……それは、どういう意味かな?」
ハチ子は、どうしてそう火に油を注ぎたがるのだ。
絶対わかっててやってるだろ、それ。
「鈴屋さんは、エルフで俺よりも年上だよ、一応……それを言うなら、シメオネの方が……」
「アウトですね」
ハチ子の食い気味な即答に、思わず「えぇっ」と、驚きの声を上げてしまう。
「アリだと思ってたの?」
割と本気で引いているのか、鈴屋女子の目が、みるみると細くなっていく。
「いや、二人とも誤解をしている。あれで、なかなか、成長が著しい……」
「あー君、サイテー」
「まさか、あんな獣もどきまでも、いける口なのですか」
「……いける口って……」
「……アーク殿。まさか、フェリシモって猫女も?」
「いやないって。あの人は、本当に怖いんだって。まぁ、エロいけどさ」
鈴屋さんが項垂れるようにして、丸いテーブルに突っ伏す。
……あなたには心底呆れました……を、最大限に動きで表現したのだろう。
それをかわいいと思ってしまう俺は、病気かもしれない。
「アーク殿。ハチ子的には、さすがにそれは……些か、腹立たしく思えます」
「……ごめんなさい」
珍しくハチ子にまで責められて、これはまずいと頭を下げる。
「あー君、どうせ反省しないしなぁ」
マグカップに口をつけたままジト目を向けてくる鈴屋さんに、さて俺は、この後の予定をどう切り出せばいいのか、考えれば考えるほど頭が痛い。
「……えっとですね。そのぅ……」
なんとか、その一歩目を踏み出そうと勇気を振り絞ってみるが、この先には地雷しかないとわかっているため、思わず躊躇をしてしまう。
「あのですね。そのシメオネなんですが……この後、シェリーさんとこへ一緒に行く……という約束をしておりまして……」
「…………」
返事がないのはすごく怖いです。
わかってます、説明ですよね。
「いやね。シェリーさんが、夜しか都合つかなくてね、こんな時間にラット・シーへ、キャットテイルが行くのは危険だし。そこまでは、きっちり面倒を……と思った次第でありまして……」
ふぅん、と気のない返事の鈴屋さん。
納得してもらえたのだろうか。
「わたしも行く」
「いや……いやいや、もうこんな時間だしさ。鈴屋さんも、まだ本調子じゃないんだし。危ないよ」
「あー君が守ってくれれば、いいんじゃない?」
「いや、喜んで守りますけども。なにもわざわざ、そんな危険なことしなくても。ここなら、ハチ子さんもいるしね。それに二人とも、そんなくつろぎ装備だし」
むーっと唸ったあと、口に運んだマグカップの奥からブクブクと音が聞こえた。
納得いかないけど、納得しそうになっている……といった雰囲気だ。
「アーク殿のそういうところ……壊滅的に駄目ですね」
「えぇ、ハチ子さんにまで、そういうこと言われちゃうの?」
「鈴屋、今宵は私と一献といきましょう。アーク殿は、さっさとその用事を済ませてきてください。それまで、待ってますから」
「はい……って、待ってるのっ!?」
「いつまでも待ってますよ、アーク殿♪」
「帰ってくるまで、ずっとここで待ってるからね?」
普通の人なら嬉死にしそうな台詞にも、俺は若干引きつった笑顔しか返せなかった。
つまりは逃がさないぞ、寄り道するなよってことですね、わかります。
「……えっと……」
「帰ってくるまで、ずっとここで待ってるからね?」
「は、はい。なる早で、帰ってきます……」
非の打ち所がない完璧といえる美少女の笑顔から、俺は逃げるようにして席を立ったのだ。
 




